アルトリアの王~悩み多き胃痛~
「ヒック! あ、ぶるぅぅぅ……ただいマンボウ、儂元気いっぱいに帰還じゃわい! うぃっ!」
アルトリアが誇る英雄が鼻歌交じりの異様なハイテンションと赤ら顔で戻って来た。
「バドハー、随分と遅……くさッ! 酒臭いです、貴方!」
「うむ、街を歩いとったら、見知らぬ未亡人に声をかけれれてのぅ、サインを求められて書いているうちにあれよあれよと言うまに儂の周り人だかり。そのままハシゴ酒じゃ! モテる英雄はツライわい、ガッハッハッ!!」
「はぁ……」
英雄色を好むとは言いますが。老いては益々壮んというべきか、老いて益々お盛んと言いましょうか……
「お願いですから、女性スキャンダルとか勘弁してくださいね」
「安心せい。儂、もう起たんから」
「なんの話ですか!」
「じゃから隠し子スキャンダルは大丈夫という話じゃ」
「ああ、もう品の無い!」
「何が品が無いじゃ。人のことを好き勝手言ってくれるが、陛下だって年端もいかぬ小僧の枕で発情したショタオイニストじゃろが」
「うきゃー!! それは気の迷いだったんです! その話は忘れろっ!」
ハァ……ハァ……
肩で息をする私をよそに、バドハーはロッキングチェアに揺られながら鼻毛を毟っていた。
「それで、どんな様子でしたか?」
「ん? そうじゃのう、なかなかに落ち着いた感じでのぅ」
「落ち着いた……そうですか。様子を気にはなってはいたんですが」
「最初はビクビクしておったよ」
「ビクビク……そうですよね、先の戦における一番の功労者と一緒なんですから」
「皆が頑張ったんじゃ。だから、あれじゃ、一番は言い過ぎかもしれん」
「ええ、確かにこの非才に皆が力を貸してくれました。それでも……それでも、私は一番だと思っていますよ」
「そうか……それにしても、最初はぎこちなかったんじゃぞ。それが、後半じゃ撓垂れるように甘えとった」
「は、はぁ!?」
し、しなだ、撓垂れるようにあ、甘え……てた!?
え? え? あ、あれ、あれぇ~???
だって、男同士……い、いえ、べ、別にそれは良いのです。アールヴに置いては特別に珍しい話では無いですし、それにファフナは元とは言え貴族です。ええ貴族にとっては良くある普通の嗜みです。
で、でもでも、ア、アルフォンスくんは、そ、そっちの方もイケちゃう子だったんですか!?
あ、あうあう……そ、そりゃ、ファフナはあの筋肉ゴリラばかりだったオルガン家の者とは思えないくらいに愛らしい顔立ちの若者ですが、いえ、それを言うならアルフォンスくんだって普段は仏頂面ばかりで分かり難いですが、黒眼黒髪のオクシデンタルな見た目でちょっとと身なりを整えれば少女と見まごうほどの美少年。
「ま、それもこれも儂の滲み出る人徳。最後は奥様方も儂を取り合っておったわっ! ガッハッハッ!!」
「ア、ア、ア、アルフォンスくん、貴方の懐の広さはよくわかりました! でもでも、そっちに進むにはまだ早いです! そちらに目覚めるのもまだ早いです! それならいっそ私が……………………あ゛? 貴方の人徳? 奥様方?」
「うむ、ご婦人方に囲まれて飲みに行ったんじゃがの。最初は皆、伝説すぎるほどに伝説な英雄を前におっかなびっくりじゃった。しかしそこは真摯な儂。猛烈フレンドリーに接してやると、酒が進んでいくうちにこんなじじぃだというのに撓垂れてくるういやつらも多くてのぅ。たまらん! たまらんぞ! 儂のモテ伝説爆裂開幕じゃ!!」
「………………はぁ!? だ、誰が貴方の成果を聞きましたか!!」
「儂の楽しい楽しい酒の話を聞きたかったんじゃ無いのかの?」
「誰も貴方主催の熟女の集会に興味はありません!」
「人の飲み会をサバト扱いとは失礼な! 大公から国王になった途端に罵倒とはずいぶんと偉くなったもんじゃのう!」
「く、くーっ! くーッ! こ、この……人が頼んだ仕事もろくにせずにただ飲み歩いていたくせに! でもごめんなさい! もしかしたら私は心のどこかで、『私は偉いんだ』と慢心していた可能性がなきにしもあらずだったかも知れません!! 反省します!!」
「ぬ、ぬむぅ、素直に謝られたらこっちの分が悪いわい……こっちもなんかよくわからんがすまんかったのぅ」
ややの間。
そして、目を見合わせて思わず笑い合う。
お調子者だけど優しい祖父と我が侭な孫。そんな絵面を何時だって作り出してくれる。それがどんなに心地よくて助けられているだろうか。
……だけど、それとこれとは別。
「私が聞きたかったのは、オルガン家の次男ナッシュ、じゃなかったファフナの様子です」
