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終わりゆく世界に紡がれる魔導と剣の物語  作者: 夏目 空桜
第二部 第一章 天才少年とポンコツご当主さま
155/266

アルトリアの偽王~始まりの約束~

企み回は、一応今回で終了です。

「ん……」


 小さな唸り声が聞こえた。


「目は覚めましたか?」

「……ボクはどれくらい寝落ちしていた?」

「そうですね、ざっと四時間でしょうか」

「そうか、少し寝すぎたな」

「体内魔素が空になるまで多重魔術を使ったのですから、むしろ四時間で目を覚ましたのは奇跡だと思いますよ」

「人間は不自由だよな、寝だめ食いだめが出来無いんだから」

「それじゃまるで人間じゃないみたいですよ」

「ボクは竜だからね」

「竜?」

「冗談だ。ところで話は変わるがここはどこだ? 馬車……じゃないな。天上や部屋の雰囲気からして、アンタの屋敷か?」

「ええ、貴方の指示通り屋敷まで戻りました」

「そうか、ボクは部屋に運ばれても爆睡してたんだな。油断しすぎだろ」

「あはは……」


 落ち込むアルフォンスくん。

 まぁ、この部屋までリーヴァがぬいぐるみを抱っこするみたいにアルフォンスくんを運んできたのは、彼の名誉のためにも秘密にしてあげましょう。

 ……べ、別に弱みを握った何て思っていませんよ!

