衛士ファフナ、苛立つ
鼻毛毟りマシーンを作ってノーベル特許賞を取ったあとに国家反逆罪でマングローブを植樹する刑を受ける夢を見ました。
人間、疲労もドを過ぎると駄目になるという事がよく分かりました。
ですが……
かつて、伝説の文豪ジュール・ヴェルヌは言いました
人間、想像出来ることは実現させることが出来るじゃね? 的な事を……
いつか実現させてみせるぜ、鼻毛毟りマシーンをな!
そしてマングローブを植樹してやる!!
辺り一帯から聞こえる臓腑を抉るような獣の叫び。
身体の奥が震え、思考が麻痺していくのが分かる。
まずい、この途切れなく続く甲高い鳴き声は縄張りを犯され攻撃的になっている証拠だ。
「アルフォンスさま、アルフォンスさま!!」
「くーかー、ふしゅるるる……」
「って、どうでも良いことには反応しているのに、爆睡してるんかいッ!! おきろーっ!!!!」
「あ゛!? うるっさいな……」
うっわぁあぁぁぁあぁぁぁ、激烈機嫌悪いです!
名状しがたい凶悪な獣の寝起きに触れた感じです!
背後に迫る魔猿を相手にするのが良いのか、この人を起こすのが良いのか。
ズタボロになる覚悟で魔猿に特攻したほうが、五体満足で済みそうな気がします……
わ、悪口、そうだ離れて悪口を言えば目を覚まして追っかけてくるかも!
ね、寝ぼけたこの人にフルパワーで追いかけ回されたら、聖霊王様の御許に逝った挙げ句に会いたくも無い兄たちと再会するはめになりそうです。
とは言え、起こさない訳には……
ええ、わかってます。わかってますとも!
このちっさい猛獣を起こさないとどうにもならないことくら――
「……?」
どうすれば良いのか悩むその時だった。
獣達の叫びに小さな、違和感が混ざる。
「今のは悲鳴……いや、中央言語?」
まさかこの騒ぎは森を侵犯した私達に対する威嚇では無く、他の人間を威嚇してのもの?
ならば……
……何が、ならばだ?
私は今何を決断しようとした?
火を消し、息を潜め、やり過ごすことが最善だとでも思ったのか?
何者か分からない。敵かどうかすらも分からない。
だが、それでも無数の暴力に襲われている。その一点だけは真実だ。
何も分からない、だが何も分からないという事実だけを隠れ蓑に自分たちの生を掴む為の囮にする。
そんなことが許されるのか?
己が生きる為だけに他人を贄にするような真似が!?
……落ち着け。
感情的になるな。
優先すべきを考えるんだ。
自分の任務は何だ?
優先すべきは与えられた任務。
強国の脅威に囲まれている祖国アルトリアを守る為に作戦を実行している最中だ。
その任務こそが優先すべき事であり、それ以外のことは、些末な……些末……な、ことで……
目まぐるしく回る思考。
そんな思考を掻き乱すみたいに女の叫びが聞こえた。
くっ……
『ノブレス・オブリージュとか言う概念があることは知っている』
それは、何時だったかアルフォンス様に言われた言葉だ。
あの時は民を守る為に確かに命がけだった。
いや、無能と蔑んだ父上達への意地も確かにあった……
なら、今の私はなんだ?
私はすでに貴族じゃ無い。新しい名と姓を与えられた只の一般庶民だ。
だけど……
「だけど、私は守ることを生業とした衛士だ!」
「…………うるさいなぁ」
「守ることを生業とした衛士なんです!!」
「あぁあ、聞こえてるってばよ」
「へ?」
今の状況に似つかわしくない間抜けな声が思わずこぼれ出る。
振り返ると、焚き火の明かりに照らされた少年が億劫そうに起き上がる姿があった。
「よかった、起きたんですね!」
「……」
無言のままむすっとした顔。
あ、あれ?
激烈機嫌が悪いモードが継続してます!
って言うか、私何か当たられるようなことしましたか!?
「ファフナ」
「は、はい!」
「うるせぇ」
「すいませんで……は? う、うるさ、はぁ!? や、私そんな雑な突っ込み受けるような騒ぎ方してないですよね!」
「お前の美徳だとも言えるけど、葛藤しすぎ」
一瞬、何を言われたのかまったく分からなかった。
「葛藤ぐらいさせてください。時と場合によっては重大な選択、じゃなくてえっと……私の心の声が聞こえてたと? 人の考えていることがわかるんですか!?」
「そんな生きづらい能力持ってるわけないだろ。お前は考えてることが顔に出すぎだ」
「す、すいません。気を付けます……って、寝てたんじゃ無かったんですか?」
「寝てたよ」
「じゃあ、聞こえたというか、見てたんですか?」
「ん~……何でだろうな?」
適当!
適当としか表現出来ない返答に思わず歯ぎしりする。
「とりあえず決断したんだな?」
「えっと……あ、はい」
「じゃ、寝起きでダルいが全力で逃げるとするか」
「は?」
もっさりとした動作でストレッチを始める。
「は? どうしてその選択になるんですか」
「ん、ちがうのか?」
「状況は把握されてますよね」
「魔猿が来た、厄介だから逃げる。おーけー?」
「起きてたんじゃないかって言いたくなるぐらいに実に的確な状況把握お見事です! ただ一点だけ抜けてる事実があります」
「魔猿と共に何者かがいる、か?」
「その通りです、追われています。すぐに救援に向かうべきだと具申します」
「あー……具申、ねぇ……」
気乗りしない。
そんな雰囲気を全身に纏う姿に、私の苛立ちはただ募るのだった。
リ・アルがちょっと落ち着きました。
仕事柄確定申告と3月決算が重なるこの時期は更新が滞りがちになり申し訳ございません。
決してスノーボードに明け暮れてるとかそんな事実は無いはずなので、寛大な心でお許しくださいませ。
リ・アルがまた忙しくなる5月まで更新頑張ります。