「問題が無かったから飲み歩いて帰ってきたんじゃ」
「持て囃されて仕事を忘れたと思っておりましたが」
「まぁ否定はせんけどな」
「そこは否定してください」
「フォフォフォッ」
「笑って誤魔化さないでください」
「いやいや、なかなかどうしてアルフォンスにファフナ、真逆の二人じゃが以外とバランスよくやれそうじゃよ」
「バランス、そうですか」
処刑を免れ家名を失った時、自ら進んで戦略の立案者の下に就きたいと願い出たファフナ。
復讐の意志でもあるのかと思い、アルフォンスくんのことを知る者達は皆最初は反対だった。
しかし、当のアルフォンスくんが構わないと受け入れたことで、私達がそれ以上何も言うことは出来無かった。
もっともあのテオドールと戦い無傷で完殺した実力があるからこそ許可出来たことではあるのですが。
「それにしても、ファフナも作戦立案者がアルフォンスくんとは欠片も思わなかったでしょうね」
「うむ。儂がアルフォンスと話すまで疑ってたみたいじゃの。しかもこれだけの功績がありながら衛士どまりとは微塵も思わんかったみたいじゃ」
「まぁそうでしょうね……」
思わず呻くように呟き頭を抱える。
衛士……まさかの衛士……
いえ、衛士の役割が重要なのは確かなんですが、これから軍備を進めていくことを考えるとさすがに衛士では重用するわけにもいかない。
しかも下級騎士よりも下の衛士では士官学校に通わせる訳にもいかない。
とはいえ、このままではどんなに出世しても下級騎士か上級騎士が関の山。
どうしよう……
「頭を抱えたくなるその気持ちは儂にもわかりますわい。まさか衛士で満足するとは予想外過ぎるというかなんというか」
「あの子にはあの子の考えがあるのでしょうが、私も本当に予想外でした」
だけど衛士とは言え宮仕えに代わりはない。
客将や食客の頃ならいざ知らず身分格差が明確になった以上、おいそれと会いに行き相談することも出来ない。
結局はこうやって放浪癖のあるバドハーが意味も無く町を徘徊しているという体で、一手間も二手間もかかる手段でアルフォンスくんの状況を確認しなければいけなくなった。
まったく、何というスピード感の無いお役所仕事でしょう。
「頼り過ぎちゃいけないのは分かっているんですが」
「だが、思わず頼りたくなる天稟じゃ」
「まさにその通りです」
値千金等という言葉では収まらない神に愛されたかのような天稟。
時代は大きくうねりだし、この波乱の時代を象徴するかのように現れた少年。
そして、時同じくしてアルトリアもまた大きくうねる荒波の中で出港した。
「アルフォンスと言う才能をアルトリアが、この時代が求めている以上、彼にはアルトリアという船に乗って難局を乗り切って頂けねばなりませんのに」
「その、ですな」
「何ですか、まだあるんですか?」
「大いに悩んでいる時に言うべきか悩み何処なんじゃが」
「ええ、大丈夫ですよ。もう多少のことではこれ以上胃痛が酷くなることは無いと思いますから」
「う、うむ。アルフォンスのヤツはどこまで聞いていたかはわからんが、例のデルハグラムへの食料援助計画が進んでる件は伝えときましたわい」
「どこまでって、彼自身の提言でしょうに」
「自分は衛士だから、お偉方で勝手にやってくれって感じじゃったわい」
「勝手、に……」
想像出来る。
嫌になるくらい想像出来る。
「……面倒くさそうな顔で、言ってくれやがりましたんでしょうね」
「う、うむ」
自分の仕事はきっちりこなしたから最後くらいはしっかりやれよ、的な雰囲気を醸し出した小憎らしい顔がががががが「うがあぁあぁぁ!」
「お、落ち着きなされ、気持ちは痛いほど分かるが、人前で出しちゃいけない声を出しとるぞ!」
「ああぁあぁぁぁぁぁ……ハァハァ……ねぇ、バドハー」
「な、なんですかな?」
「今からでもあの子を騎士長あたりに任命出来ないでしょうか?」
「まぁ気持ちは大いに分かりますが、余計な誤解と軋轢を生みかねないのでやめとくのが無難でしょうなぁ」
「ぐぬぬ……ですよねぇ」
キリキリと痛むこめかみ。
あの子と出会ってアルトリアは確かに好転しているかもしれませんが、私の胃痛は治まることを知りません!
「まぁ、あれじゃ何時来るはわかりませんが、小僧なら見付からずに儂の館に侵入出来るでしょうから遊びに来いとも伝えときましたわい」
「あの子の期待の出来無い社交性に期待するしかないということですか」
思わずこぼれ出た言葉。
バドハー共々盛大なため息をつくのであった。






