暴走列車 10
ボロボロになった先遣隊の車両が、次々と防衛線に合流する。プレイヤー達を押しのけて後退する訳にも行かず、車両のオーナー達は車両を次々とカプセルに収納した。
「はぁ、はぁ、すまん。誰かヒールくれないか」
「凄い数が集まってるな、これなら撃退できるんじゃないか?」
「油断するな、前回みたく『内通者』が混じってるかもしれないからな」
モンスタートレインを正面から倒すしかない理由、それは『内通者』の存在にあった。
モンスタートレインを何とかする1番良い方法は、モンスターをトレインしている悪質プレイヤーを倒し、モンスターの追撃を撒くか、或いはそのままモンスターに倒されることである。そうすれば、モンスターは追いかける標的を失い、街に辿り着くことは無い。
2年前の列車事件の際には、機転の利くプレイヤー達がそのようにしてモンスタートレインをいなそうとした。しかし、上手くいかなかった。
これだけの規模のモンスタートレインを作るには、綿密な計画立てが必要である。当然、モンスタートレインをいなそうとするプレイヤーへの対策もなされており、無数の『内通者』が素知らぬ顔をして討伐隊に混じっているのだ。
内通者は、万が一モンスターをトレインしている悪質プレイヤーが倒されても、その役割をどさくさに引き継いで街へ誘導する。この内通者を全員倒さない限り、モンスタートレインを上手くいなすことは出来ないが、そんなことは不可能であるため、防衛側のプレイヤー達は正面から全てのモンスターを倒し切るしかないのだ。
「来るぞーッ!」
「防御バフ忘れるなよーっ!」
「地雷持ってるやつは全部埋めとけーッ!」
立ち上る砂煙の壁がどんどん迫ってくる。列をなすモンスターの赤い眼光と、地鳴りのような足音。あかりは思わず固唾を飲んだ。
(まるで、津波……でも怯んじゃダメだ、とにかく時間を稼がなきゃ……!)
釣りでしか入手出来ない激レア大剣、DXフローズンシャークを掲げたあかりは、大きく息を吸い込むと、慣れない大声を出した。
「と、突撃─────ッ!」
「「「うおおおおおおおおおッ!」」」
あかりの乗っている戦車が唸りをあげて発進する。プレイヤー達が一斉に咆哮し、武器を構えてモンスターの群れ目掛けて全速力で走り出す。
そして、モンスタートレインの先頭集団と、討伐隊の先頭集団が激しく衝突した。
訳の分からない機械音声を上げながら、プレイヤーに飛びかかる殺人マシーンと、プレイヤー達の武器が激しくぶつかり、火花とダメージエフェクトが飛び散る。
まるで嵐の中に突っ込んで行ったかのようであった。あかりの周囲の視界は、猛烈な砂煙により一瞬で奪われ、戦車の壁をあっという間によじ登ってきた殺人マシーン達があかりに飛びかかる。
「この! この!」
あかりがサメの大剣を振り回す度に、殺人マシーン達は断末魔を上げながらポリゴンの破片になって霧散する。他のプレイヤー達も同様に、殺人マシーン達を蹴散らしているようだった。しかし、数が多すぎる。
「うわっ、ちょっ!? きゃああっ!?」
「あかりん大丈夫か! うおっ!?」
「クソ! 数が!」
「離れろっ……この!」
腰丈ほどの殺人マシーンが何体も何体もあかりの身体にしがみつき、錆びた鋼鉄の爪でその身体を引き裂く。攻撃のダメージは大したことは無いが、身体の自由を奪われ、ありとあらゆる方向から絶え間なく繰り出されるその攻撃に、あかりは一瞬でパニックに陥ってしまった。
「うわああっ!? きゃああああっ!?」
VRMMOには、それまでのパソコンゲームには存在しなかった敵が存在する。
即ち、仮想現実の圧倒的な臨場感が作り出す、原始的な死の恐怖である。
「いやああああああっ!? いやあああっ!」
「ぎゃあああっ!?」
「離せっ! 離せええええっ!」
「お前ら落ち着け! こいつら雑魚だから、殴ればすぐに倒せる!」
「落ち着け! 落ち着けって! ……あぁクソ、そういや2年前もこんなだったな……!」
一部の上級プレイヤーを除いて、討伐隊はパニックに陥ってしまった。しかし誰が彼らを責められようか。ロクな視界も得られず、酷い騒音のせいでまともな意思疎通も取れず、倒しても倒しても押し寄せてくる無数の敵に、身体中に張り付かれる。こんな混乱した状況の中で、どうして冷静さを保っていられようか。
「不味い! このままじゃあっという間に全滅するぞ!」
「クソ、せめて銃が使えれば一網打尽にできるのに!」
2年前の列車事件の際に、『もっとも効率よくモンスタートレインを殲滅できる』と判明した武器が、絶え間なく遠距離攻撃を浴びせられる重機関銃の類であった。接近され、身体に張り付かれると対処が厄介な敵だが、一体一体のステータスは大したことは無いため、離れた場所から連続攻撃ができる重機関銃であれば、弾薬が無くならない限り一方的にモンスターを殲滅出来る。しかし、戦場に張り巡らされたバリアがそれを許さない。
ダメ元で銃器を取り出したプレイヤーは、そのあまりの威力の弱さに、すぐさま銃を投げ捨てた。
(誰か……助けて……!)
半泣きでデタラメに大剣を振り回すあかりが、半ば諦めかけたその時だった。
太陽が落ちて来たのかと錯覚するほどの光と熱が空から降り注ぎ、モンスターの戦列に巨大な穴が空いた。