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終わりゆく世界に紡がれる魔導と剣の物語  作者: 夏目 空桜
第二部 第一章 天才少年とポンコツご当主さま
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アルトリアの偽王~謀略と策略~

謀略回になります

 正直、いくら側近達とはいえこれほどまでに王の地位に就くことを望まれていたのは予想外でした。

 もちろん、私自身の人徳などと自惚れるつもりはありません。

 半世紀にも及ぶ王不在という不測の事態が、家臣達の不安をこれほどまでに煽っていたのかと思い知らされた気分です。


「ところでバドハー様」

「なんじゃ?」

「この喜びに水を差すようで申し訳ないのですが、その少年はいったい?」


 真っ先に歓声を上げながらも刹那に冷静さを取り戻したダリウスがバドハーに問いかける。

 

「ああ、そうじゃった……まずは儂からこの小僧のことを紹介せねばならんかったな。ただ、説明するのは良いが一つ約束してくれ、この小僧のことはしばらく秘密にしておくとな」

「大英雄であるバドハー様がそうおっしゃるのなら、私達からは何も言うことはありません」

「さてこの小僧、名をアルフォンスと言うのだが……正直どう説明すれば良いのか、儂自身にも困る小僧でな。ただ確実に言えることは、このアルフォンスが助けてくれなければ儂は黒騎士ヤクトリヒターに惨殺され、ご当主様は氷結熊(ブリザードベア)の群れに殺されておっただろう」


 掻い摘まみ過ぎるほど掻い摘まんだ説明に、家臣達の顔が引き攣った。


「ま、町中に一頭現れただけで壊滅規模の災害を引き起こす氷結熊(ブリザードベア)からご当主様をお救いに……」

「ヤ、ヤクトリヒターって、まさか……この間、旅商人が噂していた、眉唾みたいな帝国の化け物……」


 青ざめる三人。

 面倒くさい説明しやがって、とでも言いたげにバドハーを睨み付けるアルフォンスくん。

 まぁ、嘘は無いですしね、うん。そうですよ、将来は私の右腕として辣腕を振るって頂かねばならないんですから、ほんの数名にでもその能力を知っていてもらわないと困りますし……

 ゾクリとして横をチラ見すると、恨みがましい視線をアルフォンスくんが向けている。

 ……ちょっと、ほんのちょっとだけざまぁみろです。と思ったのは秘密中の秘密です。


「それほど危険な相手からご当主様とバドハー様を救って頂いたのに、先ほどは妹のダリア共々失礼な態度をした。私はラーダベルト家直属の二番隊騎士団隊長ダリウスという」

「あー、気にしてないよ。二人を助けられたのもただの成り行きと運が良かっただけさ」

「ほっほっほっ、あの魔獣だけならいざ知らず、知恵ある怪物から救うというのは運だけにあらず。そなたは間違いなく武功を上げ儂らを救ってくれたのじゃ」


 ここぞとばかりにやり返すバドハーに、アルフォンスくんが歯がみする。

 ただ、私には分かる。

 この報復は絶対数十倍にして返すという、固い決意がアルフォンスくんの目に宿っているのが。


「とにもじゃ。儂とご当主様はこの小僧に救われ、何やかんやあってご当主様は王位に就くことを決意された訳じゃ」


 端折りすぎですバドハー。その何やかんやが一番大切な所じゃないですか!

 ですが、ある意味でグッジョブです。

 他の騎士達も聞きたそうな顔をしていますが、あまり深く突っ込んではいけないのだろう的な雰囲気で言葉を飲み込んでいます。

 余計な事を言わないのが吉ということもありますよね。

 バドハー、貴方の場合は特に。


「それで小僧……いや、アルフォンスよ」

「小僧で良いですよ」

「そうか、取り敢えずそなたの提言通り馬車を用意しておいたぞ」

「わざわざ馬車を用意したのですか?」

「ええ、オルガンを招き寄るのにはどうしても必要なんです」

「公爵を招き寄せるのに必要?」


 ダリアが首をかしげる。


「簡単なことです。噂でラーダベルト大公閣下が重症という噂を流しているのに、馬で迎えに行くのはおかしいですから」

「なるほど、確かに」

「ですが問題はこれからです。まず、大公閣下には万難を排して王位に就いて頂くためにも我々は全力で動かねばなりません」

「兵は神速を尊ぶ、か。こりゃ呆けとる暇は無さそうじゃの」


 恐らくここからはアルフォンスくんの無茶な提案が出るであろう事を察し、バドハーが有無を言わせぬ空気を生み出した。

 アルフォンスくんもまたそのフォローを察し薄く微笑んだ。

 

