TSヒロイン・間違いと罪
2019/03/18・20・23に投稿した『間違っている』『このバカ彼氏!』『俺の罪』の計3話を結合し誤字表現を中心に改稿しました。
ズンッ!!
と衝撃をともなった音が迷宮と化した塔の中に響き渡る。
「わたた……」
駆け抜けた衝撃波と、それに遅れるみたいにして揺れ動いた床。
「アル君ってば、ホント派手にやってるっぽいなぁ」
二度の敗北を喫していながら、それでもアル君が善戦以上の戦いをしている事に疑いは無い。
あのプライドの高い自信家のアル君。
そのアル君のプライドを二度も傷付けた相手。
三度目の敗北なんか、許すはずが無い。
いや、絶対に有り得ない。
きっとオレ何かじゃ想像も付かないほどの脳内シュミュレーションを繰り返して、敗北に繋がる可能性を全て叩き潰しているはずだ。
そう、アル君の勝利を信じれば良いだけだ。
それ、なのに……
戦場に向かうオレの膝は、力でも抜けたみたいに進む事を拒絶した。
恐怖が、オレの脳髄に絡みつく……
「……くそ。アル君が戦ってるってのに、何やってんだよ」
これじゃまるで、オレがアル君を信じて無いみたいじゃないか。
「……オレがアル君を信じない? そんな事あるもんか!!」
自分の太ももを思い切り殴りつけ、気合いを入れる。
これはオレにとってもアル君にとっても、乗り越えなければならない一つの壁だ。
一度や二度の敗北如きで……
立ち止まってる暇は無いんだ!!
「うぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
ソウルドレイクの咆哮に負けじとばかりに叫んで駆け出す。
戦ってる場所は見えない。
だけど、そう遠くないのは肌で感じる。
と、その時だった。
曲がりくねった迷宮の先から、ビル風にも似た突風が熱を伴い吹き抜けたのだ。
「うわっとと……まるで塔全体が震えているみたいだ、一体どんな戦いをやってるんだよ」
思わず呆れたみたいに呟いてしまったが、オレはすぐにその事実が巻き起こす事実を知った。
赤い炎……
いや、内から吹き上げる赤い魔素を纏ったアル君が、無数の火球を操りながらソウルドレイクを翻弄していたからだ。
「抗えるだけ抗うが良い。貴様が力尽きるまでオレは何度でも焼き尽くすだけだ」
軽い興奮状態なのか、一人称も言葉遣いもアル君らしくは無く粗暴だった。
大岩が砕けるみたいな鈍い音が鳴った。
ソウルドレイクの頭がひしゃげ、壁に叩き付けられる。
アル君の傍若無人とも言える拳の一撃が、ソウルドレイクの頭を無慈悲に叩きつぶしたのだ。
VAOOOOOOOOOM!!
「やかましい」
それは、あるいは死の宣告と呼ぶに相応しい言葉だったのかも知れない。
宙に浮く火球は、アル君の指先の動きだけでソウルドレイクの顎だけをピンポイントで焼き払う。
「いくら貴様でも、焼け爛れた痕じゃ再生もおぼつかないようだな」
アル君の指摘通りだ。
粉砕されても一瞬で再生する異常なほどの超回復力を見せていたソウルドレイクの肉体は、まるで芋虫が這いずるみたいに緩慢な動きで再生を繰り返すだけ。
いや、この再生力自体がそもそも異常なのだが、それでも、明らかに再生力は落ちていた。
それも……
焼かれているから、だけじゃ無い。
本来なら吹き出る血でとっくに消え去っているはずの炎が、傷口で延々と燃え盛っているのだ。
魔法――
魔術とは明らかに違う炎の輝き。
それも、炎と認識するには、あまりにおぞましい赤黒い輝きを放つ炎。
焼き払うその威力は、この世界に来てから見てきたどんな力よりも強大なモノだ。
「消滅するまで焼き払ってやる」
蘇ろうとする度に放たれるどす黒い炎。
顎を完全に焼かれ、苦痛の叫びすら上げられないソウルドレイク。
圧倒的だった。
それ以外の形容が見つからないぐらいに圧倒的だった。
あれほど苦戦した敵を、まるで芋虫を握り潰すみたいに蹂躙するアル君。
天才――
アルフレッドという少年に与えられたその言葉の意味。
知識だけでは納まらない、戦いにおいても揺るぎない才能。
オレは改めて、それを思い知らされる。
だけど……
「無駄だ。言っただろう、消滅するまで焼き払ってやると」
無駄だ――
その言葉の意味。
それは、あるいはソウルドレイクが逃げだそうとしていたのかも知れない。
分からない。
ただ、アル君が背を向けたソウルドレイクの前に高速移動で立ち塞がり、再び魔法を放つ。
爆音。
腐敗した肉が焼ける異臭が鼻をつく……
アル君の勝利は間近だ。
それは、間違いない――はず、で……
だけど、さ……
ねぇ、アル君……
この戦い方は本当に正しいの?
