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終わりゆく世界に紡がれる魔導と剣の物語  作者: 夏目 空桜
第二部 第三章 アルトリアの未来
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衛士ファフナの覚悟

「全ての車輌を偵察できたわけじゃ無いが、敵の存在は確認出来たな」

「そうですね。どうしますか、もう少し探りを入れた方が良いでしょうか?」

「本来ならそうしたいところだが、敵の様子から察するにすぐにでも動き出しそうだ。何を仕掛けてくるかも分からない以上後手は危険だと思う」

「そうですね。それにヤツらの敵か味方かはわかりませんが、どちらにせよ私達にとっては敵である『乞食の山猿』が出てくる可能性も否定出来ないですしね」

「ああ、敵の能力がわからないのは危険だが、むざむざ先手を取らせることも無いだろう」


 そう言うと、また投げ渡された羊皮紙。

 今度はカマキリ型に折られた折り紙だ。


「ボクは列車の屋根に回る。通信手段としてはお前がボクを確認することしか出来無いが、無いよりは良いだろ」

「え、バラバラに動くんですか!?」

「不安か?」

「不安じゃ無いと言えば嘘になります。貴方は怖くないんですか?」

「怖いよ、ボクは弱いからね」


 前にも聞かされた気がするその言葉。

 とは言え、これって『弱いボクも頑張ってるんだからお前も頑張れよ』と言いたいんだろうか?

 ……考えすぎですね。

 ですが、武芸に自信は無くても私はアルトリアの衛士だ。それに、隊長がたっての望みとして同伴させ、しかも愛称呼びまで許してくれた相棒だ。

 パンッ! と頬を一つ張る。


「……やります」

「オーケー、それじゃボクは屋根から機関室を目指す」

「じゃあ、私は中の様子を探りながら機関室を目指します」

「一応、客は少ないみたいだが、万が一への配慮も頼む」

「了解です」


 アル君は私の覚悟に薄い微笑みを返すと、黒いコートを羽織りフェイスマスクを引き上げた。

 見た目だけならまるで暗殺者そのもの。

 いや、その立ち姿には東国のトゥバリー大森林に居るという戦闘集団黒エルフ(スヴァルトアールヴ)をさえも想像させた。


「列車もだいぶ速度が落ちて……」

「どうしました?」


 窓から外を覗いたアル君の眉間に皺が寄る。


「どうしたんですか?」

「この速度だと止まるのは【ガレア渓谷】に架かる橋の上だな」

「ガレア渓谷ですか……」


 かつては【カルハザードの爪痕】とも呼ばれた、古代の魔王の名を冠する大渓谷の一つ。その中でも【ガレア渓谷】は【魔王の親指】とも言われる最も深き渓谷だ。


「渓谷で泊まるとは聞いていたが、まさか橋の上とは」

「【ガレア渓谷】の鉄道橋ですか。逃げ場は無いですね」

「こいつは本気で急いだ方が良さそうだな。それじゃ、行ってくる」

「あ……」


 窓を引き上げ身を乗り出すと、そのまま私の言葉を聞かずに外の闇へと姿を消した。


「貴方も、どうかお気を付けて」


 月明かり一つ射さない闇に消えた少年の背を見送りながら深呼吸を一つする。

 ドアに耳を当て廊下の音に耳を澄ます。

 ドクドクと走り出す心臓の鼓動がやけに耳障りだったが、廊下からは音が聞こえてこない。

 時間はまだ七時前。

 暇な鈍行列車の旅とは言えやけに静かだが、それだけ乗客が少ない証拠か。

 どちらにせよ、誰かを気にしなくてすむのはありがたい。

 車内でも振り回しやすいダガーを腰部に一本、懐には旅用に用意したフォールディングナイフを三本忍ばせ、さらに出掛けにリーヴァ様が用意して渡してくれた――


『威力は分からない……でも、派手……』


 怪しさ全力全開の煙玉も腰袋に忍ばせる。

 そして、深呼吸を二つ。


「よし……」


 腕っ節に自信の無い私が脳内で刹那に繰り返したシミュレーションは、あくまで乗客の振りをしつつ機関室を目指す、だ。

 消極的だが、これが一番リスクも少なく機関室まで最速で行けるはずだ。

 緊張に汗ばんだ手で掴んだドアノブ。安い作りだが軋み音も無く扉は開いた。

 この列車は確か十四輛編成。

 先頭が機関室、その次が燃料と水を積んだ炭水車。そして、罪人を拘束する護送車輌、警務車輌と続いて客室列車となっていたはず。

 私が居る車輌は前方から八輌目。

 部屋はこの車輌のおおよそ真ん中で一両当たりの長さは約20メートル。機関室までおおよそ130メートル強といったところだ。

 直線距離ならたいした距離では無いが、演技をしながらとなると結構な時間がかかるだろう。まして敵の総数がわからない以上、警戒し気配を探りながら奥まで行かないといけない。

 ……どう考えても私よりアル君の方が先に着きそうだな。

 とは言え、敵の総数も能力もわからない。

 到着しても敵を残したら不意打ちを受ける危険性がある。

 なら、機関室の制圧はアル君に任せ私は露払いだ。

 機関室に辿り着く前に全ての敵を探り出してみせる。

 慎重に歩く車内。汽車特有の揺れは完全に止まっている。

 それにしても、車掌から前もって列車が止まることを伝えていても何かがおかしい。乗客が元々少ないのもあるだろうがやけに静かだなのだ。

 いや、静かすぎる。

 こんな場所で止まれば、不安になり多少なりとも不平不満が聞こえて来てもおかしくはないはず。

 何かしらの術で音を消し……いや、精霊術を行使した様子は無い。

 なら、魔術か?

