衛士ファフナを襲った爽やかな朝
「……おはよう」
「ん、ふぁあぁ……さて、気のせいですかね? ボクの視界の中に何故かリーヴァ様がいらっしゃるように見えるのですが」
「ふふ、これは幻覚……アルフォンスは今、私を求めるあまり夢の中で出会っている」
「なるほど。って、そんな分けないでしょう。こんな朝早くからどうしたんですか?」
「むぅ……アルフォンスの塩対応……おねぇちゃんは寂しい……」
私は何を見せられているんだろうか?
何故かアルフォンス隊長のベッドに忍び込み添い寝をしている魔導技師のリーヴァ様。
……世の中ではこれをピロートークとか言うんでしょうか、朝一ですけど。
と言うか、何故私は部屋の隅に縄で拘束されているのでしょうか?
出てくるのは疑問だけですね、はい。
「おい、ファフナ。これは一体どう言うことだ?」
「えっと、それは私が教えて欲しいです。寝ている間に私もベッドに縛り付けられていたみたいで」
「そうか、修行が足りないな」
「いやいや、布団にガッツリ添い寝されている隊長が言う事じゃないですよ!」
「何かの気配は感じたが悪意は感じなかったからな。寝てても問題ないと思った」
「布団に入られたら十分に問題あります、ハニートラップだったらどうするんですか!!」
「ボクみたいな下っ端の年端もいかないガキにハニートラップなんか仕掛ける馬鹿がいるか」
「まぁ、確かに」
「子供相手にハニートラップなんか仕掛けたら、仕掛けた側が糾弾されるだけだ」
「むぅ……おねぇちゃんはそんなことしない」
アルフォンス隊長が大あくびする横でリーヴァ様が不服そうに声を上げる。
「えっと、アルフォンス隊長とリーヴァ様は、ご姉弟だったんですか?」
「もちろん……」
「これが不思議な話なんだが、兄が居た覚えはあっても姉が居た覚えは無いんだ」
「えっと……え? リーヴァ様は元お兄さんだったということでしょうか?」
「どうしてそうなる?」
「むぅ……おねぇちゃんはずっとおねえちゃんです……」
「いや、今の会話ですと」
「ああ、すまない。伝え方を間違えた、のか? ボクには兄しか居ない。リーヴァ様は先日知り合った自称姉の痛い人だ」
「そういうことですか。なるほど、すっきりしましたパーフェクトに納得です」
「アルフォンス、酷い……おねぇちゃんは酷く傷付きました……」
「傷付くのは勝手だが、現状端から見れば、どう考えても子供に襲いかかる女性という構図にしか見えないから自覚してください」
「アルフォンスに頼まれた注文を届けに来たのに……」
「注文?」
「昨日の深夜、ぎっくり腰のバドハー様が杖を突いて魔導工房に来た……」
「まさかもう作ってくれたのか?」
「うん……一晩でやった(おもにバドハー様が)……」
何か心の声が聞こえた気がするが、素直に頷くリーヴァ様。
アルフォンス隊長は起き上がると、リーヴァ様に頭を下げた。
「感謝します」
「ん、アルフォンス頑張ってるからおねぇちゃんも頑張った……」
弟の頑張りに徹夜で応えた姉(自称)。
まぁ、こう言うと仲の良い姉弟の様に聞こえますが……
絵面を正確に描写するなら、まだまだ幼さの残る少年のベッドに潜り込んだ自称姉を気取る痛い女にお礼を言うショタ(失礼)という、酷い構図なんですよね。
……まずい、正確に描写すると犯罪臭しかしません。
「ファフナ、さっきからブツブツと失礼なこと言ってる……私とアルフォンス、魂で繋がった前世からの姉弟……」
フンスと鼻息荒く宣言する変態様。
「被告はそう言ってますが、原告は証言をお願いします」
「前世女は痛いと思うんだ」
「あ、あぁ、なんて身も蓋もない言葉。何時だったかもそんな話をしていましたよね」
「グハッ……お、おねぇちゃん……アルフォンスに嫌われた……」
前世女――
