衛士ファフナ、欺く
遅ればせながら、明けましておめでとうございます
読者の皆様、今年も一年よろしくお願い致します。m(_ _)m
『ヘロー、お嬢ちゃんおじさん達が遊びに来たよー』
『ハッ、なんだそのだせぇ挨拶は……おい、どこに行った!』
『いねぇ、両足をぶち抜かれたってのに動き回ったってのか!?』
『あの傷じゃそう遠くにゃいけねぇよ、探せ!』
私の姿を探して怒号が部屋に響き渡る。
こんな駆け引きは正直苦手だ。心臓が、早鐘みたいに駆け巡る。
だけど、落ち着け。必ずここに勝機がある。
『……おい、そこ』
『あん? お、布がはみ出てやがる。ガキよりも下手くそなかくれんぼじゃねぇか』
ッ!
男達の下卑た笑いが近づいてくる。
ドクドクと蠢く心臓。
見えない扉の向こうから悪臭が漂ってくるのを感じる。
『出ておいで、お嬢ちゃん!』
精霊皇様、どうかご加護を!
ガチャッ!
乱暴にクローゼットが開け放たれた。
『……居たか?』
『いや、クローゼットからはみ出てたのは血を拭ったハンカチだけだ』
『クソッタレが! ご丁寧に手当てした布をしまいやがったってのか!? どんだけお高くとまってやがる!』
『なぁ、まさか気を引かせる為にわざと見えるように布を挟んだとかじゃねぇよな?』
『貧相なガキ連れの女にそんな真似が出来るかよ! あのなまっちょろい身体はただのガキ連れの女だ!』
『だが、ルザンはやられちまってる!』
『ふん、どうせ音を消すしか能力の無いやつだ。○○○おッ起てて発情優先してからぶっ殺されたんだろうが!』
えらい言われようですね。そして、なんて品の無い会話でしょうか。あと臭い。
だが、奴らは良い感じに苛立っている。
問題はここから……
『おい、ここを見てみろ』
『血の跡……こっちのクローゼットか!』
ガチャ!
『こんにちは! おじさんと遊びまって、いねぇ!』
『くそっ! どこに隠れやがった!』
『なぁ、やっぱり戦闘馴れしてんじゃねぇのか?』
『まだくだらねぇこと言うのか!』
『そうは言うが血の付いた布と言いこの血痕と言い、巧妙に隠れてるとしか思えねぇぞ!』
『ち……なら、この部屋で手間取っている内に他の部屋に逃げられた可能性があるって言うのかよ。おい、お前の【ミラーマン】を出せ!』
『俺に命令するんじゃねぇ!』
会話に強烈な苛立ちが混ざる。
それにしても【ミラーマン】か。
狙撃直前に見たあの輝きは鏡の反射に似ていた。恐らくそれが【ミラーマン】とやらで間違いないでしょうが、【ミラーマン】とは何だ?
出せ、と言うことは召喚獣か何かか?
だが、そんな召喚獣も精霊の名も聞いたことがない。
でも、これはチャンスだ。
見逃すな、敵の能力が分かるかも知れない。
命令された火夫は苛立ちを隠そうともせずに唸りながら、左手を廊下に向かって突き出した。
『走りやがれ、ミラーマン!』
その叫びと同時であった。
突き出した左手が一瞬陽炎のようにブレると、鏡の破片にも似た輝きが走り抜けた。
今のは何だ?
魔術でも精霊力でも無い不可思議な力。ただ今分かるのはこの輝きはさきほど私が見た狙撃直後の輝きと同じ物ということだけ。
『見付けたか?』
『いや、廊下にはいねぇ』
『あ? 手抜きしてんじゃねぇのか!?』
『舐めんな! ミラーマンが発生させる鏡界は俺の目と繋がってんだ、見逃すはずねぇだろ!』
『だったらどこに行ったんだ!』
『隠れてんだろ!』
『くそが! もっとミラーマンを出せねぇのか!』
何という執念深さだ。
しかもそれが、何の矜持もないただの性欲のためとか――
気色悪い。反吐が出る。
お前達みたいな獣にかける情けはない。
私の人生で初とも言える、明確な殺意が湧き上がる。
使え、使役しろ、その【ミラーマン】とやらを! その瞬間が貴様の最後だ!
『走りやがれ【ミラーマン】!!』
男の絶叫と同時に、再び鏡に似た煌めきが生まれる。
今だ!
