暴走列車 14
クリームヒルトの後ろには、帝国軍第0師団団長のスピカが立っていた。もっとも、第0師団は極秘の部隊であるため、スピカは第4師団所属、つまりクリームヒルトの部下ということになっている。
「うふふ、そんなに怯えなくても良いでは無いですか。まだ我々には仕掛けも切り札もあるのですから」
「……口の利き方には気をつけなさい? スピカ」
「あら、怖い」
スピカはそう言うと、クリームヒルトを強引に艦長の椅子に座らせて、肩をもんだ。
「肩の力を抜いて、視野を広く持たないと。そうやってあの女に気を取られることこそ、あの女の思惑通りというものです。敵はあの女だけでは無いのですから、ね?」
クリームヒルトがブリッジの窓の外に目をやると、バルムンクの前方を飛ぶカティーサークが見えた。
「ふん。そうやって『あの女にばかり気を取られてはいけないから、もっと視野を広く持とう』と考えることこそ、奴の思惑通りってものよ。リスクの大きい場所には、より多くの注意を割くべきだわ」
スピカはそんなことを言うクリームヒルトの頭を優しく撫でた。
「では、分担するのははいかがでしょう。クリームヒルト様があの女へ注力している間、私はその他のリスクに対応する。そうすれば、クリームヒルト様もあの女に集中できるのでは?」
「……悪くないわね。好きにしなさい」
それを聞くとスピカは満足気に微笑んだ。
「それでは、遠慮なく……」
◆◇◆
それからしばらくの間。レイの空爆により体勢を立て直した討伐隊は、徐々に戦線を後退させながらモンスターの数を減らしていた。集中攻撃を受けて倒れてしまうプレイヤーは少なからず居るが、リスポーンすれば再び合流出来る上に、騒動を聞き付けたプレイヤーが新たに駆けつけてくれることも少なくないため、戦況は良くなる一方だった。
あかりも、モンスターへの対処が格段に上手くなっていた。どのくらい攻撃すればモンスターを倒せるのか、HPを回復するベストなタイミングはいつなのか。立ち回りの無駄がなくなり、周りのプレイヤーを気にかける余裕すら生まれていた。
「ぐっ、まずい! いつの間に後ろに! クソ!」
戦車の上に立つあかりは、周りより視線が高いため視界が広い。あかりは周りを見渡し、ピンチになっている味方を見つければ、投擲用回復アイテムのヒールミストボールを投げてその味方を支援した。
「え、えーい!」
ぎこちない投球フォーム。ヒールミストボールが宙を舞い、袋叩きにあっている男の頭上で炸裂すると、回復効果のある霧が放たれる。
「あ、あかりん! ありがとう……! うおおお!」
ピンチに陥っていた男は回復により体勢を立て直した。後方で腕を組みながら一連の流れを見ていた別の男は、あかりの成長にむせび泣く。
「あかりん……いつの間にこんなに上手くなって……」
男が涙を拭いた、その時だった。
ずぶり、という重い音がしたかと思うと、男の胸を、鈍色に輝く刃が貫いた。
「が……ふ……! むぐうっ!?」
ダメージエフェクトが飛び散り、男のHPがみるみるうちに目減りしていく。後ろから口を塞がれ、何度も何度も背中を刺される男。
(内通───者────)
反撃をすることも許されず、地面に倒れ伏す男。死体になることで発言の自由をとりもどした男は叫んだ。
「クソ! 気をつけろ! 内通者が居るぞ! 内通者が─────」
しかし誰も男の声に気づかない。それどころか、男が死んだことにすら気づいていない。体制を立て直したとはいえ、討伐隊が置かれている状況は未だ混乱して居るからだ。視界を遮る砂煙、まともに会話することも出来ない轟音。プレイヤーが一人殺された程度のことに、周りがどうして気づけようか。
そして、死体になって男はようやく気づいた。そして戦慄した。
(待てよ……これ……俺みたいにひっそりと殺されてる奴が他にもいるんじゃ──────)
「─か! ──者が──────」
「気─────裏切───」
「内────! 内通者が────!」
男が耳をすませば、ひどい雑音に混じって男と同じように殺された者たちの声が聞こえた。
(まずい……! このままじゃ戦線が裏から崩壊する─────! あかりんは無事か?)
その時、男ははっきりと目視した。初期装備の男が、目の前で、明らかに訓練された動きでプレイヤーを後ろから刺し殺すのを。
「ん? なん────ッ! がッ!? ふぐぅッ!?」
短剣で心臓を正確に3回。
短剣という武器種には、敵の背後から攻撃を当てることでダメージが増加する特性と、弱点に攻撃が命中した際のダメージ増加補正がほかの武器種より大きいという特性があるため、背後から弱点である心臓を連続攻撃すれば、一瞬で凄まじいダメージを与えることができる。しかし、初心者のステータスでは、たった3回の通常攻撃でプレイヤーを仕留めることはできない。よって、このプレイヤーは初心者ではない。
(コイツ! まさかコイツが俺を───! ───ッ! フリードが初心者の街であることを利用して、最も警戒されない初心者の服装でPKをしてるのか! クソ!)
「ぐああっ!?」
「きゃあッ!? がっ!?」
「なんだお前───! ふぐっ!?」
戦車の上で武器を振るうあかりはまだ気づいていなかった。戦場の至る所で上がる悲鳴が、雑音に飲まれて消えているのを。そして、その悲鳴の発生源が、あかりの周りに包囲網を描くようにして、だんだんとあかりに近づいているのを。