 ただ、あの物静かで控えめなリーヴァが、ちょっと犯罪臭のするショタコンだったのには驚かされましたが。


「なんか、悩み事か?」

「あ、いえ、そういうわけじゃ無いです」

「そうか……」


 苦笑いしか出来無い私を余所に、アルフォンスくんは小さく呟くと起き上がり窓から庭を眺め見た。

 眼下には整然と並び屋敷に向かって敬礼をする兵達の姿。


「大したモノだな。訳の分からない命令を下されれば、それは表情に表れるはずなんだがそんな雰囲気は欠片も無い」

「ほとんどの者は何年と戦らしい戦はしていませんが、訓練だけは怠りませんでしたから」

「なるほどな。だが、それだけでは不平不満は抑えられない」


 そう言って、アルフォンスくんの視線が一瞬私を捕らえる。


「信頼されてるんだな」

「ふぁ!?」

「なんだ、その反応は?」

「あー、いえ……えへへ、な、何でも無いです」


 散々罵倒されてきただけに、素直に褒められるとは思わず思わず声が裏返ってしまう。

 そんな挙動不審の私にアルフォンスくんはため息をつきながら視線をまた眼科の騎士達に戻した。


「ただ、気になるの平和だった証しとは言え実戦経験の無さ、だな……」


 アルフォンスくんが何を言いたいのかはわかる。

 一見すれば彼らはアールヴ族の中でも年若く精強だ。だが、その若さとは諸刃であり経験の少なさを意味する。


「これから彼らが相手にするのは同僚であり同族です。どれだけの者が本気になって戦えるのか、そこら辺が帝国領と隣接しているオルガン公爵の兵士達との決定的な差ですね」

「ん……ここは多種族国家だ。アールヴ族以外の兵をアンタは何人従えている?」

「ドヴェルガー族が約四百人、白狐族をはじめとする獣人族の兵が百五十ほどです」

「獣人族は長年この領内に住んでいるんだ?」

「安心してください。皆何十年とこの地で生活しています。デルハグラムとは縁が薄い者達です」

「なら、アンタに仕えるドヴェルガー族で最も地位の高い者は?」

「重戦士団団長のダンブルギムリです」

「ダンブルギムリ? ダンブルギムリ、ダンブルギムリ……」


 何かを思い出すみたいに、その名を何度となく反芻する。


「ボクの知識に間違いが無ければ、確か【竜の背骨大山脈】付近にあった【古代の迷宮国】の族長がダンブルギムリという名だったはずだが」

「はぁ……」


 アルフォンスくんの発言に、私は思わずため息をつく。

 呆れた訳じゃ無い。ただただ感心したのだ。


「ほんとに、驚くぐらいに博識ですね。そうです彼はかつて、数百年も前に存在した【古代の迷宮国】、正確には【古代神ガードの迷宮国】を支配していた王の末裔です」

「そういや、ドヴェルガー族は一族の名を代々引き継ぐと聞いたことがあるな」

「ええ、彼もまたドヴェルガー一族の長が亡くなった時に、その長の名を引き継ぎました」

「【古代の迷宮国】、いや【古代神ガードの迷宮国】は確か……」

「ええ、五百年前の旧帝国と四大魔王の一角、竜王ラースタイラントの戦争で滅びた王国です」

「なら最低でも五百歳以上……ボクの知るドヴェルガー族の寿命の倍近く生きているな」

「噂によると伝説の英雄王カーズさまから与えられた力により、王の一族は他のドヴェルガー族より三倍近い寿命を与えられたと聞いています」

「そんなはずは……」

「そんなはず?」

「何でも無い。それよりも、王国が滅びた際にこの多種族国家のアルトリアに身を寄せていたのか」

「ええ、王国と共に最後を迎えるつもりだったらしいのですが、旧知のバドハーに説得されて当家に仕えてくれることになりました」

「かつては王だった者の五百年の忠誠か」


 静かに解き放ったアルフォンスくんの言葉。

 五百……言葉にすれば片手の指でさえおつりが来るほどの文字数。

 だが、その年月とは若木が古木になり枯れ落ちるのにさえ十分すぎる年月だ。


「ドヴェルガー族は受けた恩と義理を忘れない、と聞いたことがあるな」

「ええ、彼は、いいえ彼らはアールヴ族に仕えるなど屈辱であったでしょうに、それでもいつも心を砕いて仕えてくれています」

「なら、その忠誠に今度はアンタが応える番だな」

「私、が?」

「あぁ、ドヴェルガー族は義理堅い半面、受けた屈辱は絶対に忘れないと聞く。だからこそ彼らと約束するんだ。アンタが王になり国を平定した暁には、全軍を上げて竜王ラースタイラントを滅ぼし王国再興に尽力すると」


 魔王を討ち滅ぼす。

 それは、かつての巨大帝国が滅びる原因ともなった竜王討伐大戦以来、絶対に不可能とされてきた禁忌。


「そのような荒唐無稽、いったい誰が信じるでしょうか」

「誰も信じやしないさ」

「しん、じない?」

「だが、竜王討伐こそがドヴェルガー族の悲願だ。今までは王国の大公に過ぎなかったアンタがそんな荒唐無稽をほとばしらせたところで誰一人耳を傾けなかっただろう」

「まさか……王に即位するという事実で、ダンブルギムリ達を騙すというのですか?」


 もしそうだとしたなら、いくらアルフォンスくんの提案だとしても受け入れることは絶対に出来無い。出来るはずが無い。

 だが、そんな私の気持ちを察したみたいにアルフォンスくんは薄く微笑んだ。


「まさか、自分が王位に就くためだけに部下の心を弄ぶような暗愚なら、ボクがその時点で国を乗っ取るよ」

「……凄い台詞ですね」

「その程度の王が治める国なら、ボクは一代で滅ぼしてみせる」

「それも凄い台詞ですね。まぁ貴方だったら小国とかなら半年で落としそうですが」

「まぁ、半年とはさすがに言えないけどね。とにも、ボクは刃向かう敵なら徹底的に利用して血反吐を吐かせた後に泣きっ面に拳を叩き込むべきだと思うが、仲間を裏切るような行為は容認しない」

「前半はだいぶアレですが、後半は同意です」

「アンタが目指すべきは慈悲と徳で人心を掴む王になることだ。間違っても暴君になどなってくれるな」

「随分と壮大な話ですね……もし、私が道を間違えたら?」

「その時は全霊をもってボクがアンタを殺す」


 嘘偽りの無いその言葉は……どこまでもまっすぐで、そして嘘偽りの無さを体現したかのように冷徹だった。だからこそわかる、この少年は私を信じて仕えてくれているのだと。

 その思い、絶対に裏切ることは出来無い。だから私はただ静かに……

 どこまでも透明で情熱的な誓いをこの若き天才に誓う。


「約束しますよ、貴方が後世で主を裏切った不忠者……そんな呼ばれ方をしない生き様をしてみせると」

「頼みますよ我が主(マイマスター)


