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終わりゆく世界に紡がれる魔導と剣の物語  作者: 夏目 空桜
第六章 それぞれの過去に
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アルフレッド・呼びかける自分

2019/03/29~4/2に投稿した『本当に?』『嘘をつく』『ヘドロの底で』『ペルソナ』の四話を結合し表現等を中心に改稿し、アル君の闇をさらにマシマシにしました。

 ガシャン!


 何時の頃からだったろう、見慣れた女がヒステリックに叫んで食器を割る音が日常になったのは。


「………………ッ!!」


 自分を罵倒する年の離れた兄という生き物が居たのも、何となく(・・・)だが覚えている。

 何をやっても自分より遙かに劣るつまらない存在だった。


 意外だったのは、父と呼ばれる存在が自分に対して優しかった事だ。


 でも、それは無償の愛……とやらでは無い。

 自分という存在が、金になる事を理解していたからだ。


 自分とは、ただ、それだけの存在。

 血の繋がりを持つ者達にとって、金づるであるか、疎ましい存在であるか、嫉妬の対象なのか、ただそれだけだった。


 それ、だけだった……


 母親という生き物が自分を捨てたのも、父親に売られそうになった自分を庇ったからじゃ無い。

 自分というおぞましい存在が世間に知られたくなかっただけだ。


 悪魔の子供を身籠もった哀れな女を演じた愚物。


 捨てられた事に後悔は無く、寂しさも感じなかった。

 むしろ、一人になって初めて知った自由が嬉しかった。

 煩わしかった関係が一掃できて、最高に楽になれた喜びだけがあった。


 だけど、数日もしないうちに自分を包み込んでいたのは、得体の知れない謎の渇き。

 その正体が何なのか……分からないまま、つまらないという感情にただ支配されるだけの毎日。

 だからといって、何かを欲する事も無い。


 そもそも、自分から何かを求める事の意味を、当時のボクは知らなかった。


 そんな空っぽな感情だけが、支配する毎日だった。


 きっと……

 その本質は今も変わらない。


 変わら、ない……


 だけど、それがもし少しでも変わったとしたなら……


 リョウ――


 キミと言う大切な人ができたから……

 ソウルイーターに襲われ、ボロボロの姿にされたキミを見た時は生きた心地がしなかった。


 ただ、生きていて欲しい。

 声が聞きたい。


 まさか、そんな風に誰かを思える感情が芽生える日が来るなんて……

 当時のボクは夢にも思わなかっただろう。


 ああ、そう言えば、


 記憶を破壊されたはずのキミに『悔しかったらもう一度オレを惚れさせてみろよ!』、そんな不思議な啖呵を切られ、思わず呆然とする事しかできなかったのには、我ながら今思い出しても吹き出しそうになる。


 キミと過ごす日々。

 キミにとっては何気ない一言ばかりだったのかも知れない。

 だけど、ボクにとっては全てが新鮮で、全てが驚きの連続で……

 楽しいとか、幸せだとか……

 そんなありふれた言葉でしか表現できないけど、確かに満たされていた。


 初めてキミを抱いた時……

 キミを抱きながら、ボクは初めて自分じゃ無い誰かを幸せにしたいと思った。


 幸せにしたい……本当に、そう思ったんだ。


 この気持ちは、本当だ。


 本当なんだ……


 ホン、トウ……


 本当、なのに……

 なのに、何故だ?


 何故こんなにも不安になる?


