アルフレッド・ヤンデレアル君
10/31~11/2に投稿した3話を『こんなにも幸せだ』『自分の居場所』『ヤンデレ化待ったなし』を結合し、誤字表現を中心に再構しました。
刹那、訪れた沈黙。
脳が思考する事を拒絶したみたいに冷えていく。
「リョウ……」
リョウは名前を呼ばれただけでビクリと震えた。
「リョウ、この先に進むのが怖いからって、嘘はイケナイと思う」
自分でも取り繕うのが精一杯だった。
冷静なふりをして、閉じた口の隙間から静かに深呼吸をする。
その顔を覆い隠す指の隙間から見える瞳に、嘘の色は見えない
「俺、元の世界では十五歳の男子高校生だったんだ。顔は母さん似だとよく言われたけど、間違いなく男でさ。こっちに来た時に何でか分からないけど女エルフになってたんだ」
おかしい……
ボクが向こうで出会ったアイツに縋り付いて泣いていたのは姉だったはずだ。
そりゃ、姉だもん女……だよな?
あれ?
ダメだかなり混乱しているぞ。
落ち着けよボク。
「ごめん……本当にごめんなさい……」
涙に濡れた声。
その声音に嘘は無い。
なら、攻める理由はどこにあるというのか?
とは言え、この場の空気を変えないと……いや、情報を整理しよう。
あまりにも突然ぶつけられた情報の絨毯爆撃のせいで思考回路が飽和している。
せめて冷静を装わないと。
いつものボクみたいな言動をとらないと、リョウの涙は止まらない。
「リョウ……」
「は、はい……」
「そう言う大事なことは……もっと早く言え」
「きゅぅ……」
「ふむ……異世界からの扉を開いたら性別が変わっていたか、実に興味深いね」
「え?」
それにしても……
ボクの肉体に起きた変化。
リョウの肉体に起きた変化。
少なくとも、ボクは子供で居ることを拒絶していた。
年齢と見た目だけで力関係を構築しようとする大人共に心底辟易していたからだ。
まあ、それで大人の見た目が欲しいと願うとか、ボクも相当にバカな思考回路だったとは思う。
でも、もし、ボクが今考えている仮説が少しでも正しいとしたなら……
「リョウ」
「な、なに?」
「ボクがあっちの世界に行った時の話はしたよね」
「う、うん。たぶん、俺の世界の中東辺りにアル君は出たんだと思う」
「中東……」
「たぶん、だけどね。俺もそこら辺の国のことはよく分からないんだけど、ニュース……えっと、アル君、テレビって知ってる?」
「ああ、ボクが居た町の避難所に一台あったよ。不思議な道具だったね」
「うん、俺が居た国だとその形はちょっと古いんだけど、あれで世界中の情報が配信されてるんだよ。俺の国じゃあまり中東の情報は流れないから、ちょっとだけしかわからないけど」
「なるほど。とりあえず地名の件は一端保留にしておいて、ボクが向こうに行った時に起きたことなんだけど」
「アル君に起きたこと?」
「そう、ボクの身に起きた変化」
「え、それってもしかしてアル君も女の子になったとか? 見たかった!! アル君なら絶対可愛い系だと思う!!」
「残念ながらそうじゃないよ」
「なんだぁ……」
「えらく残念な声を上げてるね。まあ、ボクの身に起きた変化は単純だよ。成長していたんだ。たぶん、体格的に考えて年齢は二十代中半ぐらいだと思う」
「え、大人になったの? それだ……や、それだけってのもおかしな話だけど……」
「まあ、他の渡った人たちの話とか聞くと、異性になった人も居れば、若返った人とかも居たみたいなんだけど」
「それって……」
「症例が少ないし、結論づけるのは早計だと思うけど……おそらく異界への扉は純粋魔素の塊みたいな物だ。だから、そこを通過する過程で魔素の濁流が肉体に変化をもたらしていると考えた方が良いかもしれない」
「そうなの?」
「あくまで一つの推論だけどね。でさ、ここから重要なんだけど、転移者の話をまとめるとその姿は自分がなりたい姿だったみたいなんだよ」
「……は?」
「だから若返った人は自分の青春時代の姿に、ボクは早く大人になりたかったから、たぶん自分が理想とする年齢まで成長したんだろうね」
そうなると、だ。
今まで考えもしなかったけど、リョウの正体とは……
「じゃなくて!!」
「何さ? 突然大声上げて?」
こらこら、人の考察を邪魔するなよ。
大事なところなんだから。
それに、もしそうなら……
「叫んでも逃がさないよ」
絶対に手放すものか。
「逃がさないって……うれし、いや、そうじゃなくて! え? え? それじゃ俺が女になったのは……」
そう、ボクは盛大な勘違いをしていたんだ。
リョウはアイツの姉なんかじゃなく、たぶん、いや、絶対に……
ああ! 何てことだ、まさか、こんな形で再会していたなんて!!
