アルトリアの偽王~看破~
夜が明けたころ昨日捕縛した二人も目を覚まし、先に降伏したフィオナと共に降伏することを誓ってくれた。
「とりあえずこれで喫緊の問題は一つ解決しましたが、これからですがどう動きますか?」
「そうだなぁ……ただ、アンタの考えも聞いておきたい。アンタならどうする?」
「私ならまずはオルガン公との戦争のために先駆けでしょうか」
「却下だ。イノシシじゃねぇんだから、頭使えよバカ」
「オウフッ! し、辛辣……わ、私、貴方の雇い主、理解はおーけー?」
「プライベートは対等と言ったのはそっちだ」
「そうですね、そうですよね……そうですけど……」
反論をすれば十の、いえ百の言葉で迎撃される予感がしたので私は沈黙を選んだ。
……あれ? 何んでだろ、視界がうっすらと滲んで歪んでいる気がします。
はは……
疲れからくる眼精疲労ですよね、きっと。
「脳筋根性でいきなりオルガンとぶつかるのは論外だ。オルガンの兵力は旧帝国領に近いことから恐らく二万くらいは居ると思うが、間違いないか?」
「脳筋根性は余計ですが数は正解です。ほぼその数字で間違いありません。それにしても、どうしてそれを知っているのですか?」
「以前オルガン公爵領に行ったことがある。町と城の規模、飲食店の数、人口、食糧事情その他諸々を含めて考えればそれが限界値だろ」
開いた口が塞がらなかった。
この小さな身体に秘めた戦闘能力も未知数ながら、この少年の真の能力はこの洞察力であることに間違いないだろう。
「とは言え、二万を維持するには王都からの物資があって初めて維持が可能な数字だよな」
「では、食糧の供給を絶つ……駄目ですね、それでは敵国に寝返る可能性があります」
「ああ、まずは指揮系統を公爵の手から奪い取らないと駄目だ。そのためには、公爵自身を王都に呼び出す必要があるが……」
ガッガッドカ!
やけにけたたましい音が複数、階下から聞こえてきた。
反射的に身構える私を、アルフォンスくんが手で制する。
「恐らくバドハーのじぃさんだ」
「バドハーがこんなに騒々しい音を立てて……や、まぁ普段から騒々しいですが。それはそれとして確証はあるのですか?」
「百パーじゃないが、恐らく間違いない。一応、剣は何時でも抜けるようにだけはしておいてくれ、ただし、殺気は抑えてな」
「わかりました」
やがてガチャリと扉を開け入ってきた騎士が一名。
部屋をゆるりと見渡すその顔には見覚えがある。
私の家臣の一人だ。
「ッ!! ご、ご当主様、おぉ……ご無事でしたか!」
「ええ、ランドルフ。僅か数日のことですが随分と久しぶりですね」
「重傷を負われたと聞き、気が気ではございませんでした。それにあの破壊されたら扉に窓……む? 柄に手を……まだ賊が居るのですね!」
「あ、そうではなく――」
「ぬっ!? 気配を消して立っているとは、小僧、貴様が侵入者か!!」
「えー……」
ランドルフの反応にアルフォンスくんが心底面倒くさそうな声をもらす。
「ご当主様お下がりを! ここは私が!」
「あのいたずら者のじじいめ、ちゃんと説明しなかったな」
アルフォンスくんはそう呟きながら、その視線が一瞬、奥で固まっているフィオナ達に向けられた。
「やれやれだ、あのクソジジィいたずら者の上にとんだ策士と来ている」
「何をごちゃごちゃと!」
相手を子供と舐め、大振りに斬りかかる。
「やめなさいランドルフ!」
だが、その叫びは間に合わない。
ゴギィィィィィ!
