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終わりゆく世界に紡がれる魔導と剣の物語  作者: 夏目 空桜
第二部 第二章 アールヴの闇
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上級騎士ダリウスの驚愕・前編

思いのほか長くなったため前後編に分けて投稿させて頂きます。

「兄さん」

「なんだ、ダリア」


 陣頭を走る私の隣にダリアが近付いてくる。


「兄さんは良かったんですか?」

「何がだ」

「ご当主様の一番槍をダンブルギムリ殿に譲って」


 私以上にご当主様の元で戦いたかったのだろう、ダリアの歯ぎしりが聞こえてくるようなそんな声音。


「部隊を指揮して奇襲を成功に導けるのが兄さんだけだったとしても、ご当主様が大公閣下から国王陛下になるための戦いなら兄さんやバドハー様が隣に居ないなんておかしいです」


 私やバドハー様が、ではなく本音は『自分』が隣に居たかったのだろう。

 ダリアは幼い頃にご当主様に命を救われて以来、敬愛し誰よりも忠誠を貫いてきた。

 もっともそれが原因で女だてらに騎士を目指すという、すっかりおてんばになってしまったが……


「本来ならアールヴの不始末はアールヴで解決すべきだと思います」


 ダリアはダンブルギムリ殿のことを真なる強者であり、仁義と勇を兼ね備えた御仁だと言う事は知っている。

 だから、この発言に悪意などは含まれて居ないだろうが、それはそれとしてもやはりご当主様への忠誠が前面に出すぎて語気が荒くなっているな。

 ……この戦いの意味がわかっているはずのダリアでさえこのありさまか。

 不味いな。

 アールヴの耳はイルカやコウモリよりも優れている。

 馬上を小声で話しているとは言え聞こえている者達も居るだろう。そうなれば、小さな不満がやがてドヴェルガー族との余計な火種にならんとも限らん。

 ……いや、そもそもがこんな発想を抱くこと自体、軍人にあるまじき姿だ。

 訓練だけでは身に付けることの出来無い心構えというやつか出来てはいなかったのだ。


『大公閣下、此度の戦……失礼ながら閣下らしくはない性急さを感じましたが、何があったのですか?』

『内憂外患という言葉を知っていますか?』

『ええ、国内の憂いごとと国外からの災難の意ですよね?』

『そうです、内憂とはすなわち元老院とオルガンです』

『ならば、外患は海峡より来る蛮族ですね』

『それは、外患の一つ……ですね』

『一つ……他にもあるのですか?』

『まだ確定ではありませんが、デルハグラムもまた我が国の領土を狙って軍拡を進め危険性が増大しているようです』

『まさか獣王国が!? いや、そう言えば近年は各地で天候不良が続いています。食料の値段も地域によっては倍以上に跳ね上げっている国もあるとか。ならば、その食糧不足が原因でしょうか?』

『恐らくは。今は同族同士で戦い合っている時ではないのですが、場合によってはそれさえもデルハグラムの計略である可能性は否定出来ません』


 王都からの出撃前、ご当主様との会話が脳裏をよぎる。

 蛮族の辟易するしつこさも厄介だが、強国デルハグラムと戦になれば国の存亡を賭けた戦いとなる。

 ……このままでは不味い。

 これから早急に国をまとめ上げねばダメだというのに、一介の騎士如きが上官の指示、ましてや次期国王陛下の指示に疑問を抱くようでは作戦に支障をきたしかねない。


「兄さん、この戦いが終わったら早急にご当主様に」

「黙れ」

「ッ!」


 ぴしゃりと会話を斬り捨てられ、ダリアの顔が引き攣る。


「ラーダベルト大公閣下が下された軍事行動に異を唱えるなど不敬以外の何物でも無いぞ。それ以上はダリア、喩え貴様であっても軍法に照らし合わせ処罰せねばならん」

「す、すいませんでした」


 冷たい私の声音に、ダリアは蒼白に変わる。


「ダリア」

「は、はい!」

「貴様もいずれは将校を目指すのであろう。ならば軍事の意味を今一度思い出し心に刻めッ!」

「はっ!」

「そして個人の軽率な行動や感情が味方を死に追いやることを理解せよ! それがわからぬうちは士官学校への推薦など永遠に無いものと思え!」

了解(ラール)ッ!!」

「貴様達もだ! それぞれ個々の思いはあるだろうがこれは軍事作戦である! 個では無く隊であることを理解せよ! 中には初陣の者も居るだろうが、輪を乱し作戦を乱すようであれば味方であろうと容赦なく切り捨てる!」