気が付けばボクは、込み上げる衝動を前にリョウを押し倒していた。
「ほわっ!?」
「そうだよ、リョウが本当は女の子になりたかったってことさ」
「!?」
衝撃的な事実を叩き付けられリョウの目が見開いた。
そりゃ突然に自分が女になりたかったと言われれば当然の反応だろう。
ただハッキリ言ってしまえば、この結論は我ながら理屈も確証も何も無いメチャクチャなものだ。
だけど、事象も現象も関係ない。
結論に間違いがあろうとどうだって良い。
……アハハ
研究者としては実にあるまじき発言だ。
だけどボクは今、間違いなく混乱と喜びの狭間で浮かれていた。
そう、現実はここにあるんだ。
リョウが普通の女の子で無かったのは確かに衝撃を受けた。
だけど、【普通】の定義ってなんだ?
肉体はもう間違いなく女性で、見た目だってそこらの女性じゃ比較にならないほど美しい。
そして、こんなボクに好意を寄せてくれて、何より、こんな汚れた過去を持つボクを受け入れてくれた。
しかも、たぶん、いや、間違いなくリョウの正体は過去にボクを変えてくれた、良だ。
まあ、あまり認めたくは無いけどボクが心のどこかで憧れていた、あの破天荒な男が女の子になって会いに来てくれた。
あぁ、そうだとも。
今改めて思い出してみると|良アイツ》のメチャクチャな言動とリョウの暴走した言動は過分に一致する。
……いや、やめよう、ここら辺はあまり考えないようにしよう。
昔、アイツが散々やらかしていた奇行の数々を思い出すと正直萎える。
ただ――
アハハハハッ! それにしても本当に何てヤツだよ。
再会の方法までもがどうしようも無く破天荒とは!
性別まで変えて再会する何て一体誰が想像出来るだろうか?
話したいことも、伝えたかったことも山ほどある……
でも、それよりも何よりも、良とこうやってまた再会出来た。
良はソフィーティアのことなんか忘れているかも知れない。
いや、そもそもボクがソフィーティアだったなんて想像も出来ないはずだ。
あの怪我で昔の記憶すら無いかも知れない。けど、それでも十分だ。
暗闇に居たボクに光をくれた良と、またこうやって生きて再会出来た。
それだけで、ボクは……
こんなにも幸せ何だ。
それからのリョウの反応は、ボクの頭がキミのことだけで埋め尽くされるくらいにただただ可愛いかった。
こっちの世界にボクが居るのに、それでも元の世界に帰りたい?
と、ちょっと意地悪な問いかけをすれば、パパとママどっちが好きと聞かれた子供みたいに、一生懸命に悩み猫みたいな鳴き声を上げる。
勢いに任せて好きだと言い放っては真っ赤になって固まる。
ま、それはボクも同じだったけど。
ただ、もし男に戻ったら不安だという気持ちが大きい辺り、本人は気が付いていないみたいだけど、女性で有り続けたいと心のどこかで受け入れてくれているんだと思う。
だから、ボクはあえてキミが昔のキミに出会ったことがあるとは言わない。
たぶん、あの頃のキミを知っているのがバレると、キミは逃げ出すよね?
