衛士ファフナが見せつけられたスマートな喧嘩の鎮圧方
「おお、こりゃすごい」
アルフォンス隊長がまるで他人事みたいな口調で呟いた。
まあ、非情なことを言うなら衛士でもなっていなければ、事実他人事なんですがね。
とにも、そこで何が起きているのか。
一言で片付けるならあの助けを求めてきた少年の報告通り往来での喧嘩だった。
しかもこの平和な町中には馴染まない随分と厳つい見た目の連中で、その手には剣まで握っている。
「衛士さん、のんきに見てないで何とかとしとくれよ、このままじゃウチの屋台が壊されちまうよ! ってこれまたちびっこいのと細っこいのが来たねぇ、本当に大丈夫なのかい?」
頭を抱え立ていた年配の女性が、金切り声を上げてわめき立てる。
助けを求めてきたくせに随分な言い方だが、暴れている男達は獣人族だ。
私とアルフォンス隊長の姿を見たらそりゃ不安になるのも分かる。
それに自慢じゃ無いが私は見事な戦力外だ。
ただ、ここにはアルフォン……
あれ、アルフォンス隊長って軍師ですよね。
え?
アルフォンス隊長って武闘派じゃな、い?
しまった……
この女性の言うとおりこれは見事に戦力外な二人が集まってしまったんじゃないか?
途端に込み上げてきたのは、何とも情けないほどの不安感。
だが、そんな私達の不安などどうでも良いとでも言いたげに、アルフォンス隊長は喧嘩している男達に近付いていく。
「隊長、危険です!」
「わかったわかった。オイお前ら! これ以上町中で騒ぐなら、豚箱に入れるぞ!」
「あん? ガキはすっこんで――」
グサッ!
「ぎゃー!!」
鈍い音と同時に上がる悲鳴。
はぁ!? や、ちょ「ちょちょ、いくら何でも隊長問答無用すぎます!」
厳つい男が噛み付きそうな勢いで振り返った瞬間、隊長は男の太ももに槍を突き刺していた。
「石突きで刺しただけだ。大した怪我じゃない」
「いや、石突きでも刺したら同じでしょう!」
「てめぇ……人の喧嘩じゃま――」
ガゴッ!
「ぐはっ!!」
槍の金属柄で頭を殴られた男が地面に頽れる。
……アルフォンス隊長は、驚くほど強かった。
あ、や、じゃなくて!
それは、息もつかせぬメチャクチャな仲裁方法だった。
「問答無用すぎます! もう少し話を聞いた方が良かったんじゃないんですか」
「町中で暴れた挙げ句に屋台を壊し抜刀までする連中だぞ。そんな血の気の余ったヤツに話が通じるか。どうせ有り余った血の気だ、多少の血抜きぐらいじゃ死にはしないよ」
「血の気をしずめるために血抜きって……」
私の抗議など何処吹く風、隊長は睨み付けてくる男(最初に刺されたヤカラ)に近付くと、有無を言わさず槍で殴りつけ気絶させた。
「ファフナ、コイツらを縛れ。詰め所に連れてくぞ」
「頭がめちゃめちゃ凹んでるんですけど、死んでませんよね?」
「だったら詰め所じゃ無く墓場だな」
「そう言う問題じゃ……」
それ以上は訴えても無駄と悟り、私は脈を測りながら男達に縄をかけた。
「おい他にも居る流れ者達に告げる! 町中での抜刀は御法度だ! 禁を破るなら次は我ら衛士よりも圧倒的に強い軍が出てくることになる! 命が惜しければ大人しくしておけ! それと住民達もだ! こいつらは町中で抜刀する愚か者共だ。そんな連中相手に危険を冒してまで止める必要は無いが、煽り喧嘩に火を注ぐ真似をすれば同罪とし豚箱行きになることを知るがいい!」
隊長の小柄な身体の何処から出てくると言うのか?
町中に響くほどのバカでかい怒声があたりを殴打する。
野次馬達は立て続けに起きた出来事に、いや、アルフォンス隊長のまるで竜の如き咆吼を受け驚きすくみ上がる。
「隊長、捕縛終わりました」
「ん、了解」
アルフォンス隊長が言葉少なに頷くと、男達を檻馬車に放り込んだ。
「念のために檻車を持ってきて正解だったな」
「……」
「何か言いたそうだな」
「後でタップリ話します。取り敢えず、連れてきた荷馬たちまで隊長の声に驚いて腰を抜かしていますが、どうするんですか?」
「ん? ああ、ちょっとやり過ぎたか」
ちょっと、ですか……
ちらりと横目で見た町の様子は明らかにドン引きしている様子だ。ええ、ちょっとでは無くて確実に大惨事なんですけどね。
しかも主犯がこの町を守る衛士とは。
「ちょっと待ってろ。小さき心の精霊達よ……」
ッ!
呆れて言葉を失っている私を無視して行使される精霊魔術。
隊長の行使するその精霊魔術を前に、私の中の何とも言い難い感情は消し飛んでいた。
私は武芸のみを重んじたオルガン家の出自だが、私自身は武術よりも魔術を重視してきた身だからわかる。
いま隊長が使おうとしている精霊魔術、その難易度の恐るべき高さを。
自然界に存在する炎や水に宿る精霊とは違い、生き物の心に宿る精霊は風の精霊以上に気紛れだ。
アールヴにさえも片手で数えるほどしか使役に成功した術者がいない精神精霊……それをまさか人の身で使役出来るというのか?
そんな私の驚きをあざ笑うみたいに、あれほど怯えていた馬たちは見る間に沈静化していく。
魔術が発動した形跡は見えなかった。だけど、結果だけを見たら魔術は成功している。
これが精神精霊なんですか?
はったりを見せる必要が無い私の前で唱えてみせたのだ。そう考えるとやはり使役出来る、そう考えるのが正解なのだろう。
「どうした、惚けて?」
「あ、いえ。それじゃ馬も落ち着いた様子ですし、詰め所に戻りますか」
ならず者共をあっさりと駆逐してみせた武力に兵を巧みに操る知性。そして武力よりも遙かに未知数な魔術の才。
暴動を止める言動には焦らされましたが、終わってみればつくづく興味の尽きない方だということを改めて思い知らされたのだった。






