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終わりゆく世界に紡がれる魔導と剣の物語  作者: 夏目 空桜
第二部 第一章 天才少年とポンコツご当主さま
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アルトリアの偽王~正義と弱さ~

アルフォンス、寝落ちします

 作戦が決まってからの動きは速かった。

 ただ一つ、私を王位に就かせるという目的のためだけに加速し始めた物語。

 それは堰き止められていた半世紀という長き時が、目を覚ましたかのような瞬間だった。


「――それでは、貴方たちには目立たないようにこの黒い布で身体を来るんで頂きます。当然ですが馬車に乗っている間は声を出すことの一切を禁じます。とは言っても、お二人は魔術で治したとは言っても舌を噛み切っていますから、しばらく声を出すこと自体厳しいでしょう。それでも馬車に乗っている間は猿ぐつわをさせて頂きます」


 次々と作戦を立案していくアルフォンスくん。

 その姿を見ているだけで、私の背中に冷たい汗が流れ落ちる。自分で味方に引き込みながら心の奥底が震える。

 それは恐怖なのか、それとも……

 たが、これだけは確実に言える。そして、私の魂はその確実なる答えに震えているのだ。

 私は、いやアルトリアは……麒麟児なんて言葉では収まらない、とてつもない宝玉を手に入れたのだ。


「――よし、準備は大体終わった。ん、どうかしましたか?」

「え、何がですか?」

「いえ、何か難しい顔をしたりニヤついたり、表情が忙しそうだったもので」

「難しい顔はともかく、ニヤついたりって……」


 鋭いと言えば良いのか、目聡いと言えば良いのか、はたまたデリカシーが無いと言えば良いのか……


「些細なことに気を病まないことです。貴方の一挙一動、どこで誰が見ているかもわからないのですから」

「は、はい……」


 メチャクチャ年下に叱られた。しかも、わりとガッツリ目に……

 アルフォンスくんはそんな私の様子に小さなため息をつくと、チラリと視線を辺りに巡らせ近くに人が居ないことを確認し、


「そう、落ち込むな。アンタにはアンタにしか出来ないことがあるんだ」

「若き騎士達が来た時から貴方は敬語を使ってくださいましたが、やはりその方がしっくりときますね」

「ふん、失礼な。ボクが敬語を使えることくらい、アンタがボクを配下にした時に知っているだろ」

「ふふ、ええもちろん。それでも貴方と話すときは、やっぱり敬語がないほうがしっくりくるんです」

「ん……」


 アルフォンスくんはほんの一瞬、薄く微笑むとすぐに真顔になる。


「敬語をやめたから聞きやすいんじゃないのか?」

「…………」

ランドルフ(あの裏切り者)を殺したこと、そして死体への仕打ち、本当はわだかまりがあるんだろ?」


 ホント……この少年は嫉妬を覚えるぐらいに賢い。

 いや、『賢い』だけとは違うな……

 賢い者は、必ずしも他者に対して気が付くとは限らない。

 賢さと人情とは、時として相反するものだ。

 だがこの少年は違う。賢く、そして他人に対して聡い。

 時に相反するはずのその二つを、この少年は高次で備えている。

 いったい、アルフォンスくんはこの歳でどうやってそれを身に付けたのだろう?

 そして、だからこそ思う。

 あの、冷徹すぎるほどに冷徹な策略と、ランドルフを一切躊躇わずに殺したことやその後の所業が。

 いや、今思えば、やはり気になるのは『ボクは弱いんだ』、というあの発言だろう。

 確かにランドルフは足を患っていたかもしれない。それでも王国で一時は騎士長を務めたほどの男を瞬殺出来る者など果たしてどれほど居ようか。そして、あの谷で一瞬の隙を突いて私の抜刀を止めた技量……

 あの発言は謙遜?

 違う……彼には彼の、何かがあるからこそ出た言葉だったはずだ。


「貴方に聞きたいことは山ほどあります。でも、何から聞くのが正しいのか……」

「自分の弱さを隠して正しさばかりを求める、悪癖だな」

「ッ……それは、どう言う意味でしょうか?」

「アンタは誰より(・・・)も優れている。剣に魔法、そして人としてのあり方も」

「随分含みのある言い方ですね」

「平安の世ならアンタは間違い無く名君だったはずだ。だが、正しさを求める余り、他者に対して臆病になってしまった」


 その言葉がグサリと私に突き刺さる。

 そう、私が暗愚であったからこそこの状況を招き、ランドルフを裏切り者にしてしまった。

 わだかまり?

