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終わりゆく世界に紡がれる魔導と剣の物語  作者: 夏目 空桜
第六章 それぞれの過去に
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TSヒロイン・涙の先

2019/04/11~14に投稿した『だから、俺は……』『帰ってきた』『指切り』の計3話を結合し、誤字表現を中心に改稿しました。

「何で、何でだよ……何で、じゃま、するのさ……」


 そこには、もう、あの突き刺さるような殺気を放つアル君の姿は無かった。

 ただそこにあるのは、声を押し殺してすすり泣く幼子みたいな姿だけ。


 オレとアル君の喧嘩に、勝ちも負けも無い。

 ただ、アル君が傷付いて、その心の闇に気が付かなかった、いや、目を背けていた冷酷で間抜けなオレが残されただけ。


「何で……キミが邪魔するんだよ……」


 その言葉は弱々しいのに、剥き出しになったズタズタの感情がオレに突き刺さる。

 もう、逃げる事は許されない。

 ここで逃げたら、全部が終わってしまうから。


「……何度だって、邪魔するよ」

 

 アル君の身体が一瞬震えた。聞こえてくるのは、しゃくるような嗚咽だけ。

 嗚呼……

 こんな弱々しいキミは見た事が無いし、見たくは無かった……


 だけど、このままじゃダメなんだよ。


 アル君、頭の良いキミだもん、本当はとっくに気が付いてるよね?

 キミが進もうとするその先に、正義も真理も、ましてや未来だって無いことに。


 だけど、それを認めて立ち止まれば、キミは自分が生きてきた支えを失ってしまう。

 恨んでも憎んでも後悔しても、それこそが幼くして一人になった、一人にさせられたキミを、今まで一人で生き抜いてきたキミを、


 支えてきたモノ(・・・・・・)の正体だったんだから。


 取り戻したい――


 それは他人にはわからないほどの執着だったはずだ。

 傷付いたプライドを諦めて捨てるには、オレ達はガキ過ぎて……

 憎んだモノこそが自分のプライドだったと認めて歩み直せるほど、大人じゃ無くて……


 今思えば、キミがオレを遠ざけてたのは、その心の闇を知られたくなかったからなんだよね?


「気が付くのが、遅くなって……ごめんね」

「何で、キミが……キミが謝るのさ……悪いのは、いつだってボクだ……」

「いつ……ッ……」


 ――悪いのは、いつだってボク――


 それは、何の気なしに聞けば、駄々っ子の悪態と聞き逃しかねない言葉。

 だけど、その言葉に隠された意味。

 それは、このアルフレッドという少年が、この世に生を受けた時から無くさず持ち続けてきた記憶がもたらした、


 全ての後悔と絶望を紡いだ言葉。


 空っぽだった少年は、幼い頃にオレとの別れでさらに空っぽになった。

 孤独の中、ひび割れた自分の心を満たしたのは、その忌み嫌った力がもたらした栄光と……


 そして、もたらしてしまった絶望。


 悩み後悔して、世捨て人みたいに懺悔を続けた毎日……

 それなのに二度の敗北で知ったのは、自分がすがっていたモノの正体。

 その正体が、実は忌み嫌っていたその力だったという、到底受け入れられない事実……


 そうだよ。

 だってその過去さえも、今のキミを構成してきた一部なんだよ。

 どれを無くしても、今のキミには成らないし、

 キミがもたらした幸も不幸も含めて、この世界の現在(いま)には成らない。


「誰にも言えないで、辛かったよね。否定して憎んで苦しんでも、引きずって引きずって……ボロボロになってすり切れても引きずって……」

「あはは……隠せてるてつもりだったんだけどな。何だ、気が付いてたのか……そういや、そうだ。キミはボクの記憶を共有してるんだもんな……何だ、最初からバレてたんだ。もう、わかっただろ……これがボクの本性だよ。誰が悪いわけでも無い、悪のは、全部ボク……醜い憎悪と届かないものばかり欲しがる欲望の塊だよ……」

「アル、くん……」

「これ以上は、キミを傷付けるだけだ……ごめん、ボクのわがままに……こんなにも付き合わせて……もう、良いから……」

「ッ!!」


 それは、この孤独な少年が、自ら一人で生きる事を選んだ言葉。

 アル君から突きつけられた決別の言葉。

 だから、オレは……


「ふんがっ!!」


 ゴンッ!!