 ゾクリとした。

 本当に何度も思ったことですが、貴方は幾つですかと疑いたくなる大人びた表情で薄く微笑んだ。


「さて、ここからが本題だ。十年」

「十年?」

「ドヴェルガー族が王国を取り戻すために最長でも十年です」

「ふぁっ!?」


 真面目な会話をしていたというのに、思わず間の抜けた声が出たしまう。

 今までも荒唐無稽とも言える策略ばかりだったのに、あの難攻不落、最強の魔王と名高い竜王を十年以内に滅ぼすなんて……


「今は誰も信じない。それで良いんです」

「それで良い?」

「ただ貴方はドヴェルガー族に誓いを立てください。国内を安定させた暁には、十年以内に王国を取り戻すために全軍を動かすと」

「それは、勝っても負けても戦う……と言う意味ですか?」

「そんなわけないでしょう。慈悲と徳で人心を掴む王になれと言ったのをもう忘れたのか? 兵の命を軽んじるような王は暗愚以外の何物でも無いだろうが」

「うっ! そ、その突然始まる残念な者を見る目はやめてください……心臓に悪いです」

「ボクも出来ればそんな目で見たくは無いよ……」

「ぐふ……」


 この少年は間違い無く天才だ。

 だからこそ、この国のためにも仕えて欲しいと思ったのですが……辛辣すぎて心が泣き出しそうです……

 少しくらい、優しい言葉が欲しいと思っても罰は当たらないと思うのですよ。


「とにも、今はドヴェルガー族とその約束をするだけで良いよ。今までのアンタらとドヴェルガー族の絆が確かなら、必ずやアンタの強い味方になる。そして、ドヴェルガー族の力こそがこの国を守るものになる」


 その瞳はどこまで先の未来を見つめていると言うのか……

 まるで数十年、いや、数百年先の未来まで見据えているかのような……実に不思議で、だけどどこまでも人を魅了するかのような不思議な力を秘めていた。

 だけど、嗚呼……

 魔王と戦う約束ですか。

 バドハーに何を言われるやら……考えるだけで面倒臭い。


「乗り気になってくれたみたいだな」

「貴方には、今の私が乗り気に見えるのですね」

「それで話の続きだ」

「聞けよ」

「国民が起こす内乱と違い、貴族が起こす内乱を収束させるのは実はそんなに難しい話じゃ無い」


 私の抗議を無視し、アルフォンスくんはいともあっさりと言ってのける。


「裏切りの首謀者に対して二度と反逆をしたいと思わせないほど圧倒的に、そして無慈悲に殲滅すれば良い。そしていち早く国民に正義がどちらかにあるかを伝えればそれで十分だ」

「ほんと、あっさりと言ってのけますね」


 それが一番難しいのは誰もが知っている。


「ここで難しいのは国民がどちらに正義があるか、それをどう伝えるかだ。だが、幸いアンタは半世紀もの長きに渡り、前王室に対して忠義を誓ってきた」

「ですが、貴方の弁を借りるなら、その忠義こそがこの戦局を招いた……そう言ったじゃないですか」

「あぁ、それは間違いないよ。だけど、その事実を国民が知ることはほとんど無い。むしろ、アンタという忠臣は存在そのものがすでに国民が大好きな英雄譚だ」

「どう言う意味でしょうか?」

「国民の大半が戦火にさらされることが無く長年平和を享受したという事実は、それだけアンタの治世が良かったことの証しだ。しかも何時でも王位に就ける地位にありながら、それを固辞し続けた。実力があって身分もあるのに忠に生きる、民ってヤツの好きそうな話だろ」

「貴方が言うと、全てに謀略の香りがするのは何故でしょうか?」

「失礼なことを言うな。最良最短の道を進む術をボクは提示しいてるだけだ」

「……」

「疑うなよ」

「いえ、疑ってる訳じゃないのですが……」

「貴族は民衆と比べれば強大な力を持っている。だから勘違いされがちだが真の強者は民だ。一致団結した民に背を向けられたら最後、滅びるのは貴族だ。貴族は支配階級だけど、それは一方的な支配じゃ真の強国にはなれない」


 言いたいことは分かる。

 貴族と言うだけで、民をまるで物か道具のように扱う者達は居るが、本来の貴族とは民の代表であり、矢面に立つ存在でないとならない。

 富を集める以上、それは民を守る盾となり剣となるのが責務なのだ。


「あんたの家臣には伝説の英雄がいる。そして王家と縁戚関係にあるアンタ自身が獅子身中の虫である逆臣オルガンを討ち滅ぼすんだ。三年後には歌劇場じゃアンタの創作英雄譚で溢れてるはずだ」

