第一話
僕は…自分の人生を語っておきたい…
父親はタクシーの運転手で、女癖の悪い男だ… 母親は耐え忍ぶ強い女で、義母にも辛い仕打ちを受けていた…そんな両親は僕が物心もつかない頃に離婚した…
僕の記憶には全く残っていないが、6歳年上の兄がいたらしい…
離婚した当時…僕は3歳で、兄は9歳だった。
当然、幼い僕は母親に…歳の離れた兄は冷静だった、経済力が上だと言う理由で父親と生きる事を決めたらしい。
母親と僕は、少し離れた小さな街で新しい生活を始めた…何事もなく小学校に上がり、平凡な毎日を送っていた…ただ周りのみんなと違うのは「鍵っ子」だった事だ。
そんな生活も長くは続かなかった、父親の勤務先が近所にあった…
「俺の近くには居てほしくない」という父親の理由で小学校2年生の時に2度目の引越しをする事になった。
ただ僕達、親子には幾つかの問題があった…
母子家庭故に幾つもの条件があった…
国からの生活保護も受けていた。
結局、引越し先は児童養護私設での住み込みだった…母親の仕事も、生きて行く場所も確保出来る、好条件の話だった。
その上、僕と同じ様な環境で…いや、それ以上に悪い環境で育つ同世代の子供達と巡り逢い、分かち合う事が出来た。
この私設では2年程、過ごした、毎日が修学旅行みたいだった。
毎月、誰かの誕生日会があったり、週末にはバーベキューに行ったりと楽しい思い出ばかりだった…ちなみに僕の初恋はこの私設の先生だった、母親が大切にしていたペンダントを勝手に先生にあげたりして、周りの大人を困らせたりしていた。
その裏側で母親は職場でかなり酷い、いじめに苦しんでいたようだ…
僕が小学校5年生になる頃に、母親は何も言わずに3度目の引越しを決めた。
行き先は隣り街だ、古ぼけた県営団地に移り住み新しい生活を始めた。
僕達が引越してきた同じ日に、向かいの部屋にも同じ様な境遇の親子が新しい生活を始めようとしていた。
この団地には同じ境遇の子供達が大勢いた、誰もが「父親はいない」と声を合わせて語った…
この時期に僕は酷い、いじめにあった…
同級生からは心にも無い罵声を浴び…上級生からは殴る、蹴るの暴行を受け、金銭の要求も毎日で悲惨な日々を送っていた…
母親は見兼ねて担任に相談した…
すると翌日から、いじめはピタリと無くなった。この時に初めて人生の縮図を見た様な気がした。
僕ら親子の生活も決して楽な物では無く、母親は…早朝にビルの清掃、昼までは病院の社員食堂、夕方から飲食店でと、朝から晩まで働いていた。当然、再婚の話も何度かあったが、結局は破談となった。
そんな生活の中で僕は、たまに深夜に目を覚ます事があった…
寝ている筈の母親の姿が無く、不思議に感じた事を思い出す。
だがその謎も直ぐに解き明かされる事になる…
なぜなら、この時期を境に僕には「あしながおじさん」ができたからだ。
三人で外食に出掛けたり、僕の欲しい物をある程度、買い与えたりしてくれた。
今思えば、きっと母親は「夜の仕事」をしていたんだと思う…
この「あしながおじさん」とは再婚の話も出た…僕自身も賛成だったが、後に多額の借金が発覚して再婚の話は流れてしまった。
小学校6年生になる頃には、少しだけグレていた…訳も分からず喧嘩をしたり、万引きをしたり、早くも煙草を吸ったりしていた。
小学校時代には良い思い出が一つも無い…
授業参観には母親の姿は無かった…もちろん運動会でも…僕は一人、教室でコンビニの弁当を食べていた。
もっとも酷かったのは、僕が交通事故にあった時だ…電話越しに僕の無事を確認すると、迎えにも来ないでパートを続けていた…
当時の僕は母親が「夜の仕事」をしてるとは夢にも思わず…僕達、親子の生活の為に仕事を優先したんだと信じてた。
この頃になると僕は母親に引越したいとわがままを言うようになっていたが…当然、無視されていた。そのまま慣れ親しんだ友達と一緒に地元の中学校に上がった。
そして中学校2年生になった頃にちょっとした事件が起きた…
僕の記憶には全く残っていない、兄との再会!?だ、就職先が近いからと言う理由で、母親の元に帰ってきたのだ…
当然、母親は喜んで、「お兄さんだよ」と笑顔で僕に紹介した…
これまで父親の話も、兄の存在も、母親の口から全く語られる事はなかった…ずっと一人っ子だと思っていたのに、そんな事はお構いなしだ。
不自然な兄弟の誕生だった…僕は記憶に無い兄に慣れる事はなく、距離を置いていた…
母親は自分の元に帰ってきた兄を溺愛するようになった…
そんな母親とは違い、兄は僕の心の扉を開けようと必死だった…それでも僕達、兄弟の溝は埋る事が無かった…何故なら兄の口から戻ってきた本当の理由を聞いていたからだ…
兄は酒に酔った状態で僕に言ってしまった…就職先が近いのも理由の一つだが、本当の理由は父親の再婚にあると…再婚相手は兄の3歳年上と年齢が近く、しかもこの年には子供が産まれていた、つまりは僕の義理の弟だ。兄はこんな環境に耐えられなくなり、そして考えた…このまま、この家に残っても良い事はない、父親の愛情も全て幼い弟に注がれるだろう、将来の事も考えた上で母親の元に帰る事が得策だと…
兄は計算高い男だった。