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終わりゆく世界に紡がれる魔導と剣の物語  作者: 夏目 空桜
第二部 第四章 降り止まぬ雨
264/266

紡ぐのは

アルフォンスの心の変化。

ファフナに起きてる変化。


二人の変化が書けてたら良いなぁと思った回です。

「兄さんの背中から見える世界が好きだった。母さんはいつも優しく笑っていて、見たことも無い景色が視界のなか全部に広がててさ。 昨日見た世界の眩しさが、次の日にはさらに輝いて見えた。山から見下ろす大地は何処までも雄大で、空は無限に広がっていることを知った」


 ポツリポツリと語り出した過去。

 それは、以前の、巻き戻る前の世界でも聞かされた彼の思い出。


「ボクを虐げた連中が巣くう塔から見えた故郷の海は嫌いだったけど、アルトリアの南に広がる海を見たときの感動は昨日のように覚えているよ。もしボクの身に何かが起きたとしても絶対に忘れることは無いだろう」


 刻まれた過去の苦い記憶。

 誰にも振り返られることの無かった幼い頃の故郷の思い出。

 私と似たような境遇でありながら、私よりも残酷な過去を生きた苦い思い出。


「ずっとヘドロの奥底から見上げているだけの鉛色だったボクの世界は、兄さんと母さんのおかげでまるで万華鏡の中に飛び込んだみたいに明るく変わったんだ」


 それは滅多なことでは聞かせてくれない優しい声音。


「透き通った夢を見ているような、幸せな時間だった。世界中、何処に居ても二人が見守っていてくれて――って、こんなつまらない話は以前(・・)のボクがすでに話してるんだよな」

「聞かせては頂きましたが、つまらなくなんてありません」


 あの(・・)アルフレッドの血筋……ではありますが、彼の眼差しを見ればもう疑うことなど出来やしない。

 アルフレッドへの憎しみは無くせないかも知れない。

 それでも彼が愛する兄と母を敵視することが如何に愚かなことなのか、すでに私だって気が付いている。

 あぁ、本当に心優しい方々なんだろう。

 だから感謝します。

 この小さき英雄をアルトリアに使わしてくれたことに、心から――


「話がちょっとずれちまったな、さっきの続きに戻して良いか?」


 私は小さく頷く。


「あの日のことは今でも鮮明に覚えているよ。初夏だって言うのにやけに蒸し暑くて、土砂降りのように降り注いだ蝉時雨に紛れてヒタヒタと近付いてきた化け物のことを」


 ギシリと歯が鳴った。

 この天才を押して化け物と言わしめる存在。


「そいつは四肢の殆どを魔導生命(オーガンクルス)化した獣人だった。兄さんですら太刀打ち出来なかった怪物のせいでボク達家族は引き離された。そして、気が付いたときには見慣れた景色は変わり果て、満足に動かなかったボクの身体は何故かまともになっていた」

「身体……」

「ああ、元々ボクの身体は」

「……ヒル、コ」


 思わず口からこぼれ出ていた言葉。

 ッ! しまった私は何て事を。

 脳裏によぎるのは、自分自身を最も憎んで自嘲気味に口にしたときの彼の顔。

 恐る恐る彼の顔を見ると、狼狽する私を見透かすように見つめる彼の視線。


「すいません、私はなんてことを」

「……良いんだ。恐らくお前は巻き戻る前のことを今思い出したから咄嗟に口から零れ出たんだろ」

「はい、そうですが、そうですが……」

巻き戻る前(・・・・・)のことなんだろ」

「そうですが、何故、私は何でこのことを、貴方が覚悟を決めて話してくれた大切な事を忘れて……」


 狼狽する私に、気にするなとでも言いたげに微笑んでくる。


「仕方が無いよ。実際、時干渉なんて有史以来片手で余るほどしか居ない常識外れの力だ。何らかの後遺症みたいなものはあってもおかしくは無い」

「なんだか、そう言われると恐ろしいですね」

「無茶をやらかしてるんだ。まさかその可能性を気にも留めてなかったのか?」

「何と言いましょうか、我が身に起こった変化が凄まじすぎてそれどころでは無かったと言いましょうか」

「あ、あぁ……そうだよな。そのどっちもがボクが原因みたいなものというか原因そのものだよな。すまんとしか言えない」

「いえ、これも私自身が決断してまねいた結果です。後悔はありません、だから貴方もどうかこれ以上は気にしないで下さい」

「……ん、ありがとな」

「あまりに素直で気持ち悪いです」

「うるせえよ」

「ふふ……」


 何か良いですね。

 この感じ。

 そう言えば、この方と初めて旅に出たときもこんな感じだったかな?

