TSヒロイン・守るべき本当のプライド
2019/03/25~27に投稿した『未来の嫁の底力』『意地』『目を覚ましやがれ』の三話を結合し、誤字表現を中心に改稿しました。
そして、これにて五章終了となります!
近日六章公開です!!
アルフレッド――
この世界で知らぬ者は居ない、世紀の天才児。
人間達からは人類の至宝と呼ばれ、他種族からは忌み嫌われた少年。
でも、オレは知っている。
いや、オレだけが知らなければ、そして、覚えてなければならなかったんだ。
アルフレッドという少年は天才だったかも知れない。
あるいは、悪魔のような才児だったのかも知れない。
だけど、その本質は――
餓えて満たされない、ただの少年だった事を。
「うあああああぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
空を切り裂く咆哮。
爆発的に膨れ上がっていく魔素で辺りの壁や床が粉々に砕け宙を舞う。
再生を待つソウルドレイクに意識を割く余裕なんて無い。
全ての意識をアル君にだけ向ける。
オレとアル君の戦力差は、どう贔屓目に見ても10倍以上。
もちろん、オレが1でアル君が10だ。
通常モードのアル君とでさえ絶望的な戦力差だ。
それなのに、今のアル君は【魔王の血】に支配されオレの事さえも分からなくなっている。
そんな今のアル君との戦力差なんて、軽く見積もっても100と0。
どう逆立ちしたところで覆る可能性は無い。
正直言って逃げられるなら逃げたいよ。
でも、さ……
ここで逃げたら、
全部が終わる――
そんな気がするんだ。
大人からすれば、馬鹿な話かもしれない。
ガキの思い上がった恋愛脳だって言われるかも知れない。
それでもさ、
それでも……
このまま見ないふりして、気が付かなかったふりして、逃げること何て出来るかよ!
だって、オレ……
アル君が好きだもん!!
大好きだもん!!
アル君と向き合う理由なんて、それだけで十分だ!
だったら……
ここで全力にならなくて、いつ全力になれってんだ!!
ああ、腹は括った!
「泣かしてやるからかかって来やがれ、このバカ彼氏!」
「るあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁっ!!」
オレの言葉にアル君が咆哮で応える。
膨れ上がった筋肉が見せる動きとは思えないほどの俊敏さ。
だけど、理性がぶっ飛んでるからか動きは単調。
振り抜かれた拳に合わせ、顎先にカウンターで膝蹴りをねじ込む。
酷く鈍い、水牛の骨でもへし折れたみたいな鈍い音。
ごめん、アル君。すぐに治すか……って、「いだだだだだ!!」
そんな絶対に聞きたくは無い音が鳴ったのに、まるで何事も無かったみたいにオレの足を鷲掴みにした。
いや、それは鷲掴みと言うより、まるで雑巾か何かを憎しみを抱いて絞り上げるみたいな感じだ。
くそ、戦力差なんて端から分かっていたはずなのに。
たった一発良いのを入れただけで図に乗っちまった。
ってか、痛ぇ!
「マジ痛ぇから!」
何時もならオレを優しく撫でてくれる手が、まるで別物みたいだ。
早くこの手から脱出しないと、どんな目に遭うか……
そんな思考は、だけど、それ以上は続かなかった。
ブンッ!!
耳朶を打つ風切り音。
ゴシャ……
そして、耳朶を、いや、全身を打ち付けた鈍い破砕音と衝撃。
「か、は……」
視界が、歪……。
床に叩き付けられた、の……か……
肺から根こそぎ奪われた酸素。
たった一撃でこの様、かよ……
叩き付けられた身体は更に宙を舞い、浮遊感と強烈な吐き気が襲ってくる。
だが、この程度で今のアル君が止まるはずなんて無い。
歪む視界でも分かる、迫り来る強烈な殺気。
オレは伸ばされた拳を、空中で何とか身をよじりギリギリで躱す。
「へ、へへ……キャット空中半回転だ……」
――真面目にやれ――
はぁ? 真面目に戦えって?
