TSヒロイン・いくつもの誓い
2018/12/25・26に投稿した『エンゲージ』『旅立ちの日』の2話を結合し、表現誤字を中心に改稿しました
さて、昨日は途中で意識不明になる事態に陥ったが、目を覚ますとアル君は流石と言うべきか、育児スキルを獲得したみたいにミクを器用にあやしていた。
ただ、目の下には盛大な隈が出来てるけど。
「アル君、目の下にベアーが住み着いてるよ。しかもヒグマ級のが」
クスクス笑っていると、アル君は錆び付いたネジみたいなぎこちない動作で振り向く。
「子供ってのは、一時間寝ただけであんなにエネルギッシュに回復するものなの?」
「あー……きっと、それは若さという期間限定のスキルがもたらす恩恵なんだよ。しかも産まれてきたほとんどの赤ちゃんが持っている常時発動系」
「過酷……子育て過酷ッ!」
「だから旦那さんのフォローが必要なんだよ」
「いやらしい話さ……」
「アル君、朝一エロトークですか!?」
「そっちじゃねぇ!」
「わぉ、ワイルドなツッコミ」
「ごめん、口が悪くなった。ボクさ、ぶっちゃけあんな隠遁生活してたけど、あっちじゃ並の貴族じゃ話にならないぐらいのお金を持ってる」
「流石特許王」
「茶化さないの。ま、真実だけど。本音をぶっちゃけるなら、子育てはお金さえあればどうとでもなるって思ってた」
「まぁ無いよりはあった方が良いと思うよ」
「そうだけどさ、最初はナニーでも雇えば良いじゃんとか思ってたんだ」
「えっと……」
「でもさ、ボクは子供の頃から知らない大人に囲まれて、もっと言えば森や獣どもに囲まれていた。でも、この子をたった一日面倒見ただけなんだけど、やっぱり育てるなら自分で育てたいな、って。ナニーを雇う事は否定しないけど、自分が一人だった昔を思うと、やっぱり目の前で一緒に成長したいって思う」
おやおや~、何だ、何だ?
アル君、何かまるで俺に……
「あのさ、リョウ」
「ひゃい!」
「これを受け取って欲しい」
アル君が取り出したそれは、ずいぶんと古ぼけた金属の箱。
表面は焼け爛れ何時の物とも分からない、まるで聖遺物のような雰囲気さえ纏った箱。
だけど、それは不思議な優しさを纏っていた。
「アル君、これ」
「見た目はさ、ボロいんだけど……中を開けてみて」
手をかけると、まるで歩んできた時間を思わせるみたいに錆び付いた音が鳴る。
「あ……」
そこにあるのは柔らかな銀の輝きを放つ指輪が二つ。
「こっちのやり方とか作法がよく分からなくてさ、その、間違ってたらごめん。でも、リョウ、キミにはどうしてもそれを受け取って欲しかったんだ」
「あ、う……あ、あの、ホントに俺で……良いの?」
アル君が無言のまま頷いた。
あうぅぅ……頭の奥が、沸騰したみたいに思考が停滞する~。
いや、そりゃさ、アル君に恋した日からこんな日が来たら良いなって思ってたし、えっちぃ事だってやってるし、そりゃ嬉しいんだけど……
その、え?
でもでも……
「ア、アル君、本当に、本当に俺で良いの?」
「リョウが良いんだ」
「オレ、一人称も未だこんなだし」
「無理は必要ないよ。それがリョウなんだし。あ、でももし女の子が生まれたなら、その時は考えて欲しいかな。ちゃんとした言葉遣いは覚えさせたいから」
「オレ、元男だよ?」
「バーカ」
「あ……」
アル君はミクを片手に抱いたまま、オレを優しく抱き寄せた。
「今さら何言ってんのさ、そんな事は誰よりもボクが知ってるし、それに今のキミが誰よりも女の子だってのもボクだけが知ってるよ」
抱き寄せられたアル君の胸元から聞こえる心音が心地良い。
でも、その鼓動がちょっとだけ早く感じるのは、アル君も緊張しているからなの?
「アル、くん……」
「リョウ……」
二人の吐息が近づ……
「だ~う~」
「わっ!」
突然、ミクの手が俺の髪を引っ張り、アル君の唇が遠のいた。
「あら」
苦笑いするアル君。
「アハハ、パパを取られると思ってミクがヤキモチ焼いたのかな?」
そんな言葉にアル君が照れたみたいにそっぽを向く。
何かこんな空気を楽しめる日が来るなんて思わなかった。
この気持ちは何だろう?