「それは、ちょっと嫌ですね」

「そして、ここで大事なのはドヴェルガー族がこの国の平和に大いに貢献したことを広めることだ」

「一歩間違えれば、内乱を引き起こした存在と思われないためですね」

「そうだ。武功の第一と伝えても良いだろう」

「しかし、それでは他の者達が納得しないのでは?」

「最初はそうなるだろう。だが今回の戦いで動くのはほとんどがアンタの私兵だ。他の貴族を動かす訳じゃない。それに――」

「それに?」

「この国は表向き多種族国家とは言われているが、実情はアールヴ族一強と言っても過言じゃない」


 その通りだ。

 元々がアールヴの女王が治めていた国だけあり、多種族には移民が多くドヴェルガー族に至っては亡国の難民だ。

 そのため必然的にアールヴ族の発言が強くなっているのが現状だ。


「同族の悪を打ち論功行賞で正当な評価報酬を与えることで、アルトリアは、いやラーダベルト王は種に偽りなく信賞必罰を与える公明正大な王であると喧伝することが出来る」

「……元老院を悪として討ち滅ぼす理由が」

「今のままでは弱いか?」

「さすがに、『邪魔だからついでに』って理由はなしだと思います」


 私は無言で頷くと、アルフォンスくんは自分の鞄の中から一枚の羊皮紙を取りだしテーブルに広げた。

 見ればそれは地図だ。しかも市場に出回っている地図よりも詳細に描き込まれたこの国の広域地図。


「貴方は出会ったときも地図を描いていましたが、まさかこんなにも詳細に描いていたとは」

「世の中には地図の重要性を知らない連中が多すぎる。正確な地図を持つことが強敵に勝つ為の第一歩だよ。勘や憶測だけの当て推量を頼みにした戦争は無駄な犠牲しか生まない」

「確かに……」


 冷静なる天才を前にし私は再び言葉を失う。

 そんな私を気にもとめず、アルフォンスくんは地図上の王都を指さすとそのまま指を走らせ一度止めた。それは、宿敵であるオルガン公爵領だ。そして、そのままさらに王都へ戻るような動きで指を走らせ止めた先は私達が襲撃された館だった。


「王都から公爵領まで直線距離にして百四十キロ強。さらに公爵領から館まで九十キロはある。分かるか?」

「……離れた距離を襲撃したということでしょうか?」

「半分正解。単純にランドルフが得た情報で行動を起こすには、半日足らずでは不可能なんだ」

「ええ、それでファード男爵から使用人を暗殺者に見繕ったんですよね」

「だが、ここで考えないと駄目なことがある。ファード男爵は独断でそれ(・・)を行ったのか、と言うことだ」

「それは……」

「考えてもみろ。オルガンという後ろ盾があろうと所詮は下級貴族だ。独断で大公に弓引けるはずがない。そのためにオルガンと謀反を起こすことを確約してから行動に移す必要がある」

「確かに。ですがファード男爵は爵位はあれど所領を持たず王都に居を構えています。どこかでオルガンと連携を取り合う必要が……まさか……」

「【遠見の通話石】……」


 アルフォンスくんがボソリと呟いたそれは、悪名高き魔導王アルフレッドが発明した魔導具だ。クリスタルを通して相手の顔を見ながら通話出来る代物。

 この世界の情報戦を変えたと言われる魔導具で、本来なら帝国以外では所有が認められないであろう発明品だった。しかし、時の皇帝と魔導王が不仲であった為に、真実は不明だが魔導王の嫌がらせで世界中にその技術は拡散したとも言われている。

 しかし、優れた魔導具ではあったがほとんどの魔導学者にはその技術の深淵は解析不能だったため、劣化レプリカを作るのがせいぜい。

 しかもそんな劣化レプリカを作るのでさえも、0が幾つも並ぶという吐き気がするほどの天文学的金額がかかった。そのためやっと一組作られた【遠見の通話石】も、最前線であるオルガン公爵領と王城に設けられた一室で通話するだけの物となった。


「しかし、【遠見の通話石】はとんでもない量の魔力消費を必要とします。ファード男爵はどちらかと言えば武闘派です、使えるとは……そうか、協力者か……」


 王城にある【遠見の通話石】は本物に比べると圧倒的な劣化レプリカだ。言ってしまえば糸が見えず距離が遙か彼方にまで繋がるだけの糸電話とさえいえる。しかも、それを使用する為には、常時莫大な魔素が必要ときている。


