ファフナと笑う猫
開けてました、おめでとうございます。
今年も何卒よろしくお願い申し上げます!
「おりゃっ!」
ドゴンッ!!
「こりゃしょっ!」
ちゅどごぉおぉぉおぉぉぉぉぉぉん……
なんとも気の抜けたかけ声に似つかわしくない轟音が強烈な衝撃波を伴って鳴り響く。
「あれが、アルフォンス殿の戦い方ですか」
「そうですねぇ。まだアレでも実力の半分も出してないって言うですから、自分の常識が歪みますよね」
「あ、あれで、まだ半……兄さ……兄上から戦闘も規格外な武将だとは聞いていましたが、まさかこれほどとは……」
「頭でっかちの軍師、そんな印象でしたか?」
「そこまでは言いませんが……そうですね、以前も子供みたいな見た目から想像も出来ない策略を聞かされたことがありました」
「策略?」
「アルトリア陛下とバドハー様が、山間の別荘で襲われたことがあるんです」
「山間の別荘と言うと、オルガン領に近い?」
「そうです。貴女は知らないでしょうけど、かの悪名高き旧オルガン公爵家と元老院の長老衆という悪の枢軸コンビによる謀略により命を狙われるという事件がありました」
「悪の枢軸……」
もちろんその事件は知っている。
私がまだオルガンの名を持っていた頃に起きた事件。
いや、身内が起こした事件だ。
その事件が起因で私の血筋である旧オルガン家は滅び、オルガン領とオルガン公爵の称号は陛下に帰属することになった。
それ自体は仕方が無いことだ。
それだけのことをやったのだ。
盛者必衰――
かつては国境を守り国を守るために武と誇りを尊ぶ一族だったオルガン家も、何時の頃からか弱者を顧みず己が一族の繁栄だけを望むようになった。
そう、滅ぶべくして滅んだ。それは間違い無い。
ただ、悪の枢軸……ですか。
いや、言われても仕方が無いことは分かっているんです。
分かってはいるのですが、あの一族や血縁に未練が無いとは言え、そうまで言われると思うところはあるわけで――
どごおぉおぉぉおぉぉぉぉぉぉん……
「あーもう! こっちが感傷的になっているときに何を気軽に火柱上げてるんで、くあぁぁ?!」
「そんな危機的状況にありながら、あの宮廷を我が物顔で食い荒らす悪鬼羅刹どもの策略を逆手に――もげぅっ!?」
朗々と、アルフォンス様が起こした奇跡を英雄譚のように(実際彼がもたらした勝利は英雄譚そのものだけど)語っていたダリア殿が踏み潰された蛙みたいな呻き声を上げる。
ええ、私も上げましたよカラスみたいな声を。
「な、何事ですか?」
突然、私たちを小脇に抱えて走り出す腹黒ショタに訪ねる。
「やばいやばい、シャレにならん」
「は?」
「ど、どうされたんですか?」
「バドゥーの大群だ」
「「バドゥ……ほあっ!?」」
思わず私とダリア殿の驚愕が重なった。
それもそのはずだ。
最初この方が戦っていたのはストーンガザミ。体高二メートルを超える巨大蟹だった。
もちろん、ストーンガザミ自体かなり危険な怪物ではあるが、バドゥーとなればその非ではない。
完全陸生モンスターのストーンガザミとは違い、バドゥーは大空をさえも支配する翼を持つ四足獣だ。
滅多なことでは遭遇することのない竜種を除けば、間違い無くこの【竜の背骨大山脈】を支配する最強種。
しかも、それが群れとなれば、その脅威は計り知れない。
「どうしてそんな事態になったんですか?」
「分からん、ただヤツらにとってストーンガザミはいつの間にか餌になっていたらしい」
「いつの間にか? ここの王者なら、格下相手を捕食していてもおかしくはないのではありませんか?」
「私たちは知らずにバドゥーの餌場に迷い込んでいたということでしょうか?」
「らしい」
私の問いかけに生返事を返しながら、逃走中に見つけた狭い岩場に飛び込むように逃げ込んだ。
獣と野鳥の叫びが混ざったような鳴き声が曇天を支配する。
「随分、集まりましたね」
「……おかしい」
「おかしい、ですか?」
「随分前だけど、オーソンという学者が書いた本を読んだことがある」
「あ、以前話されたことがありましたよね」
「? そうだったか?」
「ええ、【大陸魔物紀行】ですよね?」
「そうだが、そんな話をしたことがあったか?」
「ええ、確か汽車から降りた後に……いえ、何でもありません」
「……ああ、そう言うことか」
思わず巻き戻る前の話をして焦ったけど、察したのだろうそれ以上の追求はない。
それにしてもこう言うところの察しは驚くほどに早いな、この人。
「読んでいるなら話は早い」
「すまない、アルフォンス殿。私はその本を読んだことはないのだが」
「相当昔に書かれた古書ですし、魔物のことしか書かれていないので知らなくても無理はありません」
「不勉強ですまない」
真に恥じているだろうその声音には、騎士としてのプライドの高さが窺える。
「軽く説明すると【大陸魔物紀行】にはストーンガザミとバドゥーの記述があるんですが、ストーンガザミにはかなり強烈な毒性があると書かれています」
「ならば毒性に耐えれる進化をした、ということでは?」
「もしくはバドゥーにはその毒が効かないとか……いや、私も読んだことがありますが、確かバドゥーには腐肉喰らいの習性はなかったと記憶しています。腐肉を食べないのは毒性に強くはないからだったはず……」
「ついでに言うならバドゥーの爪も牙もボク達みたいなヒト種にこそ驚異だが、ストーンガザミのあの異常な硬度の殻を貫くのは難しい」
