衛士ファフナ、腹減り頭痛
泥棒、駄目絶対(っ‘ᾥ’ cꐦ)
かぁー
かぁあー
かぁあぁー……
西日が大地を照らし高い空でカラスが鳴いている。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛……」
そして、私の隣で絞め殺した鶏みたいな声を上げている少年が一人。
「それにしても、言われてたとおり本当に時間がかかりましたね」
「ああぁあえぇぇ?」
「その聞こえてるんだか聞こえてないだか分からないリアクションはやめてください」
「あ゛あ゛ぁ゛ ぁ゛……流石に予想外だよ。長い面倒くさいとは思っていたが、まさか検問が一キロ毎に設置されてるとは」
「王都に入るのに計五回ですか。神官職だから調査を軽くして頂いているのは周りの様子からも分かりましたが、まさか話す検問官検問官、全員に懺悔を受けるとは思いませんでした」
「懺悔しないと不安な生き方するぐらいなら、さっさと死ねば良いのに」
「めちゃくちゃなこと言ってますね」
「ボクの気持ちはこの町に居ればいやでも分かるさ」
「ささくれ立ってるなぁ、もう……」
「ま、すったもんだあったが町には入れた。取り敢えずこれからどうするかだが」
「まずはお腹も空きましたし、久しぶりに落ち着いたお店で人並みな食事を頂きたいですね」
列車襲撃事件以来、道なき道を旅する日々。
風霊の加護を受けたとは言え、その道程は決して楽なモノでは無かった。
誤解が無いように言えば、彼が作ってくれた食事は確かに美味しかったです。
ただ、久しぶりに人の気配がする町に来たのだから、席についてゆっくりと食べたいというのも偽らざる本音なのですよ。
「そうだなぁ……」
「ご飯を所望します」
「まずは新聞だな」
「はぁ? 新聞? 幻聴? 新聞食べる良くない」
「片言になるとか、何の魔術的攻撃を受けているんだお前は? ボクは確かに新聞って言ったぞ。し・ん・ぶ・ん、新聞をまず買うぞ。それが終わったら宿だ」
「ご飯にしませんか!? 宿のご飯なんて……ご飯なんてと言うのは失言でした。ごめんなさい」
「まだボクが何も言ってないのに、立て板に水を流すみたいな謝罪だな」
「きっとと言うか絶対責められそうな予感がしたんです、食べ物を粗末にするような発言するなとか。ただ、責められても本音なんです。町宿の食事は噂に聞いただけですが、硬いパンとうっすいスープと水割りワインぐらいしか出ないって言うじゃ無いですか」
「ま、普通の大衆宿はそうだな」
「だったら、せめて夕食はちゃんとしたご飯が食べたいんです。あ、隊長じゃなくてアル君が作ってくれたご飯は凄く美味しかったですけど、そうではなくてですね」
「あ~、わかったわかったわかってるよ。ようは雨風に当たるような状況じゃ無く、椅子に座って旨い飯が食いたいんだろ」
「そうです、その通りなんです! もう暴風の中でテントを押さえながら食べる猪鍋も野生動物や魔獣の気配に怯えながら食べるワイルド過ぎるバーベキューとかはホント勘弁してください!」
「わかったよ」
「じゃあ!」
「まずは新聞買って宿が先だ」
「何でですか! もう日が暮れてるんですよ! ご飯の時間じゃ無いですか!」
「お前、神経すり減ると本性出るのな」
「……うぅ、すいません」
「ま、しばらく続いていたギスギスよりはましだがな」
ニヤリと底意地の悪そうな笑みに耳まで赤くなるのが分かる。
いえ、底意地が悪『そうな』ではありませんね。
彼は本当に意地が悪いです。
……ええ、とっくに分かってはいましたがね。
「正直に言えば、ボクだって旨いメシが喰いたいのは同じだよ。ただな、身の為上言ってるんだ」
「身の為、じょう?」
「この国の検問が鬱陶しいのは先に言ったな」
「はい、事実嫌気がさすレベルでした」
「ああ、本当に入念だった。ボクの記憶以上にだ」
「ん?」
「戦時下の厳戒態勢とも言える検問レベル。ボクの心当たりが的中ならどうってことないんだが」
「心当たりってなんですか? 不安になるようなこと言わないで下さいよ」
「心当たりはお前も関係している」
「えっと……もしかして、列車ですか?」
「ああ、細工はした。だが、どうなったか結果はボクもお前も分からない。そう考えたら、列車が大事故を起こし、それに伴って検問も厳戒態勢になっている。って言うのは、想像の範囲だ」
「もし、想像の範囲外だとしたら?」
「この国がすでに厄介な連中に侵略を受けている可能性だ」
「ッ!」
群雄割拠のこのご時世です、それは何も特別なことでは無い。
現にアルトリア王国がその暴風とも言える苛烈な状況にさらされているのだ。
「獣王国ですか?」
「それなら想定の範囲内だよ」
「それでしたら……もしかしてですが、貴方が以前話された第三……ですか?」
「ああ、その可能性はきっとゼロじゃ無い。いや、むしろ世界情勢は余計に混沌としてきている気がする」
ゾクリとした。
あの時、この人はその正体を濁した。
だが、明らかに警戒したこの雰囲気。
気のせいで無ければ、獣王国以上の警戒心を抱いている様子。
この国に近づいてからのヒリつくような雰囲気はそのせいでもあるのか?