 つっけんどんな態度のくせに、ビックリするような優しい言葉をかけてくれる人。

 不思議な魅力のある人だったのを覚えている。

 この人になら仕えたい、そう、そう思……


 ……ッ。


 ズキンと頭の奥に痛みが走る。


「――ァフナ、ファフナ!」

「ッ! ど、どうかしましたか?」

「どうかしましたかじゃない。酷い顔色だぞ」

「え? 顔、色……」


 言われて気が付く、首に纏わり付く不快な汗。

 何だ?

 何を……


「話はここまでにしてお前は少し休――」

「い、嫌です、お願いします。どうか、どうか聞かせて下さい! お願いします……」


 それは、発した私自身すら戸惑う縋り付くような声音。

 アルくんですら困惑、いや違う。

 その瞳の奥に見える感情、それは……


「わかった、もう少しだけ話をしよう」

「お願いします」

「ただ、体調が優れないようなら、後方ですぐ休めよ」

「はい」

「どこまで……ああ、そうだ。ボ、俺は兄さんの代わりになるつもりだった」

「……はい」

「もちろんこの果てまで続く空の下のどこかで兄さんは生きている、そう信じてはいるんだ。だけど、時折すごく不安になる。もしかしたら、兄さんとはもう会えないんじゃ無いかって」

「だから代わり、ですか?」

「ああ、馬鹿みたいな話だよな。俺だって、本当はこんなこと無意味だって分かってるんだ。分かってるんだけどな、本当だったら兄さんが手にしていただろう強さや、誇りや、名声……本当は俺なんかじゃ届くはずも無いソレを兄さんに届けたかった」


 自嘲気味な声音。

 それは、あまりにも自虐的で、献身的な、破滅願望のようにさえ思えた。

 何と声をかければ良いのか分からない。

 

 だから――


 この、今にも消えそうなこの少年の手をただ握った。

 

「貴方の居場所はアルトリアです。どこにも行かないで下さい」

「ファフ……いや、ありがとな」


 一瞬驚いたような表情をしたあと、優しく微笑んでくれた。


「兄さんのマネはやめるよ。実際のところ闘士としてもとっくに限界だったんだ」

「げん、かい?」

「ああ、俺は生まれつきのヒルコ。兄さんから竜の魂を引き継ぐことでやっと自分で立つことが出来るようになった。そんな俺が天稟を持って生まれた兄さんの真似をするなんてのがそもそもの間違いだった。正直、巻き戻る前の話を聞いて愕然としたよ。お前の前で手も足も出ずむざむざとぶち殺されるとか……」


 ギシリと歯が鳴った。


「俺は兄さんの優しさと幻影にすがって生きてきた甘ったれのクソ間抜けのままだった」

「そのようなことは」

「そのようなことあるさ。なぁ実際のところ東国に来てからの俺の戦い方を見てどう思う?」


 そう言われてドキリとする。

 この人は以前から強かった。

 それこそアルトリアでも五本の指に入るであろう強さ。

 だが、いまはどうだ?

 アルトリアで五本の指?

 それは最早過小評価に過ぎないのではないか?

 これは贔屓目でお世辞でも無い、恐らく彼の実力は今や西国でも五本の指には入るだろう。

 今なら勝てるんじゃ無いのか?

