アルフレッド・夢の残滓……
2018/11/21~23に投稿した『夢の残滓』『強がり』『生い立ち』の3話を結合し、表現誤字を中心に直しました。
「天頂に瞬く星は【時食み】に全て喰い滅ぼされ、弱き輝き一つ無い圧倒的な闇が蒼穹を支配した。確実に忍び寄る敗北と言う名の絶望、受け入れまいと抗うも数多の英雄達はその命を散らした……」
まるで他人事のような口調で説明する先生。
だけどボクは知っている。
いや、ボクだけが確信している。
その英雄の中に、貴方は居たんですよね?
遥かな古の英雄。
伝承の中に名を残し【最強】等という世迷い言のような二つ名を欲しいままにした男。
ああ……
そんな人が目の前に居るなど、一体誰が信じるだろうか?
千人が居れば千人が、万人が居れば万人が笑い飛ばすだろう。
信じろと食い下がれば発狂したと罵られるだろう。
それでもボクは信じている。
この人が、この人こそが伝説のその人だと。
「アルフレッド……ここからが本題だ」
「はい」
「ここから先は、お前の世界観を崩壊させる真実だ。それでも聞くか?」
「すでに、お伝えしたはずです。ボクの覚悟は決まっています」
「……そうか」
先生はゆったりとした動作でボクの前にカップを置いた。
「お前の茶が飲みたい」
「え? は、はい」
突然促され慌ててポットに湯を準備する。
あ、あれ?
茶葉って、踊らすとか言うけど……まさかご機嫌なミュージックが必要とか言わないよな?
あれ? シェイクすれば良いんだっけ?
「はぁ……サックスを吹こうがギターを奏でようが茶葉は踊らんし、シェーカーでバーテンの真似をしても苦みしか出んぞ」
「そんなこと分かってます! って、だからボクの心を読まないでください!」
「世紀の天才もこと家事においては凡才以下だな」
「……天才なんかじゃないです。戦いでも人間関係でも、挫折ばかりの凡才以下ですよ」
「辛いな。だが、それが生きるということだ」
「生きる……ですか」
「そうだ。弱さを知り、乗り越え、強くなり、そして、また挫折する……」
「結局は挫折、するんですね」
「その中から幸せと、次に紡ぐ幸を見出すのが人生なのかもな」
「先生でも挫折したんですか?」
「当たり前だ、挫折ばかりの人生だった。守りたいと口にするばかりで、手で救い上げた水が零れ落ちるみたいに数多の者たちを犠牲にした。犠牲に……しすぎた。だから、最後にどうしても守りたかったのだ……残された思いの世界を。ともがらの最後を……」
先生はしばし目を閉じると、天頂を眺め見た。
塔の中では、この階層でのみ見ることが出来る空に浮かぶ地球という青き星。
良が住んでいた星……
「先生、真実を教えてください。どうか続きをお願いします」
「かつて真実の世界は滅ぼされ、影の世界とも言える並行世界が生まれた。だが、その平行世界の存在を許すまいと生まれたのが時の歪みが生み出した怪物が【時喰らい】だ。人類史とはすなわち【時喰らい】と【ダ・ヴィンチ】との闘争の歴史だ。その長き闘争の果てに英雄達は時の彼方で終に勝利を手にし【時喰らい】と【ダ・ヴィンチ】は永劫の滅びを迎えた」
「知っています。その先を! その先を教えてください!!」
「【時喰らい】の消滅とともに全ては終わりを迎え、ある時を境に枝分かれした時は正しき一つの流れに戻った。英雄たちの魂もまた長く永い戦いという名の輪廻の渦から解き放たれ、新しい時の流れで新たなる未来を歩むべく旅だったのだ」
伝承にもある。
英雄達は【時食み】を滅ぼしこの世界を去ったと……
だけど、何だ?
