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終わりゆく世界に紡がれる魔導と剣の物語  作者: 夏目 空桜
第二部 第三章 アルトリアの未来
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衛士ファフナ、牙剥く敵

 カーテンでダガーの血を拭いながら辺りを警戒する。

 音が戻り谷底から吹き上げる風の音がやけに五月蠅く聞こえた。

 だが、やはり聞こえてこない乗客の声。

 この車輌には居ないのか、それとも無力化されているのか。

 近くの扉を軽くノックするが反応はなし。


 カチャリ……


 鍵はかかっていない。


「失礼、お邪魔しま……どうしました!」


 部屋には床にうつ伏せで倒れた白髪頭の女性が一人。


「大丈――」


 抱き上げてすぐに分かった。

 死んでいる――

 眼球、鼻、耳……まるで内側から破裂したみたいに血を噴き出して。

 一体、どんな攻撃を受ければこんな死に方をするんだ?

 私が知る限り、こんな魔術は存在しない。

 それとも魔術を幾つか複合させた結果か?

 まずい、このことを早く伝えないと!

 いくらあの人でも、こんな訳の分からない不意打ちを受けたら無事じゃ済まない。


「型紙に宿りしノームよ、我が呼びかけに応え――なっ!」


 ノームの目とリンクした私が見た光景は、アル君が列車の屋根で谷底から吹き上げる強風に晒されながら十人近い敵と戦っている姿。


「そんな、すでにこれほどの敵が居たなんて……」


 いくら何でも数が多すぎる。すぐ加勢にいか――


「ぐうっ!」


 廊下を飛び出すと同時に右足に走った痛み。

 踏ん張りが利かずそのまま床に転倒する。


「な、何が……」


 足から流れ落ちる鮮血。すねからふくらはぎにかけて綺麗に貫通した傷が一つ。


「あぐぁ、はぁ、あぁあぁぁあ、何時の間にこんな攻撃を、ぐぅ……な゛、い゛、いづの……あ゛あぁ゛……ぢ、ぢがう……」


 違う!

 違゛っ、うだろッ!

 今は混乱している場合じゃ無い。

 優先すべきは次の一手に繋げるための冷静さ、劣勢を覆す為の思考だッ!

 荒い呼吸を無理矢理飲み込み刹那に走らす視界。

 辺りに気配は無い。

 ならば隠れるのが先だッ!

 床を転がりながらパーティションで区切られた部屋と部屋の隙間、荷物置き場になっている場所に身を隠す。


「ぐぅ……それにしても、綺麗にえぐられた、な……クソッ!」


 ハンカチを取り出し止血の為に縛る。

 応急処置をしながら気が付いたのは驚くほどに綺麗にえぐられた疵痕。

 どんな攻撃を受けたのかもわからない。

 わからないが、酷く貫通力のある攻撃だ。

 武器か、魔術か……確か帝都には厄災アルフレッドが考案したという火砲があるとは聞いたが、アレは確か火薬を使うから馬鹿でかい音がするはずだ。

 ……まさか、さっきの車掌がまだ生きていて音を消したのか?

 だが、車掌は廊下に倒れたままだ。それに声も出せた。

 ならば、火砲では無いのか? それに攻撃方法も気になるが、一体どこから攻撃を受けた?

 それに火砲であるなら、私が知る限り発射された弾丸は直線的な動きしか出来ないはず。

 咄嗟に老婆がいた部屋に戻るのは避けたが、あの部屋に敵が居た可能性が高い。

 不明なことが多すぎる。ならば手札は一つでも多い方が良い。


「ノームよ我が元に戻れ……」


 先に召喚した昆虫の型紙に宿したノームを呼び寄せる。

 万が一にも敵を逃し身を隠されないように、ノームは護送車輌に潜ませていた。

 とは言え、この車輌に戻ってくるには二分はかかる。

 なら、どうする?

 二分も待つのか。

 ……それは後手に過ぎる。

 ならば――

 懐から取り出したメモ用紙で紙飛行機を折る。

 アル君みたいに羊皮紙で器用な真似は出来ないが、普通の紙で紙飛行機を作るのは不器用な私にも出来る。

 そして、これは賭けだ。

 織り上げた紙に、魔素を僅かに注入する。


「よし……いけ!」


 廊下から顔を出さずに紙飛行機を投擲する。

 ダガーを手鏡代わりに、ふらりふらりと空中を滑走する紙飛行機を観察する。

 風霊が使えればもっと精密に動かし監視も楽に出来るのだが、残念ながら風霊との契約は出来ていない。

 今ある手数で事態を解決しなければならない。

 まずは敵の位置を探り、そして攻撃方法を解き明かしてみせる。

 列車の中をカトンボのように漂う紙飛行機に意識を集中させる。 

 魔素の注入で滞空時間は延びているが、それは副次的なものだ。

 さあ、紙飛行機(ルアー)に食いつけ毒魚!


 パスッ! ピシッ!


「ッ!」



 それは、一瞬だった。


 周りが輝いて見えた瞬間、二つの音が重なった。

 一つは何かが紙飛行機を射貫いた音。

 そしてもう一つは、窓に出来たひび割れ。

 恐らく紙飛行機を射貫いた何かがそのまま貫いたのだろう。

 発射位置は正確にはわかならいが、少なくとも隣の車輌よりは奥だった。

 そして、先ほど貫いた二つの音以外はまたも無音。

 攻撃方法は一体何だ?

