TSヒロイン・情愛と試練
2019/01/10・13に投稿した『しなしょう』『試練』の2話を結合し、表現を中心に改稿しました。
「死ぬかと思った」
ご飯を食べながらアル君がぼそりと呟く。
まぁ、端から見ていた俺からすると、アル君は脱水機に飲み込まれた蟻というか、脱穀機に粉砕される籾殻のようにボロボロにされていた。
まぁ、俺もその余波で半分地面に埋まっていたけど、爆心地だったアル君からすれば俺の比じゃない恐怖だったはずだ。
そのくせに何故か誇るみたいにアル君がニヤリと笑う。
……貴方、最近オレ以上にドM化してませんか?
あんな目にあったのに笑う要素がどこにあるんでしょうかね?
とは言え、アル君の心情も理解出来なくも無い。
こんな可愛い顔をしていても誰よりも負けず嫌いだ。自分の目標が高ければ高いほどやりがいを感じているんだろうし、何よりも自分が目標とする人が低い山じゃないのが嬉しいのだろう。
でもね、アル君……
カーズさんの優しさや気高さは分かるつもりだし、アル君が憧れるのも十分すぎるほど理解出来ますよ。
オレみたいな平和ボケしたヤツだってカーズさんの生き方には感銘を受けたぐらいだ。
だけど、家に戻って冷静に考えるととんでもない選択をした気がするのですよ。
オレが与えられた課題ってさ、家の中をハイハイで歩き回っていた赤ちゃんに、お前明日からエベレスト登頂しろって言っているようなもんですよ。
もうそれって、ヤホーニュースに載るレベルの虐待ですよ?
ええ、あの時は勢いで『乗った!』みたいな返事しちゃってたけど、やっぱり無謀だったと思うわけで。
「……ョウ、リョウ?」
「ふえ? 何、アル君?」
「何って、今凄く面倒臭いこと考えてない?」
「面倒臭いと言うか、思考の坩堝と言いましょうか……勢いだけで行動するのもこれっきりにしとかないと命が幾つあっても足りないな、と猛省している最中です」
「えっと、ようは今になって先生に教えて貰うのが怖くなってきた、ってとこかな?」
「うぅ……ごめん、その通りです」
「謝らなくても良いよ。ボクだって初めて先生に会った頃は教えて貰おうと思ったのすっ…………………………ごく後悔したもの」
「エラい溜めして言ったねも?」
「だって、地獄を見たからさ」
アル君がバイブにして硬いテーブルの上に置いたスマホみたいな勢いで震える。
一体どれほどの地獄巡りフルコースを味わったのやら……
「でも地獄は見たのは確かだし、未だ先生の足下どころか背中さえ見えないような状況だけど、それでも人並み以上に強くして貰ったのは確かだよ」
誇らしく語るアル君の瞳はどこまでも真っ直ぐで……
その瞳が何より頼もしい。
「うん、アル君が隣に居てくれるだけで安心出来るのは確かだよね」
「何か面と向かってそう言われると照れるけどさ、リョウだってボクに安心をくれてるよ」
「えへへ、ありがと。でもね、力じゃ全然支えて上げれてないのが現実でさ、正直に言えば悔しいなって思ってる」
「リョウ?」
「強くなりたいって思ってるのにさ、なんの成長も出来ないでこうやって泣き言ばかり言ってるのがどうしようもなく情けなくてさ……」
「……何言ってるのさ」
「え?」
その声音に、一瞬不思議な感じを覚えた。
励ますと言うより、何か歯噛みでもしているような……
だけど、そんなオレの勘ぐりが気のせいであったのか、次の瞬間にアル君は穏やかに笑っていた。
「リョウだってボクと根っこの所で同じ先祖なんだよ? こと戦闘に関してはこの短期間で目まぐるしいほどに成長をしているよ。それこそ成長速度だけなら間違いなくボクよりも早い」
「え? ホントに?」
「うん、それは間違いないよ。だから、さ」
そう言って俺の左手を握ると、俺の薬指にはめられた指輪を優しく撫でてくれたアル君。
「この指輪を託してくれた先生に応えるためにも、そしてさ、この指輪が導いてくれるボクたちの未来のためにも腐らずに頑張ろうよ」
「アル君、この指輪が導く未来って……」
薄く微笑むアル君に、オレの顔が耳まで熱くなる。
それは、二人が隣り合わせで歩く未来……
このイケショタ、また恥ずかしげも無くそんな事を言ってのけやがって。
今更だと言われても、何度言われようとやっぱり嬉しいものは嬉しいし、どうしても照れてしまう。
だけどさ、どんなに照れても、
「俺もアル君と一緒の未来を刻みたい」
これが、俺の間違いようのない本音だ。
「うん。リョウ、未来を一緒に刻もう」
何か、初めて告白したカップルみたいな空気がすごく心地よくて、
だから――
ドン! とアル君がテーブルに置いたそれを俺は一瞬理解出来なかった。
え? 何それ?