「わざわざ狙う理由がない……」
「まぁさっきも言ったが書物自体がかなりの大昔、それこそ英雄達の大戦よりも前に書かれたモノだ。何かの理由で食性の変化があってもおかしくはないと言える」
「ですが、アルフォンス様は先ほどから何かを危惧されていますよね」
「正解」
「情報の少ない【トゥバリー大森林】。何か良くない変化が起きている可能性がある……ということでしょうか?」
「ああ、その可能性を考えた方が良さそうだ。大昔に起きた変化なら問題は無いが最近起きた変動の可能性も否定出来ない以上、色々と想定しておいた方が良さそうだ」
「アルフォンス殿、バドゥーほどの魔獣が食性を変えねばならぬほど怯えさせるとなれば……」
「今はまだ想定したくない事態だが、最悪として考えられるのが一体存在する」
「ま、まさかそれは……」
「【古代神ガードの迷宮国】は魔王の侵攻で滅ぼされたが、ダンブルギムリ殿の決死の攻撃で深手を負わせることには成功した……と聞いているが」
「「【竜王ラースタイラント】……」」
「戦いからすでに数百年。ラースタイラントが休眠から目を覚ましてもおかしくはない頃合い、とも言えるよな」
事も無げに告げられた言葉に、私たちの喉が小さく鳴った。
「ま、それはそれとしてだ」
そんな緊張する私たちを余所に、気の抜けたような声音でストレッチを始める。
「えっと、その動作の意味は?」
「ん? 想定することが増えたのは確かだ。だけど、想定ばかり気にしてちゃ何も成すことは出来ないしな。悩むのは移動しながらでも出来るから、まずはアイツらを始末するとしようか」
「ふふ、アルフォンス殿は恐ろしく前向きだな」
「そうですよね、立ち止まる姿なんか似合いません。眉間にしわ寄せながら、底意地の悪い策謀を巡らせてる方が似合ってます!」
「確かに、私もそう思います!」
「……褒めてるのか、それ?」
「私の知っているアルフォンス殿は、あの館でのアルフォンス殿の言動ですから」
「あの館での言動?」
「バドハー様を含めて大人達を意地悪く手玉にとって転がしまくった姿ですね」
「あー……そういやそうだ、見られてたな。だったらもう装う必要はないかな?」
「ええ、馬車でこき使われたのも覚えていますよ」
「そうだったか」
「ええ、そうです」
む、何やら嫌な予感。
「それに、貴方がただの毒舌家じゃないことも兄から聞いて知っています」
「そんな大層な代物じゃ無いけどな」
「そんなことはありません、貴方が我らアールヴの波風を立てない為に出世を断り衛士に納まったことは一部の騎士達には周知の事実です。表向きの役職は私の方が立場は上ですが、国の外なら誰に文句を言われることでもありません。ダリアと気軽にお呼びください」
「そうか、なら話は早い。取り敢えずこの干し肉身体に巻き付けて、アイツら惹き付けてくれるか」
「え゛、わわ、わかり、ました」
「冗談だ、そんな悲壮な覚悟すんな」
「もう! 脅かさないでくださいよ」
むむむむむむむ。
何か妙に打ち解けてませんか?
いや、良いんですよ?
そりゃ旅の仲間ですし、不仲よりは仲良い方が良いに決まってますし。
ただ、何だかわからないけど、この胸の奥から込み上げる感情はなんでしょうかね。
「……どうした?」
「何がですか?」
「いや、『何がですか?』じゃなくて、ボクの裾を掴んでるのはお前だろ」
「……え?」
「いや、『え?』じゃなくてな」
二人の視線が私に、と言うか私の右手に集まる。
気が付けばいつの間にかアル君の裾を掴んでいた右手。
「………………ふぁ!? 何で、いつのまに!?」
「いや、知らんがな」
「ん? へぇ~っ♪」
いぶかしむ腹黒ショタと、子ネズミの巣を見つけた猫のような笑みを浮かべる隠れ腹黒。
「何だかよく分からんが、まずはこの状況の打開が先だ」
「そ、そうですよね、まずはあのバドゥーの群れをどうにかしないと!」
「そうですよね、まずはアイツらをどうにかしてからでも遅くはないですよね」
なぜ、まずの所にアクセントを置きよる?
「取り敢えずアイツらをどうにかするよりも先にコイツをファフナ、お前に預けとく」
「こいつ?」
それは晒布に巻かれた一本の棒のようなもの。
「解いても良いですか?」
「ああ良いぞ」
きつく厳重に巻かれた晒布を苦労しながら解くと、そこから出て来たのは柄らしき形状。
って、この見覚えがある……
「「な、なんでここにハウゼルがあるんですか!?」」
期せずして私とダリア殿の声がまたも重なった。
それもそのはず。
何故かこんな山奥で手渡されたその剣は、こんなところには絶対にあって良いような代物では無い。
それは英雄王からアルトリア王国に託された国宝にして、王家の盾と呼ばれしラーダベルト家に与えられた至宝。
そう、アルトリア陛下の剣が何故かこんな異邦の地に持ち込まれたのであった。
ちょっぴり補足です。
この世界の爵位と家名はその土地の地名に帰属(紐付け)されています。
ラーダベルト大公家
ラーダベルト地方の大領主
オルガン公爵家
オルガン地方の大領主
オルガン地方を平定したラーダベルト家は、エルダリア・ファン・オルガン・ラーダベルトとなり、
アルトリア王国の王になった今はエルダリア・ファン・オルガン・ラーダベルト・アルトリアとなります
所謂【陞爵】という概念はなく、その地の重要度により爵位が決められています。
まぁここら辺はいずれ用語説明で書くことになると思います。