 あの、アルフレッド二世を詐称した悪意の剣士に。

 ゾクリとした。

 思い出すだけでも脳裏をかすめる刺すような恐怖。

 記憶にまるで靄でもかかったかのように顔を思い出すことは出来ないが、あの肌を刺すような獰猛なまでの狂気は今も鮮明に覚えている。


「これは後出し的な発言に過ぎませんが、今思えば以前の貴方の戦い方はどこか型にはまっていたというかぎこちなかったかも知れません」

「そうか」


 そう呟くと傲るでも無く自嘲気味に笑う。


「馬鹿げてるよな。兄さんの代わりに何て、俺がなれるはずもないのに」

「そうでしょうか」

「え?」

「ヒトは誰かには誰もなれないかもしれませんが、誰かの代わりは誰にでも出来るはずですから」

「どう言う意味だ」


 はぁ……

 本当にこの人は、他人には何処までも客観視出来るくせにお兄さんのことになると何処までも盲目なんだから。


「自分じゃ無きゃダメだ、自分が居なきゃ世の中回らない。なんてのは案外その人の思い込みで幻想に過ぎないって話です」

「あ……」

「賢君と呼ばれるような王様が死んでも国は意外と問題なくまわります。英雄がこの地を去っても、この大地に生きる者達はそれなりに上手くやっています。現にオルガン家――晩年は色々とアレでしたが、それでも国境の地を長年諸外国から守ってきましたから民からの信頼はありました。ですが現状はどうでしょうか? ライバルとも言えるラーダベルト家に支配権が遷っても、今や平時の賑わいを取り戻してるそうです」

「……ああ、そうだな」

「世間って意外と冷たくて、そして何よりも冷静です」

「お前酷いヤツだね」

「それ、貴方にだけは言われたくない言葉No.1だと思います」

「そりゃどうも……」


 ちょっと拗ねたようにそっぽを向かれてしまった。

 って、何ですかその可愛い反応は!

 何だか、滅多に見ることの出来ない子供っぽい反応に思わず笑いそうになる。

 まったく……


「誰かの代わりに何てなる必要ないんですよ。誰かの思いを紡いで、自分に出来ることを精一杯次に繋げて行くことが大切なんだと思います」

「そう、だな」

「これは私の勝手な憶測なんですが、本当は貴方だって最初から気が付いてたんじゃないですか? もしくは気が付かないフリをしていたんですよね。お兄さんの代わりになんてなれないことに」


 その瞳は何処を映しているのだろうか?

 酷く遠い目をしている気がした。


「……俺だって、とっくに分かっていたんだ。ただ、ずっと受け身で生きてきた。俺が初めて何かを選択したのは、たぶん兄さんが何をしたいのか聞いてくれたとき……だったと思う。そして、たぶん、それが最初で最後だった……自信なんか、本当は何も無かったんだ。だから、兄さんの代わりに何かを成すって言葉にすがって、それを建前にして生きてきた。笑わせるよな、そんな俺が今や王になった大公に決断と選択を迫っていたとか」


 ポツリポツリと呟くような弱音の吐露。

 ああ、やっと分かった気がした。

 常々感じていた、この方のチグハグな強さと脆さの正体が。

 この方は知識や力はあっても本質は臆病な子供のままだったんだ。

 そう生きてきた。それ以外に生きてくる道を知らなかった。

 それは酷く残酷な生き方……

 そして、だからこそ私は彼への敬愛を強く深く覚える。

 何処の世界にいるだろうか?

 

 生まれてきたことを疎まれ、愛情を与えられなかった少年が、

 血の繋がった兄弟が生まれたことで、幼くして汚物まみれのスラムに捨てられた少年が、

 生きていることが分かっただけで、拾ってくれた老夫婦を殺され自身の命も奪われかけた少年が、

 

 そして、やっと心を開くことが出来た兄と母まで失って……


 どうして、この人はこんな悲しい脆さを抱えたままこんなにも強くなれたんだろう。


 お兄さんの真似をして戦ってきた。

 確かにそれが竜の魂がもたらした力であったとしても、少なくともその力を使いこなしアルトリアを一つに纏めたのはこの少年の想いの力だ。

 何よりも――

 そうだ、思い出すのは駅で私にかけてくれた言葉だ。

 忘れてはいけない、大切な思い出。

 きっと、この人はお兄さんの真似をしているだけだとぶっきら棒に言うだろう。

 だけど、あの時かけてくれた言葉は間違い無くこの人の言葉だったと私は信じている。

 生まれてすぐに疎まれ存在を消された少年。

 そのような残酷な扱いを受けた者が、どうやったらこれほど優しく強くなれるのだろう?

 お兄さんのおかげ?

 お母さんのおかげ?

