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終わりゆく世界に紡がれる魔導と剣の物語  作者: 夏目 空桜
第二部 第三章 アルトリアの未来
174/266

衛士ファフナが歩み出した一歩

――三番ホームに、大神ガード総本山ガードレリュジョン行き、直通信仰列車が間もなく到着します――

――十三番ホームに、各駅停車、アルトリア国境行きが到着します。十三番ホーム(アルリーン)各駅停車、(アルトリア)アルトリア国境(・デ・ハ・メイラ)……――


 煤ぼけた巨大な赤レンガ造りの鉄道駅の中にこだまするアナウンスと人々の喧噪。


「首都の駅ってのはずいぶんと賑やかだな。しかも共通語だけじゃなく、アールヴ語にドヴェルガー語か。ボクも知らない複数の言語でもアナウンスしているんだな」

「ここは国内線の他に国際線も集合する駅ですからね。とは言っても、アルトリアは元々多種族国家ですが、以前はこんなふうに他の言語を生活には織り交ぜてなかったそうです」

「そうなのか? 王都にある店屋の看板には数種類の言語が書いてたからそれがあたりまえなんだと思っていた」

「あー……隊長も知ってるとおりアールヴは我が強いですからね。多種族国家と言っても政治的な面でもアールヴが強く、アールブ以外の種族に対する見えない冷遇はあったらしいです」

「仕方ないのかもな。アールヴの英雄女王の教えは千年以上も前の物だ。そのまま続くって(まもられる)のは難しいんだろうな」

「ただ、そんな状況を憂いたのが前王家の王姫ソフィーティア様だったんです」

「前……王姫?」


 興味はないだろうなと思いながらも切り出した会話に、アルフォンス隊長が意外な反応を示す。

 何もかもを達観したよう言動ばかりを見せるこの少年が、一瞬だけ見せた揺らぎ。


「それで?」

「え?」

「『え?』じゃない。話の続きだ」

「あ、はい。それで、ソフィーティア様が祖国(しゅぞく)の言葉や風習を失うのは(ほこり)を失うのと同じだと議会で提案されたそうです」

「提案、ね」

「アルトリアの建国理念を、英雄女王が真に望んだ平和への志を今一度思い出し、全ての種族を尊重しようと訴えたそうです。ただ、その提案が少なからず原因になったんだと思います。アールヴ至上主義の一部貴族との間で軋轢が生まれたのは」

「王姫派のラーダベルト家」

「そして王子派筆頭のオルガン家と表だっては動かなかった元老院ですね」

「なるほど、灰色戦争と呼ばれた内紛の引き金か」

「そうです。元来アールヴは女王以外の即位を認められなかった中での、謀反とも言える王子派の乱の始まりです」

「馬鹿げた話だ。平和を誰よりも愛した英雄女王の教えこそがこの国が団結し巨悪と立ち向かえた力の根源だったはずなのに」

「私としても耳が痛いです」


 散々アルフォンス隊長から自虐はやめろと言われたが、こればかりは間違いなく我が一族の汚点だ。

 それを理解してくれてるのだろう、アルフォンス隊長は何も言わない。

 だから、私も敢えて気にしていないふうを装う。


「まぁ結論だけを言うなら灰色戦争で旧王家の直系は途絶えましたが、志を継いだラーダベルト家が少しずつですが他の種族も住みやすいように改革を進めてくれたんです」

「なるほど。あのポンコツ陛下もそう言う意味じゃ優柔不断なだけじゃ無く、王家、いや王姫に対して絶大な忠誠を捧げてたわけだ」

「ポンコツって……貴方にかかれば大貴族も形無しですね」

「ボクから言わせればそれだけ惰弱に見えたんだ。ただ、そうか……母さん(あのひと)の願いは、時間はかかったけども実を結び始めていたのか」

「……あのひと? 誰のことで――」


『おーい、こっちこっち! そろそろ来るよー!』

『はいはい、待っとくれ。年寄りをせかすんじゃ無いよ』

『ちょいとばかし王都の方が騒がしかったりもしたが楽しい旅だったな。おっと、せっかくだから旅の締めにアルトリアビールとアルトリア名物のチーズ買ってこうぜ』

『なんか、来年は新しい王様の盛大な戴冠式やるんだって』

『ちょっと見たけどよ、すっげぇ綺麗な女王様だったなぁ』

『俺っちはもっと肉付き良い方がいいなぁ。あの女王さん手羽先みたいな体つきだったぞ』

『短かったアルトリアの旅よさらば! 良い町だったぜ!』

『来年の魔術学院の卒業旅行はアルトリアにしようね』

『良いね、せっかくだし戴冠式の時期に合わせて旅行しようや』

『ちょーさんせー!』


 私の質問は、辺りを歩く旅人の声に遮られ霧散する。


「ほんと、賑やかだな」

「ですね。ついこの間内戦があったことなんて誰も知らない。これは、隊長が守ってくれたアルトリアの平和です」

「電撃戦が成功したのは、今は遠くの地に追放された(・・・・・・・・・・)オルガン家の次男坊が命がけの英断をしたおかげさ。もし出会う機会があったら言ってやるさ、お前がこの国を守った本当の英雄だってな」

「………………あはは、そうですね。きっと、そんなことを言われたら、泣いて喜ぶんじゃない、です、かね……」


 何て事を言うんですか、貴方は。

 そんなこと言われたら、平静を装うことなんて出来なくなるじゃないですか……


「にしても、あれだな」

「……な、なんですか?」

「王都から直通の国際線が無いってのは、些か不便だな」

「流石に国際線を王都直通にしてしまうと、戦時に利用されかねませんからね」

「不意打ちで敵兵を直接輸送されたら大惨事になるから仕方ないか。ただ、いつかこのアルナミューズ(このせかい)が平和になったら王都にも直通国際線を招き入れたいもんだな」

