老騎士もたまには悩む
「ぐぉおぉおぉぉぉぉぉ……ぐげろごごごごご……ズズズズ……ふごっ!」
「……い…………おい」
「ぐごごごごごご……もう食えんわい……」
「……きろ……おい、じじぃ刺すぞ」
「ぐご……んごっ!?」
目の前にあったはずの山盛りカレーが消え、突如目の前に現れた小柄な黒ずくめ。儂の英雄力を恐れた連中が雇った反対勢力の刺客か!?
「ぬっふっふっ、この儂をじじぃと侮りおったな。うぬの敗因はこの英雄力の塊に気配を気取られことよ! 起きた儂は無敵に素敵じゃ! 無手のじじぃと侮ることなかれ、こんな事もあろうかと枕の下にはダガーを忍ばせておるんじゃ!」
ん? あれ、儂のミスリル製のダガーは何処行った?
「あ、そうじゃった。枕の下がゴワゴワ硬くて寝にくいから、タンスにしまったんじゃった。ぬぅ、己何たる策士、手練れのアサシンと褒めてやるわい! だが、老いたりとは言え儂も伝説の英雄の一人じゃ! この鍛え抜かれた筋肉が荒鷲のように暗殺者を駆逐してくれ――」
ぴき……
「ぬ、ぬふぅっ!? な、何たることじゃ、こんな時に持病のギックリ腰ピキピキ症候群が発症するとは! マッハで、儂の人生カタストロフまっしぐらじゃ! む、無念じゃ……せめて痛くないようにひと思いに殺してくれぃ。でも死ぬ前にせめてカレーを山ほど食わせてくれッ! 食わせてくれ~ぃッ!! ついでと言っちゃあれだが、侵入したことも無かったことにしてくれいッ!」
「はぁ……何時まで一人で盛り上がってるつもりだ?」
「ん、その声はもしかしてアルフォンスか? な、何じゃ驚かすでないわい! 儂の腰をどうしてくれるんじゃ!!」
「じじぃが寝起きではしゃぐからだ」
「ぐうの音もでん正論じゃわい! そんなことよりもそこの棚の一番上に湿布があるから取ってくれ」
「はぁ……湿布はこれか?」
「うむ、それじゃ。んじゃ、儂の腰に貼ってくれい」
鼻に触る薬効の香りが部屋に充満する。
「臭いな、もう少しマシな薬は無いのか?」
「良薬口に苦しと言うじゃろ。薬とはそう言うもんじゃ」
「だけどこんな物貼ってたら、忍び込んだ時に匂いですぐにバレるぞ」
「忍び込む前提で薬は作られとらぬほっ! ひゃっこいのう。貼るなら貼ると言わんかい!!」
「いちいち五月蠅いじぃさんだな」
「元はと言えば夜中に忍び込んだお主が原因じゃ――ぐはぁ、起き上がったら腰がまた……」
「ギックリ腰で急に起き上がるからだ」
「そりゃすまんかったのぅ! それで、こんな夜中に何のようじゃい」
「面倒臭い事態が起きそうだから、急ぎ顔を出しに来た」
小僧のらしくもない深刻な声音にただ事じゃ無い気配を感じ、儂はテーブルの上のランタンに精霊の火を灯す。
「面倒くさいことじゃと。今度は一体何があったんじゃ」
「夕方の話だ。詰所近くの町外れでならず者の喧嘩があった」
「ならず者か。この治安の言い王都でそれは珍しいのぅ」
「そいつらはデルハグラムの民間組織、傭兵ギルドの連中だった」
「なんじゃと! デルハグラムの傭兵ギル……あだだだ、こ、腰が……」
「ギックリ腰のじぃさんが激高するからだ」
「お、お主がとんでもないことを口にするからじゃ! いだだ……そ、それで被害はどれほどじゃ? 死人はでなかったか?」
「幸いと言うべきかわからないが、屋台がいくつか破壊されただけですんだ」
「そうじゃったか……」
安心は出来ぬ。だが、死者が出なかったのはせめてもの幸いじゃった。
これで死人まで出たら……
「想像するだけでゾッとする話じゃな」
「不幸中の幸いだったよ。死人が出ていたら、最悪は即時戦争にさえ発展していただろうな」
「そうじゃな」
戦争が始まる切っ掛けというのは、大概小さな火種が原因じゃ。
村人同士の些細な喧嘩が、消火を間違えた末に大国同士の戦争へと繋がることがある。
アルトリアの民が敵性国家に、しかも食料を恵んだ国の人間に殺されたとなったら事態の収拾はつかなくなる。
「よくぞ未然に防いでくれた。感謝するぞ」
「まぁここまではな。問題はこの先だ」
「まさか殺したのか!?」
「殺すかよ、記憶が消し飛ぶぐらいには殴っといたが」
「記憶が消し飛ぶのぅ。それで死なんのが獣人族の恐るべきところよな」
それにしても傭兵ギルドか。噂には聞いちょるが、戦争屋とは厄介な組織が生み出したもんじゃわい。
ん? 戦争屋、そいつらが問題を起こしたじゃと?