五月蠅いやい!
こっちとら人生最大級の真面目さで戦ってるよ!
だけど、軽口の一つでも叩かないと、恋人とシャレ抜きの殺し合いになっちゃうじゃん。
そんなのは、嫌だ。
って、誰だよ、オレに命令する奴!?
――解放しろ――
ドクンと心臓が脈打つ。
だけど、これはオレの心臓だけど、まるで違う心臓。
「ぐ……ぅ……」
ああ、そうか……
オレの中にも流れているはずの魔王ラースタイラントの血だ。
はは、そうかこれがずっと欲しがってたチートってやつか……
少しか強くなって、オレでもこの魔王の力とやらが使えるようになろうとしているのか?
受け入れれば、あるいは……
互角に戦う事ぐらいは、出来るのかな?
ザワリと逆立つ髪の毛。
自分でも分かる、身体の奥底で満ちていく暴力的なまでに強力な魔力。
「……って、こっちが散々望んでも無視してくれたくせに、今更てめぇの力なんざいらねぇよ!」
大人しくオレの中で眠ってやがれ!
そして未来永劫目覚めるな、ボケがっ!!
心の中で切った啖呵。
それは極上の強がりだ。
でも、こんな力はいらない。
こんな力に頼っても、アル君を説得なんか出来やしない。
「るああああああぁあぁぁぁぁぁぁああっ!!!!」
「ッ!!」
さらに膨れ上がっていく魔力。
おいおい、彼氏さんや。
貴方の未来の嫁が頑張って堪えてるってのに、何あっさりと力に溺れてくれちゃってるのさ!
心の中で怨嗟にも似た咆哮を上げていると、次の瞬間、アル君は目の前に現れていた。
振り上げられた拳。
ヤバ……
意識はしっかりしているのに、身体はまともに動くような状況じゃ無かった。
ああぁぁぁあぁぁぁぁ、格好付けないでオレも力に溺れてれば良かったかな!!
……なんて、ね。
「べぇ~……だ」
魔王の力なんか欲しがってやるもんかよ。
オレは、オレだ。
何て、な……
精一杯強がってはみたんだ。
だけど、身体ってヤツはどこまでも正直で、たったの一撃でボロボロにされたオレの身体は……
心よりも先に悲鳴を上げていた。
迫り来るアル君の拳。
何とか受け流そうとした瞬間、力が入らずに膝から崩れ落ちた。
それは、絶体絶命のピンチ――
だけどラッキーだった。
崩れ落ちた事でオレの頭の上を拳が吹き抜け、運良く躱せた一撃は壁を豆腐みたいに打ち砕いた。
受け流しに失敗していたら、いや、そもそも無謀にも受け流そうとしていたら、オレもあの様だったかも知れない。
恐怖に足がすくみそうになる。
だが、そんな恐怖する一瞬の暇さえも、今のアル君は与えてはくれない。
壁を穿った拳はそのまま裏拳になり、オレめがけて跳ね上がる。
くッ……
大地よ大地 我が母よ 我は汝が子なり
たとえ血の一滴繋がらずとも 我が肉は貴女の賜なり
紡がれし時の恩恵の一欠け一紡ぎ 貴女の子に貸し与えたまえ
我は母なる大地の精クローディア 貴女に助けを請う者なり
「クリスタルウォール!」
それは以前、アル君がソウルドレイクの炎からオレ達を守るために見せてくれた魔術。
そして、オレを守るために命を賭けて戦ってくれたときに使ってくれた魔術。
キミの記憶がオレに教えてくれた守るための力を、粉砕された壁を触媒に構築する。
だが――
ガシャン……
「なっ!?」
練度の低さか、アル君の能力が馬鹿げているのか。
あの強力な防御結界魔術がまるで薄氷を踏み砕くみたいに、粉砕された。
オレを守るために使ってくれたアル君の力が、アル君の手で破壊される。
まるで、アル君との絆を破壊されたみたいな……
壊される?
