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終わりゆく世界に紡がれる魔導と剣の物語  作者: 夏目 空桜
第二部 第三章 アルトリアの未来
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衛士ファフナの胃痛

 警笛を奏でながら動き出した列車。

 癒やしの精霊の力を借りて傷付いた足を治している間、アル君は一人操縦席に座りながらコックピットと睨めっこしていた。


「汽車の操縦まで出来るんですね?」

「見れば何となく(・・・・)わかる」

「はぁ」


 若干違和感のある説明を聞かされたが、今は動かせた幸運に感謝するしかない。

 何時までもこんな谷の真上で列車を止めていたら、後続の列車と衝突する大惨事になりかねない。


「それにしても、とんでもない状況になりましたね」

「そうだな」


 言葉少ない返し。

 それも仕方がないか。

 乗客がいくら少なかったとは言え、私達二人を除いて生存者はゼロ。

 護送中だった獣人達も殺されてしまった。


「これからどうされますか?」

「そうだな、正直こんな形で妨害されるのは予想外だった。作戦を練り直さないとダメだが、考えることが多すぎてどこから手を付けたらいいのか正直わからん」

「お察しします」

「まぁ、目下の問題はこの汽車が動き出したのは良いが止める方法が全くないことなんだよな」

「あー……それは大変、ですね……は?」

「だから止める方法が全くわからん」

「はぁ!? どういうことですか! 汽車の動かし方を知ってるんじゃなかったんですか!?」

「ボクは機関士じゃ無い」

「そりゃそうですけど!」

「それに動かしたのはボクじゃ無いぞ」

「え? でも、アル君が操縦席に座った瞬間動き出したじゃ無いですか」

「まるでボクのせいみたいに嫌なタイミングで動き出してくれたよな」

「じゃじゃじゃ、じゃぁ、さっきの『見れば何となくわかる』って発言は?」

「ん? ああ、『見れば何となくわかる、(ボクにはさっぱりわからんってことが)』って意味だ」

「端折りすぎです! 会話の半分以上を私に連想させようとしないでください。って言うか、あの何となく感じた違和感はそれだったんですね!」


 くあぁあぁぁぁぁぁっ!

 さっきの違和感の正体はこれか。

 いつもの適当な返事の中に滲む自信が、さきほどの返事には感じられなかったのだ。

 ようは、適当な生返事だったわけですね、はい。


「どちらにせよこの列車を橋の上に放置するのはマズかったんだ。動かすしか方法はなかったんだ諦めろ」

「それはそうですけどどうするんですか? このままだと次の駅で大惨事ですよ」

「ファフナ、日報を探せ」

「え、日報ですか?」

「ああ」

「日報……そこに操縦の方法が載ってると?」

「それはないだろう」

「だったら何の意味があるんですか」

「良いから捜せ、重要なことだ」

「わ、わかりました」


 アル君の雰囲気に気圧され、疑問を挟むことも出来ずに二人で最後列の車掌車へと向かう。

 遺体の転がる静まりかえった車内。

 ごめんなさい……助けてあげられませんでした。

 心の中で短く祈りを捧げ、そして程なくして到着した最後尾の車掌室。

 列車を止める術があれば良いけど。


「あ、これじゃないですか?」


 薄汚れたバインダーに挟まれた用紙の束。


「貸してくれ」

「どうぞ」


 アル君は受け取ったファイルの一番上の用紙をしばし見つめると、そのままファイルを床に投げ捨てた。


「え、もう止め方がわかったんですか?」

「いや、止め方なんか端から無いぞ」

「で、でも上の用紙しか見てないじゃ無いですか。下の方も確認してみましょう!」

「落ち着け」

「そんな落ち着いて何て居られませんよ!」

「いいから黙って落ち着け」

「黙って落ち着けって……」


 どうにもならない状況だってのに、どうしてこんなに落ち着いているんだ?