前世の記憶があると自称しスピリチュアルを異常なまでに信仰する女性。
用例
『やっと会えた私のディビット。貴方と私は前世では騎士と姫の関係だったのよ』
『はぁ?』
『忘れてしまったの、私よ! あの湖の見える森の古城で出会ったアナスタシアよ!』
『あ、そうですか……』
「などなど、男がひいているのにも関わらず前世の絆を主張する人間は男女問わず危険だと思う……」
By アルフォンス談
鮮明すぎるほど鮮明に思い出した……
これは確か詰所に配属されてすぐの頃、二人で晩ご飯を食べに行ったときの会話の内容だったはず。
自分から食事に誘ったとは言え元は敵同士。どんな会話をしようか悩んでいたとき、会話に困り思わず好みのタイプを聞いたら切実な顔で話されたんでしたっけ。
あの実感のこもった感じ、アルフォンス隊長はこの若さでどんな修羅場をくぐってきたのやら……あ、いや、実際に戦闘では修羅場をくぐっていますが、そんな心配をしたという言う意味です。
ええ、だから私は隊長の前では絶対に前世関連の話はしないと決めたんです。
……や、ちがいますよ。
別に前世がどうとか言って隊長に嫌われたくないとかそう言う話じゃ無くて、ただ、おそばでお仕え出来なくなるのが困るというか何というか……
「む、おねぇさん、腐のかほりをキャッチ……」
リーヴァ様がすんすんと鼻を鳴らしながら意味不明なことを呟くと何故か強烈な熱視線を私に向けてくる。
「な、なんですか!?」
「受けと責めどっちもイケる口?」
「は、はぁあ!?」
「アルフォンスは……」
「なんだ?」
「痔主……?」
「は? 生憎とボクは貧乏だぞ」
「違う……おもに、切れてるとかイボってるとか出血を伴う方……」
「わーっ! わーッ!! わーっ!!!」
「どうしたファフナ、朝一発狂モードか?」
「私にそんなデンジャラスなモードはありません! それよりもリーヴァ様、不穏な発言はやめてください!」
「不穏、かな……?」
「不穏です! マックス不穏です! アブソリュート不穏です!」
はぁ……はぁ……
必死で否定する私を、何故か生暖かい瞳で見つめるリーヴァ様。
や、ちがいますからね本当に。
私がアルフォンス隊長に抱いている思いは、そんな性的なモノでは無くて、純粋な興味というか凡人では成し得ないだろうその才能に惚れ込んだというか……
そ、それだけなんです!
なのに……アルフォンス隊長、なんでそんな痛々しい瞳で私を見つめてくるんですか? 貴方、意味をわかっていないですよね?
わ、私はビックリするぐらいノーマルですからね!
そんな誰にも届かぬ悲しい心の叫びが……
「自室(アルフォンス隊長と同室♡)でこだまするのであった……」
「『こだまするのであった』って、何勝手に人の心をモノローグみたいに語ってるんですか! しかも♡とか付けないでください! って言うか、今私の心読みましたよね! それと早く縄をほどいてください!」
「朝っぱらから五月蠅いヤツだなぁ……」
「うぅ……すいませんでした」
何故か私が悪いみたいな感じになってるし。
「リーヴァ様、取り敢えず道具を揃えてくれたことには感謝します」
「ん……何だったらおねぇちゃんのことをもっと甘やかしても良いんだよ? 具体的にはぎゅってしても全然おっけー……」
「あんたそんなキャラだったか?」
「アルフォンスがおねぇちゃんを淫らに狂わせた……」
「人聞きの悪いことを言うな」
「むぅ……寝ないで頑張らせたのに……」
「わかったわか……頑張らせた? まぁいいや、世話にはなったからな」
アルフォンス隊長は面倒くさそうに呟くとリーヴァ様を抱きしめた。
って、抱きしめるんかーい!
メンヘラ女は甘やかすと後から地雷になる可能性があるんですよ!
今は自分よりも遙かに上官なので、当人に向かってメンヘラ女とか口が裂けても言えませんけどね!!
