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良いニュース、悪いニュース 1

 良い知らせというのは、素晴らしい一日の始まりを意味します。と、いうわけで私は朝から上機嫌でした。


 一刻も早く誰かに伝えたいと、執務室のドアを普段よりも勢いよく開けます。

 少々品がないのですが、私はこの屋敷の主で、このストリップクラブのオーナーです。そしていいニュースを持っている。これだけで勢いよく扉を開ける資格はあるはずです。


「おはようございます! いいお知らせがありますよ! 」


「カレンセイ、おはよう」

 ランカスターさんは軽く視線を上げて言いました。申し訳ない程度の礼儀です。朝食の席で挨拶したので、もういいと思っているのでしょう。


 このストリップクラブの総支配人である彼は、今日も誰よりも早く来て書類を読んでいました。朝食の席では寝癖が酷かった黒髪も、今はきっちりとまとめて、いつもの麻のシャツとジャケットを着ています。


「俺は良いか悪いかわからない『《《お知らせ》》』がある。どっちからにする?」


 もちろん、私からに決まっています。

 顔から笑みがこぼれて、フヒヒと変な声が漏れてきそうです。


「もちろん、いい知らせからです。とっても素敵なお知らせです。なんと、ノーヴィー夫人とクラブシェフのガストンさんがご婚約したのです!」じゃーんと手を広げたくなるのをこらえました。


 ノーヴィー夫人はこのお屋敷に通いでお料理を作りに来てくれる料理人で、数年前に旦那さんを亡くされ料理人のお仕事を始められたそうです。彼女のお陰で私とランカスターさんは文化的な食生活を送れるといっても過言ではありません。

 このカレンセイクラブで育まれた愛。素晴らしいことです。


 ランカスターさんの反応は私が想像していたより冷静でした。きゃーとまではいかないまでも、少しは喜びの声を上げても良いのに。


「ああ、それか」


「知っていたのですか?!」


 ランカスターさんは肩をすくめました。それが答えでした。

 ストリップクラブの従業員を取りまとめる立場にあるランカスターさんには、シェフのガストンさんの方からお知らせされていたのでしょう。

 ちょっと残念ですが、素敵なニュースには違いがありません。


「お祝い包まないとなぁ~。夫人のお子さんって2人だっけ? たしか成人して王都にいるはず……」パチパチとそろばんを叩いています。

 まったく現実的な方です。


「ノーヴィー夫人は君の屋敷の使用人だし ガストンはクラブの従業員だから問題ないよな?」


「問題ってなにがですか?」


「問題だよ。ウチは社内恋愛禁止だ」


「は?」思わず間抜けな声が出てしまいました。


「——社内恋愛禁止?」


「そう。職務規定に書いてある」


 誰が決めたんですか? 思わず口をパクパクさせてしまいます。


「誰が決めたんだって顔してるな。俺だよ。というか、君も読んでサインしているはずだぜ」


 ストリップクラブを始めるにあたり、ありとあらゆる書類にサインをし続けていました。ランカスターさんが言っているなら、職務規定にも私のサインがあるのでしょう。私の記憶にあるかは置いといて。


「で、でも……」


「なんだ? 職場の人間と恋愛したいのか? 止めとけ止めとけ」


「いいえ、わたしはまだ結婚するつもりはありません」


「結婚? ——ん……あぁー…………そう」


「恋する気持ちは自然にあふれるもので、ルールで止められるものではありません」


「あのなぁ、職場の揉め事の原因はいつでも人間関係だぜ。なにより痴情のもつれがいちばんやっかいなんだよ。しかもウチはきれいどころを雇ってるからな、百害あって一利なし」


「経験者は語るですか?」


「俺の話はいい。でも、劇場でも支配人だった俺がいうから間違いない。規律は大事だ」


「『愛と幸せに満ちたクラブになりますように』ってお祝いの席で願ったではないですか」


「あれはお祈りの常套句だろ」


 ランカスターさんはため息を付きながら言いました。

 あの顔は議論の余地なしモードの顔です。1年にもわたるランカスターさんとの付き合いで、彼の考えもだいたいわかってきています。


「続きは今度の定例会議でお話しましょう」

 私はこほんと咳払いをして言いました。100個は異議がありますが、ここはひとまず引くときです。

 定例会議までに、この冷徹で仕事中毒で合理主義者の心を揺さぶるスピーチを考え出さなければ。感動的なやつを。やることリストに追加です。ついでにランカスターさんの劇場時代の《《豊富な経験》》も知りたいです。