 もしかして自殺願望とかあるんじゃないでしょうね……


「変な勘違いしているようだが、ボクは汽車の止め方がわからなかった訳じゃ無い」

「え、そうだったんですか? じゃあ、何がわからなくてここに来たんですか」

「わからなかったのは車掌がアルトリア所属の車掌かどうかってことだ」

「え、今それを知ってどうするんですか?」

「列車の事故は車掌の責任だ」

「……まさか」

「この列車に起きた惨事、責任の所在がどこになるのか知りたかった」

「ああぁあぁ、やっぱりだぁ! メチャクチャだこの人!」

「良かったよ。アルトリアから乗った車掌はゼネシオン王国に入ったときに交替している。交替したのがお前が倒した車掌と同一人物かは証明出来ないが、少なくとも日報上の交代要員は貿易都市ゼルガリア出身、ゼネシオン王国の鉄道職員だ」

「それは良かったです、とは言えませんよ!」


 確かに鉄道事故を起こせば整備ミスでも無い限り車掌が負うことになる。

 そう言った意味では、アルトリアに責任が及ばないというのは重要だ。重要だ、が……


「止めることは出来無いのですか?」

「ボクは最初に言ったぞ。止める方法が全くわからんと」

「そうですけど、そうですけどぉ……うぐぐぐ、なら、取り敢えず適当にそれらしいレバーを今からでも手当たり次第触りましょう!」

「それが無駄なんだよ」

「投げやりに言わないで下さい。二人で最後まで諦めなければきっとブレーキを見付けられます」

「いや、だから――おわっ」


 ぐずるアル君を小脇に抱え、全力で先頭車両の機関室に戻る。

 知識の無い私には何が何だかさっぱりわからない計器だらけ。


「えっと……」

「ファフナ」

「なんですか? アル君も一緒に探して下さい」

「や、お前が探しているのブレーキだよな」

「それ以外に何があるって言うんですか、少しはヤル気出して探して下さい!」

「お前が手をかけている真鍮のレバーがブレーキだぞ」

「…………」

「…………」

「わかってるなら早く教えて下さい!」

「や、だからな」

「あー、もう話は後です。橋は抜けましたから止めますよ!」


 この時点でも未だ間延びした会話をするアル君に苛立ちを覚えながら、レバーを思い切り引く。


 ガチャンッ!


「痛ッ、え? 随分軽い」


 勢い余って手首を伝った衝撃よりも、そのあまりの手応えの無さに呆然とする。


「これでブレーキが利いた、のか?」


 痺れる手で恐る恐る触れたブレーキレバー。試しに動かすとスカスカまるで手応え無くレバーが動く。


「これで減速するんですか?」

「無理さ、ブレーキを作動するための配管が死んでる」

「配管が死んでる?」

「言っただろ、『だから、止める方法が全くわからん』って」

「あ、あの時の言葉はそう言う意味ですか!!」

「そうだが?」


 ああ、何というコミュニケーション能力の低さ。

 いえ、何となくそんな気はしてたわけですから、パートナーとしてはそれを汲み取る必要があったんですよね。

 ええ、これは……これ、は……

 完全に私のミス、なんですよね……

 って、納得出来るくあぁあぁぁぁぁぁっ!!


 カチャンカチャン。


 そんな発狂寸前の私の横で、アル君は無表情でブレーキを弄んでいる。


「ファフナ」

「何ですか!」

「おおぅ! ブレーキが壊れてるのをボクに当たるな」

「それだけじゃありませんけど、ありませんけど! 感情的になって申し訳ございませんでした!」

「まぁ、なんだ色々あるよな」

「そうですね、ここ数ヶ月は本当にイヤってほど実感しています!」


 ええ、優れた才のある者がどこか欠落してるなんて珍しくも無いじゃないですか。

 こんな時こそ、副官である私が理解しないと駄目なんですよね。


 キリキリキリキリ……


 あ、あれ、何でしょう?

 自覚した途端に、さっき足をぶち抜かれた時よりも後引くような痛みを胃に覚えたぞ?


「おーい、何を勝手に悲壮な決意したみたいな顔してんだ?」

「気のせいです、ええ、きっと気のせいです」

「そうか? なんか最近のご当主……じゃなかった、陛下みたいな顔してるからな」

「……きっと、今なら陛下と意気投合して朝までお酒が飲めそうです」

「ま、ボクが褒められてないのは何となくだがわかったよ」


 反省、というよりはただの事実確認みたいな声音。

 ま、らしいっちゃらしいんですけどね。


 キリキリキリキリキリキリ……


 い、痛たたた。

 知りたくも無い痛みが腹部を襲う。


「なぁ」

「何ですか?」


 痛みの元凶が何食わぬ顔で尋ねてくる。

 あぁああぁぁぁっ!

 副官としては失格ですが、殴りたいこの横っ面!