先生の説明に感じたこの違和感は。
確か英雄たちはこの世界を去り神の世界に行ったとあるのが伝承のはず。
いや、そもそも宗教が紡ぐ伝承など脚色まみれ。
なら、先生の説明が真実で、神の世界などでは無く英雄たちが本来あるべき時間に戻ったと言うなら……
それは大戦により崩壊した最初の時間に軸に戻って新しい世界を歩みだした……と言うことか?
思い出せ、エルヴァロンの言葉を。
あの門がつながる良の世界は、宇宙が一巡した世界のはずだ。
だとすれば、良の元いた世界は正しい時間の流れの世界……
なら、ボクが居るこの世界は……?
「気が付いたか。そうだ、この世界はやがて滅び消えていくはずだった偽りの世界。いや、本来なら伝承を紡ぐ英雄たちが【時食み】を滅ぼした時点で消滅するはずだった幻の残滓だ」
ドクン、と跳ね上がった心臓。
早鐘みたいに騒ぎ出す。
「待ってください……それなら、ボクは、いや、この世界は……」
「そうだ、お前たちは、いつか覚めるはずの夢、幻だ……」
夢?
幻?
それって……じゃあ、今居るボクは一体……
「ッ!?」
何だ?
今、見つめた手が一瞬、透けて地面が見えた気が……
頭の奥が痺れたみたいに思考を拒絶する。
「アルフレッド! 自分を保て! 受け入れるな!!」
「ッ!!」
先生の言葉が鋭くボクを打つ。
いま、ボクはどんな表情をしていただろうか?
唇が震える。
「先生……」
この恐怖はなんだ?
エルヴァロンに襲われた時とはまた違う、死への恐怖とも違う、奈落の底に落ち続けて行くみたいな恐怖。
ボクは、この世界は――
幻、なのか?
「受け入れるなアルフレッド! 真実が産声を上げれば幻は消える定めだ。だが、そこに生きた者達の心は確かにあるのだ」
「だけど! その心も幻ですよね! だったら、だったら!! 何時か醒めて消えるしか無い存在なんて端から存在しないのと一緒じゃ無いですか!!」
「違う! お前達は確かにここに居る、長き時が紡いだ命がここにあるんだ!」
噛み締めた奥歯が、耐えきれずに割れた。
生臭い鉄の味が口の中に広がる。
そうだ……この痛みも、良への愛情も、愛情故に感じたあの痛みも、全て幻、なんかじゃ無い……
「ボクは、生きているんだ……」
「そうだ、例え生まれが幻想の産物であったとしても、お前達が紡いできた時間は誰に否定されるべき物でも無い。この世界に生きた者達は、この世界が終わるその時までその生を紡ぐ義務がある」
「…………先生はどうして、他の英雄達と一緒にこの地を去らなかったんですか?」
ボクの問いかけに先生はただ薄く微笑む。
その眼差しはどこまでも穏やかで、まるで子を見つめる親のような……
ボクは思い出す。
先生と一度目の別れを選択したあの日、先生が与えてくれた言葉を。
――未来に暗き不安を覚え、その道を進むことに不安を覚えたならまた私を訪ねるが良い。私は数多の星が流れ落ち尽きるその日まで、ここに居るのだから――
「あ……」
そうか、そうだったんですね……先生。
貴方は英雄達の誰もが去ったこの世界で、ただ一人ボクたちを見守るために残ってくれたんですね……
この世界が終わりを迎える、そのいつ果てるとも分からない時が来るまで。
悠久という名の牢獄に捕らわれた英雄の戦いは、終わってなんかいなかった。
頬を熱いモノが流れ落ちた。
ボクは、何て人に師事していたんだ。
英雄なんて言葉じゃ収まりきるものか。
この人はボクたち人類の親みたいな人じゃ無いか……
「アルフレッド、どんなに運命が過酷でも安易な死や消滅など受け入れるな。何時か来る果てがあったとしても、その最後の最後まで抗え。かつての英雄達がその命を燃やし尽くし強大なる悪と戦ったように、お前達もまた運命に抗い続けよ」
「ハハ、貴方は本当に厳しい人だ。こんなガキにも容赦が無い」