「そうですね」

「ま、その時にはこの地上から国際(・・)線は消えて全てがアルトリアの国内(・・)線になっているだろうけどな」

「あはは……」


 圧倒的自信がそう言わせるのか、何とも反応しがたいことをさらりと言ってくれる。

 ただ、もし一言で表現するのなら、やはり頼もしいが正解だろう。

 まったく……

 泣かされたり驚愕させられたり、貴方の隣に居ると飽きる暇もありませんね。


――七番ホーム、ゼルガリア経由、デルハグラム行きが……出発してしまいました――


「……今のアナウンスは必要だったのか?」

「たぶん、放送ミスかそれとも出発時間を間違えたんでしょうね。ところで隊長は鉄道は初めてですか?」

「いや、以前に乗ったことがある。とは言っても、最後に乗ったのはもう随分前だけどな」


 相変わらず抑揚の無い声音。だがそう語る隊長の姿は、おもちゃを目の前にした子供のようにも見えた。


「ん、どうかしたのか?」

「え、何がですか?」

「いや、ボクの顔を見て笑っている気がしたからな」

「あ、失礼しました。何だか電車を見ている隊長の姿が、とても楽しそうだったものですから」

「そうだな。電車での長旅なんて正直初めてだから、どこか浮かれているのかも知れない」


 照れるでも否定するのでもなく、あっさりと肯定する。


「まだ幼かった頃、兄さんにいろんな町に連れて行ってもらったよ。でも、兄さんはその地の特徴を知らなければ駄目だって言ってね、オーガンクルス馬や徒歩であちこち旅することが多かった。電車に乗った記憶は正直記憶の片隅にしか残っていない」

「なるほど。そうやって幼い頃から足腰は鍛えられたって訳ですか。隊長の強さが少しだけ分かった気がします」

「そうか? ボクは弱いぞ」

「アハハ……そう言うことにしておきます。それにしても隊長の知恵や発想はお兄様譲りみたいですね」

「……ああ。兄さんは強かったよ。誰よりも」


 強かった(・・・)……

 もしかして、すでにお亡くなりになっているのか?


「ボクなんかじゃ足下にも及ばない。もし武の神や魔法(・・)の神なんてのが本当に居るのなら、兄さんほど神に愛された人は居ないと思う」


 飄々としてどこか他人を寄せ付けない隊長がそこまで言ってのける存在。

 兄を語る隊長の姿は、決して超えることの出来ない存在、人が神を、アールヴが精霊皇を信仰する感情に似ている気がした。

 そして、隊長にそこまで言わせる存在とはどれほどの方なのか、私自身も興味を持ち始めていた。


「隊長、あの失礼でな――」


 問い掛ける私に隊長が人差し指を向ける。


「今更だが、隊長はなしだ。汽車に乗り込んだら尚更だ」

「あ、すいません。ついクセで」

「ボクも聞き流していたからおあいこだ」

「じゃあ、なんとお呼びすれば良いでしょうか?」

「そう、だな……ウルフガン……いや、変にこねくり回した偽名はボロが出やすい。アルで良いよ」

「アルさんですね」

「さんもいらない。傍目にもファフナの方がどうみても年上だ。下手にへりくだったら貴族や富豪の子息と勘違いされかねない。無駄なトラブルはごめんだよ」

「ですが、呼び捨ては……あ、じゃあアル君でどうでしょうか?」

「……」


 隊長が何とも言えない表情を浮かべる。

 流石に君付けは馴れ馴れしすぎたか?

 そんな居心地の悪さを感じていると、隊長が薄く微笑んだ。


「ファフナがそれで良いなら構わないさ」

「じゃあこれで行きます」


 嫌みでは無いみたいですが、どこか含みのある笑みを浮かべる。

 ……ま、まぁ大丈夫ですよね?


――六番ホーム、ゼルガリア経由、ルゼルヴァリア行き快速列車がまもなく到着します。この列車は、ゼルガリアまでは各駅停車となっております。六番ホーム(エルリーン)各駅停車、(ゼルガリア)ゼルガリア経由(・バ・ラ・メイラ)……――


「やっと来たな。じゃあ行くとするか」

「隊長……じゃなかった、えっとアル君ちょっと待って」

「ん、どうした?」

「せっかくの長旅ですから駅弁を買いませんか。車内で食べる御弁当は、なかなかおつな物だって本で読んだことがあります」

「もしかして【オーソンの世界旅行記】か?」

「そうそう、あの何百年も前に出版されて再版され続けてる書物です。アル君も読んだことあるんですか?」

「ああ、だいぶ前だけど読んだな。そうだな、せっかくだから食の都アルトリア名物の駅弁ってやつを買って旅を楽しむとするか」

「仕事とは言え城勤めじゃそうそう出来ない長旅ですから、少しくらい楽しんでもバチは当たらないですよね」

「経費はバドハーのじぃさん持ちだ。どうせなら一番豪勢な弁当を買ってきてくれ」

「あはは、あとでバドハー様から恨まれますよ」

「老い先短いくせに使い切れないくらい金があるんだ。気にするな」


 伝説の英雄にとんでもない憎まれ口を叩く少年。

 ま、仲の良い孫と祖父みたいな感じで、バドハー様もなんだかんだ喜んでるみたいだし良いのだろう。


 こうして私とアルフォンス隊長の一ヶ月に及ぶ長き旅が始まったのであった。

 

 そして……

 この日を最後に、私はオルガン家の血筋という呪縛に思い悩むのをやめた。

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