こんな戦い方が、こんな勝ち方がカーズさんの望む結果なのか?
再び上がる爆音。
吹き飛んだ肉片。
弱いオレが、戦い方に拘るなんて、自惚れが過ぎるのかも知れない。
この世界じゃ、オレの考え方は確実に甘ったるいんだろう……
でもさ、
「まだ立ち上がるか……無駄を悟れよ」
ソウルドレイクが声なき咆哮を上げる。
やっぱり――
間違ってる!!
気が付けばオレは、アル君の前に立ち塞がっていた。
「ッ! リョウ! 一体なんのつもりだ!!」
「ッ!?」
思わず耳を塞ぎ顔を覆いたくなる爆音と熱風が顔を舐める。
オレが飛び出したせいで、アル君が無理矢理ねじ曲げた魔法が壁で炸裂したのだ。
こ、こっわー!!
一歩飛び出すタイミングを間違っていたら、オレがこの壁みたいに粉砕されるところだった!!
ヤバいヤバい、こんな薄気味悪い化け物守って死んだんじゃ、笑い話にもならん。
「リョウ、何を考えているんだ……」
底冷えするみたいなアル君の声音。
うぉぉぉ……こ、こっちもこえぇぇぇ……
そ、その目つきも声音も、最愛の恋人に向けるようなものじゃないですよ?
って、今はそんなノリで話せるような状況じゃなさそうだ。
「聞いてるんだ、何のつもりだ! 答えろリョウ!! 一歩間違えばキミは死んでいたんだぞ!! そんな化け物を守って心中するつもりか!?」
「え、あ~……その、し、死ぬつもりなんか無いよ。こいつを守るつもりだってない」
「じゃあ、なんの意味があってこんなマネをした!」
「アル君を守るためだよ」
「? 何を訳の分からない事を。リョウ、そこをどけ……今すぐ、そいつにとどめを刺す」
「嫌だ、絶対にどけない」
アル君の瞳に鋭さが宿る。
オレの弱々しい声音とは裏腹に、そこに宿る意志に気が付いたんだ。
「何のつもりだい?」
声音に苛立ちが宿り、刺々しさが増す。
ヤベぇ、本当に怖い。
今まで何度か怒らせ事はあったけど、それとは比較にならないぐらいに怖い。
魔法を使うのは人の身では不可能――
おそらく今のアル君は魔王と言われる竜王ラースタイラントの血の影響を猛烈に受けているはずだ。
これ、一歩間違えば、オレでも無事じゃ済まないかも知れない……
だけど、さ。
だけど、だよ……
今更ここで引けるか。
引いてしまったら、それで終わりだ。
オレは一生アル君と正面を向いて話し合う事が出来無くなる、そんな気がするんだ。
「どけ、リョウ!」
「何度も言わせるな、絶対にどけるもんか!!」
「キミを傷付けたくない! でも、ボクの戦いの邪魔をするなら、話は変わるよ……」
再びオレの横で爆風が巻き起こる。
熱風に煽られ、思わずよろめく。
何とか吹き飛ばされないように耐えるだけで精一杯だ。
「このクソガキ……本当に撃ってきやがった……」
「警告はしたよ」
「流石だよね。恋人に対してそこまで割り切れるんだから。この世界で最高の天才と言われるだけはあるよ、切り替えの早さまでピカイチだ。なのに、何でだろうね? 自分自身の深いところは全く切り替えられちゃいない」
「……ッ」
アル君の口角が一瞬つり上がり、僅かに痙攣する。
オレの声音に潜む侮蔑を感じ取ったんだ。
「何が、言いたい?」
「アルフレッド……いや、アルハンブラ! 今のキミは誰よりも強いかも知れないけど、誰よりも無様だ! オレは今キミが戦っている相手が別の魔物だったなら何も言わない! だけど、ソウルドレイクと戦う今のキミは! 最高に最低で、無様過ぎて哀れで泣けてくる!!」
「言わせておけば!」
炎がオレの横をかすめる。
殺意を纏った一撃。
いや、あるいは辛うじて残っているアル君の理性が完全に崩壊していれば、オレはあっという間に燃え滓になっていただろう。
アルフレッド。
世紀の天才児。その名と二つ名が持つ意味を自ら毛嫌いしながらも、だけど、その二つ名こそが彼にとっては支えだった。
考えてみれば、分かる事だったんだ。
何も無い、何もかもを幼くして失った彼にとって、すがるモノも自分を証明するモノも何一つ無かった彼にとって……
唯一自分自身を証明出来るものこそ、
大仰すぎるほどの二つ名だった。
毛嫌いして憎んで、それでもそれだけが自分を証明する唯一のアイデンティティだった。
それなのに……
積み上げたモノを根底から蹂躙したのは、自分とはまるで真逆の存在。
この知性や理性とはほど遠い醜悪な化け物だった。