……ッ、そんな事あってたまるか!
これは、オレが未熟だっただけだ!!
強がりに強がりを重ね、己を全力で鼓舞する。
なのに、さ、
「おいィ?」
人が頑張って気持ちを奮い立たせてるってのに何する気だよ!?
それは、結界を突き破った拳に宿る赤い光。
視界が赤く染まる。
まずい!
だが、気が付いた時には遅かった。
あまりの眩しさに視界が明るい闇に包まれる。
それは、膨大な熱量を伴った赤。
燃えさかる炎は、まるで闘争心を剥き出しにした荒獅子の如く結界の中で暴れ狂う。
「風霊よ! 虚ろなる衣を我に貸し与えたまえ!」
意識せずに唱えていたのは、アル君に褒められた風の魔術。
あの時は攻撃に転嫁したが、今回は違う。
自分の目の前に空気の断層を作り、炎の攻撃から身を守る。
の、だが……
「あぢゃぢゃぢゃぢゃぢゃ!!」
熱放射と言うのか、遠赤外線と言えば良いのか、
それのせいで突き出した両手の先、グローブからブスブスと煙が上がり始め、頬を焼け付く刺激が襲う。
ああ、分かってたよ!
防御に回ったところで、どうせジリ貧!
このままじゃ、じっくり美味しく上手に焼けましただ!
だけど、打つ手が無いんだよ!
アル君は魔法。
オレは【魔王の血】を拒絶しているからまともに使えるのは魔術だけ。
契約でカーズさんの力を借りる魔法はそれなりに使えるには使えるが、付け焼き刃感が半端ない。
正面からぶち当たれば、反撃どころか、けちょんけちょんに返り討ちに遭うのは目に見えている。
って言うか、使いこなせたとしてもガチでぶつかり合う魔法でアル君と戦いたいなんて欠片も思わない。
……ハハ、何言ってんだか。
そんな台詞は強いヤツだけに許される台詞だ。
どうする、考えろ……
オレはアル君の戦闘力には遠く及ばなかったが、発想で驚かせる事ぐらいは出来たんだ。
どうすれば状況を打破出来る……
「ぐぅ……クソ、ダメだ……熱さで、思考能力が……」
この熱量だと、水の精霊を呼んだところで焼け石に水だろう、し……
ああ……ダメ、だ……
意識、が……
――そんなに、困らないの――
あ!?
それは、また脳裏に浮かんだ声。
あんだよ、今度は優しい感じで騙そうってのか?
――あの人は、超えられない試練は与えない人よ――
うるせぇ、魔王が知ったかするな……
――はぁ……口が悪いわねぇ。アルフレッドに嫌われるわよ――
ブチッ……
「アル君がオレを嫌いに何てなるもんかー!!」
何で【魔王の血】如きにアル君に嫌われるとか言われにゃならんねん!!
あったまきた!!
バーカバーカ!
絶対、死んでもお前の力何かに頼らねーかんな!!
「るああぁああぁぁぁぁぁぁぁああぁぁぁぁぁっ!!」
絶叫と共に再び拳に宿る赤い光。
って、コイツはコイツでいつまで【魔王の血】に好き勝手されてんだ!
いい加減、オレの頑張りに気が付きやがれ!
大地よ大地 我が母よ 我は汝が子なり
たとえ血の一滴繋がらずとも 我が肉は貴女の賜なり
紡がれし時の恩恵の一欠け一紡ぎ 貴女の子に貸し与えたまえ
我は母なる大地の精クローディア 貴女に助けを請う者なり
もはや誰に対する怒りかも分からないまま、ただ感情に任せ無我夢中で唱えていたのはアル君との絆の魔術。
一度は手も足も出ずに粉砕された力。
ああ、分かってるよ。どうせこのままじゃ同じ結果が待つだけだ。
だからオレは、
そこに一つの発想を加える。
「クリスタルウォール・シュッセル!」
確証があった訳でも、自信があった訳でもない。
無我夢中だっただけだ。
ただ、アル君を取り戻したかっただけの、オレの意地がそうさせただけ。
ああ、これはただの意地だ。
だから、その目に焼き付けやがれバカ彼氏!