「で、ランカスターさんの番です、良いか悪いかわからない『お知らせ』って?」


 ランカスターさんは手に持った封筒をひらひらと振りました。なにやら見覚えのある封蝋が目につきます。どこか懐かしいような……


「それは……わたしの古巣の……」


 泉に白鳥の紋は王宮の神職の方々が使う紋章です。


「神慮書紀局の神官様から予約が入っている。書記官のシュマーって方だ。外交官かな? 知ってる?」


 頭を振ります。私は王宮にいた時はカルミナ聖女会に所属する聖女でしたので、神慮書紀局の方とはほぼ関わりがありません。

 神慮書紀局は聖女の天啓を管理する部署ですが、職務上他国との関わりのある方もいます。


「4名で来たいって。接待だと思うけど。で、予約受けるか? 君が気まずかったら断るけど」


 それは——難しい問題です。



 *


「で、予約は受けたのか?」

 ミトがサンドを持ったまま、芝生に寝っ転がって言いました。工房から抜け出して仕事着のままなので、少々汚れても気にしないのでしょう。


 王都の中央にある大公園は昼時にもなると昼食を野外でとる方々で溢れます。

 私達もその中の一人です。せっかくなので、ミトの工房とも近い大公園で待ち合わせして近くのお店でかったお魚のサンドをいただきます。

 

「受けました。断る理由もないですし」


「付き合いとはいえ、まさか神官様がストリップダンスを見るとはねぇ~」私と同じ修道院育ちのミトは思うところがあるのでしょう。


「故郷の神官様には聞かせられないな」


「まぁ、その。わたしのクラブは娼館ではないですし、ダンスを楽しまれる事は聖典でも推奨されていますし」


 焼き魚のサンドを口に運びます。

 焼き立てのパリパリの魚と香草をまとめてパンに挟んでいます。肉厚なお魚がホロホロと崩れ、レモンとバターと香草の香りが口いっぱい広がっていきます。


「……」夢中で食べ続ける私を見て、ミトは訝しげな表情を浮かべました。


「で、お次はなんだ?」


「へ? ——何がです?」


「あんたが黙って飯食ってる時は、考え事がある時だろ。他にもあるんだろ」


 彼女はなんでもお見通しです。さすが幼馴染です。それか、私が表情に出やすい質なのかもしれません。

 お茶をカップに注いで時間を稼ぎ、思い切って言ってみます。


「わたしのストリップクラブは社内恋愛禁止だそうです」


「それが?」


「社内恋愛禁止ですよ? 職務規定で決まっているそうです。ちょっと厳しくないですか?」


「いいじゃねぇか」


 ミトの反応は予想外でした。


「そんな……恋する気持ちは止められるものではありません」


「誰かみたいに、止められずに早々と婚約して婚約破棄して、聖女辞めて無職になって酒場で呑んだくれるかもしれないしな」


 ——う。はい。たしかに、私は特に考えずに婚約して、さっくり婚約解消されました。呑んだくれたのも語弊がありますが事実です。


「あ、あれは恋ではないですしっ。ランカスターさんったら、わたしに内緒で職務規定に入れてたのかもしれません」


「あの人やり手だからなぁ。でもわかるぜ、ランカスターさんだって劇場で苦労したんだろ。職場の恋愛でイザコザなんで面倒だし雰囲気悪くなるし、良いこと無いぜ。あたしも工房入ったばかりのころ親方が目光らせて守ってもらったんだ。お陰で面倒事に巻き込まれずにすんでて感謝しているんだぜ。12の頃から男所帯で働いているあたしが言うんだ間違いない」


「そんなものでしょうか」


「そんなもん」


 ミトは残りのサンドをむしゃむしゃと食べてながら言いました。

 手元のカップを覗き込みます。


 そんなもんでしょうか。

読んでいただきありがとうございました。


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