 隣にはリョウが寝て居て、いつも変わらず笑ってくれて……

 先生だって近くに居てくれて……


 ははは……

 幸せで不安になるとか、どうかしているよ。

 この感情はきっと幻だ。


 ――本当に?――


『っ!?』


 それは、突然心に響いた、子供の声だった。

 どこか、聞き覚えのあるような、違和感のあるその声は……


 あぁ……


 何って事だ。

 薄暗闇を振り返ると、そこにはストリートチルドレンの様に薄汚れた格好で、どこを見ているんだかも分からない生気の無い目をしたガキが居るじゃないか。


 ハハ……


 ボクは根拠の無い不安に怯えすぎて、本気でイカレ始めたらしい。

 だって、一人佇んでいるその薄汚れたガキの顔は……


 ボクじゃないか。


 心臓が、ギシギシと悲鳴を上げる。

 だが、そんなボクの感情に気が付きもしないで、その薄汚れたガキ(ボク)が近付いてきた。


 ――ねぇ、本当に? ――


 ボクがまた語りかけてくる。


「な、何が『本当に』だよ?」


 ――自分が本当に幸せになれるだなんて、思ってるの?――


 一言一言、まるで噛み絞めるみたいに告げられた言葉。

 その言葉に、心臓と心が上げる悲鳴が、雑音みたいに騒ぎ出す。


 ――ねぇ……本当に? 自分が愛されるなんて思っているの?――


「ッ!」


 何故だ、何故コイツの声を聞く度に、ボクの中からリョウの姿が笑いながら遠ざかっていくんだ……


 ダメだ。

 コイツは、危険だ。

 思い出すな。

 思い出したら、全てがこわ、れ……


 ――自分が、         ――


 やめろー!!


「ろぉおぉぉぉぉぉ…………ハッ!?」


 自分の声で我に返ると、そこには、見慣れた天井があった。

 肌に触れる生地の感触も、覚えのあるシーツ生地。


「ハァ……ハァ……夢、か……」


 背中が、酷く不快な汗で濡れていた。

 何があったんだ?

 昨夜何があったか、思い出せ……


 えっと……ああ、そうだ……


 自ら先生に叱られに行って、リョウに弱音吐いて、リョウに慰められて……そのままリョウと……


 うああぁぁああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……


 昨日の事を振り返ると、我ながら何て情けないんだ。

 本当は、男のボクがリョウの事を支えてあげないとダメなのに!

 ボクのために、リョウに自分が男だった過去も世界も、何もかも全部捨てさせたくせに、抱きながらボクが弱音吐いて慰められるとか、どんだけだよ!!


 このままじゃ、リョウに愛想尽かされ……


「……リョウ?」


 夜中、一緒にベッドの中に寝ていたはずのリョウの姿がどこにも無い。

 悪夢が鎌首をもたげたみたいに、自分の首筋に絡みついてくる。


 リョウ……リョウ……


 慌てて飛び出した廊下。

 下の階から聞こえてくる、柔らかな鼻歌と、鼻孔をくすぐるパンの焦げる香り。


「あ、はは……何を、慌ててんだか……」


 力が抜け落ちたみたいに思わず廊下に座っていた。

 ……そうさ、全部夢だ。

 ボクの弱さが見せた、夢だ……


 そう、夢だから、夢に過ぎないのだから……


 だから、何も無かったみたいに、いつものように君の前に現れよう。

 決して気付かれ無いように、


 自分が、醜い憎悪の塊だって。


 だって気が付かれたら、

 この牙は君にさえ剥いてしまうから……


 だから、ボクは今日も幸せな夢の中に居よう。


 気が付かれないように、

 絶対に気が付かれないように……

 過去を真綿に包んで、(ドブ)の底に沈めよう。


 そして、ボクは何時ものボクになって、いつもと変わらず、君に声をかける。


「おはよ……」


 それは、いつもの朝。

 変わらない朝。

 だけど、全てが変わらないように見えて、何かが違う朝……


「おはよ、もうちょっと待ってて。朝ご飯の準備終わるから」


 キミの笑顔は、ただ優しくて。

 初めての夜の朝は、どこか照れくさくて。

 そう、ボクは誰よりも幸せだ。


 幸せだから、ボクは笑いながら、


 今日も嘘をつく……



 それ、なのに……

 それは、何時から意識し始めた事だったろう。


 リョウと唇を重ね、何度も身体を重ね、自分の中で欠けていた何かが満たされ始めた頃……だったのか……?


 それとも、リョウのどんな苦しさもはねのける前向きな明るさに当てられた頃からだったのか?

 ならそれは、初めて会ったあの日からだったのか、


 ――それに気が付いたのは――


 リョウの笑顔を見る度に、リョウに好意を寄せられる度に……

 サラサラと器の底に空いた穴から砂がこぼれ落ちて行くみたいに、自分の中で目減りしていく何か。




 リョウは相変わらず隣で笑っていてくれる。

 先生は相変わらず厳しかったけど、ボクに道を示してくれる。



 ただ、その頃からだったかも知れない。

 先生が、時折凄く遠い何かを見つめるみたいに、ボクの事を見る時があったのは。


 気が付けばボクは、


 その視線が怖くなって、自分らしくも無い冗談やバカみたいな事を言ってはぐらかしていた。


 ……ボクは、いつから先生に嘘をつくようになったんだろう?