 紙飛行機に宿らせた魔素の残滓を手繰り寄せその状態を確認する。

 綺麗に抉られた穴が一つだけ。

 それ以外、特に変化は……ん? 抉られた穴の周りが僅かに濡れている。

 濡れて……まさか攻撃方法は、水なのか?

 水で攻撃……

 精霊術の類いか?

 しかし水霊だとしてもどこから使役をした?

 これだけの長距離を攻撃するなら、多量の水が必要なはず。


「ッ! そうか、炭水車には燃料の他に水も積んでいる。なら、そこからの……」


 パンッ!


 乾いた音が一つ。敵からの狙撃では無い。自ら頬を叩いたのだ。


「冷静になれ、ファフナ」


 車掌の能力をさっき見ただろう。それにあの老婆の死も。

 敵は私の想像を上回る攻撃手段を持っている危険性がある。

 予測しあらゆることを想定をするのは大切だが憶測は真実を曇らせる。

 彼なら、憶測や仮説すらもそこに至るための動線を無数に考察して真実を導き出すはずだ。

 ならば、ここからは未知の能力者と想定し慎重に、そして大胆に動く必要がある。

 想像しろ敵の能力を。そして判断するんだ。自分に何が出来るのかを。

 思考を加速させる。

 初めて攻撃を受けたのはドアを開けた直後だ。

 敵の位置は遙か向こうの車両だった。なら、どうやって攻撃した?

 いや、そもそも老婆のあの死に方はいったいなんだ、狙撃の能力者とは違う未知の能力者がまだ他にもいるのか?

 機関室にあの時居たのは三人。一人はすでに倒した車掌。単純に残り二人が能力者と考えるのが妥当だろうけど、他にも居る可能性が高――

 一瞬、辺りがキラキラと輝いた。

 マズい!

 ゾワリと背筋に悪寒が走り抜ける。

 咄嗟に身体を反転させ壁際に転がる。

 パキンッ!

 転がると同時に先ほどまで居た場所、ちょうど私の足があった場所が穿たれ小さな穴が空いていた。

 狙撃された。しかも、正確に。

 ……さっきもそうだったが、狙撃されたとき私の身体は扉の陰に隠れていた。

 そして、狙われたのはまたも足。

 敵は今のところ私を殺す気は無いようだが、その狙撃能力は恐ろしいほどの正確さだ。

 しかし、最初の狙撃の時は気が付かなかったが、紙飛行機を撃ち抜かれたときも今の狙撃の時も一瞬辺りが輝いて見えた。

 いったい、今の輝きは……そして、床に開いた穴は僅かだがまたも濡れている。

 どうやら水で攻撃されたのは間違い無さそうだ。

 だが、あの輝きはなんだ? 攻撃前の予備動作か?

 それとも……

 その時だった。また、辺りが輝いた。


「くっ!」


 バキンッ!


 また何とかギリギリ躱すことは出来たが、ゆっくり考えることも出来やしない。

 だが、敵の能力……今の一瞬で何となく想像が出来た。

 なら……覚悟を決めろ。


「ぐ……ッ」


 止血に使っていたハンカチを剥ぎ取ると同時に溢れ出す血液。

 それを無傷の足に塗り付け、そのまま床に寝転がり痙攣した振りをする。

 と、その時だ。先に放っていたノームが襲撃者の元に到着した。

 見えなかった勝利の糸が、僅かばかりだが手元にたぐり寄せることが出来た気がした。

 心臓がドクドクと脈打つ。

 落ち着け、焦るな……

 敵の様子を確認しろ。勝機を導き出せ。


『今度こそぶち抜いたか?』

『今確認する、待っていろ』


 その声と共にまた辺りが輝きだす。


『どうだ?』

『ああ、倒れて痙攣している。これ以上傷付けるなよ、アールヴのメスなんざ久しぶりなんだからよ』

『わかってる。久しぶりのメス穴だスプラッタじゃ萎えちまうよ』


 女性を軽視した何て品の無い会話だ許せませんね。

 って言うか、あの人達私のことを女性と勘違いしてませんか?

 ふと思い出すのは、アル君のあの微妙な表情。

 ……あんにゃろぅ、気付いてましたね絶対。

 まぁ、そのことは全て片づいたら追求するとして、まずはこの状況を解決しないとどうにもならない。

 取り敢えずわかったのは狙撃をする者と私の位置を探る者は別ということ。

 あの輝いてから僅かにラグが空いて着弾していたのはそのためだ。

 だが、逆に考えれば、狙う者と撃つ者が違うのにここまで精密な射撃を出来るのは恐るべき連携力といえる。

 どうする、どうすればこの状況を打開出来る? 考えろ、思考を止めるな。

 情報を得る為にやったとはいえ、私の演技で敵はすぐにでもやってくるだろう。

 時間は無い。なら……今のうちに動いて隠れるのが正解だ。

 だが、隠れるだけじゃ後手に回るだけのじり貧だ。


 ……よし。

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