老騎士の想定外
「くあぁあぁぁ~」
儂の目の前で暇を持てあました子犬のような大あくびをする小僧が一匹。
まさかのぅ……
今回の戦で一番の立役者であるはずの小僧が、
『役職? 目立たないなら何でも良いよ』
『ふむぅ、大きく目立たないと言う意味でなら城下の憲兵か?』
『憲兵?』
『アルトリアの城下を見回る者達じゃ。もっとも、この国ではより優雅に衛士と呼んでいるがな』
『なんだよそのドヤ顔……まあいいや、じゃ、それで』
『まぁ冗談じゃ……って、なぬ!? 衛士じゃぞ? そこらの兵卒に毛が生えた程度の下級職じゃぞ? 今回の功労を考えればそんなものではすまんじゃろがい!!』
『仕方ないさ。本当はじぃさん、アンタの従騎士にでもなるつもりだったんだが、今じゃそれも難しくなったからな』
ご当主様……じゃなかった、アルトリア王にあとから聞いた話じゃが、アルフォンスは儂の従騎士として辣腕を振るう予定じゃったらしい。
今思えば、それが最も適した小僧の使い方であったのじゃが……
何せ儂がオルガン家の猛将ジェイガンを一刀のもとに斬り捨てたため(表現に誇張あり)、儂の人気が爆発的に鰻登りで絶賛フィーバー中。
ふ……モテる英雄は辛いわい。
ま、とにもじゃ。そんな訳で儂の従騎士にするには、人間の小僧ではマズいと言う話が家臣達から出てしまった。
儂は良いんじゃぞ。全然ウェルカムなんじゃがどうにも周りが許さんというか、儂が英雄過ぎて困っちまったわいと言うか、まぁそんな感じじゃ。
本来なら第一の功労者である小僧は一番に表彰されるべきなのじゃが、閉鎖的なアールヴの気質と何より目立ちたくないという小僧の意向がこんな歪んだ形の報償を生み出してしまったのじゃ。
「ん? あ、何だじぃさん来てたのか。どうした、家の帰り道分からなくなったか? 送るか?」
「くぉーっ!! 人をおボケッティなお年寄り扱いするでないわっ!!」
「じゃあボク達しかいない、こんな外れの出張所に何しに来たんだよ?」
「忙しくしとるのかと思って来てみたら、思いのほか暇そうじゃった」
「仕方ないさ。どこかのじじぃが勝手に戦略変えて活躍してくれたおかげでボクの予定が狂ったんだ」
「ぐふっ!!」
痛いところにえぐるようなスマッシュを的確に打ち込んでくるわい。
「やっぱり怒っとるんかの?」
「ん? そんな訳ないだろ、ただの冗談だ」
「本当に冗談か?」
「作戦は作戦に過ぎない。戦況なんて天候、相手の状況その他諸々で刻一刻と変わる。臨機応変に対応出来なければ余計な犠牲を生むだけさ。アンタはその歳で自分の身を顧みずに最も流血の少ない解決策を導き出した。だから、最後の偽兵も上手くいった」
そう、儂がジェイガンを余裕の一刀で切り伏せたあと(表現に過度の誇張あり)、小僧は儂らが前もって作っていた旗と狼煙を残した兵達と共に手伝っていた。
「本来なら大火災の狼煙でオルガン兵を揺さぶり偽兵の計で欺くつもりだったが、それが出来ない以上はどこかで強者の存在を知らしめる必要があった。その意味じゃ英雄バドハーの健在をオルガン兵に思い知らせたのは最高のインパクトだったはずさ」
「儂も後から聞いて冷や汗が出たわい。偽兵の計が見抜かれておったのじゃからな」
「偽兵の計はそれだけで完成するのは難しい。相手の心を弱らせることで兵数をより多く居ると思わせることが出来る」
「なるほどの。そう言う意味じゃ儂、大活躍じゃな」
「あの……私の居る前でその話は……」
「ほっほっ、そなたが居るのを忘れてたわけじゃないぞ」
小僧も先ほどチョロっと言ったとおり、実はここにはもう一人居る。
その者の名は、ナッシュ・オルガン。
いや、今はただのファフナじゃったな。
「私達だって驚きましたよ。私はそれでも二千は居るだろうと思っていましたが、まさか城攻めに百人かそこらしか居なかったとは……」
「それが、バドハーのじぃさんが生み出してくれた恐れってやつさ」