「荒んでるところ悪いが」

「荒んでるのは誰のせいですかね!」

「知らん、ボクに聞くな自分で考えろ」

「こ、ここ、この……」

「小言は後で聞く。お前が戦った敵の能力は何だった?」

「んぎぎ……えっと、車掌が音を消す能力、機関士の二人が光か鏡を操る能力と水を操る能力です」

「なるほど。ならば、少なくとも三つ目の水を操る能力は恐らく間違いだ」

「え、ですが私が戦ったのは確かに水を使っていましたよ」

「それは恐らく思い込みだ」

「思い込み?」

「一人目と二人目は直接見てないからわからないが、三人目の敵はおそらく空気を操る能力だ」

「空、気……まさか! だって私が作った紙飛行機は水で撃ち抜かれました。私自身も足を狙撃されています」

「パイプに氷でも詰めて詰めて発射したんだろ。原理的には空気鉄砲や水鉄砲と同じだ。超圧力で発射された氷が着弾の衝撃で砕けて溶けた。だから水使いだと勘違いしたんだ」

「勘違いって、そんなはずは!」

「客が全身から血を吹き出して死んでいただろ。おそらく異常とも言える突然の空気圧の変化で脳や内臓を叩き潰されたんだ」


 ……そう言えば、私もあの男と対峙した直前、酷い目眩と吐き気に襲われた。


「ただ、問題なのはその凄まじい能力も借り物だったから上手く扱えずに自爆したけどな」

「借り物? 自爆?」

「アイツらのは本当の意味で自分の能力じゃなかったってことさ。誰かから借りた能力だ。ついでに言えば力の使い方もろくに理解していなかった。現にお前を襲っていた男は下げすぎた気圧で割れた窓ガラスが刺さり自爆。しかも窓から吹き込んだ風にバランスを崩してそのまま外に転落したよ」

「私が気絶している間に、そんなことが」


 そう言えばミラーマンとか言うのを使っていた男も、今思えばやけに無防備に能力を発動していた。

 本来なら自分にとって弱点であるはずの光を喰らわないよう、もっと気を付けるはずなのにやけに能力をひけらかしていた。

 そう言うこと、なのか?


「ただ空気を操っていた男は意図していたのか、それとも能力を暴走させただけなのか、ボクはおそらく後者だと思うがブレーキに繋がる配管まで破裂させていた」

「それをわかっていた上で列車を動かしたんですか?」

「さっきも言ったが、この汽車を動かしたのは僕じゃ無い」

「そう言えば、言ってましたね……」


 ぐぅ……この少年が言うと、どうにも裏があるように勘ぐってしまうが。

 だけど、私は知っている。この少年がそんなつまらない(・・・・・)嘘や言い訳をするような人間では無い事を。


「ヤツらの目的が何なのか正確な所はわからないから意図したものかどうかすらわからないが、燃焼窯の中で圧縮した空気が異常燃焼を起こしている」

「それではこの汽車の末路は」

「いまの時速は正確にはわからないが、少なくともボクが昼間に知覚した速度の二倍から三倍は出ている。どのタイミングでイカレたか知らんが、加減弁もご臨終だろうなぁ……んで、制動弁をはじめ車両のブレーキ系統が根こそぎ死んでいる以上、良くて燃焼釜の爆発ってところだ」

「あぁあぁぁ……あ、そうですよ! 燃料がなくなれば止まるんじゃないですか?」

「炭水車を切り離しても、自動給炭機にはまだ石炭がだいぶ残っているし、残念ながらそこのタンクにも水はかなり残っているようだ」

「なら破壊しましょう」

「配管と違い気圧の変化じゃ歪みもしなかった分厚い鋳物の塊だぞ。今の持ち物で物理破壊は不可能だ」

「お手上げじゃないですか……」

「取り敢えず直線が長く見晴らしの良い平地に出たら客車は切り離す」

「後続列車が発見した後にも十分に止まれる距離を稼ぐんですね」

「ああ、この列車と心中するのも後続列車にぶち当たるのも避けたい。罪もなく殺された上に亡骸まで破壊されるのは可哀想だからな」

「アル君……アル君にもそう言う感情があったんですね」

「どう言う意味だ」

「あ、や、その冗談です。とにも、この列車は止まらないのは変わらないんですよね?」

「ま、手はあるさ」


 アル君はそう言うと凄まじく邪悪な笑みを浮かべたるのであった。

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