了解(ラール)ッ!!」


 私の怒号と共に、それまで行軍中でありながらどこか緩さのあった部下達の顔に厳しさが宿り、かけ声が統一される。

 それにしても一斉に応えるということは、どいつもこいつも聞き耳を立てていたな。

 馬鹿正直というのか何と言うべきか……


「馬鹿者どもめ。王都に戻ったら二度と下らぬ事は考えぬように、スペシャルメニューで一から鍛え直してやる」


 私の噛み絞めるように呟いた言葉に、かすかに聞こえたのだろうダリアが引き攣った笑みを浮かべる。

 だが、先ほどまでのような反抗的な目ではない。

 上官に逆らえば、しごきが寄り厳しくなることは若きダリアにも分かっているのだ。

 ……それが分かっているのなら、端から異など唱えなければよかろうに。

 最も、兄妹の甘さか、或いは王都兵の戦の無さが生んだ心の緩みだとするなら、それに気が付かなかった私も同罪か。

 なら、無事に帰った暁には、私も部下共々に筋肉が悲鳴を上げ内臓が嗚咽するメニューを考えておくとしよう。


 そんなことを考えているうちに、やがて私達は作戦を立案したアルフォンス少年の指示した地に到着する。


「なるほど、あの少年が言っていたとおり、確かに身を隠すには最適ですね」


 ダリアの言うとおりだ。

 そこは元が田畑や水田があった場所とは思えないほどに枯れ草が生い茂っていた。


「休耕中とは言え酷いな」

「いやはや、我々が弱らせた土を自然が回復させ、そしてその土を回復させるのが雑草とは。何とも凄い話ですね」

「そうだな。そして人の背丈を超える雑草が毎年生い茂る、か。かつては森の民だった我らが何時の頃からか町を作り城を築いた。あたかも自然に打ち勝ったかのように君臨しているが、この様を見るとそれが幻想に過ぎぬことを思い知らされるな」


 自分の背丈よりも高い葦やイタドリの枯れ草をへし折りながらため息を漏らす。が、何時までも感傷に浸っている暇は無い。


「皆の者、ここからは先に渡した地図を元にそれぞれの持ち場につけ! 奇襲のためテントも張れぬが、新兵時代の教育部隊を思い出し歯を食いしばり時が経つのを待て!」

了解(ラール)ッ!!」

「散開!!」


 指示と同時に、一斉に動き出す兵士達。

 多少なりとも不安な要素はあったが、練度は悪くない。

 そうだ、この戦が終わればラーダベルト大公閣下が新王に即位する。

 そう思うと、私も胸に去来する高揚を隠せずにはいられなかった。

 いられ、なかった……ただ、ここまでは上手くいった。上手くはいったが、不安もあった。

 私は軍人だ。戦を怖くないと言えば嘘になるが、覚悟は決まっている。

 だが……

 僅かに感じる空気の中に眠る纏わり付くような湿り気。

 近いうちに雨が降るかも知れない。

 今回の作戦のキモは火計だ。

 果たして、敵を討ち滅ぼすまで天は泣くのを堪えてくれるだろうか。

 そして、去りゆく同胞の命を嘆き大粒の涙を流すのだろうか……

 あるいは、我らの希望をあざ笑うかの如く雷鳴を響かせ、冷たい雨が頬を打ち付けるのか……

 知らず握りしめていた拳。


 と、その時だった。


「何者だ!!」


 誰何の声が味方部隊より聞こえる。

 くそ、この大事なときに一体誰だ? 敵か、それとも道行く行商人か……


「ラーダベルト大公閣下より伝言を預かった。ダリウス隊長にお通し願いたい」


 この声は……


「貴様が大公閣下様の伝令だと!? 人種の小僧が嘘をつくな! 怪しい奴め!」

「うん、まぁその反応は正しいか」


 いきり立つ騎士を前に、相変わらずののんきと言えば良いのか、雲を掴むような性格とでも言えば良いのかは分からないが、とにも――


「よせ! その者は私の知り合いだ」

「隊長! す、すいませんでした!」


 離れていく騎士を見送り、アルフォンス殿に頭を下げる。


「よく来てくれた、軍師殿」

「やめてください、ボクは頭を下げられるよな身分じゃないですよ」

「今はまだそうだとしても、貴方がラーダベルト家にもたらした功績は今この時点ですでに想像も出来ないほどの価値を生み出してくれました。大公閣下の家臣として、せめてお礼だけでも言わせて頂きたい」

「そこまで言われるのであれば……」


 お互いに小さな笑みをこぼす。


「とは言え、正直ここまでは上手くいきました。しかし、ここから先は今のままだと正直どちらに転ぶか分からない状況です」

「天候のことですね」

「ええ」

「私もそれが気になっていました。しかし、天候を維持するような大魔術など使えるはずも無し……アルフォンス殿は地形に詳しいようですが、何か良い手はありませんか?」

「ここら辺の雑草は見た目には葉の大きなイタドリが目立ちますが、よく見れば枯れ草にヨモギが多量に混ざっています。ヨモギはその葉に蝋を含んでいますから、多少の雨なら問題はありません。しかし、大雨に変われば炎の勢いが殺されるのは必然。であれば、使わないにこしたことはないのですが……搦め手を用意する必要があるでしょう」

