アルフレッド・覚醒《兆》
11/14・15に投稿した『魔王』『それが出来ないから』の2話をを結合し、誤字表現を中心に加筆しました。
異様な寒気がした。
辺りを支配するのは不気味な沈黙。
仲間達と談笑しながら焚き火を囲み、良に甘えられていた記憶はある。
だけど、その後からすっぱりと切り落とされたみたいに記憶が混濁している。
辺りを見渡しても場所は変わらない。
いや、変わらないように見えるだけだ。
ここは、おそらく……
「ご名答。気が付いたかね?」
ゾンッ! と凍てつく刃を突き立てられたみたいな殺気がボクの背筋を貫いた。
膝が恐怖に屈したみたいに笑い出す。
何だ? ボクの背後に一体何がいるんだ?
冷や汗が、止まらない。
「不躾ですまないが、君には表舞台から退場してもらいたい」
ガクガクと震える膝を拳で殴りつけ、無理矢理に振り返る。
そこに居たのは長身なゼノンよりも頭一つ分は高いだろう、屈強な肉体を持つ豹頭の女だった。
獣人族?
否。
その身に纏う尋常では無い魔素と瘴気の量から察するに明らかなる異質。
この世ならざる化け物。
間違いない、
魔王クラスだ……
「な、何故、ここに……」
「ほう、私を前にして語れるか。血が薄れたとは言え流石は竜王の末だな。いや、それとも皇の魂がなせる御業か」
「竜、王? おう?」
「迷惑な話ですよ。やっとの思いで彼の方の転生を邪魔したというのに横やりを入れられるのですから」
「彼の、方?」
「知らぬか。ま、仕方があるまいよ。さて、会って早々だが、玉座を長時間空けるのは私にとっても危険でね、キミには早々に消えてもらう」
有無を言わせぬ断言。
女の指先がキラリと光った気がした。
「……ぐ、はぁっ!」
次の瞬間、ボクは壁に叩き付けられていた。
な、何が起きた?
まるで、全身がバラバラにされたみたいだ。
「まだ生きているか。存外頑丈なようだな少年」
「お、お前は、いったい……」
「ふむ、自分を殺す相手の名も知らぬのは哀れか。良かろう、慈悲はくれてやる。我が名はエルヴァロン」
「エ、エルヴァロン……だと」
ギチリと心臓を鷲掴みされたみたいな衝撃に襲われる。
エルヴァロンとは穏健派と言われる魔王レオニスとは対極の存在。
それは、かつて大陸を地獄の戦火に巻き込んだ過激派で知られる魔王の名だ。
まさか、本物なのか?
ボク何かのために、まさかエルヴァロンが出て来たってのか?
あり得ない。
「信じられない、そう言いたげだな。ま、仕方あるまいか。信じるも良し、信じぬも良し。抗うも抗わぬも結果は変わらぬ。好きにするが良い」
淡々と事務的な口調。
ボクの知るエルヴァロンの暴風の如き伝承とはまるで違う理性的な声音。
偽物か?
だが、そう結論づけるにはあまりに圧倒的な気を纏っていた。
それに、偽物であろうと本物であろうと、ボクの力を大きく上回っているのに変わりは無い
逃げの一手とて不可の、う――
「うぼ……は……」
メリメリと音を立ててボクの腹にめり込むエルヴァロンの拳。
が、がはぁ……
思考する暇さえ無いとは……
ダ、ダメだ、ソウルドレイクにさえ手も足も出なかったボクがどうこうなるような相手じゃ無い。
「ほう、若いのに聡明だな。自分の無力を悟ったか。なら、足掻くのは無駄と理解出来たな。苦痛は望むまい、進んで死を受け入れるのが利口だぞ」
「好き勝手に言ってくれる」
「理解出来た訳じゃ無いと?」
「いや、貴様がボクより遙かな高みの存在ってのは理解しているよ。ただ、まあ、せめてもう少しだけ知りたいことがあるから、足掻いてやろうかなって」
「ふむ……ここでの無駄なやりとりは私にも危険だと言ったはずだが」
「それでもご教授願いたいのさ、知りたがりの学者気取りとしてはね」
エルヴァロンの指先が再びキラリと光った。
「ぐはぁっ!!」
ドンッ!!