これがお前の未来の嫁が見せる、男の意地だ!!
「うああぁあぁっ! これがオレの……全力だあぁぁあぁぁぁ!!」
絞り出した咆哮。
オレの手の中で炎が暴れ狂う。
それを表現するなら、調理器具のボウルだろうか。
術者を中心としてドーム状に展開する『クリスタルウォール』を、無理矢理圧縮して手の中に展開した。
アル君の手から放たれた炎は、ボウルの中で踊り狂い、
「るああああああああぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ…………」
アル君の絶叫が塔を殴打する。
煌々と輝く赤がボウルの中で勢いを変え術者に襲いかかったのだ。
ごめん、アル君……
痛いよね。
だけど、その痛みを、今度はキミの心にも刻むよ!
オレのとこに戻ったら、キミを追い詰めたオレの心無さを責めてくれていいから!
だから、さ……
今度こそ、二人で生きて行くために!
痛みを、キミが知った弱者の悲しみを、思い出してくれ!
「アルハンブラ!! 自分の顔を見やがれ! お前が今どんなに醜悪な怒りに歪んでるのか!」
炎が途切れた瞬間、クリスタルウォールの壁面に万華鏡の如く映ったアル君の顔。
憎悪に歪んだ悪鬼羅刹の如き形相。
それは、【魔王の血】がそうさせたのか?
否――
これはアルフレッドという少年の中に押し殺されていた、蛇蝎の如き感情だ。
「ぐ、ああぁぁぁ……」
「それが……それがアルハンブラなんてご大層な名を与えられた男の顔かよ! お前が守ってきた、お前の事を英雄と慕ってくれた子供達に胸張って見せられる顔なのかよ!!」
「が、あぁぁぁ、るああぁぁぁ……ッ!!」
「お前の今の顔は子供や弱者を無残に殺した男達と同じだ! 炎を振り回して粋がってる姿なんざ、町を焼き払い弱者を蹂躙した兵隊どもと同じじゃねえか!!」
「ち、ちが……うぁあぁぁぁっ!!」
「誰かを守った誇りも何もかも失って、忌み嫌った世紀の天才児だけに執着してさ……獣以下の畜生に成り下がって生きる気なら、お前との縁なんざこっちから熨し付けて叩っ切ってやる! 世捨て人でも気取って一人寂しく森の奥で生きやがれ!!」
「お……あ……ぐ……お、オレは……あぐぅ……」
「この……いつまで魔王なんかに良いように振り回されてんだ! いい加減、目を覚ましやがれこの馬鹿彼氏!!」
ゴガッ!!
オレの拳がアル君の顔面に突き刺さった。
「ガ、ハッ……!!」
まるでダンプカーにはねられた野生動物みたいに床をバウンドすると、壁に盛大な音を立てて激突する。
それは、ちょっと聞き慣れる事は無いぐらい酷い音だった。
でも大丈夫!
アル君ならちょっと痛かったとか言うだけですむはずだから!
とは言え……
「ハァ……ハァ……ハァ、ハァ……」
無茶な創作魔術に戦いのダメージ。
正直に言えば、オレの方が軽口を叩く余裕何か無いくらい限界だ。
これ以上は無い。
欠片も出てこない。
これでアル君が元に戻ってくれなければ……
お願いだから正気に戻ってくれ、アル君!
全体改稿中で既存の読者様にはご迷惑をおかけしております。
もう少し先になりますが、展開が大きく変わると思いますので今しばしお待ちください。