「バリ、カン?」
「うん、向こうでホムセンに買ったヤツ」
電動式が主流の今のご時世、手動式とは珍しい。
と言うか、パッケージにトイプが使われてる辺り、どう見てもペット用だと思うのですが?
え、何?
ケモ耳フェチのアル君は、また俺に狐耳生やせと?
それがアル君のフェチというなら望むところですが、何か?
「また変なこと考えてない?」
「その自信しか無いとだけ言っておくよ」
「また面倒臭い言い回しを。とりあえずそれでボクの髪を全部刈ってよ」
「え、え~! アイドルのお泊まり発覚や政治家の不祥事じゃあるまいし何故に!?」
「ちょっと何言ってるか分からない」
「なんで何言ってるか分からないんだよ。って、思わずサンドウィッチマンみたいな突っ込みしちゃったけど、いやいや、分からないのは俺ですよ? どうして坊主なのさ」
「気合い入れるため!」
「え、え~……」
アル君が、キリッ! とした顔で断言する。
何だろ、この年相応な感じというか、まるで昔の俺を見ているような残念感というか、ダンスィ感満載な言動と言えば良いのか……
最近疑わしき言動が多いけど、貴方世紀の天才児でしたよね?
それなのに最近ちょっとアホの子入りすぎじゃありませんか?
まぁ、それだけカーズさんだけじゃなく、オレにも心を開いてくれてる証拠何だろうけど。
「まさか帰還して数日で断髪式を要求されるとは思わなかったよ」
「気合い入れるにはこれが一番かなって。キミの世界に行ったとき、TVに二人組のお笑い芸人が坊主にして気合いを入れてたの見てね」
「ああ、帰還した時にやってたアメトーークのありがとう鶴太郎の回だね。って、それを参考にして気合いって間違ってない!?」
「でも、頑張るって気概は感じた!」
「そりゃそうかも知れないけどさ。アル君の綺麗な髪をゾリッと断髪するのは心が痛いって言うか……」
「髪はまた伸びるから大丈夫」
「三十年後四十年後には言えないかも知れない台詞だよ」
「……そうなったらそうなった時に考える!」
何でこの子はこうもおかしなベクトルで前向きになる事があるんだろ。
……端から見たら昔の俺もこんな感じだったのか?
血筋か!?
げにも恐ろしきは先祖の血か……
次の日の朝――
「何があった?」
カーズさんの第一声はそれだった。
って言うか、奥歯で込み上げる笑いを噛み殺しているせいか声がメッチャ震えている。
でも仕方ないと思います。
だって、目線の先にはメチャクチャまばゆく光沢を放つアル君の頭があるんだもん。
止めたんだよ?
だけどアル君の意思は固すぎて刈り取らざるを得なかったのですよ。
まぁ、一休殿みたいでクリクリした頭が可愛いのは確かだけどさ。
……いかん、思考が何でも可愛いと表現する乙女脳になっている気がする。
ただ、これだけは言いたい。
女優さえも羨みそうな綺麗な髪を剃り落としたアル君の覚悟を認めてやって欲しいと。
……自分の髪に特別なこだわりが無かっただけだろうけど。
「えっと、カーズさん。アル君はですね……」
「リョウ、ボクから言うよ。先生、緩んだ気を引き締めるために髪を切りました!」
「そうか、何に感化されたかは知らないが、髪を切ったぐらいで覚悟は決まるのか?」
「えっと……たぶん」
「かつて古の東国にいた高名な武道家は、煩悩を断つべく人前に出られぬよう片方の眉を剃り落としたと聞く……」
おお、その伝説は俺でも聞いた事ある。
確か愚地なんとかって虎殺し伝説の格闘家だ……あれ、違った?