アルフォンスくんに触れるか触れないかの寸前、鈍い音が室内を殴打した。
腕を逆関節に決められたランドルフが宙に弧を描きそのまま床に叩き付けられたのだ。いや、それだけじゃない。アルフォンスくんが床に叩き付け様に自らの身体も跳躍させ、ランドルフの喉に膝を落としていた。
「やり過ぎです! これから同僚になる者を殺すなど何を考えているのですか!」
「バドハーのじぃさんはオルガンと内通しているコイツの後始末をボクに押し付けたんだよ。そうだろ、じぃさん」
「人聞きが悪いのぅ」
アルフォンスくんに促されるままに部屋へと入ってきた老騎士。
呆然とする私に、バドハーがゆっくりと頷く。
「お迎えに上がりましたぞ、ご当主様」
「ボクはてっきりアンタが『死ねー』とか叫んで、斬りかかる悪戯でもするのかと思っていたよ」
「そんなことをすれば、お主は冗談と気が付いているくせに問答無用で迎撃するじゃろが」
「十分生きただろ、介錯はまかせろ」
「だからやらんかったんじゃ!」
「ちょちょ、ちょっと待って下さい。話が弾んでいるところ悪いのですが、納得がいくように詳しく説明しなさい!」
「コイツ裏切り者。だからボコした」
実に簡潔な説明だった。
「いえ、そうではなくて……」
「まぁ落ち着かれよご当主様。小僧、お主が気が付いた理由とやらを儂らに教えてくれんか」
バドハーがそう促すと共に、遅れて三人の騎士が入ってくる。
私の姿にほっと胸を撫で下ろしながらも、頽れているランドルフの姿に状況を掴めず顔をこわばらせる。
だが、そんなことには興味がないとでも言いたげにアルフォンスくんは面倒臭そうに説明をはじめる。
「大した理由じゃ無いさ。ただの疑惑の積み重ねだ」
「疑惑?」
「この男、真っ先に二階に駆け上がりこの部屋に入ってきた。足音からしても階段に近い部屋には目もくれずに、だ」
「そ、それは私の気配があったからでは?」
「だろうな。ボクは殺気は抑えろと言ったがあえてアンタに気配を消すようには促さなかった。そう、そこに居る降伏した三人にも……まぁ、気配を消すなんてマネはそこの三人には出来無いだろうが」
「……何が言いたいのですか?」
「同族や家臣を信じる気持ちは美しいかも知れないが、思考停止は辞めとくんだな」
アルフォンスくんの鋭い言葉に、私は小さな呻きをあげる。
「アンタだってここまで言えば気が付いたんだろ。最大の疑惑は部屋の入り方だよ。この男、剣も抜かずに部屋に入ってきたんだ。賊が残っている可能性があるのにな」
そう……
実戦経験の無い新兵ならいざ知らず、ランドルフは実戦経験のある騎士なら有り得ない行動を犯していた。
「本来なら挟撃を恐れて手前の部屋から順次調べるのがセオリーだ。何よりこの部屋に入ったなら真っ先に異物である三人に油断なく対処すべくきなのに、気が付きながらなんの対処も行わなかった。別に気配を消していた訳でも無いのにな。それで、この男はすぐに察して三文芝居を打った」
アルフォンスくんはそこで一端言葉を句切り、チラリと後から入ってきた騎士達を見やる。
「ラーダベルト大公閣下は、バドハー卿が騒ぐほどの重傷では無かった。そのため賊を返り討ちにしたが、優しい大公閣下はその賊にすら恩情をかけたのだろう、と。そうなると当然自分の力ではラーダベルト大公閣下には及ばない。だから忠誠心があるふりをして閣下に話しかけた。何せ、もっとも怖いのは自分に疑いをかけられ真実がバレることだ。そこで、取り敢えず見覚えのないボクを自分も聞かされてない刺客の一人と勘違いし斬り掛かった。あわよくばそこのフィオナ達もどさくさに紛れて殺すつもりでな」
「それは……で、でも、それは貴方の考えすぎという可能性もあったんじゃないのですか?」
私の問い掛けに、アルフォンスくんの黒曜石のような黒い瞳が向けられる。
それはまるで――
覚悟を決めろ。そう、問い掛けるような眼差し。
ええ、先ほどの優しいという言葉にも、随分と毒気があったのには流石に気が付いています。
「フィオナは少なくともこの男のことを知っているようだったが」
アルフォンスくんに視線で促され、フィオナがおずおずと語り出す。
「その騎士様は、前にオルガン公爵様のお屋敷で何度か姿を見たことがあります」
「貴様何をっ……小僧貴様もだ! お前達は誉れあるラーダベルト騎士団を愚弄する気か!」