「お前が泣くような小僧なら言わんさ」
「……ボクだって、泣いて叫んで前に進めるならそうしたいです。だけど、ボクよりもずっと過酷な時間を生き続けている人を前に、そんなみっともない真似をこれ以上出来るはず無いじゃ無いですか」
そう、これはボクの目一杯の強がりだ。
一人だったら泣き叫びながら無様に消えていただろう。
だけど、それは許されない。
「お前は頭が良い……」
「何ですか、その含みのある言い方は?」
「だからこそ哀れなのだ。お前の年頃なら私がぶつけた不条理に泣いて叫んで暴れても良いのだ。それなのに自分の中で不条理を噛み絞め、そして無理に理解し納得しようとする」
クシャリと頭を撫でられた。
本当にこの人は……
普段ぶっきらぼうなくせにそんな優しくされたら泣きたくなるじゃないか……
涙腺が緩むのを覚える。
だけど、ダメだ……
これは自ら真実を求めて踏み込んだことだから。
絶対に、泣くものか。
「先生、続きを。恐らくは最後になるだろう真実を教えて下さい」
ボクの問いかけに先生はカップの中のお茶を弄ぶ。
「先生、先生なら、もしかしてボクの生い立ちも知っているんじゃないですか?」
エルヴァロンは言っていた。
ボクと良が竜王ラースタイトの末裔だと。
確かにボクは魔法が使える。
そして、朧気にしか覚えていないが、ボクはエルヴァロンに追い詰められ四肢を切断されるほどの重傷を負った。
それなのに気が付けばエルヴァロンを退けていた。アレが、竜王の血?
……本当にそうなのか?
何となくだけど覚えている、怒りがボクを変えたのを。
あれは魔王の血の覚醒とか、そんなんじゃ無かった。
もっと別な、異質な何かだった。
「アルフレッド、まずはお前の生い立ちを話す前に二人の名前を出さなければならない」
「二人の名前?」
「一人は【契約者】と呼ばれたイプシロン。もう一人がかつて【深淵の監視者】と呼ばれたメルリカ。強大な力を持った二人の魔術師の名だ」
「メルリカの名は聞き覚えがあります。聖典から名を消されたかつての英雄と」
「イプシロンはその素性こそ隠していたが、かつて私たちと共に【刻喰らい】と戦ったアールヴ族を率いた女王の一族だ。そしてメルリカはかつて私の元で魔導を追求した賢者でありお前の遠い先祖になる」
思わず耳を疑いたくなるような真実。
そりゃそうだろう。
そんなとんでもない存在が自分の先祖に居たなんて。
「二人ともこの世界の成り立ちを知り、不安定なこの世界の存亡を願った。だが、この世界をあるべき姿に戻したいという存在もまた居た。それが、エルヴァロンとラースタイラントだ」
二人の魔王……
「魔王が生まれた経緯は省くが、エルヴァロンはこの世界への憎悪の塊だ。ただ、ラースタイラントは我が友ブルーソウルの心を知っている。破壊の衝動と高潔なる善の魂を持った、相反する二面性のある魔王となった」
「話が壮大過ぎますよ」
「真実だ。そして、今からおおよそ五百年前。ちょうど魔王エルヴァロンの動きが活発になり、魔王レオニスとの対立が激化した頃だった。人類では到底太刀打ち出来ない力を前に、メルリカはその身をラースタイラントに捧げその因子を自分たちの血族に潜ませるのを画策した」
「なんて無茶な真似を」
「そしてメルリカは自分自身を犠牲にし、その身にラースタイラントの血を宿した……」
「そんなの馬鹿げてます。無茶苦茶だ! 先生なら止められたんじゃないですか? 何で……」
「アルフレッド……メルリカがそんな凶行にも等しき行動に走ったのは、全て私が原因なのだ……」
「え?」
その瞬間、目を疑いたくなった。
先生の身体を蛍火のような光が纏ったかと思うとその身が一瞬透けたのだ。
それはまるで、ボクが真実を受け入れかけた時に起きたあの現象そのもの。
