暴走列車 9
「信じない……そんなの、信じないよ……」
ノワールは立ち上がると、すすり泣くアリスに背を向けた。
「ナナホシ様、アリス様のことをお願いしてもよろしいですか?」
「……了解っス」
ナナホシはアリスを連れて、ブリッジの外へ出ていった。キララはノワールの方を見つめる。
「誤解、解けたの?」
「さぁ、どうでしょうね。まぁ仕方ありません。私があの方にしてきたことを考えれば、当然のことです」
ノワールは悪びれる様子もなくそんなことを言った。
「念の為、キララ様にはご説明しておきましょうか? 私がロスサガでPKをしていた理由を」
「……そうだね、一応聞いておこうか」
「では……」
ノワールは咳払いをして話し始めた。
「要するに、私は人狼ゲームでいう人狼の役だったというだけのことなのです。ロストサーガファンタジアには所謂『職業』システムが存在しますが、中には悪役ジョブと呼ばれる、『悪事を働いても良い』ジョブが存在します。悪役ジョブのプレイヤーは、PKや盗みをしても、ペナルティを受けることはありません。その代わり、他のプレイヤーにPKなどをされても文句が言えません」
キララは続けてと言わんばかりに、黙って紅茶に口をつけた。
「そして、これは悪役ジョブに限ったことではありませんが、ロスサガには『ユニークジョブ』と呼ばれる、唯一無二の職業がプレイヤーに与えられることがあります。アリス様の『勇者』もユニークジョブの一つでございますね。そして、私に与えられたユニークジョブは悪役側のユニークジョブ、『魔女』だったというわけです」
それを聞いて、キララはカップをソーサーに戻した。
「一応それで納得しておくよ。少なくとも、SOOでのノワールさんを見てる限りは、根っからの悪人というわけでも無さそうだしね」
「くすくす、怖い怖い」
ノワールはそう言ってキララの方へ振り返ると、おくれ毛を触るふりをして頬に滲んだ冷や汗を拭った。
「しかし、アリス様の仰ることはよく分かります。私だって信じられませんから。彼らが、こんな愚かなやり方で、ロスサガを復権させようとしているなんて……ね。SOOをサ終させたところで、ロスサガがかつての賑わいを取り戻す保証なんてどこにも無いのに」
キララは頬杖をついてノワールの物憂げな微笑みを見つめた。
「じゃあやっぱり、反乱軍のジークさんとかは……」
「はい、おっしゃる通り。ジーク様はロスサガ時代、クリームヒルトが所属していた『ニーベルンゲン』というギルドに、ライデン様は帝国軍第3師団団長ロキが所属していた『ユグドラシル』というギルドに所属していました……耐えられないのでしょうね、かつての同胞が醜態を晒しているのを見るのは」
「……あなたもそうなの?」
ノワールは黙ってブリッジの窓の外に広がるモンスターの大軍を見つめた。
「YES……でしょうね。私はきっと、ロスサガの品位を落とす、彼らの愚行を許せないのでしょう」
それを聞いて、キララはくすくすと笑った。
「くすくす、君たちは本当にロスサガが大好きなんだね」
「はい、"神ゲー"ですから」
その時だった。ブリッジで操作盤の前に座っていたメイドの一人がノワールの方へ振り向いた。
「ノワール様、レイ様が間もなくご到着です」
「私が直接お迎えします。甲板に出ますので、少し速力を落としてください。キララ様」
キララは紅茶を飲み干すと、椅子から立ち上がった。
「キララ様もぜひご一緒ください」
◆◇◆
自由都市フリードの南、120km地点。
「皆さん! 今日は来てくれてありがとうございます! 皆で一緒にフリードを守りましょう!」
「「「うおおおおおおおっ!」」」
大気が震えるほどの歓声が湧き上がる。戦車の上でプレイヤー達に向けて手を振るのは、ゴジロクジネットストリーミング所属の大人気配信者、星ノあかり。彼女こそが、キララの『アテ』であった。
(キララさんに恩返しできるチャンスなんだから、頑張らないとっ!)
チャンネル総登録者数100万人を超える彼女の呼び掛けにより、実に7000人ものプレイヤーがフリード防衛のために集まっていた。ほんの一声でこれだけのプレイヤーを集められる人間はそう居ないだろう。
その他に集まった9000人のプレイヤーを合わせて、総数約1万6000。1000万のモンスターの大軍を相手取るには些か数が足りないようだが、倒されれば数が減る一方のモンスター達に対して、プレイヤー達は例え倒されても5分間の時間を置けばリスポーンすることが出来る。単純な比較は出来ないだろう。
「事前情報によると! 戦場一帯にすごく強いバリアが張られてるせいで遠距離攻撃はまともに機能しないそうです! 近距離攻撃で何とか頑張りましょう!」
そう言ってあかりがぎこちなく拳を掲げると、プレイヤー達も雄叫びと共に一斉に武器を掲げた。
豪華な装備に身を包んだ上級者から、初期装備の初心者まで。プレイヤー達の士気は高い。そんなプレイヤー達の間に混じって、異様な雰囲気を放つ二人のプレイヤーが居た。たすきで袖をまとめた袴姿の少女と、ペストマスクで顔を隠した怪しい長身の男。周りのプレイヤーと一緒に刀を振りかざす少女の隣で、ペストマスクの男はその暗い双眸を光らせていた。