 いや、先生だけじゃ無い。ボクは、リョウにさえも……


 ドクン……


『ねぇ……』


 やめろ、お前は出てく「るな……ハッ!?」


 目を覚ませば、それは夜中だった。

 窓からカーテン越しに差し込む外の世界とは違う月の光。そして、塔の中とは思えない虫の音。


 心臓がキシキシと悲鳴を上げる。

 両手が無意識に辺りを彷徨い歩く。


 リョウ、リョウ……リョ……


 薄暗闇の中で探し求めた最愛。

 張り裂けそうな恐怖の中、指先に触れた柔らかな髪の感触。


 居た……

 ここに、居てくれた……


「うにゃあ? どうしたの、アル君?」


 寝ぼけたリョウの声が、優しくボクの胸を撫で下ろす。


「リョウ……」


 何時だってキミは、ボクが前に進む勇気をくれる。


『嘘つき……』


 ッ!?

 嘘な、ものか……


『本当は焦ってるだけだよね。負け続けて何も守れない、何一つ守れない自分が……』


 五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い!

 知ったかぶりをするな!


 お前に何が分かる!!


 リョウが! リョウだけが!!

 ボクの心を埋めてくれるんだ!!


 お前に、お前なんかに!

 何が、わかる……


『わかるよ……』


 あ……


 ボクを見返してくるそれは、見覚えのある、酷く冷たい、あの頃の空虚な目。


 呼吸が……


『だって、俺はお前だもの』


 凍てついた。


 ドガッ!!


「ぐ……はっ!!」

「ア、アルくん!?」


 突如、顔面を襲った衝撃。

 ボクの身体は唐突な浮遊感に襲われ、そして地面を転がった……


「??? あ、そうか……訓練中だった……っけ」


 芋虫みたいに情けなく、モゾモゾとしか動かせない身体。

 ボクは、何時から寝ぼけていたんだ?


「ご、ごめんね、大丈夫!? 思いっきり当たっちゃったけど……痛かったよね、ごめん!!」


 ???

 何が、起きた?

 ただ混乱する頭で理解できたのは、顎に鈍痛のようにジンジンと残る痛みだけ。


 歪む視界の中で、リョウが慌てて駆け寄ってくる。


 ああ、そうか。そうだった……


 リョウと特訓をしていたんだっけ。

 そうか、寝ぼけたボクは、リョウの攻撃を顎に受けたのか……

 そりゃ、まともに食らったんだ。慌てるよね、うん。


「ダメだ、視界が歪む……」

「あわわ、ご、ごめんね。まさかこんなに良い角度で入る何て……えっとえっと、こう言う時はこう言う時は……あれ? どうすれば……」

「膝枕」

「そう、膝枕一択で! って、おい!?」

「あはは、冗談だよ」

「うぎぃ……何でそんな余裕なのさ。本当に心配したんですけど?」

「そんな目で睨まないでよ。膝がふらつくのはホントなんだ。だから、さ」

「ほあ!?」


 ボクは無防備なリョウを引き寄せると、そのまま地面に座らせてその太ももを枕にする。


「うきゅぅ……」

「照れてる顔も可愛いよ」


 ボクの言葉に声も出せなくなって、リョウはそのまま真っ赤になって沈黙する。


 そう、これでいい。

 これで、いいんだ。

 ボクはキミが好きでいてくれるアルフレッドを演じ続ければ良い。

 何も気付かず、何も気が付かれず、ただ、好きな女と結ばれて浮かれる道化のアルフレッド。


 静かに、ただ静かに……


 波立たない静かな湖面の底の底のヘドロの底で、ボクは眠り続けるんだ。


 もし、目が覚めてしまったら、



 これは最愛(キミ)を、破壊(こわ)してしまうから……



 そう、願っていた。

 目が覚める事の無い、微睡みを求めていた。

 だけど、どんなに取り繕っても、一度綻びを見せた歯車が元に戻る事は無い。

 静かに壊れていくのか、目に見えて壊れていくのか、

 