「い……いっだあぁぁぁぁあぁぁぁっ!!」

「パチキ(つー)!!」


 人生で二度目の本気頭突きをアル君にお見舞いした。


「おあぁぁ……」


 アル君が鼻血を流しながらうめき声をあげる。


「お前の苦しみも挫折も全部知ってるよ! ずっと悩んでたんだろ! だから進む道もわからなくなってこんなに悩んで苦しんでたんだろ! 過去の挫折で、今手に入れているものまで捨てる気かよ!」

「ボクは、失う事しか出来無いよ……何一つ、手に入れて何て……」

「ッ……このッ!!」


 ごんっ!!


「おぐぅ……ガハァッ!!」

「パチキ(スリー)!!!」


 人生で三度目の本気頭突きは、今までの二発とは比べられないほどの重低音を奏でた。


「ふざけんな!! お前はオレの人生まるっと手に入れてんだろうが! 何も守れないとか何も手に入れられないとかつまらないこと語るぐらいなら、弱いオレだけを一生掛けて守れよ! 何の責任とれなくても、せめて惚れさせた人間ぐらいは守るって言ってみやがれ!!」


 過去の過ちは消せないかも知れない。

 だけど、お前を好きになって、幸せだって胸張って言える人間はここに居るんだ。


「ボクは……だけど、ボクのせいでキミの人生は……」

「ああ、メチャクチャになったよ!」

「ッ……」

「可愛い彼女が欲しいとか、オレの歳じゃまだ見ちゃ駄目なネット動画とかバカツレ共と隠れて見てこんな事早くしたいとか思った事もあったけど、今じゃオレが全部受け止める側だしな!」

「えっと……よくわからないけど、ごめ……」

「適当に謝んな! あと別に謝って欲しいとか思っちゃいねぇよ! もう男だった頃みたいな恋愛感情に戻る事なんて出来無いし、親が望んでたはずの普通の男子には欠片も戻れる気はしないけど……それでもオレはお前とずっと一緒に居たいと思うぐらいには幸せだったんだ! この気持ちを抱かせた責任は取りやがれ! お前以外に誰がオレを幸せに出来るんだよ!」


 あぁ、自分でもわかるよ、相変わらず支離滅裂でむちゃくちゃで、励ますどころか、オレの一方的なわがままばかりだ……

 だけど、このわがままは貫き通させてもらう!


「大人をねじ伏せられる力があっても、他人が羨む財力があっても、オレ達は13や15のガキなんだよ! 何でも笑って受け止められる大人みたいな余裕なんか無くてさ、中間や期末のテストの度に泣いたり焦ったりして、好きな娘と目が合えばそれだけをネタに馬鹿話が出来たり、小遣い少なくて自分より多く貰ってるヤツを羨んだり、ソシャゲに課金しすぎて親に怒られたり……オレ達はその程度のガキなんだよ! 世界を見て知ったふりしたところで、感情なんざそこまで育ってねぇよ! 上手く立ち回る智恵だって持ってねぇよ!」


 そうだよ、どんなに強がったってガキが見ている世界じゃ、賢しい大人に振り回されてばっかりだ。

 どんなに力があっても、背伸びするのには限界がある。


「だけどさ……どんなにガキ臭くたって、好きになった人を思いやる気持ちは同じだろ。手の届かなかった過去にしがみつく位なら、オレにしがみつけよ! オレを、手放す……なよ!」

「リョウ……」


 何、言いたかったんだっけ……

 わかんねぇ……


 でも、ここで諦めたら、オレ達は本当に終わる……


「良いのかよ……ここで何もかんも放り捨てちまって。お前のために泣く人間(オレ)を手放しちまって。お前に百回でも、千回でも、何万回だって好きだって、愛してるって言いたいオレを手放して、本当に良いのかよ……オレが他の男に取られてもお前はそれで平気なのかよ……オレがお前以外の男に愛してるって言ってもそれで何とも思わないのかよ!!」