「バドハー卿と、貴方方三名の中で部隊の指揮経験が一番豊富なのはどなたですか?」

「隊長である私だ」

「なるほど。ではバドハー卿、貴男とダリウス様ですぐにラーダベルト家の兵を動かすとして、何人まで可能でしょうか?」

「そうじゃのぅ、戻ってすぐにとなると、二千、いや三千じゃな」

「十分、と言うかむしろ多すぎるくらいです。とにも、今すぐお二人は王都に戻って下さい」

「今すぐか? 今からだと真夜中になるが……」

「それで良いのです。むしろ見付からないように過剰に警戒して戻って下さい。オルガンの配下は必ずあなた方を見付けますから」

「ん? 見付からないように戻るのに、必ず見付けられたら意味が無いのでは無いか?」

「構いません。見付からないように戻り見付かる……それが策だからです」


 アルフォンスくんは懐から取り出した紙をテーブルに広げる。

 それは、手描きでびっしりと細かく描き込まれた地形図だ。


「こりゃまた、随分と詳細な地図じゃわい」


 バドハーが感心してため息をつく。

 なるほど、あの断崖のような道でも事細かに描いていた地図の一つと言うことですね。


「到着したらまずはダリウス様は突発の夜間演習とでも言って千名の兵を起こし庭に集結させて下さい」

「ふむ、軍人である以上夜間の突発演習は度々やるが、起こした後はどうすれば?」

「朝まで整列です」

「朝まで……それだけか?」

「それだけです」

「まるで、懲罰のような演習だが……や、すまぬ話の腰を折った進めてくれ」


 ダリウスは自身が軍人である事を思い出しすぐに言葉を飲み込んだ。


「私のような何処の馬の骨とも知れぬ者が突然提案するのです。疑問を抱くのは当然でしょう。ですが、まずは聞いて下さい。その上で判断をお願いします」

「了解した」

「では続けます。そしてバドハー卿になりますが、ラーダベルト兵の中でも特に秀でた二十名の兵を率い、そのまま深夜に屋敷を出てこの山道を進んで下さい」

「なるほど、人知れずご当主様の亡骸を回収しに向かうように見せるのじゃな」

「その通りです。そして、そのままこの屋敷に戻るフリをしながら、大きく迂回してこの山まで行き潜伏して頂きます」

「ほう、そこはオルガン公爵領のすぐ近くか。とは言え、王都からだとかなりの距離……強行軍になりそうじゃな」

「そうですね。オルガンの虚を突くためにも、キツい道のりになりますがお願いします」

「やれやれ、簡単に言ってくれるのぅ……」


 ぼやいてはいるが、バドハーの目には抑えきれない好奇心の光が宿っている。


「老骨に鞭打つとするかの。して、到着後はどうすれば良いのじゃ?」

「そのまま数日間ここに潜伏して頂きます。その間に木々を使って旗と篝火を山ほど作って下さい。数日以内にとある場所から夜空を焦がすほどの煙と炎が上がります」

「夜空を焦がす?」

「それは追々説明致します」

「了解じゃ」

「そして、夜が明ける頃にはその煙にラーダベルト家の象徴色を混ぜます。それを合図に旗と篝火を焚いてください。ただし角笛は吹き鳴らしてはいけません。旗と狼煙だけで恐らくオルガン公爵領の兵は立て籠もったまま数日は出てこないはずです」

「角笛を鳴らさん理由は?」

「狼煙はラーダベルト家の象徴色です。それすなわち大公閣下の勝利を意味し公爵家の敗北を意味します。長を失えば指揮系統は乱れます。しかし、窮鼠猫を噛むという言葉があります。余計な挑発は自暴自棄を生みだし、破れかぶれで戦いを挑んでくる可能性があります」

