衛士ファフナ、片腕として
寒いですね、北の大地も異常に寒いです。
不要不急の外出は控えろと言いますが、税務関係の仕事はこの時期が最盛期です。
どんなに悪天候でも税務署待っちゃくれねぇぜガッデム!
お外に出たくないから、隕石でも降って会社吹き飛べば良いのにって思う今日この頃です。
「どうにか止めることは出来ないのですか? 彼の地は確かに我が国を裏切った逆賊です、しかし――」
「お前の言いたいことはわかるが、さっきも言ったが止める方法が無い」
「ですが……」
「一応言っておくがあの地にはほぼ一般人なんかいないし、駅も城塞都市を守る竜監門の手前だ。何よりも下車を許されているのは雇われの傭兵だけ。ヤツらははした小銭で好き好んで人殺しやってるゴロツキの戦争屋だ。お前が憤るに値しない」
言い分は……わかる。
どこに敵が居るのかもわからない。
そんな生き馬の目を抜くこの乱世で生き残るには、私の考えは甘すぎるのだ。
何より、彼が私の訴えなど聞く必要は……いや、そもそもこんな訴えをすること自体が不敬なのだ。
何故なら、今はまだ非公式とは言え彼はアルトリアの新王が認めた王国筆頭の軍師。
それに引き換え私は最早ただの衛士に過ぎない。
そんな彼が決断し謀略という鉈を振るったなら、私ごときが反論することは許されない。
だが、
「……え?」
そんな声も出せずに憤る私を、しかし彼は片手を上げて制した。
嘲るでも見下すでも無く、ただ全てを受け止めるみたいな……
そんな眼差しで。
私は何もわかっていなかったのだ。
「先は冗談めかしてしまったが謝るよ」
「な、何、に……ですか?」
その時の私は、彼が何に対して謝ったのか、まるでわかっていなかった。
いや、未だもって人種である彼が、何故我らアールヴの為にこうも自らの矜持も思想も押し殺し、アールヴ達に心血を注いでいてくれるのかをわかっていなかった。
「ボクの謝罪はお前の高潔なる精神に向けたものだ。そして、先に冗談めかしてしまったが、改めて言わせて欲しい。ファフナ、お前を仲間に加えることが出来たことはボクにとってかけがえのない力になる」
本来なら意見する事さえ許されない身分差。
それでも、私の意見に彼は耳を傾けることを誓ってくれた。
「全てを聞き入れられる訳じゃ無いが、ボクが間違っていると思ったときは遠慮無く意見を言ってくれ。道を誤りそうなボクをお前が正してくれたら、勝利だけにこだわるのでは無い……人道という観点も考慮に入れた作戦を練れるはずだ」
そう、彼は私が投降したときから一人のヒトとして見てくれている。
聞き届けてくれる。
私の意見は、彼が思い描く最短の大陸統一という道を妨害しかねないのに。
何故、そこまで貴方は私に、いや、私達アールヴに手を貸してくれるのですか?
そんな思いを聞けないままに、話は進んでいく。
「正直に言えば、この車両を破壊する方法はある」
「なら、その方法は取れないのでしょうか?」
「残念ながら、破壊した後が厄介だ」
「後が厄介?」
「破壊する方法は燃焼釜をさらに加熱暴走させて爆発させることだが、そうなるとこの辺りの線路一帯も吹き飛びかねない。そうなれば国境付近に鉄道再建部隊として国軍を招くことになるだろう」
「それは、確かに論外ですね」
「残された手は危険回避としてはあまりに消極的な方法だが、この先にある駅にこの列車の異常を伝える手段はある」
そう言って機関室の壁にある筒を私に投げ渡す。
「これは?」
「信号炎管だ。ソイツを燃料に放り込めば、カラースモークが出て異常を発信することが出来る。ただし」
「何か問題があるんですね」
「まず殺された者達の為にも直線に出たら先頭車両とは切り離す。その後はボクたちが疑われない為にも見付かるリスクは極限まで減らす必要がある」
「そうなると厄介なのは国境警備隊の存在ですね」
「ああ、国境警備隊は基本的に軽騎兵だ。ヤツらは重装が混ざる軍隊の行軍とは違う。もしもを考慮するなら最低でも百キロ以上は手前で降車したい」
「軽騎兵なら下手をすれば一日で五、六十キロ。魔術を使える者が居るなら、その倍の距離は索敵範囲の可能性はありますね」
「ああ、信号炎管もそんなに長く持続する訳じゃ無い。一本当たり精々十分くらいが限界だろう。本数は四本、甘い見積もりで四十分。そうなればギリギリまで車両に乗って投入のタイミングを見計らう必要がある。とは言えすでにこの速度だ。列車を切り離せば更に加速するはずだ。そうなるとボク達も切り離した列車に残らないと無事じゃすまない」
「確かにこの速度から飛び降りるのは勘弁して欲しいです」