いや、違う……な。
そんな外向きに対するモノとは違う何かが、この少年の中で渦巻いている。
そんな気がした。
「ボク達はすでに二回襲撃を受けている。これはボク達を狙って行われたモノなのか、たまたま偶然なのか……ま、二度目の襲撃者の様子から偶然って線は極めて薄そうだが、現状ではそれを知る術は無い」
「ですが、私達を狙う理由はあるんでしょうか? 貴方がアルトリア新王擁立の立役者とはいえ、それを知るのはほんの極一部の者だけです。私に至っては貴族籍を剥奪され表向きは追放された身です。正直無価値とも言えます」
「ああ、だがその極一部がボク達を邪魔だと思っていたら?」
「まさか、貴方が居なければアルトリアが荒廃していたのは誰の目にも明らかです」
「出る杭は打たれるってな。権力を手に入れたヤツが、一番ボクを恐れているかもよ」
「権力を手に入れた方……」
「例えば陛下とか」
「まさか!」
「もしくはじじぃ……とかな」
ニヤリと、今度は悪巧みを思い付いた子供みたいに笑う。
「あ、あはは、冗談は止めて下さいよ、もう」
「もしくは逃したオルガン家の残党どもがお前を王に担ぎ上げようとしている、とかもあるかもよ」
そんな可能性は限りなくゼロだ。
だが、決して無いとは言えない可能性の話に、私の喉がゴクリと鳴る。
「はは、悪い悪い冗談だ」
「もう、やめてくださいよ! 私が蚤の心臓なのしっているでしょ」
「ああ、だけど覚悟を決めたら誰よりも強いってこともボクは知っているぞ」
「……ぅぅ」
この人は、もう、もう!
「取り敢えず世情を知りたい。だから新聞が先だ。そして次に宿を取る理由だが、世情次第によってはすでにこの町にヤバい連中が潜り込んでる可能性がある」
軽い口調であっさりと言われたが、それはとてつもなく危険な状況だ。
「あの厳重な様子から、大多数の宿が宿泊規制されている可能性も否定できない。何が紛れ込んでるかも分からない、そんな町で宿を取ることができなければ最悪そこらの道ばたでキャンプだぞ」
「道端でキャンプ、この大都市で……」
「お、そこら辺とか少し拓けてるな」
おどけた口調の視線の先には、乗合馬車のターミナル。
た、確かに馬車が停車する分、通りは少し広く作られている。
……え?
こんな大都市のしかもこんな大通りがキャンプ地ですか?
「ごめんなさい、こんな大都市のしかも町のど真ん中でキャンプをする胆力は私にはありません」
「ま、職質&襲撃されないなら場末の安宿よりもキャンプの方が金がかからなくて良いんだけどな」
「え、正気ですか?」
「お前が言ったんだろ。クソマズいメシは嫌だって」
「そこまでハッキリとは言ってません」
「ボクもあんなマズメシと朝起きたら全身痒くなるようなゴワゴワした蚤入り藁布団で寝起きなんかしたくない」
「そんな思いをするならキャンプのがマシってことですか?」
「あくまで大衆宿に泊まるぐらいなら、な」
ニヤリと、それは純粋な、あまりにも純粋な悪い笑顔。
「なんですかその笑顔?」
「これ、な~んだ?」
そう言って懐から取り出したのは一枚の黒いカード
「アルナミューズ大陸銀行のカードですよね
「お、流石詳しい。お前も持っていたのか?」
「茶化さないでください」
それは五王国同盟に所属する各国の王侯貴族と上位聖職者のみが持つことを許されたカードで、一定の財力や権力そして身分が保証された者にしか発行されない。
所謂権力の証明であり、持つ者を敵に回すことが許されない免罪符にも近いカードだ。
「え、それどこから手に入れたんですか?」
私はすでに貴族籍を失った身。
元からなけなしだった特権も完全に消失したことでカードも失効している。
「まさか……」
「ああ、じじぃから(無断で)拝借してきた」
「いま、なんか聞こえちゃいけない言葉が聞こえた気がしますよ。え、まさかとは思いますが、貴方やっちゃいました?」
私のおたずねに、ピューピューと調子っぱずれの口笛を吹かす。
ズキズキと側頭部が痛んだ。
「バドハー様に怒られますよ、いい加減」
「千五百年も生きた老い先短い妖怪じじぃがため込んだ財産。年寄りが使うよりも若いボク達が有効活用した方が金も喜ぶさ」
「詐欺師か盗人の理屈にしか聞こえませんよ」
「さて、お偉いさん御用達の宿に行くか」
私の忠告などどこ吹く風。
腹黒ショタはスタスタと町を歩き出した。
あちぃです。
北の大地が連日30度オーバーです。
ビールがうめぇです。
麦茶もうんめぇです。
熱中症には皆さん気をつけてお過ごしくださいませ。