「だがな、アルフレッド。ここから先はもとよりまず他人とは出会えぬ場所だぞ? 髪を切らなくとも問題なかったのではないのか?」
「煩悩もそうですが、ボクは自分に気合いを入れるためにやったんです!」
「そうか……だがアルフレッド、あまり真面目な顔をするな」
「何でですか!」
アル君が顔を真っ赤にして抗議する。
頭から湯気が出た瞬間、カーズさんはそっぽを向いて震えていた。
って言うか、ごめんアル君。
俺も今のキミが可愛すぎて、真っ直ぐ見れましぇん。
「先生ッ!」
「すまないアルフレッド。だがな、今すぐにそれに見慣れろと言うのは、私に酷だと思わぬか?」
「何気にボクが酷いこと言われてる気がするんですが」
「それは自分で選んだ道だ。諦めろ」
「ぐぎぎ……」
「それはそうと強くなるために煩悩を捨てる、か。現状今お前が強くなるための足枷はただ一つだ」
カーズさんの言葉にドキリとした。
それは、たぶん間違いなく……俺だ。
「お前を強くするためにはリョウが必要だ」
「あれ?」
「どうした?」
「や、えっとですね、てっきりアル君が同じ場所で足踏みしている原因は俺だって言われるのかと思って」
「リョウが原因なんて事は無い! 弱いのはボクが原因だ!」
「その通りだ」
「ごふっ!」
カーズさんにあっさりと、しかも間髪入れずに肯定されたアル君の胸に、見えない刃が刺さり崩れ落ちる。
「アルフレッドが同じところで足踏みしているのは、この阿呆の問題だ。他者のために強くなる、それはままごとみたいな理想かも知れない。だが、守りたき者のために強くなれるのは、人である何よりの証しだ。空っぽだったこいつが己の殻を打ち破るためには、自分以上に大切に思える者の存在が確かに必要なのだ」
うきゅ~、人からあえてアル君に必要な存在だっと言われるとメッチャ嬉しい。
だけど、今はそんな事で喜んでいる場合じゃない。
「問題の足枷とは、この阿呆が情愛に溺れている事だ」
「で、でもカーズさん、それでもアル君は頑張ってると言いましょうか、若いので仕方ないかなと……」
「年齢を考えれば情愛にうつつを抜かすのも仕方あるまい。だが、それが許されるのはこの世が平時であったればこそだ。今はこいつ自身が蒔いた種に悪意という名の大輪を付けつつあるのだぞ。お前達が足踏みしている間も敵は大地に根を張るだろう。泣き言を言っている間にも敵は大木となって大地を腐らせるぞ」
うぅ……
ぐうの音も出ない正論。
「時があればいくらでも緩やかに強くなれば良い。だが、差し迫った脅威があるのだ。真に強くなりたければ、お前達自身の覚悟が試される……お前達にその覚悟はあるのか?」
「「あります!!」」
それは二人同時の覚悟がハモった瞬間だった。
「良い返事だ」
カーズさんは目を閉じると静かに息を吐き出した。
「とは言え……私が今言った事は、何度もお前達に話して来てたつもりだ。だが、未だお前達が煮え切らないのは私自身の甘さ故だろう」
あまさだぁ!?
や、確かにカーズさんの優しさは分かるけど、今まで訓練で甘いと感じたことは一度もありませんが?
昨日だって人間洗濯機を味わいましたが?
むしろ死にかけてばかりでしたよ!?
「お前達がともに歩もうとする未来に異論は無い。だが、成長の足枷になっているというのなら、一度その鎖は解き放つしかあるまいな」
「先生何を!?」
「カ、カーズ、さん?」
ゾッとした。
今までどこか厳しくも優しく微笑んでくれていたカーズさんの目に、氷のような冷たさが宿った気がしたのだ。
「リョウ、今私はアルフレッドだけに注意しているわけじゃない。私はかつてお前に言ったな。アルフレッドを支えるのがお前の努めだと」
「は、はい……」
「だが、今のお前もまた目先の情動に支配されている」
「カー……」
ドンッ!
と手にしていた杖が地面に突き立てられた。
「「ッ!?」」
一瞬、網膜を焼くほどの閃光が辺りを包んだ。
「え、な、なに?」
何が起きたかはわからなかったが、眼前には浮いている指輪が二つ。
「え、え? そ、それは俺達が貰った……」
???
あれ? 何かが変だ?
何だ、何かがおかしい?
「リョ、リョウ?」
「ア、アル……君?」
?
あれ? 俺の声……
ッ!!
「お前達が全てを捨てて生きるというのなら私は一向にかまわん。だが、全てを受け入れた上でともに歩むと一度覚悟を決めた以上、生半可な甘えなど捨てよ。お前達への課題を二つ与える。どんな手段を使ってもかまわんから100階まで到達せよ。そしてリョウ、お前はその上で私に触れる事だ。それが出来たなら、今一度お前達が望むべき未来を歩めるように私も尽力しよう」
それだけを言うと、カーズさんの姿はまるで霧散するみたいに消えた。
あ、あはは……
「アハハハハ……」
「リョウ、どうしたの、大丈夫?」
「アル君……俺、男に戻っちゃったみたい……」
それは股の間に覚えた、いや、思い出した盛大な違和感だった……
全体改稿中で、既存の読者様には大変にご迷惑をおかけしております。
もう少し先になりますが、展開が大きく変わると思いますので、もう少しだけお待ちください。