「気高き光の精霊よ!」
『なっ! 貴様クローゼットの中にいたのか!』
そう、私は男達が最初に開けたクローゼットの中に隠れていた。
ただし、すぐ分かる場所じゃ無い。中においてあった荷物やコートの下に潜り込んで居たのだ。
冷静に中を探ればあっさりと見付けられるような隠れ方だが、欲に曇ったコイツらの目にそれは不可能だった。
そして、お前達は今自らの弱点を口にした!
「爆ぜろ!」
命令と同時に、廊下が明るく輝く。
「ギャー! お、あ、あぁぁあぁぁ……め、目が、目があぁあぁぁ……」
「クソッ! なんだ、今の光は、誰だ! 何をしやがった!!」
「自分で考えるんだな!」
ゴギッ!
男の叫びと鈍い音が重なる。
遠心力を上乗せしたレザートランクが男の顔面を捕らえたのだ。
長旅に備えて山ほど荷物を詰め込んだ私のトランク。半端な重さじゃ無い。
いかにごつい男と言えども、視力を失ってる時の不意打ちだ。
無事じゃすま……ぐぅ……
穿たれた足から再び鮮血が溢れ出し、激痛が脊椎を走り抜ける。
敵は、どうなった?
怒りだけで戦い続けられるほど五体満足とは言えない。
冷静になれ現状を把握するんだ。
「ご、ごふ……」
「お、おい! しっかりしやがれ! おい! ……くそが!!」
叫んでいる男を尻目に、私は転がるように廊下へと飛び出す。
何とか【ミラーマン】とやらを召喚する男を出し抜くことは出来た。
白目を剥いて痙攣していたとこを見ると、少なくとも一時間やそこらじゃ復活しないだろう。
だが、問題はもう一人の男だ。
倒した男ほどじゃ無いが、光の精霊の力で視力は奪った。
だが、視界を奪えるのも、あと数十秒が精々だろう。
何より、コイツは倒した男とは比較にならないほど危険だ。
簡単に私の足を貫いた攻撃は現状を考えるにコイツの能力だ。
殺傷能力が桁違い過ぎる。
まずは距離を取って――
違う、そうじゃない! そうじゃないだろ!
敵の攻撃は遠距離型だ。そして、同じような不意打ちは二度とは通じない。
だったら逃げるのでは無く、ここで迎え撃つしか無い。
激痛に震える足を堪え、覚悟を決めて振り返る。
明け放れたままの扉から男が、
キィィィィン……
な、何だ? それは、突然耳の奥で鳴り始めた違和感。
まるで三半規管を揺すぶられたような不快が身体を襲う。
……まさか、他のヤツの攻撃か?
もしかして、さっき上で戦ってたヤツの誰かが……まさか、アル君が負けたというのか?
「そんなはず……く、ああぁあぁ……あ、頭が割れる……」
視界が赤く染まっていく。なんだ、何をされている?
「聞こえ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――」
な、何を……言っているのか、聞こえない……
ぐ……
身体が……
「――――――――」
ニタリと笑う醜悪な男。
嫌だ、来るな……
………………――――――――――――――――――――――
「来るなーッ! 私はアルフォンス様の………………へ?」
「ボクの、なんだ?」
上から私を覗き込んでくる瞳、それは私がよく知るものだ。
「えっと、ア、アルくんの……もの?」
「突然重たいぞ、どうしたお前?」
「あ、いや、間違えました。えっと、深い意味は無くてですね、部下と言いたかったんです!」
それにしても、いったい……
列車は動いているし、服を乱された感じも無いですし
……や、別に男ですから何かされたとは思っていませんが、私は確か気を失いかけて……いや、意識を失っていた、のか?
今まで悪夢を見ていたのか?
いやいや、いくら何でもそれは有り得ない。
もし、今まで悪夢を見ていたんじゃ無いとしたら、答えは決まっている。
「ア、アルくん、じゃ無くて隊長! 助けて頂いてありがとうございました!」
「一々呼び方を変えるな面倒臭い。それに旅の最中は隊長と呼ぶなって言っただろ」
「あ、はい……えっと、アル君……その、助けて頂いてありがとうございます」
「ん……いや、ボクは手当て以外何もしていないぞ」
「へ?」
そこからアル君が教えてくれた真実は、私の予想を大きく超える事態に繋がるのをこの時の私は知る由も無かった。