「せ、先生……その姿は、一体……」
「アルフレッド……私の寿命は疾うの昔に尽きているのだ。この身は思念のみで存在するだけの古の亡霊にすぎない」
「亡霊って、尽きているって……」
「かつての大戦で皆を見送ったとき、この身にかけられていた不老の呪いは解けてしまったよ。肉体の死を迎えた私はこの塔に意識を繋ぎ止めることは出来たが、同時にここから離れることは出来なくなった……」
ああ、ボクは何で気が付かなかったんだろう。
この高潔なる人物が自分の弟子の凶行を止めぬはずが無い。
それが出来なかったからこそ、後悔とともにボクに伝えてくれているんじゃないか……
「今やこの世界で魔王に対抗しうるのは私だけだが、最早人類のために直接成せることは何も無いのだ。メルリカはそれを知ったからこそ、この世界を守るべく最強と呼ばれるラースタイラントの血を求めた。いつか自分たちの末裔にその血を発現出来る者が生まれるのを願って」
「それが、ボクの……」
「そうだ。そして、お前が助けたあの娘の先祖だ」
「やっぱり、リョウの先祖でもあるんですね」
「噂にはメルリカは男女の双子を身籠もっていたと聞いた。メルリカにもそれは予想外だったらしい。万が一、二つの命が同時に共鳴を起こしラースタイラントの邪悪な方の力に目覚められてはそれこそ全てが水泡と帰す。そう考え、イプシロンは娘の方を【時渡り】の技法を使い本来あるべき未来へとその血を隠した」
「それが、リョウ……」
「長き時の流れでラースタイラントの血が薄れようとも、何時の日にかその強大な力を体現出来る器がこの世に誕生し、その子らがその力を正しく使いこなせるのを願ったのだろう。あるいは、イプシロンは二つに分かれた血が遠き未来でか惹かれ合い、再会するのを信じていたのかも知れないな。守れなかったかつての恋人が残した血を守ることで」
何も言葉は出なかった。
自分本位で生きてきたボクからすれば、それはあまりに偽善的な行為にしか思えなかったからだ。
その行為の果てに、ボクの今があるのなら、それを行った先祖が憎くて仕方が無い。
それをしなければ許されなかった世界の構造が憎くて仕方が無い。
だけど……
この世界でボクは確かに生きている。
この世界を守ってきた人達がいた。
それを、知ってしまった。
そして、ボクのせいで犠牲になった人が大勢居る……
この世界が例え幻想の産物であったとしても、もう、ボクはこの世界に背を向けて生きることは許されない。
自分を捨てた親も、自分を利用しようとすり寄ってきた連中も、自分自身さえもが未だ憎い……
だけど、ボクはそのおかげで良に出会えた。
全ての交差した鎖の果てに、ボクは人の心を知った。
憎しみでは無く、感謝を抱こう。
愛する人と出会えたことに感謝を……
……良?
「先生、もしかしてですが……リョウの先祖もこの世界からの転移者なら」
「そうだな、真実を知れば消える可能性はある。あの娘もまた限りなく不安定な存在だ」
ズクンと、胸がうずいた。
絶対に知られてはいけない秘密だ……
もう、ボクを愛してくれた気持ちはすり減り無くなっていたとしても、良が居なくなった訳じゃ無い。
忘れられても良は確かに居るんだ。
二人の間にあった愛がボクだけのものしか残っていなかったとしても――
この気持ちは幻なんかじゃない。
良を絶対に無くしたりするものか。
今度こそ、ボクが良を守り抜いてみせる。
「……先生」
「なんだ?」
「今度こそボクは、貴方がボクを弟子だと誇れるような男になってみせます」
ボクは精一杯の思いを、先生に伝えた。
お読みいただいている読者様、本当にありがとうございます!
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