背後に控えていた騎士の一人、ダリアが反論する。
しかし、その反論は決してこの問答に何かをもたらすことは無い。
感情で訴えたところで、目の前に居るのは理性を暴力的に奮う少年だ。
「一介の騎士が、反目し合っている公爵家に招かれる。しかもそれが城では無く屋敷に呼ばれるなんて、常識で有り得るのかい?」
「ぐ、ぐぅ……」
「それに、もう一つ大きな疑問があった。正確には一番の疑問と言ってもいい」
「ほぅ、それはなんじゃ?」
「この男、足を患っているだろ」
「ほう、一瞬の攻防でよく気が付いたの」
「確かに、ランドルフさんは随分前に蛮族との戦争で怪我をしています。正直、戦場を走り回ることは二度と出来無いと聞きました……」
先ほどあっさりと論破されたダリアが呻くように答えた。
「だろうね。斬りかかる際の歩法に違和感があった。恐らく日常や多少の戦闘訓練をこなす分には問題は無いだろうが、走ったり山道を駆けたり、ましてや馬に乗るのは相当辛いはずだ」
「足の怪我が理由になるのかのぅ?」
「なりますよ。歴戦の英雄であるバドハー卿が、忠誠心がそうさせたとしても偽りとはいえ一刻を争うこの状況で足手まといを連れ歩くはずが無いでしょう。それなのに連れ歩いた理由は?」
「ぬむ? なんじゃその言い方、なんか嫌な予感がするぞぃ」
「バドハー卿、答えは一つです。ラーダベルト大公閣下が襲われるように、卿、いやバドハー!」
「な、なんじゃ!? 儂いきなり呼び捨て!?」
突然、呼び捨てに去れ指さされたバドハーが声を裏返して慌てる。
「貴方が大公閣下が暗殺されるように利用したのがこのランドルフという男だったからです」
頭脳は大人、見た目は子供なこの少年が、真実は常に一つとでも言わんばかりにバドハーを糾弾する。
「まさかバドハー様が……」
「しかし、今の話だと大公様に刺客を差し向けた主犯はバドハー様だということにも……」
ざわ……
ざわ……
ざわつく若き騎士達。
青ざめるバドハー。
「お、おい! 悪いぞ小僧! その言い方じゃ儂まで謀反を企てた仲間みたいじゃないか!」
バドハーの抗議に、ぷいっと横を向くアルフォンスくん。
「おい小僧、ちゃんと説明せい! いくら儂でもこの状況で『くっくっく、バレていたとはな』とかノリノリで言えるほど心臓にごんぶとな毛は生えとらんぞ!」
何でしょうかこの状況は。お調子者の祖父としっかり者の孫と言えばいいのか、噛み合っていなさそうで以外と相性が良さそうと言えば良いのか……
アルフォンスくんをバドハーの従騎士にするという提案はあんがい正解かも知れませんね。
「小僧~」
「ま、今のはほんの意趣返しですから気にしないで下さい」
「意趣返しでこの仕打ちとは……」
「事実だけ語るなら、バドハー卿はこの男のことを疑っていたんでしょう。最初からね?」
「う、うむ……ランドルフは生真面目な男でな。その実直さを好かれ騎士でありながらファード男爵の娘と婚約が決まっていたのだ。だが、先ほどの話にもあったが、足の怪我が原因で騎士としては一線を退かなければならなくなった」
「なるほど」
「しかも悪いことに、その頃の噂で中立派だったファード男爵がオルガン公爵派になったとの話がまことしやかに囁かれるようになってな。噂は噂に過ぎぬと思いたかったが、その辺りからランドルフ自身のきな臭い噂を聞くようになったのじゃ」
「文官としての才があればあるいは違ったかも知れないが、武門の者が戦えなくなればそれまでか。恐らく貴族との婚約を解消されたくなければ、ラーダベルト家の情報を流せとかそんなところでしょうね。きな臭い噂ってのも恐らくはオルガン公爵家の人間がランドルフの周りをうろつくようになった……そんなところでしょう」
「よくわかったの」
「ここまで話を総合すれば子供でもわかりますよ」
「そんな……」
信じられないのだろう、ダリアが呻き声を上げた。
私もその気持ちだ。
ランドルフは確かに融通の利かないところはあったが、それは同時に彼の生真面目さでもあったからだ。
そんなランドルフが……
「別に不思議なことじゃ無いさ」
「小僧! 貴様に何がわかる!」
「ああ、ボクは難聴じゃ無いから大きな声は出さなくて結構です。燃費の悪い喋り方はしないで下さい、無駄ですから」
「ぐぎぎ、ここ、小僧ぐぬぅ……」
その諭し方はいかがなものかと?
