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終わりゆく世界に紡がれる魔導と剣の物語  作者: 夏目 空桜
第六章 それぞれの過去に
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アルフレッド・イビツ……

2019/04/08・10×2に投稿した『予感』『対等』『歪んだ闇』の三話を結合改稿し、アル君の闇をマシマシにしました。

 出発の日。


「荷物良し! モンジロウ成分補給オッケー!」


 リョウが愛犬との別れを惜しむように叫ぶ。

 その横には食料や向こうでも使えそうな器具やらが山積みになっていた。

 これでもだいぶ自制したのだが、リョウの祖父母が米や長期保存の利く調味料なんかを呆れるほど大量に買ってくれたのだ。

 その量たるや京一さんがレンタルした軽トラの車高が軽く底突きするくらい、ぶっちゃければ問屋の仕入れか! と言いたくなるぐらいの量である。

 二人で、先生も含めればまぁ三人だけど、ハッキリ言って賞味期限までに食べきれるのか疑いたくなる量だ。


 ちょっと呆れてしまったが、それもこれもリョウが家族にいかに愛されてるのかがわかる。


 その家族からリョウの事を半ば駆け落ちみたいな感じで異世界に連れて行こうとするんだ。

 大切にしてあげないと、な。


 そして、お別れとは到底思えないような賑やかな見送り。


 うん、リョウの家族はこれが永遠の別れになるなんて微塵も思っていない。

 そう、永遠の別れなんて誰が確約するものでもない。

 生きている限り、どんなに離れていたって再会出来る可能性は十分にある。

 いや、再会はボクが努力すれば不可能では無いはずだ。

 いつか、この世界に繋がる魔術を身に付け気軽に遊びに来られるように……来られる、ように……

 何故か、


 指先が震えた。


 まるで、その先の言葉を躊躇い拒むみたいに、

 アイツが、ボクの耳元に何かを囁きかけるみたいに……


 ダメだ!

 忘れろ、二度と思い出すな!!


 そう言い聞かせるたびに、心の奥底、ヘドロの底に沈めたアイツの幻が、侮蔑の瞳で、そのくせ助けを求めるみたいにボクの足にすがり付いてくる。


 ……ッ!


「ごめん、アル君。こんなのが家族で……」

「え……あ、うん。アハハ、楽しい見送りじゃない」


 突然かけられたリョウの声に、唇が震えた。

 ボクは少しでもマシな返しが出来ただろうか?

 この勘の良いリョウを、真実誤魔化すことは出来たんだろうか?


「楽しいは楽しいけどさ、それって第三者だったらって条件付きだよ?」


 リョウの気が付いた風の無い返事に安堵する。

 震えを押し殺すみたいに握りしめていた拳は、気が付けばやけに冷たく痺れていた。


『……………………』


 ッ!


 目を覚ますな!

 お前はボクの中に居ちゃダメなんだ!


 それは、自分の中に居る確かな悪意……

 自分自身の心に怯えるボク。

 悪意(アイツ)がヘドロの底から薄ら笑いを浮かべあざ笑っているみたいで、酷く憂鬱だった。


「リョウは、ボクが守ります」


 リョウの家族の前で宣言しながら、リョウを傷付けるのはボク自身じゃ無いのか?

 そんな確信にも似た予感が、鎌首をもたげボクの首に絡みついていた……


 そして、二週間ぶりの帰郷。

 