「搦め手……それはどんな方法ですか?」

「それは……」

「ん……なるほど。この地の特性を……」

「それと……」

「おお! そういえば、バドハー様もそのようなことをおっしゃって……」

「ええ、ですから……」


 私達はそれから三十分ほど、作戦を練り上げるのに夢中になった。



 そして、二日が経った。


「いつ頃到着しますかね」

「そうですね。オルガン軍は短期間での王都掌握のため恐らく全軍に近い数を向けていると推測します。精霊術の恩恵があっても主力が歩兵、物資輸送を計算に入れるなら行軍スピードは一日に二十キロ前後が精々でしょう。だとすれば、もう間もなく伝令が……」


 アルフォンス殿が言いかけたその時だ、草藪を僅かに揺らしながらダリアが我々の目の前に姿を現した。


「兄さん、四番隊から十三キロ先にオルガン兵の姿を確認したとのことです。その数おおよそ一万八千」

「ほら、ね」

「……です、な」


 肩をすくめウインクしてみせるのは、あくまで少年。

 だが、私にはこの戦場をまるでチェスボードの如く俯瞰する、人では無い何か(・・)にしか見えず背筋に冷たい物が流れ落ちた気がした。


「ざっとうちの九倍か……その数ならこの草原に到着するのは夕刻だな」

「はい、しかも相手の半数は武装もおろそかにして物見遊山のような雰囲気だとか」

「すでに王の私兵にでもなったつもりか、舐めやがって……いや、逆に考えろ。こちらとしてはチャンスじゃないか。ダリア、それぞれ変更した持ち場について、息を殺して身を潜めるように伝えよ。私達の部隊が動き出したらそれが合図だ。それまでは絶対に動くな」

了解(ラール)

「お待ちください」

「な、何でしょうか、軍師殿」


 若干ぎこちなく振り返ったダリアに、アルフォンス殿は大きな袋を一つ渡した。


「結構重たいですが、これは」

「大袋の中に小分けした袋が入ってます。各部隊の隊長に渡してください。部隊長には四時間後に隊員へ袋の中身を一つずつ配るように伝え、部隊長から隊員に渡すときに要らなければ他の物に渡しても良いが一時間以内に消費するよう伝えてください」

「分かりました、それでは!」


 疑問を覚えた顔をしつつも、ダリアは一礼する。そして息を潜め、そのまま草むらの中に姿を消した。


「アルフォンス殿、今のは……」

「大丈夫ですよ、時間が来たらダリウス殿にも渡しますから」

「いや、そうではな……いえ、楽しみに待ちます」


 多くは聞くまい。彼の深謀遠慮は私ごときに計り知れないのはすでに肌身で感じている事だ。

 なら、私が成すべき事、それはただ一つだ。

 この戦を勝利に導くこと。

 それだけだ。

 

 アルフォンス殿と共に練った策略で、我ら部隊は当初の予定よりもさらに広く陣取っていた。

 一部隊五十人の四十部隊。うち、二十部隊には騎馬を全て任せ後方の山間部に潜ませている。

 実質は歩兵千人で二万近い敵を相手にすることになる。

 どこか一つでも見付かればそれで終わり、まさに伸るか反るかの大博打だ。

 一人でも見付かれば即終了。

 それがわかっているからこそどの部隊も皆、息を殺してただじっと待つ。

 それは、待つ側にとっては恐ろしく疲労を生む待機時間だ。

 声を押し殺しての鼓舞を続けるが、それにもいい加減限界がある。

 草むらに隠れる隊員達に疲労の色が見え始めた頃、周りの草むらがかすかに揺れ始めた。

 マズい、身体を潜ませる気力も失われたか。そう、思った時だ、揺れる草むらから顔を出したのはアルフォンス殿だった。


「アルフォンス殿か、どうされたのだ?」

「ちょっと隊員のとこに配り物を。あ、これダリウスさんの分です」

「私の分? これは石……いや、飴ですか?」


 手渡しされたそれは、薄茶色で小石ほどの大きさの物体。


「じぃさ……バドハー様の屋敷に備蓄されていたから拝借してきました」

「その言い方だと、勝手に持ち出したのでしょうな。それはそれとして、何故、ミルク飴(こんな高級品)を?」

「甘味には疲労を取り緊張を和らげる力がありますから」

「それで飴ですか」

「携帯には便利ですからね」

「そう言えば、ダリアに説明していた一時間以内と言うのは?」

「喉、渇くんですよ甘味慣れしていないと尚更。食料が豊富なアルトリアでも、甘味は高級品です。騎士でも滅多に食べないでしょう」

「なるほど……それで一時間以内」


 戦場で渇きは天敵だ。

 一時間御に食べても、オルガン軍到着まで三時間はある。

 水分を取り雉撃ち(しょうべん)に行っても十分な時間がある。

 どこまでも理詰め。 

 口の中に頬張った甘みに身を委ねながら、この少年が仲間であることに心底安堵したのであった。

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