 何を愚かな。私は、私の愚かさでアルフォンスくんに尻拭いをさせたのだ。


「あの男が裏切ったのは奴自身の人間性と資質の問題だ。だが、裏切る切っ掛けを生んだのは間違い無くアンタの決断力の無さだ。一見すれば王家への忠誠だろうが、それが許されるのは治世の安定した平時だけだ。大多数の者は無為に過ぎ去る時を信じ続けられるほど強くは無い」


 ぐぅの音も出ない断罪。


「ほんとに珍しいよな。普通権力者は自分が信じる正しさを求めると強権的になりがちなんだが、あんたはそれとは真逆…………だが、そんなおっかなびっくり歩く気弱な王が、この世界に一人ぐらい居ても良いのかもな」

「え?」

「アンタがボクの手を取るために王になると決断してくれたように、ボクはボクが成すべきことを成す。アンタが出来無いことはボクがやる。守りたいんだろ、アルトリアの大地も民も」

「貴方は……アールヴ族でも無い貴方がどうして、そこまで私達に力を貸してくれるんですか? 本来なら汚さなくて良かったはずの手まで汚して……」


 私の問いかけに、アルフォンスくんはその歳には似つかわしくない雰囲気で薄く微笑んだ。

「別に善意なんかじゃないさ。ボクにも叶えたい願いがある。それに――」

「それに?」

「アルトリアの地を踏むと、もう一つの魂がどうしようもなく震えるんだ」

「もう一つの……魂?」


 それはどんな意味だったのか。

 いくつもの疑問を置き去りにしたまま、アルフォンスくんは部屋を出て行った。


「はぁ……秘密主義にもほどがありますよ、まったく」


 椅子に深く腰を落としながら、誰も居なくなった部屋で深いため息をつく。

 アルフォンスくんの言葉の意味も、そしてどこで身に付けたのかもわからないあの深遠なる智謀も気になるが、私にはそれよりも先に成さなければならいことが山積みだ。

 白亜の王城を血で染めることになろうと、悪鬼羅刹の誹りを受けようとも、

 私は王になる。

 指先がやけに震えた。

 情けない。この期に及んで私はまだ覚悟が決まっていないと言うのか。

 アルフォンスくんにも釘を刺されたじゃ無いか。

 ランドルフの裏切りを招いたのは私自身の弱さと愚かさだと。

 すでに賽は投げられたのだ。私がためらい選択を一つでも誤れば、信じてついてきてくれた多くの者たちの血を無駄に流しかねない。

 飲み込んだ唾が、やけに耳障りに聞こえた。


 コンコン、コンコン……


 物思いに耽っていると、ふいに扉をノックされた。


「どうぞ、開いてますよ」

「失礼します……」


 物静かに入ってきたリーヴァ。


「ご当主様、アルフォンスから伝言です……下の準備は終わった……とのことです……」


 口数少なにそれだけを伝えると、恭しく頭を下げ踵を返す。


「そうでした、リーヴァ」

「ん、どうしましたご当主様……」

「貴方は新しく仲間になったあの少年のことをどう思いますか」

「可愛い……ドストライク。こんなに魂が震えたのは初めて……」

「え? えっと……」

「あんな弟が欲しい人生だった……」

「……質問が抽象的すぎましたね。私が聞きたかったのは共に働く仲間としてどうかということです」

「あ、そっちか……失敗失敗、勘違いした……ん、アルフォンスはとても興味深い。あの歳でどんな修羅場をくぐれば、あんな感じに人の心理を読んで作戦を立てられるようになるのか疑問……」

「そうですね、私も同感です」

「ただ、これだけはわかったつもり……ご当主様とバドハー様が、あの少年の能力に魅了された理由が……そして、これからの数日間でアルフォンスの真価がわかる。私達に破滅をもたらす口先だけのただのペテン師か、それとも権謀術数に秀でた稀代の詐術師か……」

「ペテン師に詐術師とは……なんとも言い難い評価ですね」

「ん……それだけ、アルフォンスの能力が未知数……」


 なるほど、まさにその通りだ。

 そして、万が一にも私達の目が節穴だったなら、その果てに私達の破滅が待つことになる。

 そう、それほどの大博打。

 だが、私の心は戦争前とは思えぬほどに穏やかだった。

 まるで、数日後の勝利をすでに手にしているかのように。

 だから、なるほど……ペテン師か詐術師か。実に言い得て妙な評価だと思わず感心してしまった。


「とりあえずは、アルフォンスを待たせていますから私達も行くとしましょう」


 ……意気揚々と屋敷を出たのは、ほんの半刻ほど前のことでした。

 

 ドカラドカラドカラドカラッ!!


