暴走列車 15
同刻、重装戦艦バルムンクのブリッジにて。
スピカはクリームヒルトの傍らで穏やかに微笑んでいた。
(討伐隊の規模はおよそ2万……いえ、1万と6000といったところでしょうか。1000万のモンスタートレインと比較すれば大したことはないように見えますが、1対1で戦えばプレイヤーの方が圧倒的に強い以上、モンスターが一方的に殲滅される形になるのは目に見えています。もし仮に、プレイヤー1人が3秒に1体のペースでモンスターを倒せば30分程度でモンスタートレインは全滅させられてしまうでしょう。まぁ実際には、モンスターと戦っているプレイヤーは最前線でモンスタートレインと直接接触している一部のプレイヤーだけなのでそんなことはあり得ないのですが……)
スピカはブリッジの大型モニターに映るマップに目をやる。
(しかし、モンスタートレインがフリードに到着するまで時間がかかる見込み。討伐隊だけでなく、『戦艦』のレイもこの戦場に居る以上、何か手を打たなければ、モンスタートレインがフリードにたどり着く頃には『大軍』とは呼べなくなっているかもしれませんね。何か手を打たなければ、ですが)
その時、スピカの後ろから腰を低くして近づいてきた一人の男が、スピカの隣で静かに口を開いた。
「スピカ様。モンスタートレインの東端で戦艦のレイが殲滅行動を開始した模様です。被害甚大、とのことです」
しかしスピカは男の方に振り返ると、穏やかに笑った。
「問題ありません。想定通りです。作戦通りに小型機を発進させてください」
「承知しました」
男が下がっていくと、スピカは視線をマップに戻した。
(そう、想定通り。作戦通り。敵対勢力の情報網の中枢を担っているカガミが居ない隙を狙ったのも、第1、第2、第3師団が反乱軍を無力化しているのも、鉄靴の魔女と戦艦のレイが戦場に出てきているのも。想定外だったのは、あのアリスがSOOに来ていることと──────)
スピカは、視界の端に流れる、第0師団の部下達の死亡通知に目を細めた。
◆◇◆
「やーっ!」
あかりがサメの大剣を振るうと、モンスターは断末魔を上げながら霧散した。いったいどれほどの敵を倒したのだろう。あかりは、アイテムボックスからヒールアンプルを取り出して傷ついた身体を癒した。
(アイテムいっぱい持って来てよかった……! )
「ぐあああっ!?」
戦場の轟音に混じってかすかに聞こえた仲間の悲鳴にあかりは振り向き、ヒールミストボールを構える。
「大丈夫ですか!? 今ヒールを……」
そこで目にした驚愕の光景に、あかりは頭が真っ白になった。
倒れる仲間。仲間の背中から短剣を引き抜く、初期装備の男。味方であるはずの者が味方を殺している様を、あかりは目撃してしまったのだ。
「そんな……なんで……」
「あかりん後ろ!!」
「─────っ!?」
戦車の足元で戦っていた一人のプレイヤーが叫び、あかりは後ろを振り返る。するとそこには、短剣を構える初期装備のプレイヤーが3人、戦車の壁をよじ登り、今まさにあかりに襲いかかろうとしていた。
「きゃあああっ!?」
あかりの大剣はあっさりと躱され空を切る。プレイヤー達の手が伸び、あかりの腕を、髪を掴む。掲げられた短剣に、くすんだ陽光が反射してギラつく。
あかりの呼び掛けにより集まった多くのプレイヤーが、それに気づいて止めようとしたが、あまりにも遅かった。
殺される。あかりがそう思った、その時だった。
どこからともなく伸ばされたひんやりと冷たい手が、あかりの見開かれた目をそっと覆ったかと思うと、放たれた剣戟の吹雪が、不届き者達を粉々に切り裂いた。
「がっ!?」
「っ!?」
「が……フっ!?」
市販のVRヘッドギアでは描写が間に合わない神速の剣が、あかりに襲いかかっていたプレイヤー達の、指に、目に、口に、心臓に、無数のダメージエフェクトを刻み込む。
バラバラになった死体が戦車の外に転げ落ち、モンスタートレインに飲み込まれると、少女を残酷な光景から守っていた目隠しがそっと外された。
「失敬。そなたがあかり殿だな」
凛々しい声にあかりが振り向くと、そこには、袴姿の美しい少女が立っていた。
「こなたの名は銀華。キララ殿から、そなたを守るように頼まれている」
状況が飲み込めず、ただ呆然と銀華に見とれていたあかりは、はっと我に返った。
「あ、ありがとうございます。銀華……さん」
「うむ。キララ殿に曰く、あかり殿は言わば軍の大将。そんなあかり殿が万が一にも倒されてしまうと、味方の士気が大きく下がってしまうから、何がなんでも守り通せ。と」
あかりはそれを聞いて、思わず周りを見渡した。この討伐隊の約半数は、あかりの呼び掛けにより駆けつけたあかりのファンだ。そんなファンの目の前で、あかりが、よりにもよって本来味方であるはずのプレイヤーに殺されれば、ファンは激しく動揺してしまうだろう。
あかりを殺したプレイヤーのことが許せない。あかりが殺されたように、自分も誰かに殺されるかもしれない。自分の周りに、あかりを殺したプレイヤーの仲間が紛れ込んでいるかもしれない。本来協力すべき味方同士で、こうした疑心暗鬼に陥ってしまう可能性があるのだ。
そして、そうした疑心暗鬼をどちらかと言えば利用する側のキララは、あかりに応援を頼んだ時点で、銀華に護衛を頼んでいたのだ。そして──────
「キララさんがそんなことを……あっ! 銀華さん! 後ろ!」
「む?」
銀華が後ろ振り向くと、短剣を掲げるプレイヤーが、今まさに銀華に切りかかろうとしていた。しかし、それを許さぬ者が一人。
「オラァ!」
「ガッ!?」
黒いコートが音を立ててはためき、プレイヤーのこめかみに鋭い蹴りが叩き込まれる。プレイヤーがよろめいた隙に銀華が無数の斬撃を放つと、銀華の視界の端にキル通知が流れた。ぐったりと動かなくなったプレイヤーを戦車から蹴り落とした男は、あかり達の方へ機敏に振り向く。その男の姿を見たあかりは思わずぎょっとしてしまった。
「銀華てめぇ、少しは気をつけやがれ」
黒いコート、黒い中折れ帽、そして黒いペストマスクを身につけた怪しい男は、銀華に向けて乱暴にそう言い放つ。
「うむ。かたじけない。……あぁ、あかり殿、こちらの方はクロウ殿。味方だ。怪しい者ではないぞ」
「あぁ、俺は味方だ。だが勘違いするんじゃねぇ!」
そう言ってクロウは、びっくりして口を押えているあかりに詰め寄った。
「俺はキララの指図でここに来たんじゃねぇ! あの女の言いなりになんかなるものか! 俺は俺の意思でここに来た、お前の味方だ!」