「【遠見の通話石】はボクも実物は見たことないが、噂によるとそこらの魔術師じゃ干上がるほどに魔素を食い散らかすらしいね」

「ええ、アレをまともに使える物はアルトリアでも片手で足りるでしょう。そして、現在王城にあるアレに触れられる者で使える能力者となれば、たった一人です」

「そいつは?」

「元老院の最長老テオドール伯です」

「なるほど。ついでに訪ねるがソイツは強化系の補助魔術の使い手か?」

「ええ、アールヴでは珍しい炎霊の名手でテオドール伯が最も得意とする術だったはずですが、何故それを?」

「ビンゴ……当たりだ。アンタを奇襲した裏方はソイツに確定で間違いなさそうだ」

「どうして、そう言えるんですか?」


 私の問い掛けに、アルフォンスくんが再び地図を指さす。

 今度は王都から屋敷までを一直線に。


「距離にして約七十キロ。人質を取られて無理矢理戦いに駆り出された一般人の彼らが、館まで一晩中走る」

「あ……」

「鍛えられた軽装兵ならいざ知らず、たかが使用人程度の体力で七十キロもの長距離を移動し、さらにはすぐに襲撃を実行……どう考えても不可能だ」

「それを可能にするのが、王都から屋敷まで身体強化の魔術を維持できる術者の存在……」

「魔法じゃないから、遠距離から見えない者を強化することは出来ない。であることを考えても強化後に送り出されたと考えるのが妥当だろ。ま、数時間効果の消えない補助魔術を複数人に行使するなんて、その時点でとんでもない化け物だとは思うがね……どうした?」

「テオドール伯は、私の……大叔父になるんです」

「……そうか」


 しばしの沈黙が部屋を支配する。

 アルフォンスくんは何も答えない。私を気遣って? それもあるだろう。だが、この正道に厳しい少年が、そんな甘い理由で沈黙しているはずがない。

 そう、彼は私の懐刀だ。

 計り知れない知謀と底知れぬ戦闘力を秘めている。

 だが、その力を行使するのはあくまで私の意志だ。

 鞘から刃を抜き放ち、眼前の敵を切り捨てるという確たる意志。


 彼は待っているのだ。私が自ら決断するのを。


  だから、応えねばならない。


「喩え身内であっても、この国にとって害悪となるのならば……討ちます」

「そうだ、アンタは王になる。王の選択肢としてはそれが正解にして唯一の回答だ」

「甘い言葉はなし、ですか……ありがとうございます。オルガンもテオドールもアールヴ至上主義で、多種族との融和に関しては元々が反対派です。獣人国デルハグラムと融和協定を結ぶなど欠片も考えることはありません」

「元老院は全員反対派なのか?」

「いえ、ただ三分の二は……私達とは話が合わないですね」

「強大な魔術を使える者が敵に居て、しかも相当数が敵か……」


 アルフォンスくんは躊躇するかのように瞳を閉じ、そしてゆっくりと口を開いた。


「よし、それならボクは一足先に城に忍び込んでオルガンが登城する直前に隙を突いてテオドールと戦う」

「何を馬鹿なことを! テオドール伯は剣術も魔術もこの国で一二を争う使い手です! まともにぶつかればいくら貴方でも!」

「ボクは弱いからね」

「また、貴方は……いえ、弱いと思うなら絶対に行っては駄目です!」

「大丈夫だ。まともにぶつかる気は無い」

「ですが」

「信じろ、ボクを。約束したはずだろ」

「約、束……」

「アンタは王になるとボクに誓った。そして、ボクはアンタを王にすると誓った。ボク達の約束はアルトリアで生きる民を守る為のものだろ。こんなくだらない身内の馬鹿騒ぎで躓くようなら、端からボク達にこの国を守る力なんて無いってことだ」

「……どうして人種である貴方が、アルトリアの為にそこまで言って下さるのですか?」

「別に、義理や人情だなんて聖人君子みたいなことは言わないよ。言っただろ、ボクにも叶えたない願いがあるって。そのためにアルトリアもアンタも利用させて貰うだけさ」

「利用ですか。あっさりと言うんですね」

「義理だとか言われるよりも、よっぽど明確で確かな関係だとは思うがね」

「貴方の目的が分からないので、それは何とも言えません」

「ま……悪いがボクもまだ言えないんだ。ボクだってまさかこんなにも早く表舞台に出るなんて思ってもなかったからね」


 どこまで話してもはぐらかす。

 そりゃ、そうですよね。この短期間で余りに濃密な時を過ごしたとはいえ、主従関係を結んでまだ数日なんですから。

 そう、僅か数日。だけど数日でここまでの道をアルフォンスくんが導いてくれた。

 そして、アルトリアが生き残る術も提示してくれた。

 全てを盲目的に信じるのは危険かもしれない……

 だけど、八方塞がりだったアルトリアが生き残るためには、この少年の策に頼るしかない。

 秘密があろうとなかろうと、それを含めて飲み干せ。

 清濁併せられぬ者に、この激動の時代を生き残ることなど出来ないのだから。


「アルフォンス、貴方を真の表舞台に立たす前に裏の戦いに巻き込むこと、一人のアールヴとして深く謝罪します。そして、どうかアルトリアの為に尽力してください」


 私のお願いに、アルフォンスくんは薄い笑みをこぼすだけだった。

お読み頂きありがとうございます。

次回、アルフォンスがその真価を一部発揮します。

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