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四次元アフロ

作者: 青水

 前の席の佐藤はアフロである。もじゃもじゃの髪によって、頭のサイズが二倍になっている。その立派なアフロが元来のものなのか、美容院でつくられたものなのかはわからない。確かなのは彼がアフロだということだけ。


 俺は佐藤よりも背が高く、よって座高も俺のほうが高いのだが、奴の巨大なアフロのせいで黒板の文字を読み取る難易度が上がっている。俺が右に傾くと佐藤のアフロも右に傾き、俺が左に傾くと佐藤のアフロも左に傾く。おそらく、意図的に邪魔しているというわけではないのだろうが、無性に腹が立ってくる。


 ある日、佐藤が居眠りをした。昼食明けの五時間目の授業である。すべての授業で一番眠たくなる時間帯だ。しかし、俺は午前中にぐっすり寝ていたので、たらふく昼食を食べた後でも意識は冴えわたっている。


 佐藤の眠り方は堂々としていた。椅子の背もたれにもたれかかり、腕を組んでどっしりと眠っているのだ。どうして、教師に注意されないのか不思議だ。彼が眠っているのは明らかなのに。もしかしたら、このアフロに妨害センサーでも搭載されているのかもしれない。


 アフロ。


 俺の席の領域へと侵入している巨大なアフロが無性に気になった。アフロを凝視していると、それがまるで小宇宙のように思えてきた。そういえば、佐藤はこのアフロの中から様々なアイテムを取り出していたな。文具や菓子や本などを、手を突っ込んで取り出していた。まるでドラえもんの四次元ポケットのようだ。


 四次元アフロ。


 このアフロの中には、科学では解明できない広大な空間が広がっているのかもしれない。そう考えると、気になって仕方がない。手を突っ込んでみたくなる。しかし、人様の髪を勝手に触るのはいかがなものか。いや、普段さんざん迷惑を被っているので、アフロに手を突っ込むくらいしたっていいじゃないか。


 そう思った俺は、おそるおそるアフロの中に手を突っ込んだ。アフロは抵抗することなく、俺の手を受け入れてくれる。ズブズブと手が、腕がアフロの中に入っていく。おお、すごい。最初はそう思った。しかし、すぐに疑問がわいてくる。


 おかしい。アフロのサイズ的に、ここまで腕が入り込むわけがないのに……。ごくり、と唾を飲み込む。まさか、本当に四次元アフロなのか? だとしたら、最終的には俺の体全体がアフロの中に入るのではないか? 


 恐怖を感じた俺はアフロから腕を引き抜こうとした。しかし、何かが俺の腕を強く引っ張り、俺という存在をアフロの中へ引きずり込もうとしてくる。くそっ、放せ! 声に出そうとしたが、なぜか声にならない。周りに助けを求めようと思ったが、なぜか誰も俺の危機に気づいた様子はない。


 このアフロに手を突っ込んだ瞬間、俺は世界から隔絶されてしまったのかもしれない。同じ世界にいるようで、実は別の次元に飛ばされてしまったのか……。ふざけた妄想のように思えるが、通常ではあり得ない現象が起きているのだから、一蹴することなどできない。


 俺は汗を滴らせながら、腕を引き抜こうと必死に力を込めた。一進一退の攻防である。俺を引きずり込もうとしているのは、このアフロを構成する一部で、俺をこの四次元アフロシステムの一部にしようとしているのではないか、と推測した。そう、俺を取り込もうとしているのだ。


 長期戦に持ち込まれたら、勝ち目はない。短期決戦するしかない。俺は渾身の力でもって、腕を引き抜いた。すぽっとアフロから腕が抜けて、俺は勢いのあまり椅子からひっくり返った。ぶっ倒れる。


 アフロから引き抜いた瞬間、俺は元の世界へと帰還したようだ。ひっくり返った俺を、佐藤以外の全員が驚愕の表情で凝視する。その後、クラスは笑い声に包まれたが、俺は恥ずかしがる余裕などなかった。安堵と恐怖で荒い息を繰り返していた。


 授業が終わると、佐藤は何事もなかったかのように俺に話しかけてきた。アフロは一つの生命体として独立しているのか……? それとも、あえて素知らぬ顔をしているのか……? わからない。


 わかったのは、佐藤のアフロは普通ではなく――つまり異常で――触れてはならない禁断の領域だということ。それくらいだった。謎を解明する気にはならない。謎は謎のままにしておくべきなのだ。


 俺はそれ以降、一度も佐藤のアフロに触れることはなかった。マリモのように観察するくらいがちょうどいいのだ。


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