良いニュース、悪いニュース 2
ついに神官様一行が来る日になりました。
さすがに今夜は一段とドキドキします。
王宮での関わりはなかったとはいえ、同じ神職の方とストリップクラブで会うことになるとは思いもいませんでした。
——訂正、元神職です。でも、今でも聖女と呼ばれますし、図々しくもそう思ってもいいのでは?
ともかく、お客様には代わりはありません。
歓迎するべきお客様は歓迎する。客商売の基本です。といっても、今夜着るドレスは少し控えめにしてしまいました。
春らしい、薄紅色のレースのドレスは長袖で、たっぷりとしたドレープが体のラインを上品に見せています。細かいパールが胸元に刺繍されチラチラと光るのがお気に入りの一着です。
「神官様、到着しました」ランカスターさんがポソリと言いました。
私が朝からソワソワしていたので、気にしてくれているのでしょう。
真っ白な王宮の馬車が馬車道をゆっくり曲がっていました。神職を表すエンブレムが輝いています。
馬車から現れたのは、4人の紳士でした。
白絹のストールを首から下げているのが、神官様でしょう。男性神職の正装です。
一人は年配の、もう一人は若い神官様でした。
顔を見ても思い出せないので、王宮では関わりのなかった方のようです。ストールの文様から見るに、書記官で外交担当の方でしょう。
お連れの方はきっちりとした伝統的な正装に身を包んでいましたが、栗色の髪が緩くカールし、異国の顔立ちをしています。西の方でしょうか。
「ようこそいらっしゃいました。わたしくはカレンセイクラブのオーナー、ルゥ・カレンセイと申します」
ちょっと迷ったのですが、王宮聖女のお辞儀をします。ここで気取って上流階級の挨拶をするのも考えたのですが、俗世ズレして高飛車とは思われたくありません。
「ごきげんよう、暁の聖女ルゥ。私はオルフェウスと申します」年配の方が緊張した面持ちで口を開きました。神官様は私を聖女として扱う事にしたようです。
「シュマーです」
若い方の神官様が明るい口調でいいました。この方は楽しみにしているようです。
「こちらは隣国の使者のベイラー様とルーエン様です」
合わせてご挨拶いたします。挨拶だけでしたら、修道院でも王宮でも何千回としてきたので得意です。
「最近王都で噂になっているクラブにぜひとも来たいとのご希望で……」
オルフェウス様は言い訳するように続けます。
「我々も非常に楽しみにしています」
さすがの私も、これはお世辞だとわかりました。
オルフェウス様はちっとも楽しみにしているようには見えなかったのです。
これはいけません。私が気まずいのは良いのですが、お客様が神官様といえど居心地が悪くなるのは本意ではありません。
お席のご案内はランカスターさんに任せます。本日は神職の方が来訪するので、お席には蒸留酒は出さないようにしています。
西の国の方は食べ物の禁忌などありましたっけ?ともあれ、ランカスターさんに任せておけば大丈夫でしょう。
若い神官様と使者の方は玄関ホールを見上げて西の言葉で盛り上がっています。
私も少しは異国の言葉はわかるのですが、少なくとも文句とか嘆かわしい等は言っていないようです。
お客さんが全員揃った後、私はいつものようにお祈りをしました。
つつがなく終わりますように。お客様が心から楽しんでくれますように。
これでいつもは大丈夫です。いつもなら。
*
それは踊り子さんのエリスさんの踊りが終わった頃にやってきました。
「神官様が1人退出しました」ランカスターさんの小声で我に返ります。
私はバーカウンターの横でお客様の反応眺めていました。今はクラブ内は薄暗く、幕間のピアノの音がゆったりと流れています。
「え゛……」恐る恐る振り返りランカスターさんに向き直ります。
「オルフェウス様の方です。トイレにしては長いので見に行ったら、玄関ホールの長椅子に座り込んでいました」
チラリと舞台の下手前の席を眺めます。反応が怖くて、ダンス中はあの席は見れなかったのです。今は若い神官様と使者の方は上機嫌に盛り上がっています。
「若い方は楽しんでいるっぽいけど」
「あああ、どうしましょう。やはり気に入らなかったのでしょうか」
「そんな事言ってもしょうがないだろ。どうしますか?」
普段なら、ランカスターさんがお客様の対応を一挙に引き受けてくれます。
今回は私に気を使ってお知らせしてくれたのでしょう。ここまで来たら、後はお任せとは行きません。
たとえ、ランカスターさんの方が客のあしらいが上手くても、私が処理すべき案件です。
私はフゥっと息を吐き、ランカスターさんと目を合わせました。
「わたしが声をかけてきます。なにか温かいものを……お茶を運んでいただけますか」
*
玄関ホールのカウンターの横、壁沿いの長椅子に神官様はひっそりと座っていました。
よしっ、覚悟を決めるときです。
それに、修道院育ちなので説教は聞くのは得意です。私は思い切って声をかけました。
読んでいただきありがとうございました。
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