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手紙

 邪神教団ネウトスの大司教。バリーザンは四十五歳で永眠した。総指揮官の死で、バリーザン軍の士気は枯れ、盗賊連合軍に全面降伏する形となった。


 人柱である巫女達は、死亡したシャロムを除いて全員開放された。人柱の一人であったモナコと言う名の娘は「急いでクロシード様の元へ帰らないと叱られるわ」と血相を変えてバスタル要塞を出ていった。

 

 盗賊連合軍の指揮官マキシムは、全面勝利に胸を撫で下ろすと同時に、これから起こる騒動を想像して気が滅入った。


 九つの盗賊団でバリーザンの財宝を山分けする計画だったが、それに加え向日葵の傭兵団と国王軍。


 更に後から参戦した他の傭兵団も財産の配分を要求して来る筈だった。バリーザンの遺産相続は荒れに荒れる事が容易に想像出来た。


「全く。我ながら難儀な事だな」


 マキシムは深いため息をつきながらも、乗りかかった船だと最後まで戦後処理をまとめるつもりだった。


 マキシムはこの後、救国の戦功により、国王より領地を与えられる事となる。地方領主となったマキシムは、公正な政治により、領民から「隻眼の好漢」と慕われる領主となった。


 ちなみにマキシムは、生涯断酒を貫いた。断酒の理由を問われても、マキシムは苦笑して真相を語らなかった。


 向日葵の傭兵団の副団長フレソルは、傭兵団を解散した。そして妹二人と共に、戦災孤児を保護する組織を立ち上げた。


 フレソルが驚いた事に、解散した傭兵団のその半数がフレソルの組織に参加した。


「まあ。やる事が無くて暇だしな」


 組織に賛同した傭兵達は、口々に同じくそう言った。知らず内に、キッシングの人格が傭兵達に伝染していたのか。フレソルはそんな想像をしながら頭を傾げた。


 以後「向日葵の傭兵団」は「向日葵の護民団」と名を変え、戦災孤児達の救済に力を尽くした。


 砂色の髪の魔法使いロッサムは、戦いの後放浪の旅に出た。一度はバリーザンの思想に傾倒したが、この世の平和の為に何か正しいのか。それを追い求める為に、ロッサムは生涯を捧げるつもりだった。


「······ふーん。ロッサムって意外と真面目だったのね。知らなかったわ」


 旅立つロッサムを見送りながら、ロシーラはアーズスの隣でそう呟いた。アーズスは苦笑しながら、戦友にいつまでも手を振っていた。


 アーズスとロシーラは結ばれ、生涯を共に過ごした。勇者の力に目覚めたアーズスは、迷いも惜しみも無くその勇者の道を捨て一介の農民になった。


 そして妻ロシーラと穏やかな日々を送った。子宝にも恵まれ、二人の間には三人の子供が生まれた。


 生活する村の近辺で盗賊や魔物が現れた時のみ、アーズスは剣を取りその力を奮った。アーズスは黒い水晶の首飾りを、常に肌見放さず身に着けていた。


 ロシーラが何の為につけているのかと聞いても、アーズスは秘密だと笑って答えなかった。


 その時は頬を膨らませ面白く無い表情を見せるロシーラだったが、そんな些末な事など気にならない程、ロシーラは幸せにな生涯を送る事となる。


 一人の人間の生涯が閉じ、次の世代が歴史を作っていく。そして、それは枯れることの無い大河の流れのように続いて行った。 



 ······原因不明の飛来物による頭部頭蓋骨骨折による大量出血。それが、岡山翔平の死因だった。病院の廊下に置いてあるソファーに、死人の様な表情で座る麻丘あかねに、荒島亮太が一通の封筒を差し出した。


 水色の封筒には「麻丘あかね様へ」と書かれていた。翔平の作業着のポケットの中に入っていたと亮太は説明した。


 あかねは、血の通わない人形の様な動きでその手紙を受け取る。亮太は黙ってそこから立ち去り、あかねはゆっくりとその封を開けた。


 封筒の中には、とても綺麗な字で書かれた便箋が数枚入っていた。


『あかねへ


 あかねがこの手紙を読む時、僕はきっとこの世に生きていないと思います。だから、この手紙に全てを記します。あかねはもう、全ての真実にとても近い所に立っていました』


 あかねは岡山翔平の手書きの字を見た瞬間、瞳に生気が甦って来た。その手紙には、文字通りあかねの数々の疑問が全て書かれていた。


 あかねが見る夢の異世界。あれは、あかねの前世の記憶だった。月夜の夜。ロシーラとアーズスが想いを確かめ合った時、ロシーラは無自覚の内に予言を口にしていた。


 それは、自分がバリーザンに呪いによって来世で二度命を落とすと言う予言だった。それを間近で聞いたアーズスは、何としてもその運命を変えようとしたが、結果は予言通りとなってしまった。