「まさか、先兵隊とかじゃあるまいな」
「その心配は無い。恐らく組織の中でも末端の部類だろうさ」
「じゃあ、なんでそんなヤツらが王都に来たと言うんじゃ」
「新領主が決まるまで、国境間近の旧オルガン領は外部と往来出来ないように封鎖されているからだろ。その次に近いのが王都だったからだ」
「そりゃそうなんじゃが、そうではなくての。先兵隊でもない末端の連中がわざわざこの国にきた意味が分からん」
「ああ、そのことか」
「何じゃ予想は出来てるのか?」
「ヤツらは栄養失調だった。あくまで予想に過ぎないが、おそらくギルドから逃げ出して飯を食いにアルトリアまで来たんだろ」
「ギルドの傭兵が栄養失調じゃと!?」
「流石だな。気が付いたか」
「そこまで言われて気付かいでか」
食い詰め者の傭兵などは珍しくも無い。じゃが、あの戦闘国家のデルハグラムでギルドまで組織された傭兵が栄養失調じゃと?
兵隊が最も優遇されるあの国で。
それほどまでの食糧難とは……
「ぐむむ、こりゃまた特大な地雷が転がり込んできたわい」
「デルハグラムは国家を名乗っちゃいるが、元々は戦闘に長けた部族の集まりだ。国そのものが強大な武力を持ったならず者国家みたいなものだ」
「法なんてあって無いような国じゃ、食糧を求めれば同盟国にさえ戦争を仕掛けかねない」
「今は市井に情報を流し段階的に食糧を送ることにしているから、アルトリアに表だって突っかかってくることはないだろうが」
「とは言え、儂らが知る常識の外に居る連中。何が切っ掛けで戦いを仕掛けてくるかは分からん、か。さて、どうしたものかのぅ……」
「手段はいくつか思い付いているが、国内事情を鑑みるとかなり限定される」
「内憂外患じゃな。厄介な内憂が完全に解決したとは言い難いしのう」
「国内事情は正直安定したとはまだまだ言えない。結束力があるなら傭兵を国内法で裁いて賠償金をデルハグラムに請求することも出来るんだが」
「それは無しじゃな。今下手に刺激すればそのまま戦争に直結しかねない。何よりも送った食料を兵糧にされて戦争を起こされたら本末転倒じゃ。ならば解放してうやむやにするか?」
「それも無しだ。組織に属している者を無償で許せば、弱腰の姿勢はすぐ相手にバレる。延命にもならん下策だ。それなら秘密裏に殺すか?」
「ダメじゃ。ギルド組織により密命を受けている可能性が僅かにでもある以上、戻らなければアルトリアに殺されたと疑われる可能性がある。正式な法で裁くのでは無く殺されたとなれば、デルハグラム内ではアルトリア憎しと国威発揚の扇動に利用されるかもわからん」
「となると、だ」
「うちの国で騒動が起きなかったことにして、そのならず者を秘密裏にどこかに追いやる。それがアルトリアにとって最善の選択ということですね」
「ぬっ」
「来てたのか」
声のする方に振り返れば、そこには現アルトリア国王、エルダリア・ファン・ラーダベルト陛下の姿があった。