「二十騎足らずじゃ防戦もままならぬ、と。了解したぞ」

「とは言えあくまで奇策と奇襲の合わせ技です。御大の経験を元に臨機応変に動いて下さい」

「うむ、ラーダベルト家の為に錆び付いた老骨がまだ朽ちちゃ居ないことを証明して見せよう」

「ありがとうございます。ですがオルガン公爵如きとの戦闘で御大を失う訳にはいかないことも十分承知して下さい。あくまでも自身を守ることを第一に考えて下さい」


 アルフォンスくんに釘を刺され、バドハーは苦笑いをして肩をすくめる。


「分かった分かった。まだまだ引退させてくれんってことか」

「ええ、暖炉の前で犬や猫を抱いて隠居するのは、足腰立たなくなってからにして下さい」

「ぐぬぅ……今の若者は辛辣じゃのぅ」


 呻きながらもやりとりが楽しいのだろう、眼は笑っている。

 ただ、そんなやりとりをする二人を、三人の騎士達は不思議な光景を見るかのように呆然としていた。

 伝説に名を残す超が付くほどの英雄が幼い少年と楽しげに話しているのだ、当然だろう。

 その光景は聡い孫と戯れる祖父、まぁ年齢は二千歳近く離れているのでその表現が正しいかは微妙ですが、とにもそんな感じに見えた。


「そしてダリウス様は夜が明けたら引き続きラーダベルト家の兵達を掻き集めて下さい。ただし、戦闘を起こす素振りを見せず、喪に服すかのように静かに集めて下さい。多くを語らず、部下達には隊列の訓練とでも伝えてください」

「了解した。しかし、それは何日ほど繰り返せば良いのか?」

「ん、千名ずつの交代で……私達の馬車が戻るまでですから、明日の夕方までですね」

「仮に一日二日程度とは言え何もせずにただ整列だけさせれば、不平なり不満なりが出ると思うが」

「それで良いのです。その不平を、敵は部下達にさえ真実を語れない事態だと勝手に勘違いするはずです」

「何も知らぬ部下達の不平や不満さえも利用するのか……」

「人の口に戸は立てられません。夜中の千人、昼間の千人が居れば、その日のうちに必ず敵の耳に入ります。それに、翌日の昼過ぎにはオルガンは王都に到着しているはずです。王城に入ったら別働隊で彼を取り囲み真っ先に討ち取ります。ついでにオルガン公爵派も登城しているでしょうから降伏しない者達はまとめて討ちましょう。あとせっかくですから、もう一つついでに元老院の長老衆も近くに居たらどさくさに紛れて討ち滅ぼして下さい」


 アルフォンスくんの策略と身も蓋もない言い方に、皆、バドハーでさえも顔を引き攣らせていた。


せっかく(・・・・)で元老院を討つのですか? あまりにも無茶が過ぎる気がしますが」


 私の問い掛けにアルフォンスくんが小さく頷く。


「もっともな意見です。ですが、オルガンがいくらチャンスを窺っていたにしてもこのあまりにも早すぎる動きの背景には元老院が関わっている可能性が高いのです」

「元老院が?」

「大公閣下が私に話してくれたじゃ無いですか、『元老院の長老衆は魔族よりも老獪な者達ばかり』だと」

「それは……」


 そう、それは私が彼に確かに語ったことだ。


「公爵家がいくら王家の血筋を引くとは言え、王都に居城を構える大公家と比べれば傍流に過ぎずおいそれと楯突くことなんて出来ないでしょう。もしそんなことを可能にする方法があるとすればただ一つです」

「大公家に匹敵する政治的発言力のある味方を見付ける、ですか」

「その通りです。王家が不在となり長い年数が経つにつれ元老院の政治的発言力は強くなった。でも、王国軍とは違う大規模な私兵を持つ大公家は何かと顔色を窺わなければならない目の上のたんこぶだったでしょう」


 恐らくアルフォンスくんの考察は間違いないだろう。

 ラーダベルト家と元老院は、近年、決して良好な関係だったとは言い難い。

 先の五王国同盟による帝都奪還作戦に参加出来なかったのも、蛮族の侵攻が重なったとは言え元老院による反対意見が強固だったのが最たる理由だ。

 ……まぁ、私が大公家の長として豪腕を振るわなかったのが、原因ではありますが。


「アルフォンス、貴男の言い分は理解しました。ただ、それはまだ憶測の域を出ない発言です。政敵の誅殺とは言え、勢いだけで皆殺しにするような真似は許しません」

「招致致しました。では、元老院の動向を見つつ、その上で処罰を進めるとしましょう」

「必要なき血は流さないようしなさい」

「了解致しました。マイマスター」


 スッと、臣下のポーズをとるアルフォンスくん。

 その瞳には、先ほどまで散々浴びせられた蔑むような光は無い。

 どうやら、私の言葉は彼のお眼鏡にかなったようです。

 って、こんな打算的なことをすぐに考えるから叱られるのでしょうね。

 気を付けねば。


「その……うまく、行きますか?」


 ホッとしている私の横でダリアが問い掛ける。

 顔には不安の色が浮かんでいる。当然だ、誰が聞いても綱渡りで憶測が過ぎる作戦。

 だが、アルフォンスくんは任せろとでも言いたげに薄く微笑んだ。


「今のオルガンは、ヤツ自身の作戦の成否を知りたくて落ち着かない時間を過ごしているはずです。本来大きな賭に出るときはより慎重にならなければなりません。それを行わずにこの罠に飛び付いたところを見ると、オルガンの周りには彼を諫められる者が居なかったのでしょう」