すごく、胸の奥が温かい……
「アル君、この指輪、指にはめてくれる?」
「うん」
そっとオレの左手の薬指にはめてくれた指輪。
「この指輪、いつの間に用意してくれたの?」
「ん? ネタばらしはあれな気もするけどさ、実はこっちの世界に来るちょっと前に先生に伝えたんだ。ボクはリョウをお嫁さんにするつもりだって」
「え? そしたら、もしかしてこの指輪って……」
「うん、先生の亡くなった奥さんとの思い出の品。そして、その奥さんの両親が残した指輪だって」
ヤバイ、聞いてるだけで泣きそうだ。
そんな大切な品を先生はアル君に、いや、オレにまで残してくれた。
アル君を本当に大切に、自分の子供のように思っていから……
そして、そんなアル君の隣に立つのを許してくれた。
あの自分の感情を必要以上に伝えない人の不器用な優しさ。
それが何よりも温かい……
「アル君、絶対に幸せになろうね」
「必ずリョウを幸せにするよ」
「オレをじゃないよ。二人一緒じゃ無きゃダメだよ」
微笑みかけるオレに、アル君はただ優しくキスで応えてくれた……
出発の日。
「荷物良し! モンジロウ成分補給オッケー!」
荷物を指差しての確認。
今回の帰還目的の一つである植物の種子類(アル君から容易な交配や異常繁殖するのはダメと仰せつかったので、果菜類の野菜種がメイン)や料理の本は十分に確保した。
本当は家電も欲しかったが、電源は雷属性の魔術に頼るしか無いのと、魔術に交流や直流があるのか不明なうえ爆発実験にしかならい予感がしたので諦めた。
まあ、フライパンとか鍋とか基本的な調理器具ばかりだけど、焦げ付かない系の使い勝手の良いのが手に入ったので良しとしよう。
食料は、肉類は向こうでも手に入るが、和牛(漫才師ではない)は流石に手に入らないので冷凍して持って行く事にした。
出来れば向こうで繁殖させたいところだが、飼育した動物を屠殺出来る自信は無い。と言うよりも一頭買いそのものをどこでやれば良いのか分からなかった。
あと、向こうに持ち込む米。
ふ……
こっちに帰って来て何が一番美味しのかと聞かれれば、ラーメンやラッピのチャイチキもさることながら、オーソドックスな米が何より嬉しかった。
帰還して真っ先にぶるあぁぁぁのスーパーセールでおなじみのネットショップで小麦と米の種籾を発注しておいて正解だった。
出発する当日、ようは今朝方に黒い猫に運ばれて届けられたのだ。
水田作りはやった事ないけど、毎週欠かさず十数年ダッシュを見て学んでいた俺だ。
やり方は熟知している。
それに調味料もそれなりに確保出来た。
クックなんとかってサイトで味噌造りの方法もメモした。
醬油は味噌の副産物からも出来るような事をネットで書いていたが、とりあえずはあっちこっち手を出しても無理そうだから見なかった事にする。
お前は地球に食糧確保に来ただけかよ、って声が聞こえそうだがさにあらず。
食は全ての基本!
ここを快適にしないと、戦いにしても修行にしても身に入らんのだ。
や、ね……
ぶっちゃけ、アル君も俺も料理が絶望的ですよ。
カーズさんは料理が出来る人だけど、アル君が父や先生と慕う人に毎度作らせるわけにはいかんのです。
そ、それにアル君のお嫁さんに成る身としては、アル君の稼ぎに全てにおんぶに抱っこじゃ恥ずかしすぎる。
自立出来る技術を身に付け、こっちの世界の簡単にできて粗利の高そうな料理を中心に向こうで暴利を貪って荒稼ぎしてやろうと画策していたりするのですよ。
俺の目標はあくまでアル君と対等に、そして支えてあげられる存在になる事なのだ!
