暴走列車 12
凄まじい閃光、数秒遅れて轟音と、暴風のような衝撃波がカティサーク号に襲い掛かり、船は激しく揺れる。客室の小さなベッドに突っ伏していたアリスは、黄金の髪を引きずって、泣きはらした顔を上げた。
ベッドの傍の椅子に腰掛け、壁に小さく張られた『艦内禁煙』のステッカーを恨めしそうに眺めているナナホシに、アリスは問いかけた。
「……今のは?」
「ん? あぁ……誰かが陽電子爆弾でも使ったんスかね……もしくは宇宙戦艦の砲撃か……」
「宇宙戦艦……味方が攻撃されてるの?」
「どうっスかね。防御に徹しているバルムンクが、油断して攻撃にエネルギーを割いてくれるとも思えないっスから……」
ナナホシの素っ気ない態度が、今のアリスには心地よかった。
「あぁそうだ。確か、外の定点カメラの映像が見れるタブレットがあったはず……」
椅子から立ち上がり、チェストを物色し始めるナナホシ。アリスはナナホシに再び問いかけた。
「ナナホシさん、ナナホシさんは、ノワールのこと、知ってたの?」
「……ロスサガ出身ってことは存じ上げてたっスけど、PKやってたのは知らなかったっスね。でもまぁ、大して驚かないっスよ。これでも結構長い付き合いっスから」
「じゃあ、くりぃむちゃん……こっちでの名前はクリームヒルト……だっけ? が、害悪ギルドを作ってるって、ホントなの?」
ナナホシは物色の手を止めて、壁を見上げた。
「『失われし帝国』は、運営からのお咎めを受けていないとはいえ、やってることは"悪"でしょうね。今回みたいなモンスタートレインもそうっスけど、他にも、初心者狩りとか、特定プレイヤー・クランに対する粘着PKとか……ゲーム的な悪役ロールプレイの範疇を逸脱してると言わざるを得ない……そういう意見があっても仕方ないでしょうね」
それを聞いてアリスは静かに視線を落とした。
「……信じられないよ。ロキ君とか、ハートハートちゃんは、確かにそういうことやりかねないタイプだけど、正義バカのアーサー君とか、レグルス君までそんなことに加担してるだなんて」
「お、あったあった……」
タブレットを見つけたナナホシは立ち上がると、穏やかにアリスの方へ振り返った。
「アリスさん、それでいいんじゃないんスか?」
「え?」
ナナホシはタブレットを操作しながらアリスの隣に腰掛ける。
「正直、私は帝国の方々とは面識ほとんど無いんで、彼らがどういう人なのか存じ上げ無いっス。でも、アリスさんはそうじゃないんでしょう? なら、彼らのこと、信じてあげてもいいんじゃないっスか? 何かやむを得ない事情があるのかも、とか。それこそ、ノワールさんに裏から操られてるのかも、とか……」
ナナホシは冗談混じりにそんなことを言って笑った。
「ナナホシさん……」
「ただね、アリスさん。それとこれとは別っス。アリスさんが彼らを信じることと、彼らが悪質な行為に手を染めていることは切り離して考えるべきっス。アリスさんがノワールさんを信用しないことと、ノワールさんが今我々の味方であることについても……」
そこまで話して、アリスがぽかんとした表情でこちらを見上げていることに気づいたナナホシは、思わず目を逸らして髪を掻いた。
(しまった……アバターがちっちゃいから、つい姪っ子を重ねてしまった……多分、実年齢そんな変わんないだろうにな……)
「すいません、差し出がましいことを言ったっスね」
「ううん。そんなことないよ」
アリスはそう言うと、拳を強く握って立ち上がった。
◆◇◆
アリスとナナホシがカティーサーク号のブリッジに戻ってくると、そこには、一人優雅に紅茶を飲むノワールが居た。
ノワールはアリス達に目もくれないまま口を開く。
「おや、もうよろしいのですか?」
「……ひとつ聞きたいことがある。ノワール、君は何でフリードの側に着いているの」
アリスがそう問うと、ノワールはカップをソーサーに戻して立ち上がった。
「……初心者の街であるフリードが消滅することによる、将来的な顧客数の減少を防ぐため。フリード防衛戦に貢献することにより『鉄靴の魔女』の評判を高めるため。そして、個人的に、帝国の邪魔をしたくて仕方が無いため。こんなところで、御満足頂けるでしょうか?」
そう言ってノワールは微笑んでみせた。アリスは頷く。
「うん、いいよ。君のそういう、打算に忠実なところは信用出来る。性格がひねくれてるところも」
「くすくす、お褒めに預かり光栄です」
アリスはそれを鼻で笑うと、ブリッジを見渡した。
「あれ? キララちゃんは?」
「キララ様なら、つい先程アルセーニャ様と共にここを発たれましたよ」
ノワールは、遠くの空に浮かぶバルムンクを見つめてほくそ笑んだ。
「やはり、決戦兵器は軽率に使うに限りますね」