「大きな賭に慎重さが必要であるなら、相手は確信が持てるまで動かないのでは?」

「自ら大博打にベットしたなら話は変わります。まともに戦えば勝ち目の薄い大公家に、自ら策略を用いて戦いを挑んだんです。『証拠を残してはいないはず』と、そう思いながらも内心は怯えています。それにこちらには切り札とも言えるバドハー卿が居ます」

「わ、儂か?」

「御大は放棄したとは言え正当なる王族です。さらに信じられないことですが、大戦を勝利に導いた英雄です」

「ん? 何か言ったかの? 余計な言葉が聞こえた気がするんじゃが」

「気のせいです。とにも公爵家と言えども、世間的には御大を無視することは出来ません。それに、ラーダベルト家の長が死んだとなれば、他の継承権保有者達が動き出すと勘ぐるでしょう。策略を巡らせるということは、同時に自身にも疑心暗鬼がかかっている状況です。それが卑劣な行いであればあるほどに疑いは深くなります。そして本来ならば疑うべき事象さえも見分けが付かなくなり、自身にとって最も都合の良い結末を想像してそれにすがり付きやすくなるものです」

「人の心理……と言うヤツか」


 ダリウスが深く唸り声を上げる。


「ええ、そしてオルガンは自分が最も早く入城出来るよう、最速で動ける人数の家臣達だけを連れオーガンクルス馬を飛ばしてくるはずです」

「なるほど、手勢を掻き集めればそれだけ動きに支障をきたすし、公爵軍といえど大挙で押し寄せれば下手をすれば市門で入城を拒まれる可能性もある」

「その通りです。そして、ほどなくして大多数のオルガン兵が王都に向かうでしょう。そうなれば、おそらく公爵領にはほとんどの兵は残らないはずです」

「そうか、儂らが山に潜み多数に見せかけることで、無条件降伏を促すのじゃな」

「そうです。とは言えバドハー卿が率いる手勢は二十騎程度です。別働隊として後から兵を送りますが、それでも到着速度とオルガン軍の本隊を潰すことを考えたらせいぜいが百送れるかどうかです。相手が降伏の意志を示したなら、感づかれないうちに一気に城下になだれ込んで公爵領を制圧して下さい」

「百程度であの国境都市の制圧とは、なかなかに厳しいのう……」

「そこら辺の駆け引きとタイミングは歴戦である卿を信じるからこそ頼むのです」

「うむぅ……そこまで言われたら逃げられんのぅ」

「ありがとうございます。あと二万近い軍勢が動くとなれば、王都まではどんなに急いでも五日、通常なら十日はかかります。彼らの中で今回はすでに確定した勝利の上での進軍です。即位の御触れ後の王都安定が目的なので、敢えて城下を不安に落とすような無茶な進軍はしないはずです。そうなると、行軍スピードから考える我々にとって最良の奇襲地ですが、四日目……」


 アルフォンスくんがスッと地図に指さす。


「ちょうど行軍の疲労と緊張が途切れたこの辺りで野営したときが、我々にとって最も勝機がある戦場となります」


 アルフォンスくんが指さした場所は王国でも有数の穀倉地帯だ。とは言っても、確か連作障害を防ぐ為に、ここ数年は休耕状態のはずだ。

 

「オルガンが王位に就けば残るのはラーダベルトの私兵だけです。主無き私兵なら王都の正規兵で潰すことも解体することも容易であり、戦いを避けるならオルガン軍に編入することも可能。はなから戦いを意識しない行軍と自分達の主が王になるという高揚感。そしてライバルであるラーダベルト大公死去という油断から、敵は本来なら野営地としては避けるべきこの見晴らしの良い地形を最短ルートとして抜けるはずです」

「とは言え正面衝突か……双方に手痛い被害が出るの」

「え? 正面衝突なんてしませんよ」

「せんのか?」

「ここ最近、乾いた寒気がまだ残っていたのと休耕地帯だったのが幸いしました。焼き畑もされずに成人の背丈に近い高さの枯れ草が年を越えてこの地帯には残っています。取り囲むように兵を配置し深夜に火を放ちましょう。彼らは闇と炎に追い詰められ、壊滅的被害を出すはずです」

