暴走列車 13
「ところでアリス様、何か私に用があるのでは?」
「そうだね、まずはクリームちゃん達の目的について」
「ほう。お聞かせ願えますか」
アリスは、このモンスタートレインがキララへの制裁措置として用意されたものであること、クリームヒルトが『アリスがSOOを辞めるならモンスタートレインを止めてあげても良い』と言っていることを話した。
「なるほど、厳密には対人戦とは言えないこの戦いに、何故キララ様があんなに乗り気なのか不思議でしたが……そういう事情でしたか」
「君なら、この情報を"上手く"使えるでしょう?」
アリスの皮肉混じりのセリフに、ノワールは満面の笑みで答えた。
「ええ、それはもちろん」
「……次に。知っての通り、フリード側の事実上の作戦指揮官は君だ。私は、何をすればいいの?」
ノワールはそれを聞くと、口元に指を当ててそっぽを向いた。
「作戦指揮官は嫌ですね。いざと言う時に責任を取らされそうですから。今遂行中の作戦だって、考えたのはキララ様ですし」
そんなことを宣うノワールに、アリスは『ドン引き……』という顔をしてみせた。
「しかし、まだSOOを始めたばかりのアリス様に自己判断を強いて、せっかくの能力・立場を無駄遣いされるのも勿体ない……」
そう言って顎に手を当てるノワール。その儚く美しい表情の裏側で、どんな邪悪な考えを巡らせているのか、アリスには想像することもできない。
程なくして、顔を上げたノワールは柔らかく微笑んだ。
「貴女にふさわしい役目があります」
◆◇◆
(手応えが弱い……バリアによるダメージ減衰ですわね)
レイは、上空に浮かぶ戦艦バルムンクを横目に睨みながら戦場の空を飛んだ。レイが砲撃を放つ度に、眩い火柱が地面に立ち上り、モンスターの戦列が乱れ、討伐隊に立て直しの余裕が生まれる。
その度に、討伐隊のプレイヤーからは割れんばかりの歓声が上がった。
「『戦艦』のレイだ!」
「勝てる! これで勝てるぞ!」
「レイ! バルムンクを沈めてくれ──────ッ!」
(バルムンクを沈めたいのはやまやまですの! けど、作戦が……)
レイが少し高度を上げると、もうフリードを目視することが出来た。あと1時間もすれば、モンスタートレインはフリードに辿り着いてしまうだろう。
フリードには、鋼の城壁を初めとした様々な都市防衛設備が備えられているが、1000万体ものモンスターの攻撃に耐え続けるには限界がある。なんとしても、モンスターを倒しきらなければならない。
(独断でバルムンクを攻撃してもいいですが……これだけの強度のバリア、私の全力攻撃でもバルムンクを撃墜するのに何十分かかることか……! それだけの時間があれば、モンスターの数を100万は減らせますわ!)
バルムンクを沈めるためにレイが掛かりっきりになってしまえば、帝国の思うつぼなのだ。レイはキララを信じ、作戦に従うしかない。
レイは、討伐隊がある程度体勢を立て直したのを見届けると、その場を飛び去って行った。
◆◇◆
バルムンクのブリッジでレイの様子を見ていたクリームヒルトは舌打ちをした。
「『戦艦』のレイ……バリアの影響が少ない端の方で、モンスターを効率よく殲滅する気ね。小賢しい。ところで、艦の警備に不備は無いでしょうね」
「はい! 艦内は現在厳戒態勢であります!」
「あの女のことだから、艦内のプレイヤーが多いことにつけ込んで、変装をして紛れ込んでくる可能性があるわ。随時、パーティごとに点呼をすること」
バルムンクには現在、定員ギリギリである2000人近いプレイヤーが搭乗している。中規模のモンスタートレインをそれぞれ各地で作って誘導してきたプレイヤーおよそ2000人を、全員艦に搭乗させることで、極めて大規模なモンスタートレインを作り上げ、その注目をまとめて一点に集めているのだ。トレインの前方で装甲トラックを運転していた『闇枢突破賦流』は所詮、ダミーに過ぎない。このバルムンクこそが、モンスター達を操る誘蛾灯なのだ。
「光学迷彩を使われる可能性もある。五感に頼らず、必ず索敵スキルを使用して警戒にあたること。以上を全艦に通達」
「了解」
クリームヒルトがここまで艦の内側の警備に気を使っているのには理由があった。モンスタートレインを止めるにはまずバルムンク沈めなければならないが、バルムンクを沈めるには、艦を内側から破壊する必要があるからだ。
(あの『戦艦』のレイですら、艦の撃墜を諦めてモンスターの処理を優先するほどのエネルギーバリア……合理的に考えて、キララがバルムンクを外側から沈めることは不可能よ。つまり、キララは必ず艦の内側に仕掛けてくる……)
クリームヒルトに油断は無かった。口でこそ『沈められるものなら沈めてみろ』と言ったが、キララはこの防御に徹しているバルムンクさえ沈めかねない。
(だけどもし、キララに何か、バルムンクを無視してモンスタートレインを殲滅する手立てがあった場合は? いや……そんな万が一にもありえない可能性を警戒するのは極めて非合理的、『油断していない自分』に陶酔しているだけよ。キララは必ず内側に───────)
「怖いですか? あの女が」
クリームヒルトは、ゆっくりと声の主の方へ振り返った。