と壁に叩き付けられた音と、ボクの絶叫が響いたのはどっちが先立っただろうか。
ほんと、自分でこの塔を登ると決めておきながら、踏んだり蹴ったり、ばかりで、嫌になる……
「まあ、我もまた王の一角。下々の者に慈悲を施すのも王の勤めよ。良かろう、真実を語りながら貴様を刻むとしよう。全てを知ってから死にたくば、せいぜい最後まで耐えてみせよ」
「お優しいね……」
また指先が光る。
肉の焼ける臭いがした。
「遙かな昔この世は一つだった。だが、ある時を境に数多の平行世界が出来た」
「平行、世界……それは、あの門の向こうの世界ということか?」
「いや、違う。あれは遙かなる未来へと繋がる門。あれはこの世界が一巡した世界に繋がる門だ」
「一巡した……世界?」
ゾンと鋭い音が鳴り響き、灼熱の痛みがボクの右腕を襲った。
ゴロリと転がったボクの腕。
「……ぐぅぅ」
「ほう、悲鳴を上げぬか。生き残れば末恐ろしき小僧よ」
「続きを……聞かせろ……」
「良かろう、せいぜい耐えろ。平行世界はかつて崩壊した世界を巻き戻したことにより、その差分として生まれた」
「世界を、巻き……戻す? そんな真似が」
「かつて存在した聖杯と呼ばれる魔導具には、それほどの奇跡が可能だったそうだ」
「聖杯……」
「ただし、先の世界を崩壊させた者はその巻き戻した奇跡を酷く憎んだ。聖杯の力によって巻き戻された世界で存在を消されてもなお憎しみだけを残し、この世に存在し続けたという。その悪王の名を、レオナルド・ダ・ヴィンチと言ったそうだ」
「レオ、ナルド……?」
「そう、世紀の天才だった、らしい。私も知らぬがね。ただ、その狂王は願ったのだ。新しく生まれたこの世界の崩壊を」
「一つの世界を崩壊させただけじゃ飽き足らず、この平行世界とやらの消滅を願うなんて、何が望みだったのさ?」
「さあ、な。ただ噂には、この世界の全てがつまらなかったらしい。だから、滅びろと願った」
「つまらないから、滅びろ? それ、だけ?」
「理解は出来まい。そう、だが、それで良い。我もまた、御方の深きは理解出来ぬ」
「つまらないから滅びろって……ケージの中の観察に飽きた学者だって、マウスに向かって言わないね」
「そうだな。だが、彼は確かに憎んだのだ。世界の全てを。その結果だったのか、それとも違う要因があったのかは知らぬが、ダ・ヴィンチはこの世に招いたのだ彼の方を」
「時間が無いんだろ、もったいぶらずに教えてよ」
「【時食み】」
「時、食み……そ、それは……かつての英雄達が滅ぼした魔王の名!」
「ははは、彼の方が魔王か。お前達の世ではアレを魔王と呼んでいるのか。そうであるなら、我ら地上の魔王などせいぜいが魔獣だな。いや、それ以下だ」
「……そ、それほどの」
「そうだ、この世界以外の全ての平行世界を呑み込み肥大化した存在だ。我ら地上の魔王など、彼の方と貴様らの世界で英雄と呼ばれる者達の戦いの余波、力の澱みから生まれた存在に過ぎぬ」
「ちからの……よど、み……」
「そうだ。ただし、その性格には差が大きくてな。英雄の力の余波を大きく受けたのがレオニスであり、彼の方の力とダ・ヴィンチの心の影響を最も受けて誕生したのが私だ。そして、竜王ラースタイラントは英雄を支えた神竜ブルーソウルと彼の方の影響を受けて生まれたのだ。それが、貴様と貴様の恋人の先祖だ」
「あ……な、何だ……と」
「貴様ら短命種には遙かな昔、我らにとってはついこの間だ。人間族の女がラースタイラントに取り入りその子供を身籠もったのは」
「…………」
「遙かな時間の……ふむ、全てを語る前に力尽きたか。だが、よくぞ耐えたものだ。四肢を切断されダルマと化してなお悲鳴一つ上げず我に問いかけるとはな。恐るべきはラースタイラントの血かそれとも力を失ったとは言え精霊皇の魂が持つ力か。だがそれもここまで、更なる安心のために貴様の首を刎ね落とさせてもらうとしよう。あとは、女の方も始末すれば全てが終わる」
「…………ぁ……リョ、ウ……」
「ほう、しぶといな。早く意識を失えば楽になれるものを」
「りょ、りょう……りょう…………りょ、う……」
「安心しろ、貴様の女もすぐに送ってやる」
「……りょう、りょう、りょう……そ、ふぃ……ティアうああぁあぁあああぁっ!!」
「叫ぶな、す、ぐ、に……な、何だ、貴様、き、き、きさ、そ、それは……」
「うあああぁぁぁぁぁぁぁぁあああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
尖塔から町中に奏でられる鐘の音みたいに、心臓の音がやけに耳障りだった。
この女は何て言った?
始末すると言ったか?
誰を?
女を始末する……?
耳障りな心臓の音が、さらにざわめき出す。
「ソフィーティのことか……?」
俺から、奪う気か?
「俺から、リョウを奪う気か……ッ!!」
「な、何んだこの震え……わ、私が、震えているの、か?」
「貴様……リョウまで傷付けるつもりかああぁぁぁあぁぁぁぁっ!!」
「ッ!? ば、馬鹿な!? 私をさえも気圧するその魔素は、いや精霊力は……ま、まさか……ッ!? 切断した四肢すら再生しているだと……ごばぁっ!!」
エルヴァロンの身体がくの字に曲がり膝をつく。
「しゃべるな、下郎……」
「ば、馬鹿な……き、貴様は出涸らしに過ぎぬ、はず!」
遅い。
振りかぶられた拳は俺に届く前に四散する。
「が、あぁぁああ……まさか、まさかー……」
「五月蠅い」
ゴッ!
