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私の家

 産まれた時から霊的なモノが見えていて、オカルト的な怖さが麻痺してる普通の無表情系主人公。

 私は、どこにでもいる普通の女子高生だと思う。

 ごく普通の共学校に通い、ごく普通の成績、仲の良い友人数人と他愛ない話をする日々。

 父と母は共働きで夜遅くまで帰ってこない。夕飯はいつも一人。


 ――いや。


 (……今日も、いる)

最近は『影』がいる。何をしてくるでもなく、こちらをじっと見ている……気がする。何せ相手には目玉どころか顔もないのだから、はっきりとしたことは分からない。何となく、こちらを見ている気がするだけで。

 『それ』が何なのか分からないが、関わらない方がいいことだけは分かる。

 経験上、これらには関わらない方がいいのだ。

 危害を加えてくるわけでもなく、ただ佇んでいるその『影』に対して、目障りな以外感情の持ちようがない。


 「ただいま~」

「お帰り、お母さん」

母が帰宅すると、その『影』はどこかへ溶けるように消えていく。どこへ行ったのかは大体想像つくのだけど。

「ご飯もう食べた~?」

「うん。お母さんは?」

「外で食べてきた。明日は久しぶりの休みだから、腕によりをかけてあんたの好きなものを作るわよ」

「じゃあ、唐揚げがいいな」

「好きね~」

「お母さんの唐揚げ、美味しいから。お父さんは?」

「まだ帰ってないの?打ち上げじゃない」

 『影』が現れるようになってから、私はできるだけリビングに居座ることにしている。こういう時一人になると、ろくなことがない。


 夜、十時過ぎ。

 今日は部屋に一人だ。『あの子』はどこへ行ったのか、姿が見えない。

 『影』は、ベッドに寝転がる私を見下ろしている。

 いつもベッドの周りをぐるぐると旋回している奴らは、『影』がいるからか出てきていないようだ。

 (いつもは、こんなに近づいてこないのに)

『影』は体を折り曲げて私の顔を覗き込んでくる。あと数センチで触れそうな距離。体が動かない。動悸と、激しい眩暈(めまい)がする。


 不意に、胸の上に軽い圧を感じた。

 目線だけそちらにやると、『あの子』が無数の大きな瞳で『影』を見つめていた。骨と皮でできた猫のような、頭が大きすぎる不格好な『あの子』。

 『影』は『あの子』を警戒しているのか、部屋の隅の暗がりに消えていった。金縛りは、まだ解けない。

 『あの子』は沢山の瞳で私を見下ろすと、子猿にも似た両手で壁を這い登っていく。『あの子』が透過するように天井へ消えると、私の体に自由が戻った。

 この家には、様々な『モノ』が居ついている。それらは往々にして静かであり、直接的な害をなさない。しかし、ごく稀に悪影響……霊障を引き起こす奴らがいる。それらが悪意を持っているのか、『あの子』のように悪意なく引き起こしているのかは分からない。どちらにしろ、傍迷惑な話だ。


 「ただいま」


 一階から、控えめな声が聞こえてくる。時計に目をやると、丁度十一時を指したところだった。

 「お父さんおかえり」

「ただいま。お土産、あるぞ」

「明日食べる。それより、()()憑いてるよ」

「え、本当?通りで何か、肩が重いと」

「足元だけどね」

 私の父は映画監督だ。映画監督、といってもマニアックなホラー映画ばかり作っている。その筋では有名な監督らしいが、世間一般に有名とは言い難い。

 父には映画を撮る上での拘りがあるらしい。いわく、『ロケ地は本物の心霊スポットじゃないと』。

 父のデビュー作はうちの近所にある『葦取池(あしとりいけ)』という心霊スポットを題材にしたもの。古くから言い伝えられている話を元に、レジャーに来た都会の高校生が池に引きずり込まれてしまう話。流石に地名等々は変えていたが、見る人が見ればどこか一発で分かってしまう。それ故一時期怖いもの見たさの連中が来ていたこともあった。

 「今回は、どんなのが憑いてるの?」

「目玉のない日本人形みたいな女の子。お父さんの足にしがみついてるよ」

「本当?写真、撮らないと」

 父は霊感が全くない。それでよく本格ホラー映画が撮れるものだと感心するほど鈍い。いや、それほど霊感がないからこそ本場をロケ地にして撮影できるのか。

 「はい、チーズ」

呑気にピースサインをする父の右足に、小学校一年生ほどの大きさの日本人形がしがみついている。眼球のないその目線は一心に父の顔に注がれており、半開きになった口からは異様に赤い舌が覗いていた。

「どれどれ……おお!本当だ。凄いなこれ、顔とかリアルだなぁ。材質は陶器かな……この煤の感じとかイイね。呪いの人形っぽいけど、髪の毛は伸びないタイプなのかな?あ、壊れかけだけど可愛いお花の飾りが付いてる。着物の色褪せ具合も……」

「お父さん、うちにこれ以上変なの連れて来ないでよ」

「大丈夫。明日にはスタッフ全員でお祓いに行くから」

「そういうのってその日のうちにするんじゃないの?」

「まだ撮影残ってるからねぇ……カメラの不具合で上手く撮れてないところがあって」

 父にとって霊障は怖いものではないらしい。

 日本人形は父の顔を見つめたままだ。何か物言いたげな様子で口をぱくぱくと動かしている。

「……お父さん、ロケ現場で何かやった?」

「うーん。……ヤバいって言われてた押し入れを開けたくらいかな。中は埃だらけだったけど、撮影に不具合の出そうなものはなかったから重要シーンとして採用した」

「……」

「え、そんなにヤバそうなの?こんな可愛い人形なのに」

この父は、一度呪いの恐ろしさを身をもって体験した方がいいんじゃなかろうか。いつか絶対に痛い目を見ることになるだろう。

 ――あの黒い『影』も、父が連れてきたモノのひとつだ。

 数ヵ月前にロケ地発掘の心霊スポット巡りへ行った父が連れてきた『影』は、ただ静かに玄関に立っていた。日が経つにつれ『影』の行動範囲は広くなり、ついに今日、こちらに接近してきた。

 (このままじゃ、危ないなぁ)

再びベッドへ横になり、『あの子』が這い廻る天井を見上げる。あの『影』はどこへいったのだろうか。

 今までこんなに多くの『モノ』が家に集まったことはなく、そうでなくとも父が連れ帰った日本人形からは嫌な気配がした。『影』の方だって、今後何をしてくるか分からない。

 私には霊的なモノが見える。ただ、それを祓ったり操ったりする能力はない。本当にただ、見えるだけ。

 だからこそ、この家には多くの怪異が潜んでいる。私たちが何もしてこないからと付け上がっている。父も母も見えていないから、 私をからかっているのだろう。

 奴らは家に憑くから、何度かお祓いに来てもらったり、引っ越したりもした。それでも父の仕事場や近隣から家に集まってくるので、もう諦めてしまった。今は何か悪さをされた時だけ、対処している。


 「じゃあお父さん、気を付けてね」

「うん。大丈夫だよ、お守りも持ったしね」

翌朝仕事に向かう父の足元には、昨夜同様日本人形が憑いている。瞳のないその顔は、首をおかしな角度に曲げて私を見つめながら、父と共に遠ざかっていった。

 「あんたも早くしないと、遅刻」

「はーい」

母に急かされて家を出る。

 振り向けば玄関には母と、私に憑いてくる黒い影。



 (…今日は、神社に寄って帰らないと)


 今日も、少し変わった私の日常。

 道祖神やお稲荷さんは心強い通学路のパートナー。(ただし安全を保証するものではない)

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