 暗い森の中を豪快な音と共に走り抜ける馬車。

 その速度に青ざめたダリアが御者台に乗り出す。


「アルフォンス! 暗闇の中を走るにはいささか速度が出過ぎだと思うのですが、本当に大丈夫なんですか?」

「問題ありません。ここら辺の地形はすでに把握しています。不安だと思いますが、今しばらく我慢してください」

「ふ、不安なんてあるわけないでしょ! ご当主様の一世一代の晴れ舞台に立ち会える、そのために急いでるんですから! もっと速度を出しても良いくらいよ!!」


 ダリア、人はそれを死亡フラグと言うのですよ。


「そうか、それは良かった。このペースだと少し遅かったからもう少し飛ばしたかったんだ」

「へ?」


 ダリアの間の抜けた声。

 ええ、ダリア覚えておきなさい。そこの少年は、ある意味で凄く生真面目だという事を……

 私が覚悟を決めたと同時であった。車内に阿鼻叫喚が巻き起こった。

 主に私とダリアの。


「ア、ア、アルフォンス! で、出来れば椅子の下に隠れている私のためにも、す、少し速度を落としてくれるとありがたいのですが……」


 ドカラッドカラッドカラッドカラッドカラッ!!!


 私の頼みは、聞こえなかったのか聞こえないふりをされたのかはわかりませんが、通じることはありませんでした……

 馬車に揺らされるだけで、死にかけるという生き地獄を味わうこと数時間。

 床板と椅子のすき間から見える暗い空に、僅かに明るさが宿り始めた頃――


「ダリア様。ここらで作戦通り御者を代わって頂きたいのですが、よろしいですか?」

「はいよろこんで!」


 半ば虫の息だったダリアは、本来なら誰もが嫌がる御者役に飛び付いた。


「もう少しで明るくなりますから、不安な演技をして頂きたいのですが……あれ? 随分顔色が悪いですね。ちょうど良い」

「ちょうど良いことあるかー! 死ぬかと思ったわよ!」

「今ちゃんと生きてるじゃ無いですか。【もしも】や【たられば】の話は無駄だからやめましょう」

「……はい」


 けんもほろろとはまさにこのことか。

 とにも、これで私も少しは休め――


「アルフォンス……ご苦労様……」

「いえ、ボクの取り敢えずの仕事はここまでですが、ここからはリーヴァ様の出番です。よろしくお願いします」

「ん……」


 ぺしぺしぺしぺし。


 ? 何の音でしょうか?

 狭いすき間から覗いてみるとリーヴァは無言のまま自分の膝を叩いていた。


「アルフォンス、この馬車の椅子硬い。だから、ここ枕にする……」


 ッ!?

 な、何と言うことでしょう。常日頃、何を考えているのかわからないリーヴァが、アルフォンスくんを誘うとか!

 そう言えば貴女、『可愛い、ドストライクとかあんな弟が欲しい人生だった』とか不穏当なことを言ってましたね。

 ま、まぁ趣味は人それぞれですが、貴女は完璧なショタコンだったのですね。

 ……………………はっ!

 人の恋路と言って良いのかわかりませんが、凝視すべきではありませんよね。

 そうですよ、こんな出歯亀みたいな真似。ましてや若干違法性がりそうとも部下の恋路を覗くなど……


「じゃ、悪いけど少し休ませて貰います。当初の予定通り魔術をお願いします」


 素直にリーヴァの膝枕で横になるアルフォンスくん。

 って、素直に横に「なるんかーい!」


「ご当主様、作戦中……」

「もう少しの辛抱ですから、お静かに」

「……はい」


 諭された。しかも残念な子供を慰めるみたいに。

 私だってわかっているんです。今がどんな状況かくらいは。

 ただ、何て言うか……何て言うかなんですよ。ええ、はい……

 すごくモヤモヤしただけなんです。それだけなんです!


「アルフォンス頑張った……ただでさえオーガンクルス馬は精細で臆病な子達が多い。だから夜の闇を走るなんて、普通なら怖がって出来無い。ましてやあんな全力で走るなんて、普通ならやろうとしても不可能。屋敷を出てからずっと魔術を使ってたよね……」


 魔術? 

 まさか、屋敷を出てからって……いったい何時間魔術を使い続けていたというのですか?


「気付いていたのか……」

「ふふ、口調を偽れないところを見ると、アルフォンスもそろそろ限界なのかな……」

「……あぁ、少し疲れた」

「オーガンクルス馬たちに【闇を見る目】の魔術と疲労軽減、それに身体能力の強化……他にも何か使っていた……」

「ただの……意思疎通さ……いくら強化の魔術を使おうと、そこに心がともなわなければ……力は発揮しない。アンタらは、あの馬たちに愛されて……」

「アルフォンス頑張った……もう、休む……」

「…………ボクは、に……さん……と違って、未熟、だか……ね………………悪い、限界だ……ゴメ……あとは、任せた……」


 そして間もなく聞こえて来たのは、穏やかな寝息だった。

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