衛士ファフナ、敵の正体を探る
戦闘がはじまらない……
会話回というか、説明回が長くてごめんなさい!!
カサカサと椅子の下、扉の影を走り抜ける機関室に到着した羊皮紙の昆虫。
ノームの目と私の目がリンクしているから辺りの状況は十分に見渡せる。
「様子はどうだ?」
「もう少し待ってください今確認します。それと、くれぐれも不注意な発言はしないで下さいね」
「しこたま言われたばかりだから覚えてるよ」
「当然です。気を付けて下さい」
「わかったって」
口を尖らせて投げやりにぼやいてる姿は歳相応の男の子って感じで可愛いんですけど。
これで大人顔負けに戦ったり謀略巡らしたりするんだから、世の中不公平ですよね。
「で、どうなんだ」
「あ、ちょっと待ってください」
いけないいけない、余計な思考よりも意識をノームに戻さないと。
山積みの石炭の影を走り抜け、水の入ったバケツの裏に身を潜める。
機関室には男が三人居た。そのうち火夫風の男が二人。
正直、悪臭に負けて火夫の顔はあまり見ていなかったから覚えてはいないが、もう一人の顔には見覚えがあった。
そう、車掌だ。
『客の様子はどうだ、厄介そうな連中は居たか?』
『客自体は思っていたよりも少ないな。あと、どいつもこいつも貧乏人みたいなツラしてやがる』
『所詮は下級列車だ。金のあるヤツなんざいねぇよ』
『只でさえお高くとまったエルフ共の町が始発だぞ。ゼルガリアまで鈍行の庶民列車になんか乗るヤツ居るかっての』
『エルフっていや、ガキ連れの綺麗どこが一人居たな。おっと、エルフじゃ無く、この国の連中みたいに古代の精霊種様とでも呼んでやるかぁ?』
『余計な軽口を叩くんじゃあない。取り敢えずソイツらさらうか』
『もちろんだ、かなりいい女だったからな。精霊術は厄介だろうが、一気に拘束しちまえばそんな恐れる必要は無いだろう。めぼしいのはソイツらぐらいしか居ないのが寂しいところだがな』
『厄介なエルフの客が少ないのはオレ達としてはありがたいがな。それに最悪ぶち殺しちまったとしても、奴らのせいにすれば良い』
『そりゃそうだ』
耳障りな下卑た笑いを払い落としたく頭を振る。
「どうした?」
「いえ、あまりにも程度の低い会話だったので。取り敢えず会話の内容から、どうやら乗客の中に私達以外にもアールヴで子連れの女性がいるみたいです」
「……女性で子連れ?」
「はい、そう会話しています」
「あ、そう……」
「なんですか、その乾いた反応は?」
怪訝な表情(?)を浮かべるアル君を余所に、状況説明を続ける。
「あとどうやら車掌も含めてグルみたいですね」
「車掌もか。その車掌は駅で汽車に乗り込むときに居た車掌と同じか?」
「あー……すいません。人族だったのは覚えてますが、正直駅で会った車掌の顔までは覚えていません。トイレに行く際にすれ違った車掌であることは確かですが」
アル君が小さく唸り声を上げる。
「すいません……」
「ん? あぁ、気にするな。興味の無いヤツの顔なんて覚えていなくて当然だ。それでな、幾つかの可能性を考えていたんだが」
「幾つかの可能性ですか」
「ああ、そしてボクが推測するに現時点での可能性は三点だ」
「それは、どんな可能性でしょうか? 私も二つほど思い付いたのですが」
私の推測はこうだ。
一、車掌は端から山賊側に裏切っていた。
二、車掌は殺されたか或いは捕まり入れ替わっている、だ。
恐らく私が考えていることとアル君が考えていることは同じだ。
だが、あと一点は何だ?