「そう、ですね。そんな原始的な感情にさえも勝てなかったから、私達はラーダベルト軍に負けたんですよね」
「戦はの。じゃが、そなたの英断が余計な流血を防ぎオルガン領の民を守った。代償は大きかったじゃろうが、犠牲を最小に抑えらたのはそなたの勇気があってこそじゃ」
「そうそう、ついでに言えばお前の英断はこの自己評価が異常に高いじぃさんも守った」
「な! 自己評価が異常に高いとはどう言う意味じゃい!」
「そのまんまの意味だ。噂に聞くぞ、最近あちこち飲み歩いてるらしいじゃないか」
「ギクッ!」
「何がギクだよ。最近飲み歩いてるらしいじゃないか」
「いや、まぁ、ほら儂英雄じゃし、三百歳オーバーお嬢さん達が儂を離さんのじゃよヒョホホホホ」
「……」
「何じゃその目は、たまに調子に乗るくらいええじゃろ!」
「たまに、ね。や、いいんじゃないか? じぃさんはそのままでいろよ。あの世に逝くその日までな」
「なんじゃい、その言い草は!」
「介錯は任せろって意味さ」
「くぉおぉぉぉぉっ!!」
「あ、あの! お、お二人ともそこまでにしてください!」
騒ぐ二人(主に儂じゃが)にたまりかねた感じで、ファフナが間に入る。
……ふむ、ナッシュ・オルガン改めファフナ。
その処遇を巡っては当然のことながら大いに悩むことになった。
内乱罪は国法に照らし合わせるのなら、当然のことながら打ち首である。
だが、それを良しとはしなかったのは、ご当主様では無く意外にもこの小僧じゃった。
王が長期にわたり不在であったこと。それを理由に野心を抱いたのは元老院でありその御旗にオルガン家は利用されたに過ぎぬ、と。
もちろんこれには裏がある。
どうせ息の根が止まっているオルガン家に止めを刺すよりも、元老院に全ての罪をなすりつけた方がより効率的に元老院から権力を取り上げ徹底的に叩き潰せると画策したからじゃ。
一つの事象を利用し複数の敵を潰す……何とも恐ろしい考え方じゃ。
とにも、そんな形に話を作り上げることでオルガン家減刑の道筋は作られた。ただし、そうは言っても反乱を起こしているのじゃ、一族である以上無罪という訳にはいかない。
そのためオルガン家は取り潰し、その上でナッシュ・オルガンは建前上は国外追放という処分が下された。
『所詮は旧法だ。そんな旧態依然としたものに縛られるのでは無く、アンタは血の通った法令を生み出すべきだ』
小僧の発言は意外すぎるほど意外な、だけどある意味で納得する筋の通った話でもあった。
罪のありどころは明確にし、その上で身内とは言え罪無き者は許す。
建前上の追放という処分も、この国には表だって居づらいだろうという配慮じゃろう。
『罰するだけの支配じゃ反発を生むだけさ。それにこの戦じゃラーダベルト家の被害は極めて軽微だ。結果だけを見たら惨憺たる結果に終わったオルガン家だが、最後は無血に近い形でナッシュ・オルガンは城門を開き民を守ったんだ。追放あたりで手打ちにしておいたほうが今後の旧オルガン領を支配するのに役立つと思うぞ』
『オルガン領支配のためですか?』
『オルガン一族は野心家の無能かと思ったが、なかなかどうして民のお祭り騒ぎを見ていると統治は上手くやっていたみたいだ。反乱失敗で領主が変わるのは仕方ながないと頭で理解していても心が納得するまでには時間がかかる。ならば、オルガン家の生き残りを許すことで民の心を掴むべきだろう』
貴族というのは、往々にして支配することに馴れすぎている。支配して当たり前と思っている。
だが、そうではない。
それでは統治が上手くいかない。
小僧はそう言ったのじゃ。
まったくもって、よく頭と舌が回る小僧じゃ。
そして、この後に発した小僧の言葉こそが、ファフナの運命を決定づけたとも言える。
『あと、じぃさんが無事に生きて帰って来れたのは、ナッシュ・オルガンが降伏を選んだからだ』
……まさにその通りじゃ。
ナッシュがもし降伏を選ばずにあのまま戦い続ければ、儂は間違い無く力尽き命を落としていたじゃろう。
そうなればどうなる?
