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終わりゆく世界に紡がれる魔導と剣の物語  作者: 夏目 空桜
第二部 第一章 天才少年とポンコツご当主さま
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テオドール、砕かれた野心

 もし、この日一日をまとめたエルダリア・ファン・ラーダベルトの日記帳があったなら、きっと見出しは――


『彼の初陣を表では無く裏の汚れ仕事にしてしまった後悔と自身の無能を、私は一生許さない……』


 で、あっただろう。


 小さな窓から見える空は朝の晴天とはうって変わり、どんよりとしていた。

 だが、そんな空を眺めながらもテオドールの心は晴れやかであった。


「やっと、アルトリアを一つにまとめられる……」


 どれほどこの日を待ちわびただろうか。

 長かった。アールヴの長命な一生さえもが潰えるのでは無いかと思えるほどに長かった。

 ラーダベルト家が、誇りあるアルトリアの大公家が、あの無能が当主になったことでどれほどの時を無駄にしたであろうか。

 前王家のくだらない宥和政策に傾倒してくれたおかげで、危うくアールヴが地上の覇者になる道を閉ざさ――


「ッ!! な、なんだこの気配」


 それはあまりに突然だった。

 背後に突如現れて強烈な気配。

 いや、違う。

 気配は小さい、あまりに小さいのだ。それなのにそれは、まるで心臓を直に鷲掴みにされたかのような衝撃。

 いったい、自分の後ろに何が居るというのだ?

 精霊王? 魔神王?

 いや、馬鹿な……

 そんな超常の存在がここに居てたまるか!


「へぇ、流石はアルトリアでも一二を争う闘争者だ。ボクの気配に気が付くとはね」

「ッ!!!!」


 突如かけられた声。

 どこか幼さの残るその声に振り返れば、そこにはまだ年端のいかない子供がいた。

 馬鹿な、こんな子供に私が背後を取られたというのか?

 いや、それよりも何だコイツは? 何なんだ!?

 鳥肌が泡立ち、毛穴から汗が噴き出してくる。

 この身体の奥底から、魂さえも凍えるような恐怖は……


「は、ハァ、ハッ……貴様、は……いったい、どこから現れた?」

「そこさ」


 小僧が指さした背後。そこにあるのは、開け放たれたままの窓と風に揺れるカーテン。


「ほう、地表を歩く者が蟻にしか見えぬほどに高いこの塔を登ったと? 魔術障壁が張られたこの塔を登るのはさぞ苦労しただろう。壁を這いつくばってよじ登ったか?」

「いや、竜は空を飛べるから楽なんだ」

「これはこれは、竜を従えているとは大きく出たな。トカゲの間違いじゃ無いのか?」

「どう想像するのもアンタの自由さ」

「……ッ」


 いったい、何だと言うのだこの小僧は?

 威圧された訳でも、何をされた訳でもない。ただ、そこに居られるだけで足の震えが止まらない。

 魂が、歪な悲鳴を上げる。

 なんだ、この小僧は……何なんだ?

 こんな緊張、いままで生きてきた中で一度とて無かったぞ……


「護衛、呼ばなくても良いのかい?」

「そんなもの……必要ない!」


 年寄りと侮ったか、愚かな小僧めッ!

 そこはすでに俺の間合いだ!

 五百年待ったこのチャンス、絶対に逃さん!


 ゴギィッ!


「あ、がぁ……」


 耳朶を打つ鈍い音と同時に右手を走る激しい痛み。

 カラン……

 握りしめていたはずの細剣が乾いた音と共に床に転がった。


「手癖の悪いじぃさんだ。人の話を聞かずに斬りかかるのは血筋か?」

「ぐ……むぅ……」


 小僧のズボンの裾が僅かに揺れている。

 まさか、蹴り砕いたというのか?

 刺突した刃に恐れず、細剣を持つ私の拳を狙って……


「ぐぅ……俺の手癖が悪いなら、さしずめお前は足癖の悪い盗人だ!」


 砕けた指先を無理矢理に動かし、燃え盛る暖炉に手を入れる。


「炎霊よ! 愚かなる我が敵を焼き払え!」


 暖炉の炎が火竜となって小僧を呑み込む。


「ぶ、無頼者めが! 疾く燃え滓に成り果てるがいい!!」


 轟々と燃え盛る炎を前に金切り声を上げていた心臓が落ち着きを取り戻していく。

 鉄を、いや、真なる銀(ミスリル)さえも溶かす我が炎霊術喰らい生きていられる者などいない。

 それにしても、いったい何者だったのだ? まさか、バドハー(死に損ない)の間者か? ならば、生かしておくべきだ……ぐむぅ……クソが、ズキズキと痛みよるわ」


 勝ち鬨を遮る激痛。

 それは砕かれ骨の飛び出した手の甲に安堵と共に蘇る屈辱の痛み。

 数百年に及ぶ人生で、こんな真似は誰にも許したことは無い。


「げに恐ろしき小僧よ。正体は気になるが、ここはあの小僧を消し炭に出来ただけで重畳と思っ――」


 ゾズッ……


「べ、き……ぐふ……が、あ……な、何故……な、れぇ俺の腹から腕があぁっ(ごはぁあぁぁぁ……)

「何を言ってるかさっぱりわからんが、予想するに『腹に穴が空いたらもう飯はたべれんじゃないか、どうしてくれるんだこのボケが!』ってところかな?」


 かふゅー……

 かふゅー……

 ご、ごふ……


「冗談なんだから、笑えよ少しは……なんだ? たかが腹に穴が空いただけだろ、もう終わりか?」


 あ……

 ばかな、我らの悲願が、こんな……


「ま、待て……」

「今更命乞いなんかしてくれるなよ、こんなボクでも情けを掛けたくなったら困るんだ。それに、アンタにだって譲れない矜持があったから企んだんだろ? だけど悪いね、ボクの雇い主は弱者に犠牲を強いる矜持は認めないんだ」


 視界から小僧が消え――

 ッ! 何時の間に、俺の懐に……

 身体を突き上げるような浮遊感と腕が砕ける鈍い音がした。

 天井も床も、目まぐるしく回転し――


 ガシャッ!


 頭のどこかがはじける音が聞こえた。

 ……視界が……歪……


「……あ……ぅ……」

「さよなら……テオドー……」


 どこか遠くで、兵達の叫びが聞こえた……

 た、すけ、て……くれ……

 おれ……は、ここ、に……

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