 それはあるだろう。

 だけど――


『好きになって、拒絶されたら立ち直れるか分からないんだよ』


 ああ、そうだ。この人は話してくれたんだ。

 どうしようも無く弱くて、なのにそれは誰よりも人間くさい感情で。

 傍若無人に見えて、何処までも優しいから救いを求める人を見捨てることも裏切ることも出来ない。

 そして、俯瞰で見通せるから、隠し続けている嘘でどこまでも罪悪感に苛まれ続けている。

 この方の心はどこまでも人なんだ。

 憎しみも、弱さも、醜さも……

 だけどそれとは真逆すぎるほど真逆な優しさと強さを持っている。


「痛いよ」

「え、あ、すいません」


 気が付けば、力任せに握りしめていた手。


「大丈夫だよ。そんなに強く手を握らなくてもアルトリアを守るまで何処にも行かないさ」

「そのようなことを言いたいんじゃありま――むぐぅ」


 抗議する私の唇に彼の指を押し当てられる。


「ただの質の悪い冗談さ」

「――む、むぅ、そんな冗談はきらいです!」


 その言葉に思わずむっと応えてしまう。


「何処にも行かないってよりも、何処にも行けやし――なぁ」

「なんですか、私怒ってます!」

「ああ、怒ってるところすまないが、あれ、何してると思う?」

「私は怒ってるって言って、あれ?」


 指さす方向を見れば、迷宮の暗がりからこっそりと覗くダリア殿の姿。

 ……あそこはまだ探索していない場所ですよね?

 こんなどこに敵が潜んでるかも分からない場所でよく怖くもなく出来ますね。

 って言うか、なんであの方はあんなに鼻息をフゴフゴしながらこちらを覗いてるのでしょうか?

 ……なにやら口パクでぶつくさ言ってやがりますね。

 確信を持って言えます、絶対ろくでもないことだ。

 とりあえず読唇術を試みる。


『えーい、なにちんたらやってんですか! そこでぶちゅっとほんのうにまかせてGo Fight! えちえちでほっとなしーんをみせやがれです!!』


 お、おおぅ……

 何と言う欲望に忠実な言動。

 あの人は私と違って純粋な女性ですよね?

 アルくんが言うには私は女性になったことでアールヴの本能を抑えられないから発情状態になったらしいですが……

 あの人はしょっぱなから理性が沸騰し続けてませんか?

 あれれ、おかしいです。

 最初に会った頃はわりと直情的なところはあっても比較的常識的(・・・まとも)な女性だと思ったんですが、どうしてこんなヘボヘボでボヨヨンな感じに仕上がっているのか?

 ……まさか、実はずっとアルくんの強者のオーラに当てられて理性を王都に忘れてきているとか?

 あ、ありえる……


「おい」

「は、はい?」

「あのバカの後ろに蟻が見えるが、どうしようか?」

「え、蟻? はあっ!? どうしようかって、早く助けないと! まさか冗談ですよね? ここでまさか自分で選択出来ないとか言いだしませんよね!?」


 私の言葉にニヤリと底意地の悪い笑みを浮かべる。

 あ、何時もの調子が戻ってらっしゃる。


「って、それどころじゃな――」

「ほぎゃー!!」


 私の声とダリア殿の悲鳴が重なったのはほぼ同時であった。


「アイツも何やってんだか。警戒さえ怠らなければ今さら雑兵蟻如きの不意打ちなんぞ受けなかっただろうに」

「そんな冷静な判断は良いですから、早く助けに行きましょう!」

「ん、任せた」

了解です(ラール)!」

 


 投げ遣りな感じに言ってますが、そうでした。

 ここから先に待ち構えているのは厄災そのもの。

 それとまともに戦えるのはこの方だけだ。

 ならばこそ万全な状態で戦って頂かなければならない。


「露払いはお任せ下さい!」

「ああ、頼んだ。だけど、無理はするな」

「大丈夫です、無理して良いことが無いのは学習済みです!」


 駆け出した私はこのとき気が付かなかった。

 彼がポツリと呟いた言葉を。


「気のせいだと良いが、アイツ……もし、そうだったら……」


 それは、アールヴの聴力を持っても聞き取れない呟きだった。

心情を書くのは好きですが難しいし無駄に長くなるが辛いですね。


ちょっと暗い部分を感じる回かも知れませんが、一部で書きましたが最終的にはハピエンを目指します(何時になるやら……)


とにも、応援よろしくお願いします!

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