女の子じゃ無かった頃の自分は知られたくないだろうから。
まぁ、ボクから言わせれば、今のキミもあの頃の良も、ボクに与えた衝撃……笑撃? の数々に変わりはないんだけどさ。
それでも、ボクはキミのそんな気持ちがどこまでも嬉しくて、キミがどこまでも女の子で有りたいと思い続けてくれるのを願って、良を知らないと笑いながら嘘をつく。
ハハハ……
不思議だね。
逃げ続け、嘘にまみれた十四年間だったけど、キミが居てくれるだけで幸せと本音に包まれていく。
だから、キミに言った――
「その姿がリョウの安心だって言うなら、ボクはどんなに大変な研究だったとしても古にはあっただろう姿形を固定する魔術を探し出してみせるよ」
これは、キミとの約束だ。
「まあ、どうしても見付けられなかったら、ボクが生み出すのも面白いかもね」
これも、約束。
「そりゃ……この自信はリョウがくれたものだからね」
これは、本音。
「ふふ……良いもんだね。ボクだけのリョウだと証明できる痕を残せるのって」
ああ、キミと居る時のボクは、本音にまみれていく。
上っ面じゃ無い、本当の自分と初めて出会えた気分だ。
全部、ぜんぶ、ゼンブ、キミがくれた。
キミがくれた勇気が、キミがくれたむちゃくちゃな優しさが、あの日のオレをボクにしてくれたみたいに……
だから――
「アル君……こんな元男でも、いっぱい愛してくれますか?」
「ボクの答えは変わらないよ……ボクの手から離れられるとは思わないでね良」
ボクから離れられるなんて、欠片も思わないでよ。
きっとボクは、キミが居なくなった世界なんて、滅びたところで涙一つ流せないだろうから……
……とは言え、ふと冷静になると、さっきまでのボクはいささかおかしかったんじゃ無いかと思う。
リョウの口から知らない男の名前を聞くとどうしようもなく苛つき、向こうの世界に男友達が多かったと聞くと腹の底がムカムカした。
「向こうに帰りたい理由が家族ならボクは手助けもするしゲートを繋げる術も開発してみせる。でも、向こうに帰りたい理由に男が居るなら許さないよ」
我ながら酷い言葉だったと思う。
だけど、どうしようもなく本音なんだ。
リョウをどこの誰にも、奪われるなんて考えられない。
これは、強すぎる独占欲なのか、それとも別の何かなのか……
多少は自覚していたけど、ボクには深い闇があるのかも知れない。
気を付けよう。
ただ、まぁ、
反省はとりあえずアレにご退場願ってからにしよう。
ブゥン……
と、指先に僅かな振動を起こしながら肥大化していく灼熱の光球。
「そ、そんな……アルフレッド先生! そんな訳には参りません!!」
アルメリア――
かつてこの地でボクを見つけ出し帝国に連れ出した女。
まさかコイツがまたも訪れ、しかも、ボクとリョウの逢瀬を邪魔してくれるとは。
それだけでも万死に相対するのに、慈悲深いボクの命令を無視し居座り妨害を重ねている。
その悪辣な所行は万死さえも生ぬるい。
魂さえも砕いて輪廻の輪から放逐したところで、誰に責め苦を受ける理由があろうか。
「この炎は汚れた魂も浄化する……アルメリア、無駄だと思うけど、せいぜい全力で抵抗するがいい」
「ひ、ひぃいぃぃぃ、な、何卒、どどどどうかどうかッ! ふぐぐ、お、おおぉ、【爆ぜて盛れ、原初の王よ 瞬炎】」
ガスッ!
ドゴッ!!
チュドーンッ!!
炎帝に吸い込まれるみたいに起こる爆発音。
「あ、あわわわわ……瞬炎! 瞬炎! 瞬炎!!」
へぇ、中級魔術とは言え、なかなかに練りが早くなっているな。
しばらく見ない間にアルメリアもそれなりに腕を上げたみたいだ。
まぁ、何を血迷ったのか分からない派手な服装はおいておとくとして、へー……
他者を見下し強くなる努力を愚かと断じていたあのアルメリアにしては随分な心変わりだ。
……もしくは帝国で何かが起こっているのか?
