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終わりゆく世界に紡がれる魔導と剣の物語  作者: 夏目 空桜
第二部 第三章 アルトリアの未来
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衛士ファフナ、隣国の闇を知る

 ポーッ!!

 汽笛の音が耳朶を撫でる。


「ん……」


 アル君(自分で決めたくせに、心の中で呼んでもやっぱり抵抗あるな)が小さな唸り声を上げ身体を動かす。


「お目覚めですか?」

「ああ、何時間くらい寝た?」

「二時間くらいだと思います」

「そうか、予定よりも結構寝たな」

「昨夜もバドハー様のお屋敷で遅くまで作戦を練られてましたし、朝は朝でリーヴァ様に朝駆けされ安眠妨害されてましたからね」

「退屈しない町だよアルトリアは」


 面倒くさそうに呟くと、視線を外へと向け懐から懐中時計を取り出した。


「まだ六時なのに随分薄暗いな」

「森を抜けてから山間に入りましたからね。あと、以外でしたが町を抜けてから汽車の速度が結構上がってますね」

「各駅止まりの鈍行も町の無い郊外に出たら飛ばすんだな。寝過ぎて景色を見れなかったのは残念だったが……そういや山間って言ったな。アルトリアとゼネシオンの国境付近か」

「先ほどトイレに行った際に車掌とすれ違いましたら、そのように言ってました。あと三十分ほどで渓谷に到着するそうなんですが、その先で強風が吹いているらしく今夜は渓谷で夜を明かすそうです」

「渓谷で?」

「はい、渓谷です」

「ふむ……駅で貰った時刻表には八時くらいにはその先の村に着いて宿泊予定だったはずだが、そこまでたどり着けないほどの強風か」

「乗客が居るので無理は出来ないのでしょう」

「渓谷ねぇ……」

「渓谷に何かありましたか?」

「ゼネシオン王国が何故難攻不落と言われているかわかるか?」

「竜騎士団を抱えているから、ですよね?」

「表向きにはな」

「表向き?」

「あの国は三方が天然の要害とも言えるゼネシオン山脈に囲まれている。侵攻出来るのはゼルガリア方面に開けた平野方面からだけ。さらに竜騎士を抱えているから空中からも攻撃される」

「まさに難攻不落じゃないですか」

「ああ、正面に限って言えばな。だが、その実三方は意外なほど手薄なんだ」


 アル君の説明に、私は少し頭を悩ませる。

 三方が手薄……だが、恐らく過去には山から攻めている者は居るはずだ。

 手薄であっても落とせなかった……

 魔物、魔獣の類いか? 

 いや、違うな。確かにそれらは脅威だ。だけど、確実な戦力として数えられるかと言えばそうじゃない。気まぐれな獣を当てにした戦術で国を守るなど愚の骨頂だ。

 なら……


「山の中に、ゼネシオンの味方になる脅威が居る……と言うことですか?」

「正解。ゼネシオンは公式には認めていないが、通称【乞食の山猿】と呼ばれる山賊共がいるんだ」

「【乞食の山猿】とは、また随分な名前ですね」

「確かに冗談みたいな名前だが、ゼルガリアの私掠船団みたいなものと思えば良い」

「悪事を合法的に許可されてる連中ですか……」


 また厄介なものを。

 それにしてもゼルガリアにゼネシオン、共に悪党を合法化するとは。袂を分けたとはいえかつては兄弟国家、発想する考え方の根っこは同じってことですかね。

 いや、でも待て……


「そんな連中が居る山なのに一泊するっておかしいじゃ無いですか」

「普通ならそう思うよな」

「あ、でも私掠は表向き海賊行為や山賊行為を認めているのは敵性国家に対してのみでしたっけ? だったらこの便はアルトリア発の鉄道だから……」

「ま、筋としてはそう思うよな」

「筋として?」

「五王国同盟が成立以降、隣国との戦争は基本的には行われなくなった。そのためゼルガリアの私掠免許は表だっては発行禁止になったと聞いているが、私掠部隊が解体されたとは聞いてない」

「どの国も大陸の覇者を目指しているでしょうからね。手駒を敢えて手放しはしない、ということですか」

「ああ、その通りだ。そしてゼネシオンにとっても【乞食の山猿】は山脈という要害を守る為には手放すことが出来ない手札だ。とは言え巨大な統率力や資産が必要で下手な水軍よりも自力が勝る海賊とは比べることは出来ないがな」