「すいません、私が思い付いたのは車掌に関わる立ち位置から割り出した敵の推測だけです。恐らく二点は同じことを思っていると思いますが、もう一点は思いつきません」
「その二点は、どちらも山賊側がすでにこの列車を支配しているという考察であっているか?」
「はい」
「ならボクが推測するもう一点は、第三者の存在だ」
「第三者?」
「この列車はアルトリア発だ。そして渓谷にはほぼ暗黙の了解で【乞食の山猿】がいる」
「あ、そうか。山賊に襲われてアルトリアに被害が出れば、ゼネシオンとアルトリアの関係は悪化する……」
「ああ、間違いなくな」
「彼らの会話の中で『奴らのせいにすれば良い』と言ってましたが、犯行を擦り付けるその奴らってのはどこにかかってくるんでしょうか……」
「第三者であるなら、擦り付け先は【乞食の山猿】が有力だろうな。もしアルトリアに内通者がいて混乱を起こそうとしているなら捕まえた獣人のことを言ってる可能性もある。が、時系列的にも後者はまずないだろう」
「随分と濃厚な時間を過ごした気もしますが、この旅の決定も獣人達の騒動も全部昨日のことですしね」
「そうだ、それに護送列車にデルハグラムの者が居ることはボク達とアルトリアの一部の者しか知らない」
「なら、アルトリアの裏切り者の線はほぼ確実に消えますかね」
「ああ、そう思うけどな。それにアルトリアがまだ纏まっていないとは言え、今すぐラーダベルト家に反旗を翻して行動を起こせるほど有力な貴族はいない。それに」
「それに?」
「まだ表だって国民のためには何一つやっちゃいないラーダベルト家だが、ご祝儀相場とも言える今のラーダベルト家の国民人気を下手すりゃ全て敵に回す危険性があるからな。そんな破れかぶれな賭に出るぶっ壊れたヤツはいないさ」
「相変わらずバッサリ言いますね」
「事実さ。アルトリアは今、正統な血筋の王家が半世紀ぶりに復活して酔いしれてるだけだ。国民の支持はあくまでご祝儀。今のうちに足場を固めないと、どこから綻ぶか分かったもんじゃない」
現アルトリアの状況を作った張本人でありながらどこまでも冷静。
貴方と戦う人は、気が付いたら自分が蜘蛛の巣の真ん中に居るような気分にさせられるんでしょうね。
私みたいに……
「話は少しずれてしまったが、これが僕の考えだ」
「なるほど。それならやはり第三者の可能性がある、と」
「まあ、予測に過ぎないがな。ボクとしては【乞食の山猿】にも派閥があって、この列車に立て籠もってる連中が山賊共と仲違いしている、ってのが一番歓迎する事態なんだが……」
「それって、嬉しい事態なんですか?」
「そりゃそうさ。相手にするのが山賊だけなら何も悩む必要は無い。真に厄介なのはアルトリアとゼネシオンを戦わせて得する連中の存在だ」
「デルハグラム、ゼルガリア、ルゼルヴァリア……最悪はガードレリュジョン……考えつくだけでも幾つもありますね」
「ま、その4カ国が濃厚だろうな。が、最悪はガードレリュジョンじゃない」
「え? ま、まさか……魔王国ですか?」
私の問い掛けに、アル君が目を閉じ小さく唸る。
「魔王国か、あるいはそれに匹敵する本当の意味での第三勢力……」
「第三勢力? それは三つの魔王国じゃないんですか?」
「五王国も三大魔王国も何れ戦うべき勢力だ。どこから潰すかは時流が決めることだが、ボクにとっては纏めて敵国に過ぎない」
無謀と言えば良いのか豪放磊落と称せば良いのか……
「それよりも厄介な存在が居る、と」
「ボクの知りうる限り、敗都に巣くうヤクトリヒター」
「厄災ヤクトリヒター……」
かろうじて呟いたその名に、喉の奥が焼け付くような気がした。
噂にしか聞いたことは無いが、五王国同盟の大群を壊滅させたという厄災の黒騎士にして私の父が最も恐れた敵。
私の父は確かに野心家だった。
だが、アルトリアを愛していたのは確かだった。
その燻り続けた野心に火を付けアルトリアの王になろうと覚悟を決めさせたのがヤクトリヒターという存在だ。
父は厄災に対抗すべくアルトリアをまとめようとした……
もっとも父のやり方では王座に就いたとて、その地位をいや国さえも長くは維持出来無かっただろう。
「ヤクトリヒターを従える者が必ず居る。ソイツが何者で何を考え、どこと繋がりがあるのかそれとも単独なのか……正直、今はまだ何も分からないが暗躍している可能性は十分にある。あとは……」
「まだ何かいるんですか?」
「本当の意味での第三勢力さ」
「本当の意味での第三勢力?」
「ま、あくまで予測だよ。こんな予測は所詮、想像で憶測に過ぎない」
「あはは……も、もう! こ、怖がらせないで下さいよ」
「悪い悪い」
とは言ったものの、私は何となく確信していた。彼の中では何か予兆めいたモノがある、と。
そして、私の勘は、この旅の中で当たることになる。
この異常なほど冷静沈着なアルフォンスと言う少年の、今まで見たことも無い取り乱しようで……
遅々として進みませんが、少しでも楽しんでくれた幸いでございますm(_ _)m