「オレと一緒に過ごしている間、笑ったり冗談を言ったり、甘えたり甘えさせたりしてくれても、腹の奥底では消えない憎しみが燃えさかっていたんだろ!」
「……ッ」
許せ、なかったよね……
そりゃ、そうだよ。
「ほら、図星だ。顔に出てるよ」
「うるさい……」
アル君、何時だったか言ってくれたよね。
何も無かった自分の心を埋めたのは、オレだって。
だけどそれは、半分は正解かも知れないけど、半分は間違いだよ。
キミはキミ自身で、自分の居場所を生み出していたはずなんだ。
自分自身で自分自身の誇りや尊厳を満たしていたはずなんだ。
「憎んでも、恨んでも、自分が縋る唯一の自分だもんな! 今すぐにでも取り返さないと、本当は一歩だって前に進む事は出来無かったんだろ!」
「やめ、ろ……」
タダ空っぽだった人間が生きて何て居られるはずが無い。
少なくとも、その穴を埋めていたのは自分自身のはずなんだ。
オレは、それをほんの少し支えただけだ。
「良かったね。キミの胸の内も知らずにアホみたいにはしゃいでる父さんが勝手にリタイアしてくれて。自分よりも先にソウルドレイクを倒しうる唯一の存在で出し抜くには一番厄介な存在だもんね」
「やめ……ろ」
だから、キミを負かすのはソウルドレイクじゃ無い。
「カーズさんも見ていないだろうこの場所に、怨敵が自らしゃしゃり出て来てくれたんだ。誰にも妨害される事なく復讐出来る」
「…………」
負かすのはカーズさんでも、ましてや父さんでも無い、
「好都合だったでしょ。キミの隣に残っていたのは――」
「それ以上は……リョウでも……」
ソウルドレイクが復活して再度動き出すまで、そんなに時間は残ってはいないはず。
それまでに何とか――
何とか?
いや、絶対にだ……
「キミの胸の内にまるで気が付いていないはずの――」
「や、め……」
絶対にオレがキミを倒す。そして、キミの居場所はオレが作ってやる。
「おめでたいオレだけなんだからね」
「や……」
キミの……いや、アルフレッド、お前の歪んだ思いはオレがここでぶっつぶす!!
オレが何度だって、アルフレッドという名前を思い出させてやる!
オレだけが何度でもアルハンブラという名誉が与えられた意味を思い出させてやる!
そして、オレの元に黙って戻って来やがれ――
このバカ彼氏!!
「行くよ、アルフレッド」
「やめろっ!! くるなぁああぁあぁぁぁっ!!」
オレの静かな宣告が引き金となった。
ゴウッ! と猛烈な熱風がオレの頬を撫でた。
避けなければ確実に骨も残されていなかっただろう火力。
……いや、それでも今降り注いだ炎の雨は明らかに遅い。
もし、まだ自惚れるのを許されるなら、アル君がなけなしの理性で制御してくれなければ、オレはそこで溶けている床と同じ姿に成り果てていただろう。
「……ありがとう、アル君。そんなに苦しんでたのに、オレの事を今でも好きでいてくれて」
アル君の唸り声が、燃え盛る炎の中に踊り狂う。
それは、聞き用によってはオレの言葉を肯定するとも、否定するともとれる呻き。
「アル君……」
「うあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁっ!!」
それは、オレの呼びかけが切っ掛けだったのか、それとも……
アル君がまるで戦車から解き放たれた砲弾の如くオレに飛びかかって来た。
辛うじて躱せた拳は目標を見失い床を穿つ。
まるで出来たての豆腐にハンマーでも振り下ろすみたいな所業。
砕けた床材が飛び散る。
オレの額が生暖かかった。
躱し損ねた破片で出血したか。
ヤバいな、本気で魔王の血に支配され始めてる。
……ヤバい?
いや、端からこうなるのは分かっていた事だ。
これは、本当は気が付いて居たのに見て見ぬ振りをしていたオレの罪だ。
許されない、罪、だから……
「うぉぉぉぉぉぉぉああああああぁぁあぁぁぁぁぁぁぁあっ!!」
再び、ドラゴンさえもかくやというほどの咆哮を上げたアル君。
膨れ上がった筋肉に血走った眼。
まさか、恋人との二度目のマヂ喧嘩が、こんなガチの殴り合いになるなんてな。
でも、仕方ないよな……
弱いオレを何時だって命がけで守ってくれたキミを、ここまで追い詰めていたのは――
真実、オレ何だから……
全体改稿中で既存の読者様にはご迷惑をおかけしております。
もう少し先になりますが、展開が大きく変わると思いますので今しばしお待ちください。






