古の瘴気
安定の深夜更新
凍れる魔人の襲撃から三日が過ぎた。
東国と呼ばれる未知なる地に来てから驚きの連続だったが、凍れる魔人を超える衝撃は無かった。
何せあの朝靄が晴れ日が差し込むと同時に、死体の山が跡形も無く霧散したのだ。
黒エルフ達に尋ねると蟻の襲撃直後から凍れる魔人は姿を見せたとのこと。
しかも、襲撃は決まって深夜から日も明けきらぬ早朝。
そして死後陽光に当たると消滅したという。
聞かされた話は全てあの襲撃で起きた出来事と同じであった。
事実だけ並べればまるで吸血鬼かレイスと言ったふうですが……
しかし、凍れる魔人にはそのような特性は無かったはず。
いったい、どうい――
「あのぉアルフォンスさん、私たちはどこに向かっているのでしょう?」
私の思考を遮り、アル君に問いかけたのはスピラさんだった。
森の中を迷い無く進むアル君が『え?』って感じで振り返る。
いや、確かに私も「今さら?」って感じです。
と言うのも、すでに三日もジャングルの中を歩いてる癖に知らないのかよとツッコみたい。
まぁとは言えそれを責めることも出来ないか。
アル君に襲撃かました挙げ句に返り討ちに遭って地獄を垣間見た彼女からすれば、三日目にしてやっと尋ねる勇気が出たと言うところでしょう。
あ、ちなみにですが私も何処に行くのかはわかりません。
そもそも論で私は東国の知識がほぼほぼゼロだから良いのです。
言い訳でも保身でもありませんからね?
無知な者が余計なことを言っても場を荒らすだけですから。
「ん? あれ、言ってなかったか?」
すっとぼけたような口調に、スピラさんが困ったように苦笑いする。
無言の抗議と言ったところでしょうね。
「これから向かうのはレヴァンの巣穴だ」
「レヴァン……って、え、ほぁッ!?」
スピラさんが素っ頓狂な声を上げる。
先に奇声を上げられたから我慢出来ましたが、私もその名を聞いた瞬間に叫びそうになった。
ちなみに補足になりますが、私の記憶が確かなら千年以上も昔に英雄王により倒された邪竜の名がレヴァンだったはず。
「アル君」
「なんだ?」
「レヴァンは確か魔皇帝ヴィシャス配下の邪竜の名ですよね? 噂が本当なら死後も瘴気を放っているとか」
「じゃりゅう? ふん、正確にはヴィシャスに使役された無様なドラゴンゾンビだがな」
あ、声音にトゲがある。
そう言えば前にもありましたね。
竜絡みで機嫌が悪くなること。
あれ? 何ででしたっけ?
「アルフォンスさん、御言葉ですがファフナさんの仰るとおり彼の地は邪竜の死後千年以上経っていますが彼の地は未だ瘴気渦巻く不毛の地です。生ある者が安易に踏み込んで良い場所ではありません」
「だからこそだ」
「だからこそ?」
「凍れる魔人が何故陽光に掻き消えるか分かるか?」
「……え?」
「アル君、もしかして、あの凍れる魔人はアンデッドなのですか?」
「ああ、そもそも凍れる魔人はネムリアの逆鱗……いや、気紛れの果てに絶滅している」
「ネムリアって、【刻喰らい】を滅ぼした英雄【史滅の魔女】の名前ですよね?」
「ああ、気紛れと言えば良いのか、刹那的と言えば良いのか……だが、人が突然起きる天変地異の災厄に翻弄されるみたいに、凍れる魔人はネムリアによりその歴史に幕を閉じた」
「アルフォンス殿は、なんだか見てきたように話されますね」
一歩引きながらも、的確なツッコミ。
まぁ、こんなツッコミをされれば普通は赤面するか苦虫でも噛み潰したみたいな顔になるんでしょうが、
「こんなガキが聞きかじった話をさも見てきたふうに話すのは滑稽だろ?」
飄々とした返し。
その姿は、疑いをあざ笑い信実だとでも言いたげな奇妙な説得力があった。
厚顔? 恥知らず? それとも――
真実がどこにあるのか、それは私にも分かりません。
でも、彼の歩みが、実績が、絵空事みたいな荒唐無稽すらも真実だと思わせる。
だから私は確信する。
彼は信実を知っている、と。
「アル君、それでは凍れる魔人はレヴァンの瘴気で蘇ったということですか?」
「ボクから言わせれば無様な存在としか言いようがないが、それでも少なくとも邪竜と恐れられた上位古代竜の一角だ。それが、ハッ! 無名の魔剣士如きに惨殺された挙げ句、死後ヴィシャスにゾンビとして使役されたんだ。そりゃ恨み骨髄に徹しているだろうよ」
ヒリつくような声音。
「ふん、大人しくそのまま滅びてりゃ良いモノを何時までもしぶとく腐れた瘴気をばら撒くとは。何処までも執念深く恨みがましいヤツだよ」
旅に同行する黒エルフ達の喉がゴクリと鳴る。
「ではこの戦いは黒エルフの国を救うと同時に、ドヴェルガー族の弔い合戦前哨戦でもあるのですね」
「ああ、当時、東国で最も勇猛果敢と謳われた迷宮国――」
突如、音も無く地面を切り裂き現れた殺戮蟻。
しかし、そんな怪物に振り返ることさえ無く炎の短剣で切り捨てる。
「如何な凍れる魔人を相手にしようとも彼の王が国を失うことなどあろうはずがない。ドヴェルガー族にとって悲劇だったのは――」
それは戦いと言うより舞であった。
次々と地面から這い出る殺戮蟻。
「竜王ラースタイラントもさることながら陽光届かぬ地下王国で不死の兵に襲われたからだ。なら奪還に力を貸すならその諸悪の根源を絶つしかない」
私たちが無数に現れる驚異に怯える間すら与えず、緩やかに会話をしながらただ何処までも鋭い炎の剣筋が走り抜けた。
そして全ての蟻の解体が終わると気怠げに、
「今のボクじゃまだこの程度が限界か」
「あっさりと言ってくれますが、今の東国で貴方と互角に戦える者など数えるほどしか居ないと思いますよ」
「数えるほどでも居るのが問題なんだよ」
傲るとも不敵とも違う笑み。
「なんて、な」
「え?」
「ボクはいやになるくらい凡人だよ」
「……そして、弱い、でしたっけ?」
「ああ、その通りだ」
「ですが、個の武力が戦を左右するような時代は、火砲が実戦に投入されるようになって終わりつつあると思いますが」
「だな。だけどそれが自分自身の研鑽を怠って良い理由にはならない」
「そうかも知れませんが大山脈からずっと無理しすぎです。ストイック過ぎじゃありませんか?」
「誰かを犠牲にするような敗北を三度もする位なら死んだ方がマシだ」
「死なれたら困ります」
「そうなんないようにストイック過ぎることしてるんだ」
そう言って、肩越しに大人びた笑みを浮かべるのであった。
あ、ちなみにダリアさんですが、ちゃんと着いてきてますよ。
ただ、軽口のお仕置きとばかりに黒エルフの集落を出てから風霊により強制沈黙の刑に処されてますが。
遅々として進まないくせに用語ばかり多くなってごめんなさい。
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