 絶望したアーズスに、黄色い髪の巫女シャロムが救いの手を差し伸べた。三度転生が叶うと言う黒い水晶の首飾りをシャロムから受け取ったアーズスは、来世でロシーラを襲う呪いから彼女を守る事を誓った。


 ロシーラとアーズスはその後添い遂げた。アーズスは呪いについてロシーラに話す事はついに無かった。


 そしてアーズスは東海正晴に生まれ変わり、一歳のあかねを暴走する車から自らの命を犠牲にして助けた。


 東海正晴は物心ついた頃に既に前世の記憶を知り、自分の使命を自覚していた。そして正晴の首には、何故か黒い水晶の首飾りがかかっていた。


 それは岡山翔平に生まれ変わった時も同様だった。ロシーラが口にした自分の死。その日付も転生した正晴や翔平は覚えていた。


『だがらね。丸尾さんの家からの帰り道。あかねがバイクと接触しようとした時、とても驚き焦ったんだ。もしかして、呪いの日付が早まったのかって』


 あかねは思い出す。あの時、あかねはバイクの前によろめき、翔平がそれを助けてくれた。その時の翔平の表情は、とても動揺していた。


 あかねが農業研究会に入部する事も、ロシーラは予言していた。翔平は高校生になると先に農業研究会に入部し、あかねの入部を待った。


 あかねが入部する迄、翔平は自分からは決してあかねに近づかなかった。あかねに冷たく接した理由と同様、自分の死後あかねの負担を軽減させる為だった。


 あかねが翔平に初めての夢の話をした時の事も手紙に書かれていた。翔平はあかねが異世界の夢を見ている事など知らなかった。


 あかねがロシーラの姿を夢で見ていると知った瞬間、翔平はあかねとロシーラへの愛おしさが抑えきれず、あかねを抱きしめてしまったと言う。

 

 東海正晴と岡山翔平は、共に施設で育った。アーズスは願った。自分は来世でロシーラの身代わりに死ぬ。


 ならば、周囲の家族が悲しまない様に身寄りの無い子として生まれ変わりたいと。神がアーズスの願いを聞き遂げたのか、正晴も翔平も親が居ない子として施設にやって来た。


 正晴も翔平も、施設では心を閉ざし仲の良い友人は作らなかった。いずれ自分は死ぬ身であり、周囲に悲しませる人達を作りたくなかったと言う。


 だが、東海正晴にはゆみと言う妹がいた。そのゆみだけが気がかりだと翔平は手紙に残していた。


 もし叶うなら、ゆみと友達になって欲しい。翔平はあかねに手紙にそう記し願った。また、翔平は荒島亮太の事にも触れていた。


 荒島亮太は誠実でとても信頼出来る人物だと。丸尾の家からの帰り道。大木の下であかねは翔平に告白をした。


 ロシーラの予言により事前にそれを知っていた翔平は荒島亮太を呼び出し、状況を利用してあかねと亮太を近づけさせようとした。


 だが、その事についての説明は手紙に記述は無かった。そして手紙の最後には、あかねへの想いが綴らていた。


『この手紙も最初は書くつもりは無かったんだ。あかねには早く僕の事を忘れて、この世界で幸せになって欲しかったから。でも、あかねが真実に近づいた以上、あかねの疑問に答える為に書くべきだと思った。いや。違うな。それは僕の見栄という名の詭弁だ。本当は知って欲しかったんだ。僕と言う存在を。東海正晴と岡山翔平。二人の人間が確かに生きていたという事実を。


 それでもやっぱり、僕の願いは一つ。あかねには幸せになって欲しい。僕はこの何不自由無い豊かな世界に最初は驚いた。でも、そんな世界でも、不自由や理不尽な事も多くある。農業研究会はその問題を解決する一つの方法だと僕は思う。だがらあかね。この世界で、あかねの生きやすい生き方で幸せになって。それがアーズス。東海正晴。岡山翔平。三人の願いです』