大槌で地面を叩き付けたみたいな鈍い音。
ただ威力を追求しただけの大ぶりのパンチをエルヴァロンの顔面に振り下ろす。
「ぎゃ、ぎゃぺぺ……」
「小汚ぇ声もらしてんじゃねぇよ」
のたうつそれを鷲掴み、顔面を壁に押し付けたまま一気に数百メートルを走り抜ける。
「肉片に変わり果てるまで削れ落ちろ!」
「おぎゃぎゃぎゃがべ……ぎゃべげべべべげげべべべべべべ……」
鈍い肉がひしゃげる音の中に陶器が潰れたみたいな音が混じり、くすんだレンガ壁にネットリと赤い肉片と薄汚れた髪が貼り付いた。
顔の三分の二を無くしてところで、ようやく沈黙し崩れ落ちたエルヴァロン。
「やっとくたばったか……」
こいつに、これ以上かまっている暇はない。
「そふぃー……ぐ、違う、リョウ……」
早く、見付けないと。
「リョウ、どこに……」
ドス……
「……ごふ」
鈍い音と共に胸から生えていた鈍色の刃。
「危険だ、貴様は……ここで消滅せねばならん!」
「まだ……ッ……邪魔をするなあぁぁぁあぁぁああぁぁぁっ!!」
怒号と同時に身体から溢れ出す精霊力。
その全てを左手に凝縮し、クソ女に叩き付ける。
「ぐおぉぉおぉっ、ば、バカな……私を、私を……」
「俺達の前から消えやがれぇぇぇぇぇッ!!」
「ば、バカ、な……そ、そん……うぼぉああぁぁぁあぁあっ!!」
はぁ、はぁ……はぁ……
いま、行くから待っていろソフィ……違う、何だ頭が、焼ける。
『 様、どうか、このアル アを、救い無き戦火から守るお力をお貸し下さい』
『ソフィーティア……余の唯一なる姫よ』
なんだ、この記憶は。
知らない、こんな記憶ボクの中に存在しない。
血を流しすぎたか?
こんな訳の分からない妄想より、ボクに必要なのは……
「リョウ……無事で、居てくれ……」
力任せに殴りつけた空間。
ガシャンと音を立てて粉々に砕け散り、今まで居た場所と同じ景色に戻る。
エルヴァロンが生み出した結界世界。
俺がソウルドレイク戦で仲間達を一瞬だけ転移魔術で移動させた術と原理は同じ。
その結界世界を長時間生み出して、現実世界に一切の痕跡を残さないとか、つくづく化け物め。
いや、今は消えたクソ女のことはどうでも良い……
そんなことよりも、周りは何と形容すれば良いのか分からない薄気味悪い化け物どもに囲まれていた。
「ななな、なんや、この化け物ども!? どっから出たん!?」
「ジョー殿、これは伝承に聞く上層の怪物オメガスネイルです。噛まれたらアウトです!!」
「そんなん見たら分かるー!! どう見ても毒持ちの色やんか!!」
「アルハンブラ殿! 手を貸してくれ! このままでは、我々は……」
「ま、魔術が……効かない……」
「ぬ、ヌメヌメえぇぇえぇ」
こう言う時には真っ先に騒いでいるはずの良の声が聞こえない。
良、どこに、良……どこに居るんだ?
「リョウ、リョウ……」
名前を呼べば呼ぶほどに募る不安。
何か、とても大切な何かが足下から崩れていくような焦燥。
無事だ!
無事なんだ!
何が起きるはずも無い。
そう思えば思うほどに、音もなく降り積もる雪のように募る不安。
どこかで、また無茶をやらかしてるんじゃないのか?
『こっちとら腹減ってんだ! ガキンチョだからって山菜はやらんぞ!! ガルルルル!』
……ほんと、再会からメチャクチャなヤツだった。
『うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさーい!!』
何かにつけて言葉よりもすぐに手が出るヤツだった。
昔からそうだ。
頭で考えるよりも、ずっと、ずっと早く身体を動かして無茶ばかりやらかして……
今もガキがそのまんまデカくなったみたいなヤツで……
いつも心配ばかり掛けさせやがって……
クソッ!!
嫌いになれたらどんなに楽だったか。
嫌いに?
……ギチリと、奥歯が軋んだ。
嫌いに何か、なれるわけないだろ……
それが出来ないから俺はこんなにも苦しんでいる。
良……
脊椎反射で生きてるような、俺とは真逆みたいな存在。
だけど、俺たちは……オ、ボクたちは確かに共鳴していたんだ。
「リョウ……」
キミを無くしたら、ボクは、どこに進めば良いんだ……
「リョウ……」
キミが無事で居てくれるなら、ボクは、ボクは……
どんな化け物になったって構わない……
「うああぁぁああぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああぁぁっ!!!」
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