あーあ、プロから盗んじゃってまあ。
よりにもよって今年中に発覚かあ。なんでプロからパクるんだって話ですねえ。せみころーんさんですどーもーててててててとととててとてと。
「ほーらみろう!だから横行してるんでしょうがあ!」と今日のころーんさんはいつもより早くばんごはんの準備で包丁をトントンとやりながら「ばかだなああほだなあ」と聞こえてきました。
なんですか、アニメのEDでプロの振付師からぱくっちゃったってのですか。
よりにもよって、テレビ出演までしているプロのDJの振り付けをパクればばれるのは当たり前でしょう。
民放テレビですらこの次元ですからね。
そりゃあんた、Youtuberだろうが、ICレコーダーオフライン配信(すらあっーしゅさんは情報漏洩を恐れるためいっつもこれ)だろうが、素人がいきなり作れるわきゃない。誰だってコピーから入りますよ。
なので、コピー期、それを昔の昭和の人は習作期と呼んでいたのですが、未公開ならコピー期ってのがあってもいいじゃないかってので黙認されてたんですよ。
なろうの高校生以下の読者の人は想像してみてください。「ネットなんてありません」「本屋に外書は一冊も売ってません」「ファックスすらない家があります」「固定電話の普及率はほぼ100%です」これがせみころーんさんやころーんさんの親の世代の田舎の光景なんですよ。
田舎に住んでる人はそりゃもうパクり放題ですよ。何しろばれないんだから。
今はIssuuでいくらでも楽譜が読めますが、昭和の時代はいくらでも読めるどころかコピーしてもらって読みました世代ですからね。
そんな時代にどうやって腕を磨くかって、こぴるしかないでしょうよ。そりゃ。
最近パクリへ厳罰化を施そうとしているのは、「人目に付くから」です。
パクリが悪いからじゃないんですよ。
バルコスキャンダルだって、悪いことをしたからばれたというのではなく、結局は密告で発覚しました。悪いからばれました、なんてことは現実の世界ではほとんどありません。
ほぼちくりか自白、これでばれてるんですよ。今日の振り付けのパクリもちくりでしょう。
なので
大手のアニメ会社ですらこのようにパクリが横行しているというのなら、京アニ社史38年のあいだパクリは全くありません、というのは無理があります。
ころーんさんは、Op.1あるいはデビュー作がパクリではなかった、しかも驚異的な完成度だったという人ラヴィーナとパガニーニくらいしか知りません。そのどちらも、比較的完成度の上げやすい器楽のソロ曲です。
オーケストラ曲で、最初っからパクりじゃなかった作曲家なんてのは知らないなあ、、。
オペラの場合は、経験を積んだ方に委嘱されるので、委嘱第一作が完成されていたということはよくありますね。
でもオーケストラで第一作が完成されてるってことはほとんどないですよ。
「ピアノ創作の世界は2段しかなくてすぐ完成度が上がるので、作曲の苦労がわかりづらいのかな」ってころーんさんがいってます。
そうですねえ。オーケストラは最低6段いりますからね。
今日のパクリ事件を見てて思うのは、日本の創作にはワンステップ上がる瞬間がほとんどないってことなんですよね。
たとえばですね
コンロン・ナンカロウって人がいるんですよ。
ただのジャズ屋だったんですが、自動ピアノのための作品をよく創った人です。
その人は、なんでああなったか?中ザワヒデキさんのナンカロウのための文章にもそのヒントがあるんですが、ちょっとなろうの読者には高度すぎるので、それとは別の話をします。
いいですか
よくきいてください
まずですね、新古典派の様式で弦楽四重奏曲を書きます。
バーライン二回しゃしゃっとやって終わり!
でですね
終わった後に、これを自動ピアノのパンチロールに「テンポ最大の設定(Prestissimo!)」にして音だけ入れます。
そのピアノを再生してみてください。
Lost Works, Last Works (othermindsrecords.bandcamp.comにあります)の7トラック目はこうして生まれました。
これをモデラートで弾けば何の変哲もないただの学生の習作にすぎません。
しかし、これを全速力で弾けば、なんじゃこりゃになるだろうってことなんですよ。
こういうのを創作のステップっていうんですよね。
それが儒教やイスラム教圏ではそのステップが見られないんですよ。
そう、ほとんどが師匠のコピペ。
この創作のステップを尊いものだと思った白人社会が、今こうして文明の勝者になってるわけですから。
日本のアニメ業界が創作のステップを踏んで前進する日はいつかは来ると思ってますが、それは民放テレビの今の配給状態では不可能なんでしょう。たぶん。
そもそもアニメーションが創作のステップを必要とするものではなかった、という点にも留意するべきです。




