暴走列車 11
数分前 カティーサーク号の甲板にて
甲板に出たキララとノワールの髪が、吹き付ける暴風に靡く。ノワールは目を細めて空を見上げた。
「来ましたよ、キララ様」
キララが見据える蒼穹の中に、雲を引く小さな影が一つ。
「あれは……プレイヤー……?」
ノワールはキララの方へ向き直り、微笑む。
「ご紹介しましょう、キララ様。彼女こそは─────」
小さな影は、音を置き去りにしながらこちらへ向かって真っ直ぐ飛んでくると、轟音と共に甲板に着地した。
黒い軍服のようなワンピース、蒼空を思わせる青く長い髪。甘く、可愛らしい顔立ちには不釣り合いな、右眼の黒い眼帯。立ち上がった少女は、乱れた髪を整えると、腰に手を当ててキララを見据えた。
「ターミナルオーダーが誇る最高戦力、『戦艦』のレイ様です」
「『戦艦』……」
「貴女がキララ様ですわね。ステラからお話は伺っておりますわ。けど、挨拶をしている時間はありませんの。ノワール、状況を説明して貰えます?」
『戦艦』のレイ。そう呼ばれた少女は、流暢なお嬢様言葉でまくし立てるようにそう言うと、青い眼差しをノワールに向けた。
「基本的には、上空からご覧になられた通りです。1000万体のモンスターの大軍、それを率いる戦艦バルムンク、迎え撃とうと待ち構える2万弱の討伐隊。上空からでは分からないことは……バルムンクを中心に、極めて強力なエネルギーバリアが戦場一帯に張り巡らされていることくらいでしょうか」
「ふん、なるほど。バルムンクはバリア発生装置と化している訳ですわね」
「そして、これは憶測ですが、バルムンクの中には定員ギリギリまで帝国のプレイヤーが搭乗している事でしょうね。理由は言わずもがな、モンスターの誘導のためです」
それを聞いてレイは不機嫌そうに腕を組んだ。
「その考察には概ね同意いたしますわ。けれども、私とのミーティングに憶測は必要ありませんの。事実だけを伝えてくれればよろしくてよ?」
「おや、これは失敬」
レイはキララには目もくれず、つかつかと甲板を歩くと、端に立って戦場を見下ろした。
「とにかくバルムンクを沈めない限り、話は始まらないですわね。ちょっと沈めてきますわ」
「その必要は無いよ。バルムンクは私が沈める」
キララのその言葉に、レイはキッと振り向くと、またつかつかと歩いてキララの目の前で腕を組んだ。
「バルムンクを沈める? 何百時間掛けるつもりですの?」
「……作戦がある。実行可能かどうかは、君達がジャッジしてよ」
キララがそう言うと、ノワールも2人の近くに歩いてきた。
「レイ様、お話を聞く時間くらいはあるのでは?」
「……いいでしょう。ただし、くだらない作戦だったらただじゃおきませんわよ」
「くすくす、お手柔らかに」
キララはそう言って、"作戦"を説明した。
キララの作戦を聞いたノワールは満足げに笑顔を見せる。
「流石ですね、キララ様。良い作戦だと思います」
「ふん……まあいいですわ。ステラが一目置くだけはあるようですわね」
レイはそう言うと、また甲板の端に歩いていき─────
「では、作戦通りに」
キララ達の方へ振り返ると、背中から空にダイブして行った。ノワールはヒラヒラと手を振ってそれを見送った。
「申し訳ありません、キララ様。レイ様はアレで一切悪気は無いのですよ」
「くす、気にしてないよ。ああいうタイプは嫌いじゃない。けど……」
「けど?」
「『戦艦』ってどういう意味?」
首を傾げるキララを連れて、ノワールは甲板の端に立った。
SOOで最強クラスのプレイヤーしか所属していないターミナルオーダーのプレイヤーには、それぞれにそれぞれを称える二つ名が付いている。『星を見るもの』のステラ、『黎明』のルミナ。この二人の二つ名は、いずれも所有するスタースキルに因んだものだ。
では、レイの『戦艦』は────?
「ご覧になればすぐに分かりますよ。ちょうどほら、討伐隊とモンスタートレインの戦闘が始まったようですし」
ノワールの指さす先。身一つで戦場の空を飛ぶレイが右眼の眼帯に手をかける。
「ところでキララ様、ターミナルオーダーが宇宙戦艦を保有しているのはご存知ですか?」
「あぁ、らしいね…………ってまさか──────」
キララは思わず目を見開き、身を乗り出す。そんなキララを見てノワールは楽しげに笑った。
音を置き去りにして飛翔するレイが、右眼の眼帯を外すと、封じられていた白い光が解き放たれる。無数の色を湛える、虹色の白い輝き。それは即ち─────
「ハート・オブ・スターを右眼に融合した、生ける宇宙戦艦。それがターミナルオーダーが誇る最高戦力。『戦艦』のレイ様なのです」
それを聞いたキララは─────
激しい違和感を覚えた。
◆◇◆
「この視界の悪さじゃ、警告用信号煙弾は意味ありませんわね」
雲海のような土煙に包まれた戦場を見渡しながら、そう呟いたレイは、討伐隊とモンスタートレインがぶつかっている最前線が存在するであろう場所を見据えた。
「巻き込まれても文句は言わないでくださいまし!」
そう言ってレイが右眼を大きく見開いた瞬間、太陽が暗く見える程の光が放たれた。
炉心の全てのエネルギーをバリアに集中させたバルムンクが、規格外の強度のバリアを生成できているように、炉心のほとんど全てのエネルギーを攻撃に使えるレイの砲撃は、SOOに存在するあらゆる『攻撃』の中で最強クラスの攻撃能力を持つ─────!
木霊する轟音が一帯を揺らす。放たれた莫大な熱量によって大気と地面は即座に融解し、高層ビル程もある巨大なプラズマの火柱が立ち上る。光線の直撃を受けたモンスターはもちろん、爆発に巻き込まれたモンスター達も、跡形もなく霧散した。