 手紙を読み終わった時、それまで堪えていたあかねの涙腺が限界を超え、流れる涙は手紙を濡らして行った。


 だが、あかねは歯を食いしばり必死で涙を止めようとする。翔平は死ぬ間際にあかねに言った。強く生きてと。それだけが、あかねの今の折れそうな心を支える唯一の言葉だった。


 ······岡山翔平が亡くなってから一ヶ月。麻丘あかねは翔平の生活していた施設を訪れ、東海ゆみと会った。


 あかねは夢の話や前世の呪いについて全てゆみに話した。そしてあかねが原因で、ゆみは兄の東海正晴と、片想いをしていた岡山翔平二人を失った。


 あかねはゆみに謝罪した。頭のおかしい奴と罵られる覚悟をしていたあかねは、真面目な表情をしていたゆみに驚いた。


「······あんたの話が本当か嘘か私には分からない。けど、もし本当なら謝罪は不要よ。ううん。謝っちゃいけないわ。それは、私の兄や翔平のした事を否定する事になるもの」


 東海ゆみの意外な言葉に、あかねはその場で泣き出してしまった。ゆみは無言で手にしたハンカチをあかねに差し出した。


 東海ゆみはあかねの友人になり、二人の親交は生涯続く事になるのだった。



 ······それから二ヶ月後のある日曜日。麻丘あかねは日課である仏壇に手を合わせ、玄関で靴を履いていた。


「あかね出かけるの?どこに行くの?」


 母の早苗の質問に、あかねは微笑して答えた。


「うん。ちょっと供養に」


 怪訝な表情の母を置いて、あかねは家を出た。電車を乗り継ぎ、バスが通っていない道を歩き、あかねはある田んぼに辿り着いた。


 冬の田んぼは殺風景その物で、米を収穫したあの時の光景とは全く違った。あかねは茶色い土一色の田んぼに踏み入り、腰をかがめ水色の封筒を土の上に置いた。


 それは、岡山翔平があかねに遺した手紙だった。そしてここは、翔平があかねを庇い命を落とした場所だった。

 

 あかねは封筒にライターで火をつける。乾燥した空気も手伝い、封筒の端に火がついた途端、あっという間に火は広がり封筒を灰に変えていく。


 あかねは、翔平からのこの手紙を処分する事を選んだ。この封筒がある限り、あかねは翔平の文字を通して精神的に頼り依存してしまう。そう判断した上での事だった。


 封筒は直ぐに灰となり、その煙が薄雲が広がる空に昇って行く。それを見上げながら、あかねは翔平の事を考えていた。


 異世界でアーズスがシャロムから受け取った黒い水晶の首飾り。これを身に着けていると、三度転生が叶うとシャロムは言った。


 その言葉通り、アーズスは東海正晴。岡山翔平と二度転生を果たした。そして、転生の回数はあともう一度だけ残されていた。


 バリーザンの二度の呪いから解放されたあかねを、もう翔平が守る必要は無かった。あかねは思う。


 翔平は既に、どこかの赤子として生まれ変わったのか。それとも、まだ三度目の転生をしていないのか。


 どちらにせよ、あかねが願う事は一つだった。三度目の転生。翔平には前世の記憶が残らない事を祈り、自分の人生を歩み幸せになって欲しかった。


 きっとそれは、あかねが知る事が無い翔平の新たな人生であり、あかねとは交わらない別々の人生だった。


「······それでもいい。あなたが幸せになってくれさえすれば」


 空に昇り消えゆく煙を見届けながら、あかねは自分を救ってくれた愛しい相手の為に笑顔になる。


 翔平は死に間際にあかねに言った。また会えると。いつかどこかで、生まれ変わった翔平とすれ違うかもしれない。そんな意味だとあかねは解釈していた。


「さようなら。私は強く。そして幸せな人生を必ず送ります。だがら······」


 あかねの頬に一筋の涙が流れる。だが。それでもあかねは笑みを浮かべる。


「あなたも幸せになって」


 あかねは涙が枯れるまで微笑み続けた。そして小さく。擦れた声で「ありがとう」と最後に言った。


 身体に染みる様な冷たい風があかねを通り過ぎて行った。あかねの足元にあった封筒の灰は、いつの間にか風に飛ばされ消えていた。


 


 

 


 


 


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