 ただ、それだけの差だ。


 そして、ボクもまた……


 やがて来るだろう、綻びの中に踏み込んでいた。

 それが自分の中で確信に変わったのは、たぶん……


 リョウと共に地球に行ったあの日から……


 リョウが戻って喜んで泣き合う家族。

 行方不明になっていた自分の子供が戻ってきたのだ、それが、たぶん(・・・)当たり前の感情なのだろう。

 思えば、あの戦場でもそうだった。

 爆音を奏でる金属の怪鳥に破壊された町の中で、はぐれた子供を傷だらけになりながら探す母親達。

 だから、その気持ちは……


 たぶん、ボクでも理解できる。


 できる……はずなんだ……


 でも、ボクの中に芽生えたのは、家族と再会して喜ぶリョウの姿に対する不安。

 もう、ボクの元には戻ってこないんじゃ無いだろうかという不安――


 ただ、それだけ。


 キミの笑顔や言葉が、ボクをどんなに勇気付けてくれたのか、キミの家族を見ていてよく分かった。

 何て理想的で、楽しそうで、幸せそうで……


 ああ、キミはどれだけ愛されて育ったんだろう……


 だから、ボクはキミが受けてきた愛情をお裾分け……してもらえるんだね。


 ボクは、キミが好きだ。

 そして、キミの産まれたこの国も好きだ。

 魅惑的な食べ物や、知性を刺激する不思議な書物や道具に溢れ、そして、暖かい……


 同じ世界に破壊があって、嘆きが溢れてるなんて、とても思えないほどに。


 ……だから、ボクはこの国を、


 憎む。


 ここに居たら、ボクがボクじゃ居られなくなる。

 ここに居たら、何時かキミは向こうの世界に戻りたく……いや、行きたく無くなるだろうから。


『こんな世界、壊れちゃえば良いのにね』


 そうだ、こんな世界……


 ……ッ!!


 違う!

 ボクはそんな事は望んでない!!


『無くなってしまえば、リョウは自分の元から離れられなくなる。そう、思ってるんだろ』


 やめろ!

 リョウを悲しませてまで束縛したいなんて、ボクは思っていない!!


『あーはっはっはっはっはっはっはっ!!』


 ッ!!


『嘘つき』


 何だよ……


『お前は嘘つきだ』


 やめろ、よ……


『嘘つきめ、嘘つきめ、嘘つきめ!!』


 やめ、ろ……もう……やめて、くれ……


『誰もお前なんかを本当に愛してなんてくれるものか! お前の心は腐りきった汚泥の底に浸りきった、薄汚れた亀と同じだ。泳ぎの下手な泥亀が、ヘドロの底から空を飛ぶ鳥を羨んでるに過ぎない! 鳥はお前の姿なんかこれっぽっちも見えちゃいないのにな!!』


 ………………


『誰にも奪われたくないなら奪って支配しろよ! 気付かれないように、あの脳天気に笑ってるバカが気が付かないように、少しずつ侵略して塗り替えてしまえ!!』


 いや、だ……


 そんな事をしたって、リョウがボクの側に居てくれるはずが無いじゃないか!!

 素のままの自分で愛されないと、何の意味も……


『素の自分? 素の自分なんか一度とて見せた事も無いくせに素の自分だと? 笑わせるな! お前は……いや、俺達の本性はただの――だ』


 ボ、ボクは……


『ほら、見ろよ。家族と楽しそうに笑ってる顔。お前はあの顔を見た事があるのか? お前はあの中に違和感なく溶け込む事ができるのか? できやしないだろ。だってお前は、だってお前は、人の姿をしたただの――なんだから』


 …………


 塗らないと……

 塗って塗って、塗りたくらないと……


 上っ面で良い。

 あ、あぁ……上っ面で、良いんだ……

 自分の姿が、自分の本性が、この顔に出てこないように。


『何だ、また嘘をつくのか? 哀れだねぇ、持っていたはずの自信も何もかんも失って、手に入れたはずの愛情とやらも最早遠い霞の向こう側。気が付いたら全てが御破算だ。さぁて、お前は次に何を願う? 何を欲しがる? 何も無いお前が、捧げる物が何一つ無いお前が! ただ欲しがるだけのお前が!! この先何をテーブルにベットする!? まぁ所詮、真実を織り交ぜられない嘘だけのポーカーフェイスなんてすぐに見破られて終わりだけどな。お前に待ち受けるのは無様なフォールドという結末だけだ。すぐに分かるさ、お前は最後にレイズしたリョウも失う……それがお前の哀れな最期だ!』


 醜悪な笑みと耳障りな哄笑。

 それは、

 何時までも、何時までも……


 消えること無くボクの脳裏にこびりついていた。

全体改稿中で既存の読者様にはご迷惑をおかけしております。


もう少し先になりますが、展開が大きく変わると思いますので今しばしお待ちください。

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