老騎士は懐かしむ
閑話的な回です。
じじぃ視点です。
「ぐぉおぉおぉぉぉぉぉ……ぐげろごごごごご……ズズズズ……ふごっ! イッキシッ!」
ん?
見慣れた我が家の天井……そうか、いい歳して徹夜して力尽きたんじゃったな。
コンコンコン。
扉をノックする音。
「うむ、入って良いぞ」
「失礼致します。バドハー様、我らが英雄。無事お目覚めになり安心しました」
「なんじゃ、冷たくなってるとでも思ったか」
「戻られるなり玄関に大の字で倒れたのですから、皆一様に心配しておりました。年齢を言うのは失礼だと思いますが、バドハー様は間違いなく高齢です。どうかご自愛くださいませ」
困ったようにというか、儂の奔放ぶりに半ば諦めたような口調でメイド長が小言を口にする。
とは言え、流石に小言を悪いなどと咎めることは出来ない。
なにせ儂に何かあればこやつらを路頭に迷わせることになる。
雇い主として――
「雇い主として、責任を果たさねばならんとか思ってるようですね」
「何故わかる!?」
「何故わかるじゃございません。バドハー様がお亡くなりなれば私達は確かに職に困ります。しかし、万が一の時は女王陛下が雇ってくれるともお約束してくれてもいます。敵派閥にさえ雇用されなければ、生活は守るとも仰って下さいました」
儂はこの国では一応重鎮じゃ。
こんな年寄りでも今のところは現女王の懐刀とさ言える存在。
そんな男の家に仕えた者が敵対派閥に行けばどうなるか。
女王陛下の発言は恩情とも言えるが同時に脅しでもある。
敵対派閥に情報を漏らすようなことがあればその命は無い、というな。
まぁ、あの優柔不断で心優しい女王が、この者達の命を奪うという選択が出来るとも思えんが、他の配下達は違うじゃろう。
「生活を守ってくれるというなら、一安心じゃな」
「そういうことを言いたいのではありません!」
据わった目でピシャリと言われた。
「バドハー様は我らアールヴの誇り、英雄の中の英雄です。そんな御方に仕えることが出来る。それは私達にとって何よりも誉です」
「そ、そうか。その、あれじゃな、面と向かって言われると流石に照れるのぅ」
「英雄の身に何かあれば、私達は進むべき希望が一つ失われることをどうか忘れずご自愛下さい」
「些か褒められ過ぎな気もするが」
「バドハー様!」
「わかったわかった、ほんの冗談じゃ。無茶はせんようにする、屋敷を隠れて抜け出すのも週に三回までにしよう。飲み歩くのも週に四回程度に抑えるわい」
「おい、じじぃ……てめぇマジで一生出歩けないようにしてやろうか、おん?」
「や、すまぬ。本当に冗談じゃからその目はやめい!」
「まったく……おかしな事を仰るから、せっかく温めたお湯が冷めたじゃありませんか。温め直してきますから、今しばしお待ちくださいませ」
「うむ、頼むぞ」
部屋を出て行ったメイドの背を見ながら、思わずため息をつく。
「いやはや、何というド迫力か。下手な傭兵よりあの女子の方が怖いぞ」
ぼやきながら窓を開けると、眼下には夕日に照らされた町並みが広がる。
この景色を、儂は千年以上も見続けてきた。
発展が止まったかのような石造りの町並み。
地平の彼方まで続く麦穂の大地。
それらが、まるで夕日に照らされ黄金のように輝いている。
「千五百年、か……」
自分の手を窓から伸ばし朱に染まった空にかざす。
皺とシミだらけの枯れ木のような手じゃ。
いつ、お迎えが来てもおかしくは無い老骨。
『次会うときもそのままのじぃさんでいろよ』
昨夜の会話を思い出す。
生きて再会しようと言ってくれたのか?
「のぅ小僧や、あれはどう言う意味なんじゃ」
それとも……お主は気が付いておるのか。
儂が儂のままでいられるには、もう、限りある時間しか残されていないと。
何れ儂も――
「限りある時間、何れ儂もじゃと?」
脳裏を横切った言葉に思わず噴き出す。
「こりゃ飛んだエスプリの利いた言葉じゃわい。疾うにアールヴの寿命なんぞ過ぎた身じゃろうが。時間を意識するなど何と愚かな話か」
もしかして、お主……
やはり気が付いておったのじゃな。
今思えば、初めて会ったときも儂に言ったな。
『――だってじぃさん、死にたがりだろ?』
その通りじゃよ。
本当ならあの大戦で儂は死にたかったんじゃ。
今じゃ信じられぬほどの狂気に満ちた時代じゃったが、誰もが明日を夢見て戦った時代じゃった。
熱い、眩しいくらいに熱い時代。
儂なんぞじゃ手も届かぬほどの英雄達がいた。
闇を引き裂く眩しい光の世代に溢れた時代じゃった。
そう、純血種たる儂らエルダーアールヴには抗いがたい魅力、圧倒的すぎるほどに圧倒的な強者が溢れた時代じゃった。
英雄王カーズ
始まりの聖女ハルカ
魔神殺しドラク
角笛吹きのエルザ
闘神カルハザード
そして史滅の魔女……史滅の……
はぁ……やれやれじゃ、歳は取りたくないのぅ。かつての仲間達の名前も思い出し辛くなってしまったわい。
……そうじゃ、おおそうじゃ。
あやつも居たな。
あの蒼ざめた馬に乗った、英雄王とよう似た戦い方をする魔剣士が。
どこからともなくふらりと戦場に現れ、名も告げずに去った不可思議な若者。
あの者は、今どうしているだろうか?
……今、じゃと?
儂も一体は何をボケたことを考えとるんじゃか。
長命を誇るアールヴでさえ儂ほどは生きられんと言うのに、あの若者が生きとるはずもあるまいに。
「……生きているはずはない。はずはないと言うのになぁ」
今一度眺め見たアルトリアの大地。
黄金色に輝く麦穂、その視界の先、凸凹とした地平には小僧と出会った山があり、ここからでは見えぬその遥か先には帝都がある。
「……これも長く生きすぎた年寄りの愚かな願望だとでも言うのかのぅ。だが、愚かな願望と言われようとも、あやつはどこかで生きておる気がするんじゃよ――」
ガチャッ!
「バドハー様!」
「うぉっ!!! なんじゃい!?」
「なんじゃいじゃありません! 何度もノックしたのにお声が聞こえないから、今度こそこの世から解脱したんじゃないかと思ったじゃありませんか!」
「お、おぅ? そ、そうじゃったか、すまんすまん、ちょっと考え事をしておったんじゃ」
「本当ですか、だいじょうぶですよね?」
涙目になるメイド長。
何だかんだ言っても儂のことを心配してくれる愛いヤツじゃのぅ。
「倒れてたら心臓にエルボー入れてでも生き返らせますからね!」
「…………まずは生きてるか先に脈を確認してからにしてくれぃ」
何じゃ、儂は思索に耽ることも熟睡することも許されんのか?
小僧よ、はよ帰ってこんともしかしたら儂と再会できんかもしれんぞぃ。