小僧は明確に言った。
『戦争を起こすのは意外なほど簡単だ。泥沼の戦争ですら子供同士の些細な喧嘩が切っ掛けで起きるほどにな。だけど、そんな些細な切っ掛けで起きた戦争ですらどう収めるかが最も難しい』
『……その通りですね。戦争には怒り、憎しみ、保身、打算、ありとあらゆる感情が渦巻きます。古の名高い賢人達ですら、一度起きた戦争を穏便に収めることが出来た者など、数えるほどしか居ません』
『ああ、そして今回の戦争だ。火種を蒔いたのは確かにラーダベルトだ。だが、それをチャンスとばかりに軍を動かしたのはオルガンだ。そんな自らの身内が起こした内乱とは言え、全てを擲ち自らを贄にしてでも止める……そんな事が出来る者を仲間にする価値は、ボクみたいなガキにも手を差し伸べたアンタになら分かるはずだ』
『……なるほど、ですね』
真実は百万の言葉に勝る。
この大局を勝利に導いた小僧の言葉は決定的じゃった。
「くあぁぁ……」
あくびをして眠たそうにしている姿は、春の陽気に誘われた子犬ぐらいにしか見えんのにのぅ。
「それで、じぃさんよ」
「なんじゃ?」
「結局アンタは何しに来たんだ? 暇なら邪魔だ帰れ」
「ぬぅ!? 何たる雑な扱い! 儂英雄じゃぞ! 結構な人気者なんじゃぞ!」
「わかったわかった、おじぃちゃんおうちはあっちですよー、ほなさいなら」
「くぉーっ!! もうちっと構わんかい!!」
「あ……あはは……」
儂らのやりとりに、ファフナが苦笑いする。
「最初、あの作戦の立案者がアルフォンスさんと聞いたときは驚き疑いもしましたが、英雄を手玉に取るこのやりとりを見ていると納得するしかありませんね」
「ぐむぅ、その納得のされ方に儂は納得しとらんがのぅ!! まぁええ、アルフォンスよ本題じゃ」
「家に送れって?」
「儂迷子じゃないと何度も言っとるじゃろがい! 本題とはお主と当初約束しておった食料のことじゃ!」
「ああ、それな」
「お主があの後に話してくれた孤児達を我が国で正式に面倒を見ることになった」
「ん、そうか」
アルフォンスはそれだけを言うと、満足そうに頷く。
この国はアールヴが主軸とは言え、元々が他種族国家。人の子であろうと獣人族の子であろうと、それを受け入れるのに枷はない。
ただ、まぁ何というか、驚かされたのはその孤児達の数じゃったが。
この小僧、まさか百人近い子供達を養っていたとは。何たる無茶をやっとるんだか。
……いや、そもそもそんな無茶を生み出し苦労をかけたのは儂ら大人か。
すまんのぅアルフォンスや。儂ら大人が頼り無いばかりに、そなたのような子供に苦労をかけてしまった。
「どうしたんだじぃさん? らしくなく真面目な顔して」
「らしくなくは余計じゃい! まったく……お主にあと幾つか報告があったんじゃ」
「報告? 面倒臭い話じゃないだろうな」
「胡散臭い物を見るみたいに眉間に皺を寄せるな。報告というのは、お主の進言通り獣王国への食糧輸送の件が進んでおるんじゃ」
「ああ、そのことか。そこら辺はあんたらで頑張ってくれ。ボクはしがない衛士だからね」
「ぐぬぅ……お主がもうちっと表だって活躍しておればもうちっとマシな処遇に出来たものを」
「その話は終わったことだ」
「ぐぬぬぬ……」
よりによってこの小僧、援軍を連れて駆けつけたときも騎士達に裏道をよく知る地元の人間という形で案内しておった。しかも偽兵の計もダリウスが信頼する副官に、ダリウスが手紙を書いて指示したという体をとったため、この小僧の活躍は表面的にはただの道案内ということで終わってしまった。
まぁ、あまりにも素晴らしい活躍をした儂の方にばかり注目が集まり、偽兵の計の成功が陰に隠れてしまったのも要因ではあるがの。
太陽のように燦然と輝く儂の英雄っぷりにも困ったもんじゃわい、ナッハッハッ!!
「どうした、突然ニヤついて? お迎えの死神でも見えたか?」
「そんなんでニヤついてたまるか!!」
口を開けば次から次にと儂をこけにしおってからに!
「取り敢えずお主への報告は以上じゃ。たまには儂の屋敷に顔を出せ、よいな!」
「下級職の衛士がおいそれと行けるか」
「お主なら、見付からずに館に入れるじゃろが!」
「無茶を言うな、ボクは弱いんだ」
「わかったわかった、そう言うことにしておく」
何をしれっと弱いとか抜かしとるんじゃか。
後からあのテオドールに単身で挑んだと聞いたときには、あまりの無謀さに驚かされ勝ったと聞いたときには末恐ろしさにゾッとしたわい。
「それじゃ、また近いうちに顔出しに来るからのぅ。そんときはカレーをご馳走してくれ」
「またカレーかよ、本当に気に入ってるんだな。
「あれを飽きるなんてとんでもないわい!」
「わかったよ、前もって連絡してくれれば作っておくさ」
「うむ、楽しみにしておるぞ……と、そうじゃった。ほれ、お前達にこれやる」
「……なんだこれ?」
「なんですか、これは?」
儂がテーブルに置いた包み紙を見て怪訝な顔をする二人。
「毒か?」
「ど、毒ですか!?」
「毒ちゃうわいっ! まったくこの小僧っ子共は儂をなんだと思っとるんじゃ!!」
「じゃあなんだよ?」
胡散臭そうに尋ねてくる小僧に儂はニヤリと笑って答えてやる。
「……なに、くりーみーで甘い飴ちゃんじゃ。特別じゃからな、二人で食うがええ」