「同じ悪党なのにですか?」

「言い方は悪いが山賊ってのは農民くずれやチンピラ程度のはみ出し者も簡単になれるうえに、地上に居ることから子供や老人という圧倒的弱者を簡単に襲える最下層の悪党業に過ぎないよ。稀に例外はいるかも知れないがね」

「なるほど。同じ悪党でも海賊の方が格は上ってことですか」

「悪党に格上格下を言うのはナンセンスだろうが一応はな。だからゼネシオンも山賊を味方だとは対外的にも認めていないし、奴らに直接俸禄を与え身内として囲うことは外交的にも上手くはない」

「確かに裏部隊はどこの国でもあるでしょうが、山賊が味方だと言いたくは無いですよね」

「その代わりと言っちゃなんだが、禄を与えない代わりに大きな外交問題に発展しない程度には動き回る自由を与えているはずなんだ。旅人を襲う行商人を襲う、そして貴族の乗ってない一般客車を襲うとかな」

「でしたらこんな所で一夜を明かすのは尚更……尚更……」

「どうした?」

「いえ、今思い出してみたら、先ほど缶焚き(かまたき)と思われる火夫とすれ違ったのですが、失礼ながら随分と体臭がきつかったと言いましょうか汗とはまた違うすえた臭いだったと言いましょうか……」

「ボイラー係は酷く重労働で汗だくになるとは聞いたが、それとは違う悪臭だったということだな」

「はい、お近づきになりたくない悪臭でした」

「お前もバッサリと言うねぇ」


 アル君はしばし瞳を閉じると、突然懐から羊皮紙を取り出し折り始めた。


「何をするんですか?」

「コイツに精霊を宿して機関室を探りに行かせる」

「降霊術も得意だったんですね」

「いや全然」

「え?」

「お前、ノームやスプライトぐらい使えるべ?」

「アールヴですから下位精霊くらい呼べますが……私を当てにしてたんですね」

「もちろん」

「せめて、折り紙を始める前に聞いて下さいよ」

「信頼しているからな」

「薄っぺらく聞こえるなぁ、本当にもう。いくら私でも騙されませんよ」

「ま、そう言うな。ほらよ」


 投げ渡されたそれは、ゴワゴワとした羊皮紙で折ったとは到底思えない爪サイズのやたらリアルな平たい昆虫。


「随分と器用に折りましたね」

「動かせるようになったとき散々訓練がてら作りまくったからな」

「動かせるように?」

「気にするな」

「分かりました、いつか気が向いたら教えてください」


 変なところで秘密主義な人ですからね。

 どうせ聞いても教えてくれないと思うので、適当に聞き流す。


「取り敢えずそいつなら小さいからどこにでも隠れられるし、紙じゃ無いから機関室で火の粉を浴びてもそうそう燃えないだろ。じゃ、あとは任せたぞ」

「了解です」


 なんだか良いように使われたというか丸め込まれたというか……

 私がもし降霊術が苦手だったらどうする気だったんだろうか?

 意外と行き当たりばったりなのか、それとも私を信じてくれていたからの行動だったのか……

 考えるのはやめとこう。

 始まったばかりの二人きりの長旅です。今からあまり考え過ぎると、後半は胃薬生活になりそうですし。

 ふぅ、とため息にも似た小さな呼吸を一つ。


「――人目に隠れし心優しき精霊よ我が呼びかけに応えたまえ」


 私の問いかけとともに、椅子の脚影からひょっこりと顔を出した手のひらサイズの小さな精霊。


「突然呼び出してごめんなさい。あなたの力を私達に貸してくれますか?」


 呼びかけると、どこかの誰か(・・)に似た精霊は親指を立て羊皮紙で出来た昆虫に潜り込む。

 精霊との繋がりは以心伝心です。機嫌を損ねないように無心で呼びかけるのが成功の――


「そいつバドハーのじぃさんに似てるけど本当に大丈夫か?」

「がふぅっ!」


 私が咳き込むと同時に、一瞬怪訝な雰囲気がノームから伝わってきた。


「何でも無いですよ、お願いしますね」

「……」


 ややの間があり、やがて羊皮紙の虫人形はカサカサと動きだし部屋から消えた。


「……アル君」

「なんだ?」

「なんだじゃありません! 精霊は繊細だし、特にノームは優しいですが気難しい一面があるんですよ! 貴方は作戦を成功させたいんですか、失敗させたいんですかどっちですか!?」

「あ、あ~……その、ごめん悪かった」


 それは素直な謝罪だったが、私の小言は虫人形が機関室に到着するまで続くのであった。

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