 だが、魔素の揺れ(・・)も無かった。

 それなら、やはり乗客が少ないだけなのか? それとも私の知らない攻撃方法が――


「おや、どうされましたかお客様?」

「!」


 ゾクリとした。連結部の扉を開けた瞬間、いつの間にかそこに立っていた車掌。

 気配も音も無かった。


「このようなところで列車が止まり不安でしょうが、部屋で大人しくして頂かないと困りますな!」


 車掌が僅かに気炎を吐き――


「――――!」


刹那、痛みが熱となって全身を駆け巡る。

 肺から根こそぎ空気が奪われる。


「……ッ!」

「へぇ、まだ意識はあるか。ふん、エルフのくせになかなか頑丈じゃないか」


 いてぇ……

 そうか、いつの間にか腹を蹴られていたのか。

 この男、強い……

 なら、惜しまずに精霊術を使わせて貰うぞ!


「――――――っ!」


 ?

 こ、声がでない!?


「間抜けが、今更気が付いたのか? それとも強者の自信かただの油断か? まぁどちらにせよ間抜けには変わりないがな。ここじゃお前達は話すことすらできんぞ!」


 振り抜かれた拳を辛うじて躱す。

 くそ……

 悔しいがコイツの言うとおりだ、何て間抜けだ。

 廊下に出てから音が聞こえないことに違和感を覚えていたくせに、見付からないように静かに歩いたことで逆に気が付かないとは。

 それにしても何時の間に消音の魔術を行使した?

 さっきも考えたが、魔素の乱れは感じなかった。


「何をグダグダ考え事しているんだ?」


 あざ笑いながら放たれた拳をよろめきながらも何とか躱す。


「ほう、そのふらふらの足取りで良く躱したじゃねぇか」


 蹴りの痛みで踏ん張りが利かない。躱せたのも、どちらかと言えば運が良かっただけだ。

 どうする? 精霊術が封じられた非力な私じゃ、この人間と真正面から戦っても勝てるとは思えな――

 くそっ、落ち着け!!

 この程度の痛みと酸欠で弱気になるな。

 精霊術が使えないくらいなんだ。こんな雑魚如きで手間取っていて、あの人(・・・)が作るアルトリアの未来を見ることが出来るかよ!


「綺麗な顔が台無しになる前に、おとなしくなっちまえ!」


 振り回した拳を大きくよけ、背後へと飛ぶ。


「――」


 声を出そうとしても、やはり出ない。

 だが、この男は話すことが出来ている。でも、殴り掛かり床を蹴ったときも音はしなかった。

 なら、推測しろ。

 この男は声だけを出すことが出来ている。それはこの男が術者のためか、じゃないとすれば他の仲間がこの男の発声だけを許可しているからだ。

 そして、この何かしらの術による攻撃はこの車輌全域に及んでいる。いや、もしかすればこの列車全域に及んでいる可能性もある。

 ならば、少なくとも隠密を気にして行動するは不要!

 私は辺りに視線を走らせる。

 右の壁はコンパートメント。左の壁は窓の付いた内壁。

 武術は苦手だが、アールヴの身軽さは未熟な私にもある。

 無理矢理呼吸を整え、前傾姿勢に構える。


「チ、雑魚のくせに覚悟を決めた嫌な目をしやがる!」


 車掌が吠えると同時に床を蹴った。


「おねんねしちまいな!」


 放たれた回し蹴りが脇腹をかすめる。

 床を蹴りコンパートメントの壁を蹴り、相手の背後に回り込む。

 だが、軸足を回転するだけで背後に振り返ることが出来る車掌の方が僅かに反応が早い。


「猿みたいな身軽さじゃないか! だが、この程度目で追えねぇと――」


 その反応は想定内だ。

 内壁の窓、まだ閉じられていない厚手のカーテンを力任せに引き寄せる。

 それは一瞬、廊下を覆い隠すように広げられたシールドとなった。


「馬鹿め! それで隠れたつもりか!」

――――――(馬鹿はお前だ)!」


 音にならない声を発しながら、懐に忍ばせたフォールディングナイフを投擲する。


「ぐあっ!」


 三本全て命中。

 だが、列車強盗を企てるような連中がこの程度の痛みで止まるはずが無い。

 カーテンを纏ったまま雄叫びと共に掴みかかってくる。


 ――ッ!


 交差の際、音も無いくせに手に鈍い感覚だけがやけに生々しく伝わってくる。


「ぐふ……」


 呻き声と共に車掌が床にドサリと頽れた。

 私の手に握られている鮮血まみれのダガーがカタカタと揺れていた。

 正直、人生で初めての戦闘らしい戦闘。そんな戦闘で……人を殺した。

 腹の奥底から、今にもぶちまけそうに込み上げてくる何かを辛うじて堪える。

 間抜けな話だ、今更になってそんなことに気が付くとは……

 だけど――

 衛士になる道を選んだときから、何時かこんな日が来ることは分かっていたはずなんだ。

 パンッ!!

 頬を叩いた音が車内に鳴り響く。


「音、戻ったのか……と言うことは、車掌が倒されたことはすでに敵にバレている可能性があるな」


 落ち込みや罪悪感は後から噛みしめれば良い。

 まずは、私がアルトリアの為に成すべきこと……アルトリアの未来の為に出来ることをやる……

 優先すべきは、それだけだ。

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