 塔の中とは言え、先生と歩んだこの塔はボクにとって間違いなく故郷だ。


 どこの自然を模して作られたかもわからない。それでもこの塔の中に戻ってくると故郷の空気を吸っているんだと実感する。

 アイツの存在を初めて知り脅かされたのはこの塔の中だったけど、心はいま不思議と落ち着いていた。


 それは、向こうの世界にリョウを奪われなくて済むという安心感なのか、それとも……


 いや、余計な事を考えるのはやめよう。

 ボクは考えすぎるきらいがある。

 余計な事を悩みすぎて、ボクは自分の幻を見ているだけだ。


 そうして、気が付けばリョウにひたすら甘える日々だった。

 幸せだった。

 ただ、幸せの中に感じた焦燥感。

 それは、音も無く降り積もる雪みたいに、ボクを少しずつ少しずつ駆り立てる。

 外の世界に置き去りにしてきた過去が、ひたひたとボクの背後に迫っている――


 そんな気がした。


 そんな中で先生に久しぶりにつけてもらった稽古は、惨憺たるモノだった。

 この結果はわかっていた。

 向こうの世界やこっちの世界に戻ってから、いや――


 先生と一度袂を分かってからのあの毎日は、到底自らを磨き上げた日々とは言い難い。


 ただただ、同じ場所でグルグルグルグル……何一つ進む事も出来ずに立ち止まっているだけの無為な日々。

 懺悔をしていた毎日なんて言えば聞こえは良いかもしれないが、ただ、取り返しの付かない事実に怯え逃げていただけだ。

 そりゃ、成長なんてあるはずが無い。


 腹を括らないとな……

 幸い、先生が居てくれる。

 何よりも隣にリョウが居てくれる。


 だからボクは、強くなれる!


 そう、覚悟を決めたボクに先生が出した試練は予想以上に苛烈なものだった。

 60階層で足踏みしているボクに、リョウと二人で100階層を目指せというもの。

 しかも、踏破を鼓舞するというか、逃げ出さないための人質と言えば良いのか、与えられた試練、


 それは、到達するまでリョウが男の姿に戻されたのだ。


 べ、別にリョウが男に戻ったからと言って、彼女に対する愛情が失せたりはしない。


 ただ、怖かったんだ。


 もし、感情が性別に左右されるとしたら、ボクへの愛情が枯れ果ててしまうんじゃ無いのか?

 そんな不安ばかり。

 本当なら、何よりもリョウの事を心配しなければダメなのに、全ては利己的な感情ばかりがボクを包み込んでいた。


 ただ、そんなボクの自己嫌悪なんかまるでバカな事だとでも笑い飛ばす勢いで、リョウが発情して甘えて来たのは予想外の幸せだった。

 まぁ、男に戻って発情するリョウを宥め賺すのはなかなかに大変だったけど、むしろ、どんな姿になっても、ボクとの関係を強固に信じてくれる彼女の姿に愛情が深まるのを覚えた。


 それからは塔を攻略すべく、リョウと二人で研鑽を積む日々を送った。


 そして、改めてわかった事があった。

 以前にも少し感じていたが、リョウはこと魔術や魔法においては天才型だった。


 僅かなアドバイスで向こうの世界で読んだ漫画のような魔法を使いこなし、想像力だけで召喚魔法まで成功させた。


 それは異世界における娯楽がもたらした発想力なのかも知れない。

 事実、この世界に来たばかりの京一さんも、ボクさえもが恐れを抱くほどの力をその天真爛漫ともいえるような想像力で生み出していた。


 羨ましいを通り越し、嫉妬を覚えるほどの才能。

 だけどそれは、ボクには到底不可解とさえ言える閃きだった。


 魔術や魔法は想像力から創造力へと繋げる必要がある。


 想像力――


 ボクは現実的なロジックから答えを導き出す事は出来る。

 それに関しては人よりも優れていると今でも自負出来るが、正直、想像力というモノが欠けている。


 この世界に魔術を復活させられたのだって、現在(いま)は失われているだけで、過去に存在していたから生み出せただけだ。

 魔導列車もそうだ。

 あれは……

 あれこそが、リョウが伝えようとしてくれた事を知りたくて、リョウのおかげで生み出せた代物……


『リョウが居なければ、前に進めないのは何時だってボクだ』


 ああ、わかっていたさ。

 これは、わかっていたはずのこと……


 キミは何時だってボクを頼りにしてくれるけど、ボクを導いてくれていたのは何時だってキミだった。

 手を伸ばしても、その背中に届かなくなる日が来るんじゃないかって、怯えていたのはいつもボク……


 キミは自らを守れるだけの力を持ちつつある。

 それは安心して喜ぶべき事のはずなのに、取り残されていく恐怖に、ボクは……


『醜いな』

「ッ!」

『守った気になって、優越感に浸れたのも今は昔……』

「ち、違う! ボクは……」

『思えばリョウを死なせる寸前だったのもお前が弱かったからだ。お前は何も守れない、守れるはずなんて無いんだよ』

「ッ……五月蠅い……」

『無様なアルフレッド! 誰もお前なんか必要としなくなる! 取り残され、最後に残るのはお前を利用したいヤツらだけ』


「五月蠅い! 五月蠅い五月蠅い五月蠅い!!」


 ガシャンッ!!


