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革命同好会入部

 ······暗く。冷たい地下にある鉄格子の中。ロシーラはそこで壁に背を預け座り、薄目を開けていた。


 頭に浮かぶのは、アーズスの笑顔ばかりだった。ロシーラはアーズスとの出会いを思い出していた。


 ロシーラは小さな村の平凡な娘だった。その村に、ある傭兵団が休養と補給の為に一日だけ留まった。


 「向日葵の傭兵団」と名乗った傭兵達は、村での飲食と食糧の購入を申して出て来た。村の数少ない食堂は大混乱に陥った。


 何しろ五百人の男達が腹を空かせて殺到して来たのだ。村中の娘達がその手伝いに駆り出された。


 畑にいたロシーラもその一人だった。荒くれ者達の相手など気が進まなかったが、傭兵団が村に支払う額はこの小さな村にとって大きな収入だった。


 食堂は満席になり、座れなかった傭兵達は店の外に座り食事の配給を待っている。ロシーラは次々と出来上がった料理を一心不乱に運んだ。


 玉の様な汗を流し、ロシーラはお盆に載せたパンとスープを店の外に運ぼうとした。その時、足がもつれロシーラは手からお盆を離してしまった。


 だが、ロシーラの目の前にいた男が見事そのお盆を両手で掴んだ。


「ふう。危なかったな。お嬢さん。一食無駄にしなくて良かったね」


 右目の下に小さなホクロがあるその若い男は、傭兵に似つかわしく無い爽やかな風貌だった。ロシーラは男の笑顔に見惚れていた。


 それが、ロシーラとアーズスとの初めての出会いだった。傭兵達が腹を満たした頃、村はもう夕暮れになっていた。


 疲れ果てたロシーラは、店のテーブルに行儀悪く頭を載せていた。


「ここのテーブル。開いているかな?」


 その声に、ロシーラは飛び起きた。ロシーラの目の前には、先程の貴公子がお盆を持って立っていた。


「······ど、どうぞ。開いています」


 ロシーラは返答しながら黄色い髪のを両手で触る。給仕をしている最中は気に留める余裕は無かったが、今自分の髪の毛は乱れていないのか不安になる。


 アーズスは微笑みながら椅子に座った。そしてお盆から湯気の立ったスープをロシーラに差し出す。


「今日は俺達の為にお疲れ様。何とかこの一杯のスープを確保するのがやっとだった。悪いけどこれで勘弁してくれるかな」


 アーズスは申し訳無さそうに目を伏せる。向日葵の傭兵団は紳士が集う集団なのか。ロシーラは疲労と空腹を忘れ、そんな事を考えていた。


 翌日、傭兵団は村を出た。依頼された仕事の連絡役の為に、アーズスは村に残った。そこで異変が起こる。


 バリーザン配下の兵士達が村を襲って来たのだ。大混乱に陥る村の中で、ただ一人アーズスだけが兵士達に立ち向かって行った。


「いたぞ!黄色い髪の娘だ!捕まえろ!!」


 兵士達は何故かロシーラを拘束しようとしていた。アーズスは愛馬にロシーラを乗せ、追いすがる兵士達から逃れた。


 アーズスとロシーラの逃避行の始まりだった。

 


 放課後、廊下を歩いていた麻丘あかねは、夢で見たロシーラの回想を思い出していた。運命の人と運命的な出会い。


 人は出会うべくして出会う。詩のような一節をあかねは小さく呟き、将来自分にもそんな出会いがあるのかと想像の翼を広げた。


「素敵だわ。こう言うのって、えーと。確か「割れ鍋に閉じ蓋」って言うんだっけ?」


 浪漫に浸る少女的空想を一瞬で粉々に破壊することわざを口にして、あかねは農業研究会の部室の扉を開けた。


 部室内には既に先客がいた。岡山翔平は四脚ある椅子の一つに座り、入室して来たあかねを一瞥し、手にした本に視線を戻した。


「こ、こんにちは。岡山君。一人?」


 初対面から苦手意識を岡山翔平に持ってしまったあかねは、自己の中に存在する精一杯の社交性を駆使して挨拶をする。


「見れば分かるでしょう?この部室にはどう見ても僕一人しか居ませんよ」


 翔平は本から視線を外さずそっけなく返答する。その態度に、あかねは心の中のもやもやが増していく。


『な、生意気ね!一応私は先輩よ?この態度ってあり得なくない?一体私の何が気に入らないのよ!』


 あかねは憤慨しながらも、翔平の斜め向かいの椅子に座った。翔平の本のタイトルを見ると「長時間労働の悲劇」とあった。


「岡山君はなんでこの部に入ったの?やっぱり社会システムに疑問があったから?」


 あかねは翔平に質問しながら思った。この生意気な後輩は少なくとも、あの超絶美女の桃塚ひよみ目的で入部したのでは無いと。


 事実、桃塚ひよみにお近づきになりたい入部希望者が後を絶たないらしい。ひよみのあの容姿を考えれば無理も無い。あかねはそう納得していた。


「先輩こそ仮入部とは言え何で農業研究会に入ったんですか?ああ。暇だからですか?」


 質問を質問で返され、尚かつ暗に暇人と罵られたあかねは、生意気な後輩に歯ぎしりしていた。


 あの日、中庭の畑の前で岡山翔平と初めての顔を合わせた時。桃塚ひよみは農業研究会の目的についてあかねに語った。


「この畑を見て麻丘さん。狭い畑だけど、私達は年間を通して十種類以上の野菜を育てているの」


 桃塚ひよみの綺麗な指が指し示す畑をあかねは見た。畑には茄子。ズッキーニが見事に収穫時を迎えていた。


「他にも農家さんの田んぼの一部を借り、米作りと大豆作りも行っているわ。食べ物をスーパーで買うのでは無く自分で作る。麻丘さん。それが出来るとどうなると思う?」


 男なら十人中、九人。否。全員が一目惚れするだろうと思われるひよみのその瞳に見つめられ、あかねは必死に考えた。


「え、えーと。自給自足的な物を目指しているんですか?」


 必死に捻り出したあかねの答えに、ひよみは笑顔で頷いた。


「いい答えよ麻丘さん。でも私達は完全な自給自足を目指している訳じゃないの。やれる範囲で自分が食べる物を作る。そうするとね。食べ物を買う為のお金が必要無くなる。つまりお金を得る為の労働時間を減らせるの」


 桃塚ひよみの説明に、クラスメイトの荒島亮太は黙って頷いている。


「労働時間を減らす。この農業研究会の目的はそこなの。食べ物だけじゃないわ。衣食住。自分で出来る事を増やし、なるべくお金を使わない。そうすれば、賃金労働の負担はかなり減らせるわ。農業研究会は、それを研究実践する部なの。どう?面白そうじゃない?」


 桃塚ひよみは、あかねの両手を掴み片目を閉じて見せた。その甚大な破壊力。同性とは言え圧倒的な魅力を間近に見せられたあかねは、動悸が激しくなっていた。


「······え。えーと。取り敢えず仮入部で言いのなら」


 あかねのしどろもどろの返答に、桃塚ひよみは破顔した。


「聞いたわね。荒島君!岡山君!今日ここに、革命同好会の新たな同士が加わったわ!!ようこそ麻丘さん!私達は貴方を心から歓迎するわ!!一緒に革命を起こしましょう!」


 桃塚ひよみは高らかにそう叫んだ。あかねはいつの間にか革命の同士にされていた事に、この時初めて気付いた。


 

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