「とは言え、この速度で客室を引いたまま走らせれば何時脱線してもおかしくはない。そうなると直線に出たら早い段階で客室列車を切り離す必要がある。もはやブレーキも死んだ暴走機関車だ。水も石炭の消費量も簡単に計算はできない」
「そう、ですね。そうなると石炭のどこに信号炎管を入れておけば良いのかわからない……」
「ああ、本来なら車掌が命がけでする仕事だろうが、生憎とボク達にその責任はないしそこまでは背負えない。もっとハッキリ言うならその義理も無い。お前の意見に対する最大限の譲歩でボクが出来るのは、給炭量を可能な限り計算してどの位置に信号炎管を入れれば最良なのかを計算するところまでだ」
「ッ……ありがとうございます、私なんかの意見の為に」
「私なんかってのはやめろ。ボクは譲歩とは言ったが、お前の意見に最大限の敬意を払っているつもりだ。価値ない意見なら、端から歯牙にもかけちゃいないさ」
ぶっきら棒な物言い。
だが、不器用な彼が最大限見せてくれた表現であることを、私は理解しているつもりだ。
だから――
床に複雑な計算式を書き刻み唸り声を上げる彼の背中に深々と頭を下げた。
車輪が奏でる音の中にガリガリという音が混ざる。
やがて山間に僅かな蒼が見えだした頃、揺れがますます激しくなった。
本来なら緩いだろうカーブにすら引っ張られるような重さを感じる。
私は手すりに片手でしがみ付きながら、床に齧り付いたまま計算を続ける彼のベルトを掴む。
それにすら気付かず計算を続ける彼の手が突然ピタリと止まる。
雰囲気からして計算が終わった、と言う感じじゃなさそうだが……
「なぁ」
「は、はい」
「……」
「な、なんですか? 変な間は止めて下さいよ」
「ボクの話、お前は理解……いや、ついてこれているか?」
彼の声音には馬鹿にするような感じは何処にも無い。いや、そもそも先ほどの言葉から彼にはそんな意図が無いのは十分に理解している。
おそらく、今まで彼だけが自分の中で消化出来るように呟いていた独り言の数々のことだろう。
ならばハッキリと言おう。
彼が何を知っていて、私は何を隠されているのか。
「正直、貴方が何を知っているのか、私には想像も付きません」
「そうか」
「え、それで終わり?」
「いや、そんな雑なイジりをするのはバドハーのじぃさん相手にだけだ」
「バドハー様はあんな感じでも一応我々アールヴの、いえこの地上に生きる全ての命達の英雄ですからね。あまり雑にイジらないで下さいよ」
「あのじぃさんも苦労しているのはわかる。だが、あのじぃさんは恐らく放棄している」
「放棄?」
「エルダリア陛下も恐らく聞かされていないだろう真実だ」
「…………」
「もし、ボクが知っている話を聞いたとしても誰もが妄言と思い、イカレた狂人の世迷い言だと切って捨てるだろう。それでも、真実を知りたいと思うか? 恐らく、この地上で片手ほどの者達しか知らない真実」
「妄言にも似た真実ですか」
「ああ、襲撃犯の能力がどこから来ているのか、それらは全てとある事象につながる。バドハーのじぃさんが墓場にまで持って行こうとしている真実だ」
「バドハー様が隠している真実……お願いします教えて下さい」
「全てを聞いたらハッキリ言って後悔すると思うぞ。場合によっては、アールヴであることを嫌悪し呪うかも知れないぜ?」
バドハー様が隠す真実。
いや、恐れた真実、なのか?
「なぁ知ってるか?」
「はい? 何をですか」
「猫には九つの命があるって諺」
「確か、猫に九生ありでしたっけ? それが何か?」
「猫のしぶとさや執念深さから出来た諺らしいが、そんな猫すら殺すのが好奇心らしいぜ」
実に正鵠を射た言葉だ。
そしてその言葉は迷う私を見ての助言、ですか。
「なるほど……」
英雄さえも口を閉ざした真実を知ることは確かに恐ろしい。
余計なことを知らなければ、思い悩むことも苦しむことも無いのかも知れない。
だが、舐めないでもらいたい。
私は武門の家系に生まれたひ弱な落ちこぼれだが、知識に対する探究心だけは貴方に出会うまで誰にも負けたことが無いと自負している。
それに私は貴方の片腕になると誓ったのだ。
これから更に過酷になるだろうアルトリアの未来。
そんな戦渦から私達アールヴを守る為に立ち上がってくれた少年に少しでも近付こうと言うのに、遙か太古に過ぎ去った真実ごときに怯えている暇など無い。
「こう見えても知識欲は半端ないんですよ、私」
「……好奇心に殺されるタイプだな」
「自分でも意外でした。好奇心とは無縁の人生を歩んでいたつもりだったんですけどね」
床に座り私を見上げながら薄く笑う少年に、私も迷い無い笑みを返すのだった。
読者様、深夜の更新となりましたが、お読み下さりありがとうございます。
不要不急の外出のお供として、引き続きお付き合いを続けて頂ければ幸いでございます。