 馬乗りになって叫んでいた。

 気が付けばオレの頬を伝う涙がアル君の頬を塗らしていた。


「……それは、嫌だ」

「だったら……黙ってオレに愛されてろ! 苦しかったらオレだけにしがみつきやがれ!」

「ア、アハハ……本当に、キミは……変わらないんだな……」

「性別・男を捨ててまで好きになったヤツと居たいと思ったオレの覚悟舐めんな」

「凄い、啖呵だね。い、痛てて……」


 アル君が苦痛に顔を歪める。

 ……その苦痛を与えたのは、全部オレだけど。


「だ、大丈夫……?」


 アル君が呻きながら身体起こし、それでも笑みを浮かべてくれる。

 綺麗な顔が腫れて、痛々しい血の跡が残っている。

 全力の頭突き二連発は流石にやりすぎた。

 説得するためとは言え、勢いに任せ過ぎた。

 鬼嫁とか理不尽暴力系とか思われるかな……


「ご、ごめん……やり過ぎだった」

「少しだけ手心は欲しかったかな。何て、ね……冗談だよ。ここまでやられないと、ボクはバカだから気が付かなかったよ……」


 薄く笑って頭を撫でて……

 撫で、て……

 ああ、この手の温かさ……


「う、うぇ……」

「あ、本当に大丈夫だから。気にしないで」

「違う、それもそうだけど。アル君の手だ……さっきみたいに、怖い手じゃ無い……」


 この手の温もりに、オレはやっとアル君が帰ってきたと安堵した。


「リョウ……」


 気が付けばオレは、情けないくらいに泣きじゃくっていた。

 正直、もう終わりじゃ無いかって何度も思った。

 諦め、かけてた。

 でも、


「アル君のこと、諦めなくて良かった……」

「ごめん、こんなに泣かせる事になって……」

「もうさ、誰かを救うとか守るとか償うとかさ、そんな神様や聖者が語るみたいな御託なんか捨ちゃえよ」

「捨てても良いのかな……」

「他の誰かじゃ無い、オレだけを幸せにしろよ。オレが笑っていられる世界だけを作れよ」

「遠回しに、世界を救えって……言ってるよね?」

「そんな事は言ってない」

「ほんと?」

「言ってない……でも、この世界の事かなり知っちゃったから、それなりに平和じゃ無いとオレ笑えないかも」

「きびしぃな……」

「叶えてくれないの?」

「厳しいけど、 大切な人の願いだからね。善処するよ」

「うん、アル君なら出来るって信じてる。あ、それとさ、これだけは約束して」

「なに?」

「もう、オレに隠し事しないで……全部をさらけ出せなんて傲慢な事は言わないから、せめて苦しいとか悩んでるとか、それぐらいは隠さないで話してよ……」

「……うん」

「もう、隠し事無い?」

「えっと……たぶん?」


 アル君の目が一瞬泳ぐ。

 その様子に、オレは無言でヘドバンする。


「……えっと、空中に向かって頭振って何してるの?」

「頭突きの練習」

「ちょちょちょ! そんな凶悪な頭突きの練習なんて初めて見たんだけど!?」

「ニヤリ……」

「わ、悪い笑み浮かべてるね……えっと、それってもし嘘ついてたら……」

「アル君、指切りしよう!」

「指切り?」

「オレの居た国でね、二人で約束する時にかける誓いのギアス」

「ギ、ギアス!?」

「はい、小指出す!」

「こ、こゆび? えっと……」

「小指出す!!」

「わ、わかったからそんなに怖い顔しないでよ……」


 おずおずと出された小指に、間髪入れず小指を絡める。

 その早さ、猛禽類が齧歯目を捕まえるが如き!


「あの、ハンティングされた気分なんですが……」

「ゆーびきーりげんまん」

「え、え?」

「ゆーびきーりげーんまん!」

「えっと、ゆーびきーりげんまん?」

「うっそついたら」

「う、うっそついたら」

「頭突き千発かーます!」

「頭突き千発……え!?」

「頭突き千発かーます!!」

「かかか、かー……ま、す……」

「指切った!」

「ゆ、指きった……」

「これで嘘ついたら頭突き千発だからね!」


 そう言って、オレはまた無言のヘドバンを繰り返す。


「わ、わかった! わかったから! そ、それは痛いから嘘つかないから!!」

「よしっ!!」

「あぁ、ボクは何て約束を……」

「さ、嘘つかないって約束したところで、さっそくだけど、尋も――」


 GRURUAAAAAAAAAAAAAAA!!!


「ん? や、ぐるるあーじゃ無くてね。オレが言いたいのは――」

「リョウ!!」


 何故かオレは突然アル君に抱きしめられた。

 うおぉぉぉぉっ!!

 何ですか!?

 何なんですか!?

 ひ、久しぶりの18きぃ~んですか!?

 喧嘩した後だからこそ、オレ達の愛をこんなお外で確かめ合うですか!?


 のぞむところだぁあぁぁぁぁぁぁぁっ!!


「アル君!!」

「リョウ、ソウルドレイクが復活した!!」

「口ですか手ですか、それともいきなりだけど、アル君が大好きな足ですか!? まさかマニアックに髪とか脇と……かぁ? え? ソウルドレイク?」

「それどころじゃない! って言うか、さらっと人の性の癖を歪めるな!!」


 鋭さが宿る、なまら凜々しいアル君の視線の先を追うと……


 精神的に病んだ人間がデッサンしたとしか思えないおぞましく狂ったデザインの竜が、鎌首をもたげていた。

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