「精霊魔術で消されませんか?」

「ここら一帯は水田では無いですし、水も休耕の間は堰き止められています。地表面に残る僅かな水量では満足な精霊魔術は行使出来ません。明け方頃には投降兵以外は壊滅しているでしょう」


 アルフォンスくんの冷徹? 冷酷? いや、冷静すぎるほど冷静な作戦に、皆言葉を失っていた。


「そして、話は前後しますが、私達は頃合いを見計らって馬車で戻ります。あ、それとダリウス様とダリア様、ちょっと手を貸して頂けますか」

「構わんが、何をすれば良い」

「私も何をすれば良いの?」


 アルフォンスくんは純白のテーブルクロスを剥ぎ取るとランドルフの死体の横に広げる。


「このクロスの上に死体を動かして下さい」

「分かった」

「う、うん」


 アルフォンスくんの指示で、クロスの上に寝かされるランドルフ。


「心は痛みますが保身のために寝首を掻こうとした卑劣な裏切り者です。コイツにはラーダベルト家に最後の奉公をして頂きます」


 アルフォンスくんは棚からグラスを取ると、ランドルフの死体の上にいくつか乗せるとクロスを巻き付けた。


「ダリウス様、僕は足の方のクロスを引っ張りますので、貴男は頭の方を力一杯引っ張って下さい」

「……そういうことか」

「な、何をするの!?」


 悲鳴に近いダリアの悲鳴を無視し、両端から引かれたテーブルクロスがまるで雑巾でも絞るようにねじれグラスの割れる音が響く。

 そして真っ白なクロスに広がる深紅の染み。


「この男には惨殺されたラーダベルト大公閣下の死体役をやっていただきます」

「それでグラス……だけどその手段は……」

「ダリア様、貴女の感情は理解出来ます。しかし冷静に考えて下さい。慌ただしく屋敷を飛び出したバドハー様が棺桶を用意出来ますか? ヤツらの目が何処にあるか分からない以上、死体が無い車内は怪しまれます。オルガンの目を誤魔化す為にも、ありとあらゆる手段を行使しなければなりません」

「そ、そうだ、よね」

「ここに居る皆さんは殺されていたのは予想外だった……そんな雰囲気を出して下さい。そこに居る三名の投降者は窓から見えぬように奥に座り布にでもくるまっていて貰いましょう。馬車の操舵は感情表現が豊かそう(・・・・・・・・・)なダリア様にやって頂きます」

「ぐ……」


 痛いところを突かれダリアが呻き声を上げる。


「そして、えっと……」

「リーヴァ……」


 魔術騎士のリーヴァが静かに名乗る。

 この娘は精霊魔術の天才だ。ただ、感情が枯渇しているのかと疑いたくなるほどに表情が乏しく、人付き合いが苦手なため出世街道からは見事にはみ出してしまった。


「私も、ご当主様のために役立ちたい……」


 ……ごめんなさいリーヴァ。私は貴女をほんの少し、あくまでほんの少しですが貶してしまいました。

 貴女は感情表現が下手なだけで、ちゃんと優しい子でしたね。


「得意なのは……髪色からして水ですか?」

「正解……」

「水霊か……広範囲に使用することは可能ですか?」

「ん、威力にもよる……」

「濃霧の発生は?」

「発生させやすい時間帯と環境なら、周囲数百メートルくらいなら」

「なるほど素晴らしい……なら、ルートはここを通りましょう」


 地図を指さした場所は、緩い谷間の通り。 


「予想に過ぎませんが、敵が遠見の魔術で車内を覗く可能性があります。警戒すべきは日が昇る早朝三時頃。夜の闇が途切れ陽光が見え始める、ボク達がもっとも疲労している時間帯です。この辺りを通過する時に濃霧を発生させましょう。時間帯的にも場所的にも濃霧を発生させやすいですから」

「車内と人数をぼやけさせるための濃霧……アルフォンス、策士……」


 リーヴァの反応にどう返して良いのかわからなかったのか、アルフォンスくんが苦笑いを浮かべ頷く。

 アルフォンスくんの見たことの無い態度に私の中のどこかがモヤった気がした。

 ただ、そんな私のモヤった感情など誰一人気が付くことは無い。ただ、矢継ぎ早に紡がれていく作戦に、最早疑問の声を上げる者はもう誰も居なかった。

 そして……


「じゃ、ラーダベルト新王陛下誕生のため、もう一踏ん張りするとしますか」


 アルフォンスくんの〆の言葉は、これから命がけの作戦を行う前だというのに信じられないほど気楽な口調であった。

読者様ありがとうございます。

読んで頂けることに感謝!

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