「アルフォンス優しい……アルフォンス良い匂い……しゅ~は~……」
「嗅ぐな……」
「むぅ……もう一嗅ぎ。アルフォンスからは強者の香りがする……」
「なんだそれは?」
強者の香り、か……確かにアルフォンス様からは秘めたる香りがする。
なるほど、リーヴァ様もそこに惹き付けられたのなら、しかたな……
「しゅ~は~しゅ~は~、くんかくんか、はぁ……はぁ……」
ショタを抱きしめながらバキュームして発情するただの変態がいた。
そんな爽やかとはほど遠い朝の一コマに静寂が訪れたのは、城下の鐘楼から時を告げる鐘が鳴った後だった。
「むぅ、おねぇちゃんとアルフォンスの時間を邪魔する邪悪な音色め……」
恨みがましい声音で凄いこと言うなこの人。
「早く戻らないと、ここからだと始業に間に合いませんよ」
「……わかった、ご当、じゃなかった、陛下に迷惑かけられないから頑張ってくる」
これほど渋々という言葉以外似合う言葉は見当たらないだろう声音。
「アルフォンスと……えっとファフナ、だっけ? 二人ともバイバイ、またね」
「気を付けて」
「リーヴァ様もお気を付けて」
「ん、そだ」
リーヴァ様が一礼する私に耳打ちするように近付いてくる。
「アルフォンスは謎も多いし時折口も凄く悪いけど悪い子じゃ無い」
「存じております」
「二人、ないすかっぽー。おねぇちゃん応援する」
このお腐れ様、とんでもねぇこと言いやがった!
「違います!」
「じゃ、おねぇちゃん仕事行きたくねぇけど、仕方ないから行ってきます」
「き、きけーっ!」
私の抗議など何処吹く風。
場を荒らすだけ荒らして消えたお腐れ様。
うぅ……隊長の顔がまともに見られないのですが、どうしてくれるんですか。
「やれやれ、人生色々あるもんだな」
「あんな痴女行為を受けていたのに達観しすぎで逆に怖いんですけど」
「痴女攻撃って……ま、確かに変態チックだったがそう言ってやるな。陛下から聞いたが、彼女は元々宮廷魔術師クラスの天才魔術師だったらしい」
「強いから変態でも許せって言うんですか? 強い人が変態って余計に危険なだけじゃ無いですか」
「ボクが言いたかったのはそう言う意味じゃ無いよ」
「じゃあどう言う意味ですか」
「彼女は出自こそ平民だが、精霊力の強さからもしかしたらアールブの純血種に近いのかも知れない。だったらある意味で仕方がないってことさ」
「へ?」
隊長が伝えたかった意味が分からず、思わず間の抜けた声を出してしまう。
そんな私を気にしたふうもなく、
「さて、と。リーヴァ様の登場でちょっと遅くなったけど食堂に行こうぜ」
「え、あー……あ、はい! って、もう始業の鐘が鳴りましたよ。食事なんかしてる場合じゃ無いです!」
「朝飯は一日の基本だ。しっかり食わないと持たないぞ」
「それはそうですが、当直組が交替を持っていますよ!」
「ああ、そのこと」
「『そのことか』じゃありません、早く制服に着替えないと!」
「着替えるなら私服で良いぞ」
「何を言ってるんですか、今日は非番じゃ無いんですよ」
「や、だってなぁ」
「だってって、子供じゃ……隊長は年齢的にはまだ子供でしたね。でも、もう衛士なんですからぐずらないでくださいよ」
「そうじゃなくてな、これから出張だぞ」
「……出張? 誰が?」
「ボクとお前が」
「何時?」
「だから今日からだ」
「……聞いてませんよ」
「今言った」
「それは最早事後報告と変わりないと思うんですが」
「そうか? ま、気にするな。たかが一ヶ月くらいだ」
「はぁ!? 一ヶ月も出張? 左遷、島流しですか!?」
「出張だよ。ちょっと遠出のな」
何というか、それは自分のみに突然降って湧いたあまりにめちゃくちゃな辞令だった。
最後までお読みいただいてありがとうございます。
今章のゆるパートはこれにて終わりです。
次話あたりから、ぼちぼち話が動き出す予定(未定)です。