 気が付けば破壊していた鏡。

 バラバラ……バラバラ……

 床に散らばり落ちた無数の破片に映る顔。

 酷く怯えたそれは、


 まるで、あの頃のボク――


 その瞳の群れ全てが、ボクを哀れんでいる気がした。


「やめて、くれ……」


 わかっているんだ、わかっているんだよ!

 ボクじゃ何も手に入れられないって……

 ガキの頃に、自ら進んで何もかも無くしたオレ(・・)が、今更何を手に入れられるんだ……


 だけど、リョウだけなんだ……

 リョウだけは、リョウだけが、ボクを対等に見てくれたんだ。

 リョウまで失ったら、ボクは……


『リョウを守るだけの存在としか見ていなかったお前が対等? 笑わせるな! お前は何時だって、他人を対等だなんて思った事は無かった! 何時だって自分が見下せる相手にしか、自ら相手には出来なかった!!』


「ッ! ちが、う……」


『本当はカーズだって嫌いだったんだろ。先生だなんて尊敬したふりまでして、自分よりも何もかも優れた大人の存在が許せなかった!! ああ、そうだ……貴様を利用した連中も、貴様を捨てたのも、全て大人だった。今更大人の何を信じれると言うんだ! 思い出せよ、自分が何者だったのかを。何者にもなれず、なりたい自分には手が届かず、悟ったふりをして強いふりをした仮面を被り、もがき苦しむ事しか出来無い無様な自分を!』

 

「ボ、オレは……」


 それからは……

 どんな日々を送っていたのか、よく覚えてはいない。

 ただ、自分の本心がバレないように、それが救いようのない愚策であると知りながら、リョウとの距離を置いていたのだけは覚えている。


 道化まで演じて……



 薄汚れた天井が歪んで見えた。

 熱くズキズキと痛む左頬と壁に叩き付けられた背中の痛み。


 ボ、クは……


 記憶は混濁していた。

 覚えているのは、ただ一つ。


 津波のように押し寄せた暗く激しい憎悪の律動。


 ああ、そうか。

 そう、だった……

 ボクはソウルドレイクの気配を感じ、衝動に突き動かされるままに走り出していたんだ。


 少しでも、取り返したかったんだ。

 少しでも、否定したかったんだ。

 薄っぺらくて、情けなくて、誰に誇る事も出来無いけど……

 この、負けだらけの自分を、


 消し去りたかった――


 だから!

 だから、だから、だから、だから、だから、だから、だから、だから、だから、だから、だから、だから、だから、だから、だから、だから、だから、だから、だから、だから、だから、だから、だから、だから、だから、だから、だから、だから、だから、だから、


 だから!!!!


 貴様に勝ちたかった!

 

 嗚呼、ソウルドレイク、貴様を蹂躙出来るのは本当に快感だった……

 

 やっとだ!

 やっとなんだ!

 やっと一つだけど……

 たった一つだけど!


 この忌々しい敗北の過去を拭い去る事が出来る!!


 これで前に進むことが出来る!

 強い自分になれるんだ!

 リョウと向き合って立つ事だって出来るんだ!


 それ、なのに……


「何で、何でだよ……何で、じゃま、するのさ……」


 気が付けば、もう……

 リョウに向かって弱々しく感情を吐露するだけで、精一杯だった……

全体改稿中で既存の読者様にはご迷惑をおかけしております。

もう少し先になりますが、展開が大きく変わると思いますので今しばしお待ちください。


また、これにて今章のアルフレッド編は終了です。

次回から万年発情TSアホ娘に戻ります。

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