まあ良いさ。
それにしても、やはりアルメリアは気位の高い貴族のお嬢様のままだ。
学ぼうと努力しようと、戦い方を知らない。
炎系中級魔術の【瞬炎】如きで、炎系超上級魔術である【炎帝】をどうにか出来るはずが無いだろう。
ま、慌てたが故に炎の魔術を使ったとも言えるが、戦いで自分を見失うのは自殺行為だよ。
5点だ。
及第点にはほど遠い無様な点数だ。
来世でやり直し……あ、この魔術で死ねば来世も無くなるが、まあ、仕方ないだろう。
「さようなら……」
炎の球塊で押し潰そうとしたその時だった
ゴンッ!!
「ひでぶっ!!」
えらく鈍い音が鳴り、不細工な悲鳴をアルメリアが上げる。
それは横から飛んで来た、赤子の頭サイズはあろうかという石の塊がアルメリアの頭にめり込んだ音と小汚い呻き声だった。
そして、同時に――
「おっと」
ドオンッ!!
行き場を失ったアルメリアの魔術が暴走しボクの横をかすめて爆発する。
それも、ご丁寧にボクの家に直撃して。
はぁ……
今投げつけられた岩が誰の仕業か、それは確認するまでもなく明らかだった。
投球ポーズでアルメリアを睨み付けているリョウがいた。
まぁ、ボクを助けるためにやってくれたのは確かだろうが、構築された魔術を物理的に妨害する危険性は教えたはずなんだけどなぁ――
「く……このッ、淑女の頭に石を投げつけるとか! 貴女、レディの風上にも置けませんわね!」
「何が淑女じゃ! そんなどぎついハイレグ着て股おっぴろげて大立ち回りとか! はっ! 淑女が聞いて呆れますわー!! 貴女なんかハレンチおばさんで十分ですのことよ!」
「だ、誰がハレンチおばさんですか!! あたくしはまだ三十前ですわ!」
「なんだ、アタシよりずいぶんおばさんじゃないですかぁ、ぷーくしゅくしゅー」
おやおや~?
話の主軸だったはずのボクがあっさりとその座から引きずり下ろされ、何故かリョウが主戦場に上がってるぞ?
しかも、何とも表現しづらい頭の悪そうな女言葉まで使って。
思わずジト目で見ていると、リョウと目が合った。
しかし、何故だろう?
目が合っただけでリョウが内股をこすらせて照れている。
や、その反応はおかしい。ボクは少し呆れているんだからね?
それなのにあの脳内お天気娘は、呪いか状態異常で【ドM】でも付与されてるんじゃ無いのかって反応をしている。
ただ、そんな反応やアルメリアに対する態度も含めて、全部ボクに対する愛情からだと思うと思わずニヤケそうになってしまう辺り、ボクもかなり末期なんだろうな。
うん、気を付けよう。
Be Cool……Be Cool……
呪詛みたいに、自分に言い聞かせる。
ただこの後、ボクは自分を冷静に保ちすぎたせいで、リョウを勘違いさせて泣かせてしまった。
まあ、当人は走り去ろうとしていたんだけど、【隷鎖紋】の電撃に襲われて地面でヒクヒクしていた。
や、分かっている。
リョウが地面で痙攣しているのは明らかにボクが悪いんだ。
リョウが直情思考過ぎるとか言うつもりは無い。
何も無い不安――
その人生で築いてきた物が何一つ残っていない不安。
リョウは、今その不安と戦っている。
それを受け止めてあげられるのはボクだけだ。
そしてボクも、リョウを受け止めてあげられる立場を誰にも譲るつもりは無い。
ボクはリョウを抱き起こし、口付けをする。
「な、何で……?」
リョウがパニックを起こしたみたいに目を白黒させる、
泣いて、怒って、照れて……
やがて、何が起きたのか理解した瞬間、顔が上気し赤く染まった。
「……リョウ、未熟なボクだけどちゃんというよ。キミのことが好きだ」
「泣き顔も、暴走して慌てふためく顔も、強がる顔も、何より、今の照れてる姿……ああ、全てが愛おしい。大好きだよ」
「え? …………あ、ああぁ……ふにゃあぁぁあぁぁあ」
「だから、無理して慣れない言葉なんて使わなくて良いから、リョウは良・のままでボクの隣にずっと居て欲しい」
ボクから離れられるなんて、絶対に、欠片も思わせるものか。
良、キミは、キミだけが、ボクにとってのかけがえのない温もりなんだから……
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