予想外の方向で肩透かしをされたダリアが顔を真っ赤にしているじゃ無いですか。
……ま、貴方は気にもとめないのでしょうけどね。
「プライドがあったからこそ、地位を手に入れることで力を無くした悔しさを忘れたかったんだろ。その感情に平民も貴族も、まして騎士も関係ない。誰にでもある感情さ。だが、この男が選んだ選択は最悪でありそこに同情の余地はない。ただ、それだけの話だ」
「だ、だが……」
「ああ、もう造反者の肩を持つのはやめた方が良いですよ。それ以上の発言はラーダベルト大公閣下に剣を向けたこの男の行為を容認することになり、貴女も造反行為の加担者と見なされる恐れがあります」
「ッ!? か、閣下! 違います、私はただ、ただ!」
蒼白になり慌てるダリアに、私は微笑みかける。
「大丈夫ですよ。戦友の裏切りを信じられない、そう言いたいので――」
視界の隅に入ったアルフォンスくんは、一瞬、悪魔も裸足で逃げ出すほどの形相で私を睨み付けた。
うぅ……わかってます! わかってるんです!
甘い発言だということは!!
でも、いきなりそれを求められても、長年染みついた甘さは抜けません!!
そんな私の心の葛藤を見抜いたのか、アルフォンスくんは誰にも気付かれない角度であからさまにため息をついてた。
ぐ、ぐぬぬ……
「ま、これで分かった事が一つある」
「なんですか?」
「一番腹黒いのはこの男を罠に嵌めたバドハー卿だということだ」
「ちょ、ま、こ、小僧、それはないじゃろ! 儂はお主の策に乗ったというのに!」
慌てるバドハー、飄々と受け流すアルフォンスくん。
「バドハー様、先ほどから話されているその少年はいったい何者ですか? それに、策とはいったい? まさか、よもや私達までもお疑いとか!? そのようなことはありませんよね!!」
「や、違うぞダリア、それにお前達も! わ、儂はただ、ただ……ええい、小僧! お主が何とかせい!」
「はぁ……その方達は、この男のような危険性はないのですね?」
「当たり前だ! 俺達はランドルフ殿……ぐ、ランドルフのような裏切り行為はしない! この剣はラーダベルト大公閣下に捧げている!」
ダリアの兄ダリウスが気色ばむ。
「なら今から話すことは他言無用でお願いします。下にも何人か迎えの者が居るようですが、今はまだここに居る皆さんの胸の内で留めておいて下さい」
アルフォンスくんが言葉を切り深く呼吸をする。
それに釣られるみたいに、若き三人の騎士達も固唾を呑んだ。
「これら一連の行動目的は政敵誅殺のためです」
「政敵の誅殺……まさか公爵家と戦うと言う事は……」
アルフォンスくんに剣呑な視線を向けていたダリウスの瞳が驚愕に変わり私を見つめてくる。
「ええ、ラーダベルト大公閣下が長年空白であった王位へ就くための布石です」
一瞬訪れた静寂。
そして、間を開けずに騎士達の歓声が部屋に響き渡った。