ふへ、ふひひ……
やばい、想像しただけで頬が緩む。
「リョウ、何黒い笑い浮かべてるの?」
「愛妻に向かって失礼な!」
ちなみに、家族にはアル君からプロポーズされ、それを受けた事をしっかりと報告している。
姉貴は打ちひしがれていたが、両親はあっさりと諸手を挙げて喜んでくれた。
……まぁ、裏話があるんだけど、父さんがアル君に「娘はやらん!」と言ってたのだが、あ、その台詞は人生で一度は言ってみたかったらしい。
って、それは別の話として、母さんがアル君に「結婚は大人になって仕事を決めてからにした方がいんじゃない?」と至極まっとうな事を言ったところ、アル君は自分が元魔導機関の長官であった事やそのついでで山ほど特許を取ってる事を告白したのだ。
あの時、一瞬動きを止めた両親の姿は見物だった。
その後、目線で俺に真実か問いかけてきたが、俺がそれを肯定すると、あっさりと結婚報告を受け入れたのだ。
現金なヤツらと言えば良いのか、流石は俺の両親と言えば良いのか……
ただ、この間の夜の俺を受け入れてくれた姿を見ているだけに、たぶん金銭面での苦労とか俺の身体の事を考えての言動だったと信じたい。
ま、そんなこんなですったもんだしながら、ついに旅立ちの時を迎えた。
「良ちゃん、もう行っちゃうの?」
姉貴が俺の手を握ってしょんぼりとする。
「うん、向こうでやり残してる事があるからね。それを放置してたら、こっちの世界の皆にも被害が及ぶ可能性があるし」
「そっか……うん、絶対元気に帰ってくるんだよ! お姉ちゃん、良ちゃんが他人のものになっても、お姉ちゃんなのは変わらないからね!」
「そりゃ、そうだろ」
「良、気を付けてな。そして、もしどうしても大変な時は……」
「父さん」
「父さんもそっちに連れて行ってくれ! そして、父さんも魔法剣士になって一緒に戦いたい!」
「全部己の願望やん!!」
はぁ……
何か行く前からどっと疲れたな。
でも、まぁうちの家族らしいっちゃらしいけどさ。
変にしんみりするよりよっぽど気楽だ。
それに、こっちの世界に来て気が付いた事がある。
俺たち家族の先祖はエルフだ。エルフが使った魔術でこの世界に来られたって事は、修行次第では俺は自力でこっちの世界への扉を開く事が出来るはずだ。
……俺の才能が枯れ果てたウンコじゃ無ければ。
だから、絶対に両親が元気なウチに帰って来よう。
って言うか、じぃちゃんたちが生きているウチに帰って来よう。
それにアル君と来年も花火見ようねって約束したし……
うん、それが、もう一つの目標だ。
「良ちゃん」
「何、母さん?」
それまで笑顔だった母さんが、悲しげに瞳を揺らした。
別れ、だもんな……
「良ちゃんがママになったら、ママお祖母ちゃんになるんだよね? ママ、まだお祖母ちゃんって呼ばれたくない! ずっと十七歳でいたい!!」
「そっちかい! ってか、どこの教団に入信するつもりだ!!」
「お姉ちゃんもまだ伯母さんは嫌です!」
「おめぇもか!」
「お父さんはソルジャー京一と呼ばせたい! 何ならサーバント京一でも可だ!!」
「いい加減黙れお前ら!!」
はぁ……
「ごめん、アル君。こんなのが家族で……」
「え……あ、うん。アハハ、楽しい見送りじゃない」
「楽しいは楽しいけどさ、それって第三者だったらって条件付きだよ?」
うぅ……恥ずかしい……
「キミを心配してるんだよ。それじゃ皆さん、しばらくまたリョウと離れる事になりますが、必ず守ります。不安は尽きないとは思いますがどうか安心してお待ち下さい」
アル君が恭しく頭を下げると、父さんとアル君が握手する。
「むす……めのこと、頼むよ」
今、息子と言いかけたな?
仕方ないけど。
「リョウは、ボクが守ります」
義理の父の前でハッキリと言い切るアル君格好良い!
「さ、行こうか」
「うん……じゃね、皆。また遊びに来るから」
「遊びに来る、か。すっかり向こうの人間になる覚悟は出来てるんだな」
「ごめん」
「いや、それで良い。子は何時か自分で選んだ道を進むものだ。ただ、それがちょっと早くて、かなり予想外な方向だっただけだ」
「えっと、やっぱりごめん……」
「ハッハッハッ! ああ、しっかり頑張って一杯楽しんでこい。向こうに行けなかった父さんの分まで!」
「うん、サンキュ父さん!」
泣かないつもりだった別れは……
気が付けば、やっぱり俺の頬を涙が伝っていた。
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